「こちらがミナト様のお部屋になります」
「わざわざすみません」
陸堂の宣誓から数時間が経ち、夜。俺はクラスメイトや王様なんかが参加した晩餐会を終え、メイドから部屋まで案内されていた。ちなみに名前はアイズというらしい。以下、アイズさんで。
俺は彼女に小さく頭を下げてから、部屋の中を見渡した。
キングサイズに迫ろうかという巨大ベッドに、タンスに小さめではあるが風呂にトイレまで完備されている。タンスを開けてみれば、服に下着まで完備されていた。至せり尽くせり過ぎるだろう。そこまで
俺は流石にここまでしてくれなくても、文句は言わねぇよ? 他の面々――主に女子連中は知らんけど。
「いえ、仕事ですので。それでは明日の簡単な予定をお伝えさせていただきます」
微笑みながら、アイズさんは続ける。
午前七時に起床し、七時三十分から朝食。その後、ステータスプレートなるものを配布した後、訓練や座学などが行われるそうな。こういうのを聞くと、修学旅行なんかを彷彿とさせるな。一緒に来ている面々が面々ゆえに。俺は一人で自分勝手に行動したいクチだったから、そういうのは基本嫌いなんだが、来ている場所が場所ゆえに非常に楽しみである。
「それでは明日の七時に起こしに来ますので。お休みなさいませ」
軽く礼をして退室していくアイズさんを見送る。
そして風呂の用意をしながら、制服であるブレザーを脱いでいく。この世界には当然ながら洗濯機というものが存在しないため、洗うとなれば手洗いかアイズさんに任せることになるのだが、流石にこんな下らないことでアイズさんを再び呼び戻すのも気が引ける。今日は手洗いだな。
制服をハンガーにかけ、カッターシャツをシャワーで洗おうとするともう風呂の水が溢れんばかりになっていた。
流石は魔法がある世界の生活用品だ。科学よりも圧倒的に進んでやがる。しかも温度調整までバッチリ。最高かよ異世界。異世界万歳。
俺は迷わず服を脱ぎ捨て全裸になると、風呂に体を沈めた。あぁ、五臓六腑に染み渡るわ~。
暖かな湯はまるで優しく抱擁するように、俺の身体を包み込んでくれる。異世界召喚をされ、俺の身体には思ったよりも疲労が蓄積されていたようだが、それも抜けていくようだ。
はふぅ…………という気の抜けた声が俺の口から漏れた。
「って、違う。落ち着いてる場合じゃない」
俺が風呂に入ったのは汚れを落とすためでもあるが、メインの目的は考え事をするため。正直これはベッドでも良かったんだが、ベッドだと考え事をしているうちに寝ていってしまうリスクがあったからな。それに風呂場だと頭の回転が早くなりそうな気がしないでもない。
まず最初に思ったこと。
ウチのクラスメイトは阿呆である。
これは間違いない。ウチのクラスメイトは阿呆だ。もうどうしようもないぐらいの阿呆だ。
正直言えば頭を抱えそうになった。こいつらの頭には脳みその代わりにクソでも詰まってるんじゃないか。
奴等は魔王を倒せば元の世界に帰ることが出来ると考えている。
それは奴等の行動の大前提。一部には正義感っていうヘドが出るような理由で行動している大馬鹿野郎も存在しているが、奴等の九分九厘が元の世界への帰還を目的に行動している。
が、それこそが決定的な過ちであると俺は考える。この世界から元の世界に帰る魔法? あるわけないだろうが、そんなもの。いや、一万歩譲って、異世界から元の世界に帰ることを可能とする魔法があったとしよう。そんな魔法をこの国家の主戦力といっても過言ではない《勇者》達に教えるだろうか?
アルドルフは《勇者》の力を、潜在能力で言えば魔王のそれに匹敵すると断言した。それ即ちこの国は魔王クラスの戦力を23人確保することに成功したわけだ。意思を持った最悪の災厄とまで形容される魔王と同等の戦力を。
それに《勇者》の使い方は魔王を討伐するだけに留まらない。人間同士の戦争を防ぐ抑止力に、他国との戦争の際には最強クラスの武器になる。純人間族の魔王級の戦力を持った人間は魔王なんかよりもよっぽど
そんな戦わせてよし、統治させてもよしの《勇者》を手放すような魔術を最初から作っておくだろうか?
それに加えてアルドルフの言葉にも違和感が残る。
『先の大戦で《勇者》の帰還を可能とする魔術師が殺され、その技術は完全に絶えてしまったのだ』
というのが彼の弁だが、何故勇者が帰還する魔法技術を絶やさせるなどという愚行をおかしたのだろうか?
──《勇者》を元いた世界に帰還させる魔法。その魔法は魔王にとっては願ってもないものの筈だ。
何せ自分と同等もしくはそれ以上の力を持ったものが自分から消えてくれるのだ。魔王からしてみれば『どうぞどうぞ』と言ったところだろう。魔族達にとっては目の上の瘤が消えるような清々しさだろう。
しかしその技術を途絶えさせてしまっては、瘤を消滅させる手段を自ら途絶えさせることと同義だ。そんなメリットのないことをするとは――畜生クラスの脳みそしか持ち合わせていない者ならば別だが――思えない。
考えれば考えるほどに、魔族側には勇者を帰還させる魔法を根絶させるメリットが思い浮かばず、人間側には勇者を帰還させる魔法を作り出すメリットが思い浮かばない。
となると結論は…………、
「やはり最初から《勇者帰還魔法》なんて存在していない可能性の方が高いな」
大賢者が《勇者召喚魔法》を作ったように《勇者帰還魔法》を作ることも可能ではあろうが、それに何年かかるのかはわからない。勿論、これはあくまでも俺の想像のため、実際にある可能性は否定できないが、ほとんどないと思ってもいいだろう。だが、魔王を討伐を済ませたとしても元の世界に帰れる可能性は限りなく低い。
その他にもブリステン王国の行いこそが正しいと思い込んでいる点。
陸堂の言葉は立派なものだったが、それはブリステン王国の言っていることがすべて正しければの話だ。魔族だと言われて人間族との戦争に駆り出される可能性もゼロではないし、王国の行いこそが世界から悪だと断じられることもある。
自分達を援助してくれる国こそが正しいと思い込むのは愚行だと言わざるを得ないだろう。それに戦時中の教育なんて半ば洗脳みたいなものだろうし、ブリステン王国の教育は話し半分に聞いておくいた方が正しい判断ができるに違いない。
もしくは自分で図書館にでも繰り出して正しい情報を集める、魔族と交流できれば魔族からも情報を得る、なんて事ができれば自分がどこの陣営に身を置くことが俺にとって最大の利益となるかをしっかりと見極めることができる。まぁ、最後は難しいかもしれないが。
「なんか就活やってる気分になってきたな」
どこに所属するべきかを見極め、決めればそこに自分のことをアピールする。所属する事ができればそこで全力で力を振るって成り上がっていく。
それはまるで大学生が行うような就職活動のようだ。尤も、あちらは会社、こちらは国であるが。
……結構
生憎、こちら側の世界の風呂には時計がない。時計があれば考えながらでも、逆上せないように気にしながら考え事ができるんだが。
俺は風呂から上がって、ベッドに飛び込んだ。
包み込むのはあちら側の世界では体験できなかったような至高の感触。
王家の人間が案内させたものなのだ、並大抵の物ではないと思ってはいたがまさかここまでとは。これは我が国の誇る包容力悪魔『KOTATSU』にも勝るとも劣らない包容力だ。あ~、抜け出したくねぇ……。ずっとこの布団に包まれて寝ていたい……。
そんな下らないことを考えながらも、俺は一度だけベッドを抜け出して明かりを消して、再びベッドに舞い戻る。そして夢の世界へと旅立っていった。
俺達は再び玉座の間に集められた。時刻はおおよそ八時半。
学校の感覚が残っているお陰で起きられはしたものの、もうあのベッドの感触が恋しくなってくる。眠くはないんだが、ずっとあの場所にいたいと思わせるあの感覚は本当にこたつと似ているな。恐ろしい限りでございますわ。
俺は頭をスッキリとさせるために周りのクラスメイトの顔を見渡すと、彼らの反応は綺麗に真っ二つに別れていることがわかった。
ひとつはこれから起こることに対して心が踊っているのを隠せていない面々だ。これは比較的男子に多い。《勇者》や戦争云々にビビってはいたが、昨夜のメイドとの会話や、よくよく考えてみれば前の世界とは比べ物にならない名声が手にはいるかもしれないという下衆な発想が丸見えである。
そしてもうひとつが不安を隠せていない面々。これは現実的に物事をとらえることができる女子に多い傾向だ。桐生先生もこちら側に含まれている。前世の授業で戦争の凄惨さを知っているからこそ――いや、この世界では前の世界にはなかった魔法という概念が存在しているからこその戦争の変化などが自分達にどのような影響をもたらすかを必死に考えているのだろう。
それでも昨日の錯乱じみた様子はなく、落ち着いているようには見える。元々、陸童の演説ごときで奮起できるような連中だ。元よりなんとかなるだろ、的な思考が垣間見れた。
「全員揃っているな」
「「「はい!」」」
ウチのクラスメイト達は朝から元気がいいこって。
今日の玉座の間にはアルドルフはいない。代わりにいるのが全身を覆い隠すような
「じゃあ、最初に自己紹介といくか。俺はアンドリュー。ブリステン王国王都守護騎士団団長を務めている。お前達の実戦訓練の教官だ。よろしくな!」
おお、このおっさんもなかなか元気が良いぞ。流石は騎士団の団長を務めるような人だ。声もでかくて、後ろの方にいる俺にもしっかりと伝わってきた。
「まず最初にステータスプレートを配る。これは身分証明にも使えるから無くすんじゃないぞ。どこか自分が絶対に落とさない場所にでもいれておけば良いだろうな」
これは朝、軽くアイズさんにも教えてもらった。
ステータスという自分の能力を数値化したものがそこには描き出され、ブリステン王国ではそれが身分証明にも使えるのだとか。無くしたところで特に罰則などはないが、金がかかるのでなるべく無くさないでほしいという話だったな。
最後尾の俺にまでステータスプレートが回ってくる。
なんの変哲もない、銀色の板だな。感触的にはスマホが一番近いだろうか。金属的な感触ではあるが、どこか暖かみも感じる。
軽くそれを見ていると、裏に同色の小さな針がセロハンテープのようなもので張り付けてあった。なんでもそれを使って、ステータスプレートに血を垂らせばいいらしい。
あとはステータスプレートが機能を果たしてくれるそうな。まったく、魔法というのは科学以上に便利な代物だ。
言葉にしたがって俺は左手の小指に針を薄く突き刺す。痛みは全くなく、赤い血がつぅーと指を伝って掌にまで至る。そこにステータスプレートを差し込むや否や、ステータスプレートが暖かな光を放ち、次々と文字が浮かび上がってくる。
名前:宵坂湊
種族:人間族
年齢:17歳
称号:《異世界人》《勇者》
レベル:1
体力:131
物攻:167
物防:101
魔攻:199
魔防:151
敏捷:211
《言語理解》《聖魔契約》
称号:《勇者》……人類の救済者たる者に授けられし称号。すべての才能に目覚め、経験値獲得量倍化、熟練度獲得量倍化、ステータス向上値倍加の恩恵を得る。
……ふぅ、ちゃんと《勇者》の称号はあるな。これがなかったら要らぬ注目を浴びていたところだった。もしくは《勇者》じゃないものはこの国には要らん! 出ていけ! とかクラスメイトからの虐めの被害に遭うか。ちゃんと穏便に事が進みそうで安心した。
それにしても《勇者》って凄いんだな。すべての才能に目覚め云々は、おそらくすべての特殊技術が習得可能だということだろう。ということはこの世界の住民はスキルを好きに得られないのか。こっちの世界まで才能で縛られるなんて嫌な世界だな。
閑話休題。
そして獲得経験値倍加でぐんぐんレベルが上がり、熟練度――文脈から察するに特殊技術版経験値か――もぐんぐん上がり、レベルアップでステータスの値もぐんぐん上がると…………どこのチートだよ、これは?
この世界で重宝されるのも納得だ。
さーて、そんじゃまさっさと並ぶとするかね。
前にいるのは名前わからん男①に名前わからん女①――ええい、しゃらくせぇ! まとめてクラスメイトじゃ――がいる。とりあえず俺が注意している人物――桐生美景先生に陸堂光義の姿は見えない。
チート能力を授かるならあの二人だろうという確信があった。あの二人は表だって国王の前で行動を起こせるような面々だ。その他諸々有象無象の金魚のクソであるクラスメイトや、目立つことを恐れて平凡を演じようとした俺とは明らかに違うものを持っているし。
事実、俺は盗み見るように前の奴のステータスプレートを見てみたら俺より若干低いくらいだったし。これで俺が最弱だというフラグはぶち壊された。最強も目立つけど最弱も目立つ。そうでないことに非常に安心した。
スキルに至っても《言語理解》と《聖魔召喚》とまるっきり一緒だった。もしかしてこのスキルは全員が共通して持っているものなのか?
「よし、次は…………宵坂湊だな。見せてもらうぞ」
「はい」
特におかしな点はないはず。ステータスも平均程度でスキルも何らおかしいものはなく前の奴と共通。
目立つようなものはないはずだ、と思っていたらもう行っていいぞと言われたために俺は元の場所まで戻る。
ここで意外だったのは俺が警戒していた二人も何の騒ぎも起こらずに通っていった点だ。《勇者》として召喚された全員がチートといったらチートなんだろうし、この程度はあり触れたものだということか。
「さて、全員のステータスを確認し終えたわけだが…………お前達、気になっているんじゃないか? 特殊技術《聖魔召喚》が」
アンドリューが面白いものを語るようににやりと笑いながら俺達に語りかけてくる。
特殊技術《聖魔召喚》
それについても見ようと思ったのだが、桐生先生や陸堂の後に行っては悪目立ちするかもしれないと思って確認せずにアンドリューの元に行ったために確認まではできなかった。
「お前達は落胆したんじゃないか? 『なんで勇者なのに特殊技術がふたつしか無いんだ』と。わかるぞ、何せここに来る異世界人達は皆、そういう反応を示すからな。だが、心配はいらない。スキルはこの城にある
曰く、このスキルは《聖魔》と呼ばれる魔族とは異なる超位存在を従えるための特殊技術。
『魔』が付いてる時点で同じものなんじゃないのか、と思わないでもないがそこには突っ込まない方針で。
ともかくその《聖魔》がもたらすのはステータス値の上昇に、スキルの付与などなど多岐に渡り、先にスキルを取得させなかったのは《聖魔》がもたらすスキルと重複してしまうことを避けるためだったのだそう。そうなれば巻物が無駄になってしまうから。
ともかく《勇者》は《勇者》本人にもたらされる絶対的な恩恵と、《聖魔》の力が合わさって初めて対魔王の切り札となる。
召喚。
その言葉に俺の心は高ぶった。
どんな《聖魔》が来るのか、心待ちにするそれはソシャゲのガチャにも似た興奮を俺に与えてくれる。引き直しに、何度も引けないのが少し不安ではあるが、ギャンブルじみていてそれもまた素晴らしい。それにどんな子が来てもその実力を最大限発揮させてやれば良いだけのこと。
この世界はプログラムで組まれ、限られたことしかできない世界ではない。《聖魔》本人の頭の柔軟性にその子の主人たる俺の頭の柔軟性でいくらでも化けられる。それができればジャイアントキリングだって成し遂げられる筈だ。
弱者が最強を打ち倒す。これに勝る興奮を俺は知らないのだから。そう考えるとむしろ弱い子が来てほしいという気持ちもある。一緒に最弱から最強をに成り上がるというのも中々乙なものではないか。
「さて、すぐに準備を整える。しばらくの間、談笑でもして待っていてくれ!」
そう言ってアンドリューが退出し、クラスメイト達が互いの《聖魔》に心を踊らせながら談笑している。俺も誰とも気持ちは共有しないが、同じ気持ちだぞ。うんうん。
さて、どんな子が来てくれるのやら。非常に楽しみである。
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