※この作品はR-18です。

クラスメイト、異世界で勇者やるってよ。   作:bear大総統

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今代最強の勇者達の戦い

◆ 

 

「さて、ロペル。二人の戦いの解説をお願いするわね」

「じ、自分がっすか!?」

「だって私は戦いは領分でないもの。ルーに至っては戦闘の技術なんて欠片も持ち合わせていないのよ? 貴方がしないでどうするの」

「うぅ……」

 

 意地が悪かったか。

 頭にある特徴的な耳が垂れ下がるのを見て少しばかりそう思うも、それ以上に可愛らしいと思う。それに私は魔法の研究者であって、戦闘に精通しているとはお世辞にも言えない。

 それに《勇者》二人の戦闘──本当の意味で本気ではないとはいえ──についていけるのは、この三人の中ではロペルが最有力候補である。彼の意見・解説が欲しいというのは、なにも的外れな意見とは言えない。

 

「でもオレ、頭悪いっすよ……? ミナトさん達が賢い事しだしたら解説なんて……」

「単純な知識だけの問題なら私が補足するわよ。ほら、頑張りなさいな」

「ろ、ロペルさん、頑張って……!」

「エリザ様、ルーちゃん……っし! やれるだけ頑張るっすよ! 何か質問ないすか、ルーちゃん!」

「じゃ、じゃあ……ミナトおに……ミナトさんとリクドウさん? ってどっちが強いんですか?」

 

 彼女が彼のことを『ミナトお兄ちゃん』と呼びかけたことは、微笑ましいなと思いながらも私とロペルはそこには触れない。触れれば熟れたリンゴのように頬を染めることは想像に難くないからだ。

 尤も、ルーの質問に唸って頭を捻り続けている彼は、そのようなことを気にも留めなかったかもしれないが。

 

「めちゃくちゃ難しいっすね……」

「そ、そんなになんですか……!?」

「まず前提として、単純な相性差でいうならリクドウさんがとんでもなく有利っす」

 

 見てください、とロペルが浮遊する板のひとつ──戦闘準備を整えつつあるふたりを横から映した物を指差す。

 

「まず武器同士の相性……って言いたいんすけど、あの二人にはそこまで関係ないっすね。二人とも近接戦も遠距離戦も出来る魔法戦士ッスから」

 

 これが魔法が使えない者(以下戦士と呼称)同士の戦いであったのなら、攻撃手段──徒手空拳と大盾及び長剣という互いの攻撃方法にその性質。その違いによる相性差まで説明しなければならなかったが、ロペルの言う通り彼らは魔法も修めている。

 互いが《聖なる壁》に覆われたリングの隅から隅まで届く攻撃手段を有している以上、得物の相性差は戦士ほど如実には現れまい。

 

「なら何が……?」

「魔法の属性の相性っすね。ここからはエリザ様の方がお詳しいと思うので、解説役の交代お願いできませんか?」

「勿論。さて、ルー。ここに来るまでに、ミナトくんがどんな《勇者》なのかは一度聞かせたわよね。覚えている?」

「はっ、はい! 《闇属性》を極めた《勇者》様です! 影や重力の操作……あと時間や空間にも干渉できるかもしれないって……」

 

 ルーの言葉に私は頷く。

 

「その通り。彼の練度なら間違いなく、時空間にすら干渉できるでしょう。そしてそんな彼の優れた《闇魔法》に真っ向から対抗できるのが、リクドウくんの操る魔法──《神聖魔法》よ」

 

 《闇属性》を極めに極めた者のみが行使できる時間操作及び空間干渉。その影響下から逃れるための手段は計三つある。

 

 一、超高密度の魔力のバリアによって身を守る。

 相手が魔法を用いて攻撃してくるのなら、それを防御可能な盾を用意すればいい。至って単純な理屈で特別難しい事もない。規模の大小こそあれ、魔法使いならば誰でも行えて当然の必須技能だ。

 しかしそれを行うための魔力量は計り知れない。

 並の魔法使いがミナトくんの攻撃を防ごうと思ったのなら、己の全魔力を費やして一撃凌ぐ事が出来れば御の字といったところだろう。

 防御手段として、実用的とは言い難い。

 

 二、《闇属性無効化》の《特殊技術》

 これが資質などに左右されない、最も汎用的な対抗手段だろう。問題があるとするなら《闇属性》の素質を持つ者が珍しいこと。その上《闇魔法》を攻撃手段として用いている者が稀有であるため、《属性無効化》まで《特殊技術》を鍛え上げられる機会に恵まれないことだが。

 

 そして最後がリクドウくんがミナトくんに対して明確に有利であると断言できる理由。それこそが彼の扱う魔法属性──《神聖属性》にある。

 

「《神聖属性》……初めて聞きました」

「でしょうね。六つある魔法属性のうち、最も素質を持つ者が少ない属性が《神聖属性》だから。

 ……話を戻すわね。《闇魔法》が時空間及び重力へ干渉できるように、《神聖属性》にも特性があるの」

「それは……?」

「《魔力破壊》」

 

 当然のことながら、魔法の発動及び効果を維持するためには魔力が必要不可欠だ。

 魔法を発動するための魔力が足りなければ魔法はそもそも不発となり、維持するための魔力が失われれば魔法は即座に終了する。

 

 そして《神聖属性》の魔法、そしてそれを付与された武器は、魔法の燃料である魔力そのものに攻撃を仕掛け、これを破壊できる。

 故に《神聖属性》に適性を持つ者は、理論上全ての魔法使いに対して優位に立てる。

 

「じゃあミナトさん、負けちゃうんですか……?」

 

 ルーの声が萎む。

 彼女からすれば、ミナトくんは自身の危機を颯爽と現れ、救ってくれた英雄のようなもの。自分の憧れが負ける姿など見たくないというのは、当然と言えた。

 

 そんな彼女に私は「でもね」と付け加える。

 

「実際の戦いはカードゲームじゃない。『相性が悪いから絶対に負ける』とは限らないのよ。ロペルだって最初に言っていたでしょう? 『単純な相性差だけで言うなら』と」

「……! ど、どうなんですか!? ロペルさん!」

「締まってる! 締まってるっす! ルーちゃん!」

 

 胸元を引っ掴み、ぐわんぐわんと縦に揺するルーをロペルはやんわりと振り解き、自分の隣に座らせる。

 

「そ、その辺りは実際に見た方が早いっすよ……。丁度、お二人も始めるところでしょうから」

 

『では、試合開始!』

 

 リクドウくんの《聖魔》──確か閻魔王と言ったか。彼が合図を送った途端、動いたのはミナトくん。

 背後に数え切れないほどの《闇球》……いえ、《影球》を出現させ、それを一斉掃射。

 

「わっ、わぁ!」

 

 ロペルと私による『如何にミナトくんが不利な状況に置かれているか』

 そんな言葉など知ったことではないという、ミナトくんの先制攻撃にルーが歓喜の声を上げる。

 

『総数1221発の《影球》の飽和爆撃。あの時お前が負けた状況の再現だ。……リベンジマッチだっていうなら、当然対策はしてきたんだろう? まずはそれを見せてもらおうか』

 

 爆発に次ぐ爆発。《影の獣》の視界・聴覚共有が行われずとも鼓膜を叩く爆発音に、純粋な魔力の球が爆発したことによって霧散した魔力光でリクドウくんの姿が見えなくなる。

 

 が、彼とて《勇者》の中でも5本の指に入るほどの実力者。数と見た目だけは派手な初級魔法の連打に沈むほど、軟弱なステータスはしていない。

 

 現にミナトくんの言葉に返事をするように、闇を切り裂いて光の槍が彼を貫かんと迫る。

 

『っぶねぇ!』

 

 が、ミナトくんはそれを辛うじて腕を覆う闇色の篭手で弾く。

 ジュッと何かが溶けるような音。《神聖属性》の魔力の塊である槍が、彼の鎧を溶かした音だ。

 ミナトくんの表情が強張る。魔法戦に特化していた彼だからこそ、今、リクドウくんの攻撃によって自身に何が起こったのかを正確に把握したのだ。

 

 故に彼が取れる対応は──リクドウ・ミツヨシという勇者が放つ攻撃すべてを回避すること。

 だがそれを行うためには問題が一つ。

 

「──《穿光》」

 

 リクドウくんにとって、ミナトくんの防御を突破する事はただの『攻撃』で行えることだということ。

 特別な『溜め』も魔力を練り上げる必要もない。ただ剣に、拳に魔力を纏わせ振るえばその全てが『必殺』たり得る。

 故に技の出が早く、速い。

 おまけにこれは攻略手段が存在するような技術ではなく、純粋な特性のため、対策の取りようがない。

 

 闇の帷を切り払い、黄金と純白の光を纏うリクドウくんは《勇者》の体現者である。

 深淵の闇を照らす希望となり、魔を滅する理不尽の権化。

 ブリステン王国が誇る最強の戦力。

 

『……随分と様になってるな。俺のパクリのくせに』

『言い方。……まぁ合ってるけど。《光纏迅刀》《祓魔の燐光》そして《穿光》。これがお前と戦ったあとに身に着けた技の一部だ。結構様になってるだろ?』

『あぁ。あまりにも立派なもんだから、俺が悪役みたいに見える点だけは評価下がるけど』

『……ごめん』

『いや、謝らなくていいよ。冗談だし。

 ──んじゃ、そろそろマジでやるぞ。まだ準備運動いるか?』

『いや。来い!』

『オッケー』

 

 象徴として祀り上げられるなら、きっとリクドウくんの方なのでしょうね……などと、薄汚い推測を重ねていれば、第二ラウンドが始まるらしい。

 

 光の鎧を纏ったリクドウくんが改めて右手に持つ長剣に魔力を集中──

 

『《影の奔流》』

 

 するを即座に中断し、防御を固めた。

 刹那、リクドウくんを襲ったのは、黒と紫が入り混じったレーザービーム。最初はリクドウくんが持つ盾より少し細い程度の物だったが、それは一気に膨れ上がる。

 

「でかっ」

 

 ロペルが驚くのも無理はない。

 

 《奔流》系統の魔法は《球》系統と並ぶ汎用的な魔法の一種。『魔力を前方に向かって放つ』という単純極まりない魔法のため、弾道操作や着弾距離を計算さなければならない《球》よりも難易度は低く、その上技の出も速い。

 

 ならば何故《奔流》よりも《球》が汎く用いられるのか。

 それは消費魔力量にある。

 魔力を1点に固め、撃ち出す《球》と異なり、《奔流》は持続時間及び射程距離の長さが消費魔力量に直結する。

 より広い範囲を攻撃しようとすれば、より長距離を狙い撃とうとすれば、それに比例して魔力の消費は激しくなる。

 

 その《影の奔流》をミナトくんは、リクドウくんの視点から見た際に、自分の姿をすっぽりと覆えてしまうほどの太さで放っている。それも彼の攻撃動作を一切取らせないほどの密度で、だ。

 

「ほんと、《勇者》ってのは……規格外っすね。でもこんな攻撃、長くは続かないでしょう。いくらミナトさんだって魔力をこれだけ消費し続ければ……」

「魔力切れ──はあの子のことだから起こさないのでしょうけど、それでも相応の魔力は消費する筈」

 

 おまけにこの《影の奔流》は、リクドウくんにとって有効な攻撃とは言い難い。それを彼は理解しているでしょうし、だからこそ考えているに違いない。

 

『自分に効かない攻撃を、わざわざ続けている理由は何なのか』──その答えは、ルーが指し示した映像にあった。

 

「ミナトさんが!」

 

 《影の奔流》が放たれている方向とは反対。リクドウくんの背後から強襲を仕掛けようとしていた。

 あの膨大な魔力を《隠密》──自身の魔力反応を抑え込む技術を以て感知を困難にし、前面からの闇色の光線からの対応を強制したうえでの奇襲。

 

 悪くない一手。だがその程度で出し抜けるほどリクドウ・ミツヨシという《勇者》は弱くないだろう。

 現に彼は即座に応手する。

 

 前面からの攻撃は、超高密度の《神聖属性》の壁を打ち立てる事で防御。振り返り様、先ほどまで防御に割かざるを得なかった大盾から白い炎の斬撃を飛ばす。

 

 《神聖属性》と《炎属性》の複合──いえ、魔力を節約したのね。

 最低限《魔力破壊》が効力を発揮するまで《神聖属性》の魔力量を減らし、ミナトくんの防御を貫くための威力は《炎属性》の魔力で補填した。

 

 《神聖属性》と《闇属性》はその効果が絶大且つ唯一無二であるが故、消費魔力量も激しい。ミナトくん程の総魔力量がないリクドウくんが、魔力の節約を考えるのは道理。

 

 本来の炎属性の攻撃では到底不可能な速さを以て放たれる、炎熱の刃。それはこちらに踏み込もうとするミナトくんの足を止め──るような事はなかった。

 

『「「な──!」」』

 

 ロペル、ルー、そしてリクドウくんの驚きの声が重なる。

 だがそれも当然だろう。

 リクドウくんの背後に回り込み、奇襲を仕掛けんとしたミナトくんの身体が炎の刃によって両断されたのだから。

 

 リクドウくんからしてみればただの牽制、そこから最初にミナトくんに向けて放った《神聖属性》の刺突──《穿光》の連打に向けての事前準備でしかなかった攻撃に、ミナトくんほどの相手が対応できなかった事。

 

 ルーとロペルはこんな呆気のない決着に驚愕したこと。

 

 そして双方に一瞬、『ヨイザカ・ミナトの死亡』が脳裏を過ぎり──そんな致命的な隙を逃す彼ではない。

 

『シャァッ!!』

 

 リクドウくんの背後。《影の奔流》を突っ切り、ミナトくんが右の拳で光の壁を殴りつける。

 魔法を防ぐことに特化し、物理的強度は然程持たないその盾は呆気なく砕け、そのままの勢いでリクドウくんの後頭部に突き刺さった。

 

 空中で一回転し、そのままの体勢で固定されるというあり得ざる挙動をした光の勇者の身体。そこに更に左の足刀が彼の腹部を捉え、一瞬の停滞の末、彼の身体は毬のように吹き飛ぶ。

 

 鎧に覆われているとはいえ、人体が接触したとは思えないほどの轟音。ノーバウンドで《聖なる壁》へと叩きつけられたリクドウくんの身体は、ずるり、と俯せに倒れた。

拡大された映像では、リクドウくんの惨状が明瞭に映されている。

 

 ブーツの足底の形に陥没した金属鎧。口の端から垂れているだろう血液に、その中でも致命傷といえるのが最初の頭に叩き込まれた後頭部の凹み。リクドウくんが何らかの治療手段を持ち合わせていなければ、そう遠くないうちに死亡してしまうと確信させるだけの重篤な損傷。

 

 ロペルがカウントダウンを開始する。

 

『…………』

 

 ミナトくんは動かない。

 リクドウくんがいつ起き上がってきても、どのような攻撃を仕掛けてきたとしても即座に対応できるように構え、じっと倒れている彼を見据えている。

 

 そしてカウントが6に差し掛かった頃。

 光の粒が、倒れた彼の傷跡で瞬く。

 視界を焼くような激しさが伴ったものではない。夜の暗闇を優しく照らしてくれるような、あたたかな光。

 それがリクドウくんの身体に負わされた傷をゆっくりと、しかし確実に癒していく。

 

『はは……』

 

 ミナトくんの口から小さく笑いが漏れ、口角が獰猛に吊り上がる。

 この程度で終わるなんてつまらない。笑顔がそう雄弁に語っていた。

 

『ってて……本当にお前は。手加減とか知らないのか?』

『ちゃんと傷が治るまで待っていてやっただろ。これが殺し合いなら、お前が気絶した時にそのまま首を蹴り飛ばしてる』

『お前が言うと冗談に聞こえないんだよ。性格悪いし』

『うるせぇよ』

 

 あと別に冗談じゃねぇよ。

 そう彼が小さく呟けば──身体は既にリクドウくんに肉薄していた。

 

『っ!』

 

 そのままの勢いで体当たり。さも当然のように金属鎧に自身の指をめり込ませ、浮いた身体を地面に叩きつけ、そのまま腹部に拳を叩きこもうとする。

 

「……人から出ていい音じゃないっすよ」

「そうね」

 

 なんとかリクドウくんがミナトくんの手を払い除け、転がるように拳を避ければ、竜の雄たけびのような轟音が周囲に響く。ついで地面が大きく揺れた。

 これがただ一人の人間によって引き起こされた事象であることが、《勇者》という存在がどれほど凄まじいものであるのかを実感させてくれる。

 

「……エリザ様。ミナト様って魔法が得意な《勇者》様なんですよね?」

「えぇ」

「…………本当ですか?」

 

 ミナトくんの拳の、蹴りの威力はそのすべてが『必殺』の一撃であることは間違いない。目の前の景色がこれ以上ない程雄弁に語ってくれている。

 だからこそ疑わしいと思うルーの気持ちは理解できる。

 

 だがあの一撃に限った話ではなく彼の肉弾戦を正しく認識できる者にとっては、彼が魔法を主な攻撃手段としている《勇者》だということは疑いようがないのだ。

 

「間違いなくね。ロペル、貴方ならわかるでしょう? ミナトくんが今、何をやっているか」

「……魔力放出、っすよね」

 

 魔力放出。

 読んで字のごとく、魔力を進行方向とは真逆の向きに放出することで推進力を獲得、移動速度や攻撃の破壊力を向上させる技術。

 この世界における戦闘職に就いた者ならば誰でも行える……否、行えなければ話にならない基礎中の基礎。

 

 ミナトくんの場合、魔力操作の精度は未だ『世間一般的な魔法使いの中で見れば優秀』の範疇に収まっている。しかしそれを圧倒的な出力量で己の技量不足を補い、威力と速度を底上げしているのだ。

 

 だが。

 

「半分正解ね」

 

 ロペルが言った魔力放出だけでは、彼の格闘戦は成立させられない。

 だがこれは魔法の知識だけでは、理屈を説明できない物だ。そしてロペルとルーに対して、満足に勉学に励むことが出来る環境を用意することは未だ出来ていない。

 

 ならば、と私は懐から自分の杖を取り出し、空中に図と文字を書いていく。

 

「結論から言うと、ミナトくんがあの高速機動を成立させている要因は2つある。1つは先程ロペルが言ってくれた《魔力放出》。そしてもうひとつが『重力操作』よ」

「『重力操作』……じゃあ、ミナトさんはリクドウさんを重くして……? あ、でも《神聖属性》の魔力が……」

「よく自分で気づいたわね、ルー。そう、『重力操作』をリクドウくんに使おうとすれば、《魔力破壊》の性質を持つ《神聖属性》がそれを掻き消すでしょう。ならば、何に対して用いているのか? ロペル」

「自分に対して……しか、ないっすよね」

「その通り。ではここで魔法の勉強から離れて、貴族が学園に通って学ぶような授業をしましょう。

 ではまず最初に。『重力とは結局のところ何なのか』?」

 

 厳密に話そうとすれば彼らの戦闘が終わるほうが早くなるため要点だけ説明するが、重力とは『この世界に存在する物を、大地が引き寄せようとする力』の事だ。

 つまり『重力操作』の魔法は『力を操作する』魔法と言い換えても良い。

 

「そしてここからが話の肝なんだけど……これを説明するためには垂直抗力について話さなければならないわ。……ついてこられているかしら?」

「自分はなんとか。でもルーちゃんが」

「ぷしゅ〜……」

「あらら……」

 

 今回の旅にルーを同行させたのは、私とミナトくんの付き人として身の回りの世話をさせるため。最初から彼女は『戦力』としてカウントされておらず、ましてや勉学も侍従としての物ばかりで貴族が学ぶそれとは根本的に違うもの。

 

 そんな彼女にとってミナトくんが行っている技術は、あまりにも縁遠かったもので。彼女の脳は悲鳴を上げていた。

 

「うぅ……申し訳ありません、エリザ様……」

「謝らなくてもいいわよ。それに抗力なんて難しい言葉を用いたけど、理屈自体は単純なものだもの。……そうね、折角だしルーに体験してもらいましょう」

「え」

「大丈夫よ。ただ《聖なる壁》を押してもらうだけだから。ただ……そうね、思いっきり力を込めてちょうだい」

「わ、わかりました……」

 

 何をさせられるんだろう……? とルーの顔に書かれているが、主人たる私の指示だ。素直に従い、「えいっ!」と《聖なる壁》を押せば尻餅を……つく前に、ロペルが咄嗟に抱きかかえた。

 

「あ、ありがとうございます。ロペルさん」

「いえ、この程度なんてことないっす」

「実践ありがとう。じゃあ、ルー。質問させてくれるかしら。

 どうして転びそうになったのかしら? 石に躓いた、というわけではなかったでしょう?」

「それは……壁を押したら、押し返されちゃって、それで踏ん張りが利かずに……」

「そう。この現象を引き起こした力こそ垂直。『物体に対して力を加えれば、同じ量の力が反対方向に働く力』の事ね。そしてこの例は日常に溢れている」

 

 例えば走る時。私達は地面を蹴っているが、あれは地面を蹴りつけた時の力で走っているわけではない。地面を蹴りつけた時に発生する反作用によって前に進んでいるのだ。

 

「人を殴る時もまた然りね。拳の威力と同じだけの力が、殴った本人にも返ってきているの」

「へぇ……あ。え? でもエリザ様。それって勿体なくありませんか?」

「勿体ない……どうしてそう思ったの?」

「だって自分に返ってきている力って、そこから使いようがないじゃないですか? それをパンチやキックに使うことが出来たら、もっとおっきな力でえいってで……きる」

 

 道を多少は整えはしたが、こうして自力で答えに辿り着けるのだから彼女は優秀だ。

 

 そう。ミナトくんは『重力操作』の副次的作用によって、反作用を制御。己に返ってきている力を移動・攻撃に転用したのだ。

 ミナトくんはそれを距離を離された時の移動、そして攻撃には常に用いている。

 

 こうして外野が言うのは容易だが、それを行うのは極めて難しい。

 目にも留まらぬ(現に彼の《聖魔》が故意に映像を遅く再生させなければ、私の目には動きを捉えられない)連続攻撃の中、その全てに『力の操作』を行う。

 距離が離された際、距離に応じて『力の操作』を用いるか否かを判別する。

 

 ──そんなもの、『思考』していては到底間に合わない。

 

 『思考』を排除し、『反射』で魔力の操作を行えるようにしなければならない。我々が普段歩く際に、足をどのようにして動かすのか一切考えないようなレベルまで。

 そしてそれは天性のセンスは勿論だが、何より物を言うのは──研鑽。

 

 肉体の動かし方、それに応じた魔力操作を何度も何度も繰り返し肉体に最適解を刻みつけた。

 一切の思考を排し、半ば自動的に『力の操作』を行えるように。

 

「ここに来て一週間の筈でしょう……?」

 

 思わず感嘆半分呆れ半分の笑いが漏れてしまう。

 一体どれほどの環境で、どれほどの時間を鍛錬に注ぎ込んだのか。一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。

 

 光の《勇者》を蹂躙し、意識を失った彼を踏み付けた黒は紛れもなく《最強》だった。

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