俺達を乗せた馬車は広大なミハロヴィーナ領を駆け抜けていった。
今が丁度小麦の収穫時期だそうで、遠くの方に俺達が想像するような黄金の絨毯が広がっていた。収穫に関してはコンバインなどの機械類がないため非常に大変そうだと思ったのだが、そこは便利な魔法で解決するらしい。
ミハロヴィーナ領ではその豊かな資産を活かして魔法の講師をひとつの街に常駐させており、そこで魔法の素質のある者の発見、教育などを行っているそうだ。
これは領民全員に義務化されており、5歳までには必ず受けなければならないとの事。
「この制度は比較的、前向きに受け入れられてね。他の四大貴族の方々も順次この制度を導入していったのよ」
通常であれば魔法使いとして大成するどころか、自身に魔法の素質があると気付くことは環境、そして時の運が大きな割合を占める。
使ってみるとわかるが、魔法の発動というものはフィクションでいうイメージが云々などという曖昧なものではない。術式の構築と、魔力というエネルギーを適切に使用できるか否か、そして自身が扱える属性の正しい理解がなくてはスタートラインにすら立てない。
俺がその辺りの物事を全てすっ飛ばして魔法を扱うことが出来ているのは、ニュクスやティアマトの経験が俺を補助してくれているからであって、俺一人だけなら今頃魔法を使うことは出来ていなかっただろう。
閑話休題。
彼女が実施した政策は誰しもに平等に機会を与える事。
生まれ持った才能は《勇者》のように外部バーツでテコ入れしない限りはどうにもできないが、自分に魔法の才能があるのかどうかを知ることが出来る。
そして才能ありと判断された者は国が運営する教育機関への入学が決定し、そこで魔法に対する修練と勉学を受けることになる。
その後は犯罪に走らない限りは自由だ。
一旗揚げようというのであれば魔獣討伐やプチ《強魔地帯》とも言えるダンジョンを探索し、金銀財宝や未知を探索する『冒険者』として生きるもよし。
国お抱えの兵士や研究者として活躍するもよし。
田舎でのんびりとスローライフを楽しみたいというのなら魔法の講師や、先に話題に上がった魔法を活用して農業に従事するもよし。
この世界においては科学技術の代わりに魔法技術が大いに根付き、一部の分野では地球の技術を凌駕する物も生まれていた。
「どのような形であっても魔法は人々の生活をより豊かにし、守ることに大いに役に立つ。君を代表とする《勇者》はその極北ね」
「……役に立ってるんですかね、俺」
「立ってるわよ。卑下しないの」
俺達は当初の予定では一日目に宿泊する予定だった、ミハロヴィーナ領の町のひとつ『レブラ』にて昼食を取っていた。ただ荘園としての役割を追求したその町──というよりは村には、エリザさんが宿泊するに相応しい宿はここしかない。
宿と食事処を兼ねたその施設から出される食事は、如何にもな高級料理といった風体ではなく素朴というか、俺にとっては非常にとっつきやすいものだ。
そんな料理であっても、エリザさんやアイズさんは非常に綺麗にナイフとフォークを扱い食事している物だから「本当に同じ料理を食べているんだろうか……?」と疑わしく思う。
いや、厳密に言えば俺とロペルの前には非常に大きな塊肉が置かれていているのだが。
使用人であるルーちゃんやアイズさんはともかくとして、大公という高貴な身分のエリザさんを差し置いて食べているのはどうなんだ、と言えば「私にはそのお肉は重すぎるから……」と断っていた。うん、なら仕方なし。
「でも俺、ただロペルが操縦してくれる馬車に揺られて、エリザさんやアイズさん、ルーと喋ってるだけでしたよ?」
そう。俺は確かにエリザさんがフェイルメール辺境伯が管理する街『フェイルメール』までの道中を護衛する任を引き受けていた。
……近頃、フェイルメール辺境伯から《強魔地帯》の魔物が活発しているという報せを受けた西方貴族達は、自身の兵士たちの一部を派遣した。そのせいで以前の様に領地を管理できず、魔物の討伐が滞ったせいで被害が出たり、この状況を好機と見た賊が外部から侵入してきたりと治安の悪化を避けられなかった。
故にこの旅程もそういった存在との衝突は避けられないだろう、と俺は聞いていたのだが……な~んにも出なかったのである。
言った通り、俺がやっていたことは女性陣とお喋りをしたり、外の景色を見たりといったごく普通の遊覧であった。無論、何事もないに越したことはない。襲撃があれば足を止めざるを得ず、《時間加速》のアドバンテージがどんどんとなくなってしまうからだ。
なの、だが……少なくとも今までの道中が、この立派な塊肉のステーキに見合う物か? と問われれば断じて否であろう。
「……お言葉ですが、ミナト様」
しかし、それに異を唱えたのはこれまで沈黙を守っていたアイズさんだ。
彼女はナプキンで口元を拭った後、口を開く。
「ミナト様は確とミハロヴィーナ大公から任ぜられた役割を全うしておられました」
「……喋ってただけで?」
「っすね。っていうのもミナト様、今までの道に魔物はいたんすよ」
「え、嘘。これでも《索敵》使ってたんだけど?」
《索敵》は合宿中に習得した新《特殊技術》なのだが、早速要らない子になったかもしれない。アイズさんとロペルが揃って「魔物はいた」というのなら事実であるのだろうし、それを俺は気付けなかったのだから。
ふ、不甲斐ない……ッ! エリザさん直々に護衛を頼んでくれていたのにこの体たらくとは……!
「しかしそれは仕方のない事なのです。ミナト様が魔物の存在に気付くことが出来なかったのは、偏にミナト様が我々よりも抜きんでて強かったが故なのですから」
「強かったから……?」
「左様です。《索敵》はあくまでも『自身の脅威を探知する《特殊技術》』ですから。それは逆説的に言えば、『自身にとって脅威になりえない存在は探知できない』という事でもあります」
「あ、あ~…………なる、ほど……」
言うまでもないことだが《特殊技術》はあくまでも個人に根付いたもの。《聖魔》のような特殊な例を除けば、他者と共有する事など不可能。
故に基準もバラバラ。
他四人にとっては『脅威』である存在であっても、俺にとってはどれだけふざけていても倒せるほどの雑魚であれば《索敵》は機能してくれないということだ。ふ、不便!
そこはなんかこう、良い感じにしてくれよ《特殊技術》さんよ……!
「……それ護衛としては失格じゃないですか?」
「いや、バッチリ働いてくれてますよ。っていうのもミナト様が強すぎるから、魔物は近づいてこないんす。本能で喧嘩売ったら死ぬって理解してるんで」
「ミナト様すごーい!」
そうかな……そうかも……。
皆のヨイショが心に染みるぜ……。
にしてもそういう事なら《特殊技術》に依存した索敵方法だと役目を果たせないな。
ちゃんと魔力操作の索敵に切り替えなければならないのだが……これ、俺苦手なんだよなぁ。
理由は先のアイズさんが言ってくれたような事と同じ理由。自分の総魔力量が多すぎて──ここで言う『自分の』とはニュクスやティアマトとの合算だ──、魔力を探り難いのだ。
天翔ける龍が大地の蟻の一匹一匹を探りますか? という話である。とはいえ仕事で引き受けた身。ばっちりとこなさせていただきますよ。
「加えて言えばミナトくんが《時間加速》を使ってくれているから、ここまで旅程をショートカット出来ているのよ? ちゃんと自信を持ちなさいな」
そこまで言われてしまえばこちらも切り替えざるを得ない。
俺はちゃんと働いてる! ヨシ!
「あ、そうだ、ロペル。今更だけど体調とか悪くなってないか? 他人に時間をいじられるなんて初めてだろ」
「問題なしっす! エリザ様からばっちり活力回復薬もいただけましたし、ご飯もガッツリ食べたし! これからも頑張るっすよ!」
「ならいいんだけど……無理するなよ?」
「っす!」
「《索敵》は私にお任せを。ミナト様はどうか迎撃に集中なさってください」
「了解です」
ロペルとアイズさんが周辺の《索敵》を担い、俺が馬車に近づいてくる魔物の迎撃する。
メンバーの中で一番尊い身であるエリザさんは守られるのが仕事。むしろ彼女をほんの僅かでも『安全に過ごしていただく』以上の事をさせてしまったら、それは俺達の落ち度である。
ルー? 彼女は賑やかし担当だ。ムードメーカーとも言う。
冗談無しで言うと、彼女はこの旅中の俺達の世話をしてくれるメイドとしての仕事がある。故に根っからの非戦闘員だ。
じゃあアイズさんは俺専属のメイドなのに、なんで戦闘でも仕事をしているんですか? と問えば。
「メイドの嗜みです」
との事。正直戦えるメイドさんって素敵よね、ということ以外は何もわからなかった。
とはいえ、戦闘能力はロペルや俺に大きく劣る、というのが自己評価らしい。いや、戦えるだけ凄いですけどね、貴方。
「とはいえ、平和な旅はここでおしまいでしょうね。私の領地を抜けてしまえば、一気に魔物の脅威は上がる。皆、気を引き締めてちょうだい」
エリザさんの鶴の一声に俺達は揃って返事をして、店を出る。さて、気を引き締めて皆に安全安心な馬車の旅をプレゼントしないとな。
……エリザさんの言葉が事実であると改めて認識することになったのは、体感時間でおよそ一時間が経った頃だった。
王国内標高第三位を誇る『ランジェ山』の麓を馬車で駆け抜けていた時、アイズさんが「ミナト様」と声をかけてきてくれた。
「敵ですか」
「はい。数は10程。ランジェ山からこちらに向けて真っすぐ突撃してきます。おそらくは……ロックバイソンの群れかと」
「了解、迎撃します。……ロペル! ちょっと馬車停めてくれ!」
「っす」
馬車が止まったのを確認し、俺は馬車から飛び出る。
それと同時、威嚇と索敵を兼ねた魔力の波──馬車内で使用すると『魔力酔い』が発生するため辞めてほしいと言われ使わなかった──を前方に放つが……。
「止まる様子はなし。まぁ、そりゃそうだわな」
流石の俺もアイズさんに方向を指定もらえれば索敵も出来る。
魔力を用いたソナーに引っかかった存在は、彼女の言うように10程。いずれも俺達目掛けて突っ込んできている。
ロックバイソンは外皮が岩のように硬化した牛によく似た姿をした魔物であり、主な攻撃手段はその外皮を活かした対象への突撃。というかそれしかない。
しかしそれは短慮でも怠けているからでもなく、それだけで生存競争を勝ち抜いてきたという証左である。
魔力強化を用い、時速100㎞に迫ろうかという速さで約3mほどの鋼に勝る硬度の生物が、こちらに敵意を持ち群れを成して突っ込んでくる。
それだけで十分すぎるほどの脅威であり、その威力は自動車の交通事故が可愛く見えるほど。
『早い、安い、旨い』の飲食店の三拍子ならぬ、『速い、重い、強い』の攻撃の肝要三拍子。
このロックスバイソンの突進攻撃は《
そんな存在の突進攻撃を馬車が受けてしまえば馬車そのものが走行不可能な損壊を受けてしまうし、間違いなくエリザさんやルーは死んでしまう。
故に俺が行うべきは、ここに到達する前に合計十体のロックバイソンの命を断ち、奴らの突撃を防ぐこと。アイズさんの《索敵》から逃れた敵対存在の同時襲撃を警戒し、ここから離れないこと。大規模な攻撃を行い、土砂崩れといった二次災害の発生を防ぐこと。
その条件を満たす技は、ある。
「《
右目に浮かび上がる三つのレンズ。《闇属性》の魔力で構築され、レンズ内の景色の『空間』のみに干渉して彼方の距離を観測可能な擬似スコープだ。
それを通してロックバイソンの姿を視界に捉えた俺は、指を銃の形にして構え、その先に黒と紫が混じり合った弾丸を生成していく。
魔法の力を以て、地球の戦争において最もポピュラーな武器である銃を再現する《
その中でも威力と射程に重きを置き開発したこの《狙撃銃》は、独力で術を練り上げた時はまぁ酷いものだったが、ニュクスの助言と改良を経た事により──その有効射程は3㎞にも及ぶ。
魔法の極致に君臨するニュクスからして『これより射程の長い魔法を私は知りません』と言わしめた、超長距離狙撃を実現した。
だが、ちょっと待て、と。
お前はおよそ一週間前までただの高校生だっただろ。
ハワイで親父に銃を習ったわけでもあるまいし、3kmの射程を持つ魔法を実現したとて、それを当てられる技術がお前にはあるのか、と。
きっと諸兄はそう言いたいのだろう。
決まっている。そんなもんあるわけねぇ。
だから──ズルをするのだ。
「《
発現するは黒い穴。
外見だけは、ティアマトとの戦いでニュクスが用いた《
ワームホールの名の通りそれは起点である俺の側と、目的地点を繋ぐ『空間干渉』の魔法。
レンズでロックバイソンの姿を捉えながら《未来視》を起動して、通過地点に《空間跳穴》を生成。そこに十発の弾丸を発射する。
ロックバイソンのその突撃は極めて強力な代わりに『一度加速してしまえば、直線移動しかできない』という明確な弱点を負っていた。
故に《未来視》で奴らの進行速度を捉え、その進路上に《空間跳穴》を置いておけば──。
「ブモオ゛ォォッッ!!?!?」
この通り、自分から急所である頭を差し出してくれるわけだ。
ロックバイソンの守りが如何に堅固であろうと、こちらの魔法攻撃力は10万に届こうかというのだ。貫けぬ道理などあるものか。
ロックバイソンの群れは揃いも揃って頭部を弾丸によって撃ち抜かれた上で、爆散。魔物の生命力が如何に尋常の生物と比較して強かろうと、脳を消し飛ばされて生きていられるモノはそういない。
『ロックバイソンの群れとの戦闘終了──』などといったアナウンスが脳裏で響くが、そんなもの聞く必要はない。今更彼等を10体、20体倒したところで《特殊技術》やレベルが上がるほど、俺は──少なくともステータス上は──弱くないからだ。
それよりも先に対応しなければならない物がある。
確かに俺はロックバイソンの群れを討伐したが、死んだ程度で彼らの突撃は止まってくれない。《岩石突撃》によって生まれた運動エネルギーだけで、馬車を破砕するに充分な威力を備えているからだ。
山を滑るようにしてこちらに飛び込んでくる魔物の死体。意思を持って突進してくることこそなくなったものの、高速で岩が落下してきているという危険な状況には変わりない。
「《
その応手として俺が用いたのは時間凍結のまじない。馬車をドーム状に包み込むようにして、空気の『時』を停止させる。
『時』を停止させられた物体は《闇属性》と《神性属性》を除くあらゆる手段において干渉不可能となる。
闇と光以外の全てを拒絶する停止の結界。それは単純な質量攻撃で突破できるようなモノではなく──。
頭蓋がなくなったロックバイソンの遺体は壁に衝突し、ずるり、と地面に崩れ落ちる。当然のことながらヒビひとつ入っていない。
これで完全にロックバイソン戦はひとまず終わったと言っていいだろう。
「見事なお点前です、ミナト様」
「流石にこの程度の魔物に苦戦はしていられませんよ」
控えめな拍手と共に微笑んでくれるアイズさんに俺は返す。
これは謙遜でも何でもない。
俺が今から向かう場所は魔王のお膝元。そのお通しレベルの魔物の群れに手を煩わされれば、《強魔地帯》で戦力になるなど夢のまた夢だ。
しかしまだ油断はできない。
俺はアイズさんに視線をやった。
「他に敵は」
「少なくとも私の《索敵》範囲には入っておりません。ロペル様は……」
「自分も感知できずっす!」
ならひとまずは安心か。
俺は停止させていた空気を再び動かす。
この時間停止の防御術は内外からの大半の干渉を拒絶するという特性上、術を解除しない限り内部の物は外に出られない。
それどころか外部からの空気の流入すら拒否しているため、あのままでは酸素不足で窒息……なんて笑えない事態になることも大いにある。
『時』の防御は最強の盾ではあるが、無敵ではなかった。
それにしても……と、俺はロックバイソンの一体に視線をやる。
それは即座にアンデッドとなってこちらに襲いかかってくるだとか、死んだふりをしていただとか、そういう事ではない。
もっとシンプルな違和感であった。
「……デカくね?」
奴らの姿をスコープ越しに見ていた時からも思っていたのだが、体長も体重も俺の知っている『ロックバイソン』という魔物より遥かに重く、大きいのだ。
先に軽く触れた通り、一般的なロックバイソンの体長は3mに届くか否か、といったところだった。
だが目の前の遺体は、どれだけ小さく見ても6mはくだらない。軽自動車と軽トラックくらいの差が、俺の中の『ロックバイソン』という魔物と目の前の死体にはあった。
もはやこれは種そのものが違うといっていいだろう。
俺が先に討伐した奴らは『ラージロックバイソン』とでも言うべき新種であり……。
「アイズさん」
「はい、如何致しましたか」
「これ、持っていったら捌けますか?」
そうなれば味が気になるのが当然というもの。
ロックバイソンそのものが、硬質な外皮さえなんとかしてしまえば、大変食いごたえのある種であったのだ。
それが単純に大きくなったというのなら、可食部位も相応に増えているはず。アイズさんさえ良ければ、本日の夕食に更に豪華にしてやろうとして──、
「やめておくのが無難じゃないかしら。あんまり美味しくないもの」
それをエリザさんに制止される。
一体どういうことか、と尋ねようとすればその疑問は先んじて封じられた。
「詳しいことは中で話すわ。遺体の処理をしたら戻っていらっしゃいな」
投稿時間についてのアンケート※一週間程度を目安に〆
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0時(今まで通り)
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6時
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12時
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18時