ロックバイソンの襲撃を乗り切った──あの死体は《時間加速》を用いて土に還した──俺達は再び馬車に乗り込み、フェイルメール伯の領地を目指す。
ロペルが馬車の操縦に戻った事で、馬車の中は再び俺と女性陣しかいなくなる。
何故か俺を真ん中にエリザさんとアイズさんが両隣に座り、ルーが俺の膝上に乗るといった形で馬車に揺られる。……いや、本当になんで?
ちゃんと対面の座席だってちゃんとあるのに、どうして俺の隣にばかり座るんだこの人達は。
膝上のルーに対しては微笑ましいだけで済む──流石に10歳を超えているかどうか怪しい幼い女の子に性的な目は向けられない──が、隣の美女二人がよろしくない。
俺の肥大化した性欲と、反比例するように強度の下がった理性が美女二人の芳香によって揺さぶられ、崩壊寸前になっている。清涼感のある匂いはアイズさん、ややつん、とした刺激がありながらも全体的に甘い匂いがするのはエリザさんであろうか。
加えてエリザさんのシースルーによって谷間が透ける、その双子山が腕に当たっているからと言ってもそれに視線をやることも、意識することもしてはならない。
三人+一人が同じ座面に座っているから、距離が近づいてしまって、否が応にも当たってしまっているだけなのだから。気にしたらとてつもない身分が上の方に性的欲求を抱く無礼者の烙印を押される事は確定だ。
俺は努めて隣の女性達からは意識を逸らしながら、仕事の話を上司に振った。
「それでエリザさん、あのロックバイソンが美味しくないというのは……?」
「あぁ、そうだった。その話ね。それなのだけど……ミナトくん、これから向かう《強魔地帯》についてどの程度知っている?」
「そう、ですね……」
エリザさんから聞かれた事は、当然国立図書館の蔵書で勉強していた。
王国最西端、フェイルメール辺境伯が統べる領土に隣接する《強魔地帯》その識別名称は『
読んで字の如く、『巨人三国』は三体の【巨人族】の魔王が勢力下に置いている領域である。
その名はそれぞれギュゲス、コットス、アイガイオン。
同族でありながら、いや、同族であるからこそ、彼らは己こそが最も優れたる【巨人】であると疑わず、日々戦争を繰り広げている……と推測されている。言い方が曖昧なのは彼らが戦っている領域まで人間は辿り着けたことがない。
故に戦闘の余波であろう衝撃と轟音、そしてまるで逃げるようにしてブリステン王国の領土にやってくる巨人の群れから、『巨人三国』の深奥の状況を推測するしかないというのが現状だ。
「魔王同士が争っている事、それぞれの魔王の力が拮抗し、各々の軍勢の大半が同士討ちに使われているだろうことからなんとか防衛線を維持できている……そう伺いましたが」
「そうね。不甲斐ない事この上ないけれど、私達が抑えられているのはあくまでも余波に過ぎないわ。事実、50年ほど前に侵攻してきたギュゲスと、その軍勢によって防衛線が二か所陥落している」
「……その時はどうしたんですか?」
「《勇者》三名の命と引き換えにギュゲスを撃退。軍勢を壊滅させたらしいわね」
エリザさんの話を聞いて唸ってしまう。
魔王一体を追い返すのに、《勇者》三人が犠牲になった。
当時の《勇者》が何人いたのかはわからないが、仮に俺達と同数の23人だとしても割に合わないというのが正直な印象である。
周囲に巨人の軍勢がいたということから、間違いなく単純なぶつかり合いでは筈だ。そして《勇者》の強さ自体も、陸堂や桐生先生のようなピンから他のクラスメイトのようなキリまで差が大きい。
それを加味しても、将来的には魔王と一対一で勝負できるだろう戦力が三人犠牲になり、防衛拠点が二か所も落ちたという事実。そしてそれを実現したギュゲスと拮抗する強さを持つ魔王が、あと二体後ろに控えているという現状。
今も尚王国西方が人類生存可能領域として栄えられているのは、巨人達の気まぐれであるというエリザさんの言い分に、俺は反論することが出来なかった。
だが、その話とロックバイソンが美味でないという話に何の関係性があるのか尋ねると……。
「魔王は読んで字の如く『魔』の王。故にその魔王が有する魔力は周辺環境や動植物に伝播して、その性質に応じた進化を促すの。そしてギュゲス達が有する魔力特性は『巨大化』よ」
「『巨大化』……シンプルですね」
「そうね。彼らの影響を受けた動植物は標準的な種と比較して、極めて大きく、重く成長するようになる。魔王の影響を受けた生物は、大半が彼らが得意とする魔法属性に耐性を獲得し、また同属性の魔法を行使するケースが多い。物理攻撃に特化した進化の形は希少と言えるわね」
「……不思議なんですけど、エリザ様」
ここで丁寧に「はい!」と元気に挙手をしたのが、俺達の中では一番戦闘に縁遠いルーである。
それでも必死に俺達の話に入って来ようとする辺り、彼女の生来の生真面目さが発揮されていた。それでも馬車に合わせて身体を揺らしている様は可愛らしいが。酔わない程度にするんだぞ。
「皆さんわかっているようなので、きょーしゅくなんですが……身体がおっきくなるってそんなに強いんですか? わたしからすれば、ミナト様みたいに魔法をどっか~んっ! って撃てる方が強いんじゃないかって思うんですけど……」
「どちらも非常に強力である事に間違いはありません」
「あら……じゃあ代わりに貴方が説明してくださる? メイドさん」
「承知致しました」
アイズさんが頷いたのに合わせて、俺は武器などを格納している《
「……! ありがとうございます、ミナト様。けれどよろしいのですか?」
「勿論です、好きに使ってください」
《勇者》特権でいくらでも用意できるものであるし、そもそもこれの代金を持ってくれたのはブリステン王家だ。広義で言えばこれらの道具は、アイズさんの職場に置いてあるものであると言っていい。職場の備品を使って良いも悪いもないだろう。
俺は羊皮紙の存在する座標の空間を固定化して真っ直ぐ文字やイラストが描けるようにする。いやぁ、こうやって非常に小回りが利くから本当に《闇属性》って便利だわ。
それにアイズさんが筆記用具を持っていると、なんというか……敏腕秘書、という雰囲気が出るな。いや、メイドさんなんだが。
「では、僭越ながら。まず身体が大きい事による利点を挙げさせていただきますが……第一にいっぱい筋肉をつけることが出来ます」
「きんにく」
「はい、筋肉です」
ここだけ切り取るとアイズさんが筋肉信者のように聞こえるかもしれないが、彼女の言い分は全く以て正しい。
身体が大きければ、搭載できる筋肉量の上限が遥かに引き上がる。そりゃ土台の面積が広いんだから、そこにいっぱい物を積むことが出来るわな、という話だ。
それにこの世界の特徴であるステータスの話をするとだな、筋肉量が増えると物理攻撃、物理防御、敏捷に補正がかかるのだ。しかもおそらくだが……割合で上がってる気がするんだよな。
補正割合こそ微量且つ素の俺のステータスを参照しているようだが、そのお陰で俺の敏捷ステータスはついにニュクスとティアマトの下駄を履かせてもらわなくても1万に到達した。
もう身体を鍛えない理由なんてないだろう? ここに来るまでは立派なモヤシ系男子だった俺も、今では立派な細マッチョだ。ゴリマッチョにはなれないし、なりたくもない。
俺の身長は170㎝に届くか否かといったところでそもそもの身長が足りないし、ニュクスの好みが細身の男だからだ。
閑話休題。
「あと身体が大きいという事は自然と歩幅が大きいという事になりますので……追いかけっこでも非常に有利です。巨人族の体長は個体差がありますが……一般的な巨人族が8mだそうなので、単純計算すると大体巨人族の一歩が、私達にとっての4歩分という事になりますね」
「わ、すぐ捕まっちゃいますね!」
「えぇ。まとめると、いっぱい筋肉があるので私達よりも力持ちで、頑丈で、速く走ることが出来、一歩一歩が大きい。だから正面からよーいドン、で戦うと、まず私達は負けてしまうわけです。……大公が私達の知るロックバイソンと比較して『美味しくない』と仰られたのは、その身体がより頑強に成長しているため肉質が悪くなっているからではないでしょうか」
「えぇ、その通りよ。説明が上手くて助かるわ」
「なるほど……よくわかりました! ありがとうございます、アイズさん!」
デカくて、重ければ強い。
相撲といった無差別級格闘技においては、散々言われてきた理屈ではあるがこれが命がかかった場で適応されるとなるとたまったものではない。
これならば半端に魔法が使えてくれた方が、脅威としてはマシになっていただろう。
──アイズさんが言ったように、単純な種族的な強さで言えば巨人族に軍配が上がる。なにせ俺達はただの『人族』なのだから。
しかし、現在においてもブリステン王国が巨人達に踏み荒らされていないのはフェイルメール家、そして何より王国西方に住まう方々が知恵で、研鑽で、彼等を押さえつけてくれているからに他ならない。
自分達よりも遥かに身体能力に優れた種族から人々を守るため、王国西方の者達が鍛えてきた技術こそが、先にエリザさんが語ってくれた『魔法の鍛錬と教育』そして……。
「ラピス砦で主に用いられる兵器は『毒物』であるという認識ですが……間違いありませんか?」
「えぇ、その通り。本当によく勉強してきてくれたわね。私が話そうと思っていたこと、大体知っているじゃないの。ちょっと複雑だわ」
苦笑するエリザさんに俺は「恐縮です」としか返すことができなかった。
ラピス砦に合流した際、恙無く前線に合流するため事前知識は覚えすぎなくらいでちょうどいいと考えていたのだが……どうやら裏目に出たらしい。
とはいえ、彼女の言葉が褒め言葉であることに気付けないほど鈍くはない。
……そもそも西方で薬学が発展した理由が巨人達の迎撃に端を発するものであったという。
16世紀スイスで活躍した医師にして毒性学の父パラケルスス曰く『全ての物質は毒であり、用量のみが毒か薬かを決める』
より効率的に、より安全に、敵対者を殲滅するために積み重ねられた『毒』の知見。
他の領地よりも遥かに人命の価値が軽かったが故に、高頻度に得られた死体を用いた人体知識の獲得。
そして仲間の命を繋ぎ止めんとした人々の想いが、西方の医学的技術の爆発的進化を生み、ブリステン王国を支える医学・薬学の土台となったのだ。
今なお西方では毒薬の研究が進められ、その歩みは留まることを知らない。何より王国内において医学、薬学研究を指導する方こそ俺の隣に座るエリザさんなのだ。
領地の運営、薬学研究に加え、夫の主治医と八面六臂の活躍──というよりは地球においては労基案件の業務量を平然と熟している。
というか、
「俺が勉強に使ったのはエリザさんの著書ですよ。国立図書館の司書が、『王国西方の歴史を知るならこれに目を通すのは必須だ』と勧めてくれて」
「あら、それは光栄ね」
とはいえ、この世界においての本は希少品。未だに庶民の手に広く渡るほどの数は量産できていないのが現状のため、雰囲気で『ミハロヴィーナ様って凄いらしいよ』くらいのものらしいが。
「他にも西方に関する書物は読み漁ったんですが、現行の対巨人族戦術の記載があるものは見つけられませんでした。なのでエリザさんにはそのあたりご教示いただけたらな……と」
「勿論」
彼女は頷き、俺とルーに講義を始めてくれた。
「私達と巨人の間には基本的に、身体的能力において致命的な格差がある。だからラピス砦に配属された戦闘員は大半が魔法を主な攻撃手段としているわ。系統としては炎属性と、風属性、あと土属性が多いかしら。あとはミナトくんが言ってくれたように毒物もそうね。発火性の気体毒で炎属性の魔法の威力を底上げしたり、麻痺毒で動きを阻害したりといった動きが主ね」
「風属性の魔法で気体の動きをある程度制御したりとか……?」
「まさしく。防護用の装備は皆つけているけれど、万が一の事があるから。あと土属性は主に守りに用いられるわ。単純に地形を用いた罠の作成だったり、仮の防衛線の構築だったりね。その他にも罠は色々あるのだけど……そこは現地の指揮官に聞いた方がいいと思うわ」
「なるほど……ありがとうございます」
やはりというべきか、俺は現地の戦闘スタイルにはあまり貢献できそうにないな。
エリザさんが言ってくれた三属性の魔法を俺は使うことが出来ない。水属性の治癒魔法は出来なくはないが、自分の傷の治療を《時間遡行》に依存しているため不慣れな上に不得手。個人の適正の範疇で水魔法を使うのなら、他者の傷を癒す真似はやめておいた方がいい。
あくまでも戦地に投入される大駒。決戦兵器としての役割に徹した方が良いか。
勿論、協力できるところは協力させていただくが。
しかしそんな俺に対し、右隣りから控えめに手が上がる。
「その方法であれば、微力ながらお力添えが出来るかと存じます」
「アイズさんも戦うんですか? それは……」
確かにアイズさんは今も尚ロペルと共に《索敵》をしてくれている。
けれど彼女は戦う手段を持っているだけで、本職は王城のメイドなのだ。
《強魔地帯》に向かう俺についてきて、身の回りの世話をしてくれるというだけで本来の職務からは大きく逸脱しているだろう。最終的に同行を認めた彼女の上司だって二の足を踏んだに違いない。
俺も本当の意味では理解できていないだろうが、それでも魔王の勢力圏に近づくというのは相応のリスクを伴うのだ。
これ以上、彼女に無茶をさせるわけにはいかない、と反対したが……。
「勿論、直接巨人族と戦えるなどと思い上がっているわけではありません。ですが、私の使用する魔法は『風』。風向きを操作する程度であれば恙無く行えます。魔物の動きが活発化している今、戦力として働ける人間を遊ばせておく余裕はないのではないですか? ミハロヴィーナ大公」
「貴方の言う通り、戦力が多いに越したことはない。けれど……言い方は悪くなってしまうけれど、もし仮に貴方が死亡した場合、王城の人間、ひいては陛下からの責任の追及は間違いなくある。西方を管轄する者としては余計なリスクは背負い込みたくないというのが本音よ。
それに貴方の職務は、私達にとっての最高戦力であるミナトくんを、最良のコンディションで、最大のパフォーマンスを発揮できるよう環境を整えること。それ以上のことはしなくていい……のだけど、納得がいっていないという顔ね」
「危険は承知の上です」
彼女の檸檬色の瞳に真っ直ぐ見据えられる。
そこにあるのは好奇心だとか、思い上がりといったものでは断じてない。そこにあるのは、
「……ミナト様、恐縮ながら申し上げます。私は主が戦火に飛び込むのをただ見送り、守られるだけの存在ではありたくないのです」
「──アイズさん」
眩しくて、見つめられるこちらが眼を逸らしそうになるほどの献身だった。
「私のような一従者にはあまりにも過分なお心遣いを頂けること、大変ありがたく存じます。私に迷惑をかけないようにしよう、自分で出来る事は自分でやろう……そのお考えを否定したいわけではないのです。これは、ただの私の我儘に過ぎません」
ミナト様、と彼女は言葉を区切り、ふっと息を吐いた。
「もし許されるのならば、私に貴方様が『これは迷惑だろう』と思われた事をさせてほしいのです。貴方様が守りたいと思ったものを、大切にしたいと思ったものを、微力ながら私にも守らせてほしいのです。どうか、お願い致します」
──俺がこの世界に来て、およそ2週間と少し。
最初の二週間はアンドリュー達の下で座学や武芸に励み、ティアマトと契約してからはニュクス&ティアマトブートキャンプのため城を不在にする期間が多かった。
故にアイズさんは俺専属のメイドという立場にありながら──あまりにも恐れ多いが──、俺とアイズさんが接した時間というのは非常に少ない。
彼女が専属メイドの役割を果たせたこともまた然り。といってもこれは彼女が怠慢であったという事は断じてなく、むしろ俺に問題があった。
先程アイズさんが言ったように、『こんな事わざわざ人に頼むほどではないな……』と身の回りの事を粗方自分でやってしまっていたのだ。自分で起きたり、部屋の掃除をしたり。そのくせ普段から世話になっているから、とエリザさんから頂いた今回の仕事の前金の一部をアイズさん達に使ったりと。
自分の根が小市民過ぎるがために、こうしてアイズさんに頭を下げさせてしまった。
ここまで彼女に言わせておいて、どうして『駄目です、貴方は安全な場所にいてください』などと宣えようか。
無論、正論だとか理屈だとかを振りかざせば、彼女はそもそもこうして同行しない方が良かった。それでもついてきてくれたのは、エリザさんからの要請以上に、自分で言うのは面映ゆいが『メイドとして俺の力になりたかった』事が大きいのだろう。
彼女がそこまで想ってくれるような事を積み上げた記憶はないのだが……それでもアイズさんの気持ちを蔑ろにする理由にはならなかった。
「……わかりました。頼りにさせてもらいます、アイズさん」
「……。ありがとうございます、ミナト様」
「いや、お礼を言うのはこっちの台詞ですよ」
仕事も面倒事も元は俺がやらなければならないことだというのに、それを押し付けて礼を言われるのは変な話だ。だが、そういった奉仕の精神がなければメイドというものは務まらないのだろう。
「ですって、ルー。貴方も見習わなきゃね?」
「うっ……頑張ります……」
俺の膝の上に座る見習いメイドさんが呻き声を上げ、それに大人組がお淑やかに笑った。
──そんな平和な日々が三日ほど続いた。
平和と言っても、度々魔物の襲撃はあったのだが俺一人で容易に片づけられる範疇。
エリザさんが説明してくれたように、巨人の魔力によって身体が大きくなったこと以外は既知の魔物であったため、特段苦戦もすることなく退けることが出来た。
そうして俺達はフェイルメール辺境伯の屋敷に辿り着いたのである。
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