「…………すみません。ちょっと耳を疑う言葉が聞こえてきたので、念のため確認させてください。なんておっしゃいました?」
「はい。私を抱いてはいただけないでしょうか、と申し上げました」
「……ちなみにその『抱く』というのは、単純に抱きしめるとかそういった意味合いで……?」
「いえ。性交、交尾、セックス──それを意味する言葉は様々ございますが、ミナト様のご想像通り男女の交わりに相違ありません」
…………よし、聞き間違いでも思い違いでもなかった。
ならば彼女の言葉に応える前に、こちらとしてもやることがある。
『ティアマト、ニュクスの事抑えておいてくれないか?』
『任せときなさい』
『ミナト!? ティアマト、何をするのです、私は──』
これでしばらくは静かになった。……後が本当に怖いけれど。
さて、ここで俺が取るべき行動とは『据え膳食わぬは男の恥』とアイズさんの言葉に応えることではない。
彼女の真意を聞き出し、それに応える事である。
……俺の知る限り、アイズさんという女性は極めて勤勉且つ真面目で、『メイド』という自分の仕事に誇りを持っている人だ。少なくとも私情だとか、一時の感情の昂ぶりだとかでこのような事を言いだすような方ではない。
そもそもの話をするのであれば、俺とアイズさんの間には男女の関係に発展しうるような積み重ねがなかった。
そして俺はただ女性に微笑んだり、頭を撫でるだけで惚れさせるような異能の持ち主でもなければ、その大前提だろう優れた容貌も持ち合わせていない。
こんなないない尽くしの俺達だったのに、ここまで急速に距離を詰めてきたのはきっと何か理由がある筈。
「……何故、急にそのような事を?」
ここで上手く口が回る様なら、先程までの気まずい会話などなかったのだ。
故に俺がするべきなのはひたすらストレートに己の考えを伝える事。俺は何一つ言葉を繕わず、上記の事を伝えれば、「やはり貴方はお優しい」と微笑んだ。
「ひとつは私個人としての打算。貴方と他者よりも深い関係性になることが出来れば、殆どの場合で私の身を守ることが叶います」
この世界の根っこにあるルールは、夕餉の際にフェイルメール伯爵が仰ったような『弱肉強食』
人類は辛うじて自身の生存圏を確立できてはいるが、それでも『巨人三国』のように人類を力で上回る種族は数多くいる。その世界において強者の庇護下に入る事は立派な生存戦略の一種であり、非難されるような事ではない。
「現代最強の《勇者》の庇護下に入ることが出来る。これは非常に大きなメリットです」
「…………」
確かに合理的ではある、しかしあまりにも打算的だ。
直接的に戦争に関わる事なく現代日本で育ってきた俺の価値観と、何か一つ間違えば容易く命を落とすことになる世界で育ってきたアイズさんの思想の違い。
それが如実に現れていた。
これはどちらが正しく、どちらが誤っているという話ではないのだ。
けれど、
「……自分の身体は。それに子供は、道具ではないでしょう」
これは夜職の方々を否定しているわけではない。不本意ながらそのような職に従事している方もいるのは居るのだろうが……その中でも確かな矜持を持って職に就いている方もいらっしゃるのは承知だ。
実の母親に、『貴方は私がお父さんに守ってもらうために生まれてきたのよ』……などと直接的な言い方はしないかもしれないが、それでも似たような事を言われたら子供はどう思うだろうか。
少なくとも俺は酷く悲しむだろう。自分はただ、父親を母親の側に繋ぎとめるだけの道具に過ぎないのか、と。
俺はアイズさんが男とそのような関係になるために、王宮働きをしているわけではないということは知っている。
それに彼女がご自分の子供を関係維持のための道具として活用することは酷く悲しいことだ、と思う。
「それに極論、ただ強い奴に守ってほしいだけなら俺じゃなくても良いんじゃないですか? ほら、陸堂とか……」
アイツの方が人間的にも成熟しているし、顔だって整っている。
少しばかり純粋で、正道を歩みたがる嫌いこそあるがその辺りは《閻魔王》辺りが補ってくれるだろう。
《勇者》の象徴として国に担ぎ上げられる事がほぼ確定しているから、俺よりもよっぽど安全に大金を得られる身分につくはずだ。
しかし、俺の考えとは逆にアイズさんは首を横に振った。
「……申し訳ありません。私の言葉が悪うございました。確かに打算はあります。けれど決してそれだけではございません。当然、貴方との子をただ貴方様との繋がりを形にするためだけに産むこともありません。この言葉には──己の命を賭けられます」
曰く、王城でメイドなどをしていれば他の貴族の方達から引き抜き──という名の愛妾として傍に置きたいという申し出は度々受けるのだという。しかしアイズさんはそれを毅然として断って来ていた。
まず王城という労働環境がアイズさんにとって非常に良いものであった事、同僚と離れなければならなかった事。そしてそう申し出をしてきた者達が、単純に男性としての魅力に欠けていた事。
まぁ王城のメイドに『ウチに来ない?』なんて話を平然と持ち出せる時点で、品性などとは縁もない性格をしているだろうことは察せられる。
それにしたってアイズさんの性格を考えるのなら、人間関係などを含んだ上で王城よりも快適な労働環境を用意する方が先だろうに。まぁその難易度がとんでもなく高いわけだが。
「理由はもうひとつございます。どちらかといえば、こちらの方が比重の重いですね」
今から言う方が比重が重い……? 今まで結構ヘビーな話を聞かされてきたが、これより重いとなると一体どんなものなんだ……?
身構えた俺に対し、
「私の業務内容に夜伽も含まれているためです」
アイズさんはその爆弾を投下してきた。
あまりにも予想外で吹き出してしまう。
「ブッ……!? なんで……!?」
「そう不思議な事でもないでしょう?」
アイズさんは曰く、あらゆる生物には自身が命の危機に陥る、あるいは陥った際に子孫を残そうとする本能がある。
そして明日から俺達が向かうのは、三柱の絶対的な脅威が統べる魔境。そこで一ヵ月物間戦おうというのだ。その環境は王城のそれよりも劣悪になる事は想像に難くなく、生命の危機を感じる場面も多々ある筈。
「食事も満足のいく量は食べられないかもしれない、明日には死んでいるかもしれない──そのような環境下で女すら我慢しろというのは、ミナト様のような性欲旺盛なお年頃の殿方にはあまりに酷な話。故にミハロヴィーナ大公より貴方の『身の回りのお世話』を仰せつかり、これを了承した次第です」
なるほど。確かに言わんとしている事はわからんでもない。
遠征に向かった兵士が、その先で女を抱くという話はそう珍しくないというのは知識としては知っていたからだ。それでも自分が同じ立場になった際に、その発想は全く出てこなかったが。
……ん? ちょっと待てよ?
「……すみません、一個気になることが。アイズさんが俺達についてきてくれたのは、エリザさんからの依頼があったからですよね?」
「仰る通りです。尤も、私の方からも同行を申し出るつもりでしたが」
「その……性処理云々は?」
「…………ミハロヴィーナ大公から『可能ならばしてあげてほしい』と、ご依頼がありました。……女は殿方の視線には敏感ですから」
「──ヒュッ」
つまりは、あれすか。俺がアイズさんやエリザさんをエロい目で見ていたことは本人に筒抜けだったって事すか。
片や王国西方を統べる大貴族の業務代行を行っているご婦人、片や俺の専属のメイドをやってくれている方に己の醜い欲望がバレバレであったと……?
「…………これ、王国で何かしらの罪に問われませんか?」
「ふふっ、問われませんよ」
アイズさんは彼女にしては珍しく、小鳥が囀るように笑って続けた。
「先も申しましたでしょう。ミナト様のようなご年齢であれば、女を性的な目で見てしまうのは当然の事。それくらいの理解は私にも大公にもございますし、その程度で大事にするほど狭量ではありません。他の貴族の方々が己の力を利用して、強引に手籠めにしようとしてくる事と比較すれば、少しばかり肌に視線が向かう程度大変可愛らしいものですよ」
それは比較対象があまりにも酷すぎるだけなのではないか。
だが、ここまでの話でようやく納得できた。
「つまりアイズさんは俺と交わる事で得られる利益と、仕事のために俺に抱かれることにしたんですか?」
「──。いえ、断じてそれだけではございません。これらはあくまで、貴方様が納得できるだけの理由を並べたに過ぎませんから」
「ぉ、おう……」
思ったよりも強く訂正の言葉が飛んできたので少し仰け反ってしまう。
確かに『一目惚れでした! 付き合ってください!』などよりも、これこれこういう理由で、貴方に抱かれる事にしましたと言われた方が遥かに理解はできるが。
彼女は「失礼致しました」と頭を下げ、続ける。
「……これはあくまでも仮の話になります。それを念頭に置いた上で聞いてください。その上で嘘偽りなく答えて下さると幸いです」
「……? はい、わかりました……?」
え、一体何を話されるんだろう。若干怖い。
「もし仮にミナト様と私が恋仲になったとします。……その時、私に『メイドをやめて俺の家の事だけやってほしい』と仰られますか?」
「え? 言わないです」
もうちょっと取り繕えばよかった、と反省するくらいには素の声音で答えてしまった。
俺達の世代は男女が共働きで当然の世代。男の矜持として彼女よりも収入や社会的立場が低ければ若干落ち込みこそするが、その程度だ。
「アイズさんにとって『メイド』であることは自分の大切な、心の核とでもいうべきものでしょう。それを俺の都合で取り上げるなんて真似は出来ません。……流石に妊娠がわかって、出産が近いってなったら落ち着くまで休みませんか……? とは言いますけど」
これでも《勇者》は高給取りだ。現に今の俺の所持金は慎ましく暮らせば、王都のどこかに一戸建ての民家を購入した上でここ30年は働かなくて済むほどの大金を得ている。
上で収入が低ければ凹むなどと言ってしまったが、恋人のひとり、子供何人かを養って余りあるくらいの金銭は稼げるはずだ。
「──そういうところですよ」
「え?」
いや、そういうところですよ、などと言われても意味が分からんが。
「貴方はごく自然と、私のように自分よりも立場の低い者の意志を尊重してくださる。……いえ、おそらく自分が上であるとすら思われていないのでしょう」
拳一つ分ほどあった俺とアイズさんの距離はゼロになり、彼女は俺の身体に密着してくる。
ニュクスやエリザさんほどの規格外の大きさでこそないものの、世間一般で見れば十分巨乳の部類に入る双丘が俺の腕でふにょん、と形を変えた。
「ひとつ、訂正させてください。ミナト様」
「訂正……?」
「はい。……貴方様は先程、『俺に抱かれることにした』と仰いましたが……それは違います」
耳元で甘く、蕩けた声でアイズさんは囁く。
「私は……貴方に『抱いてほしい』と申し上げたのですよ?」
「っ……」
「打算も、仕事も、理由として確かにあります。けれど、貴方以外の殿方にこのような事は申しません。たとえ貴方よりも強い方であろうとも、王命であろうともごめん被ります」
俺の理性をぐずぐずに溶かされる。
三日半溜めこまれた己の獣欲が股座へと集まって肥大化していくのを感じた。
己の中にある龍が、魔女が、本能が訴える。普段は必死に抑え込んでいる強者としての性が、アイズをブチ犯せ、と誘惑する。
何を躊躇う事があるのか、と。目の前の女──否、メスもまたそれを望んでいるではないか、と。
「フェイルメール伯も仰っていたでしょう? 『喰らいたいときに喰らえ』『欲しいものには手を伸ばせ』と。あの場では大公や私といった異性、ルー様やロペル様といった幼い方々もいらっしゃいましたから、あえて言葉にされなかったのでしょうが。彼の代わりに私が申し上げましょう」
ふぅ~……! ふぅ~……! と荒い息が漏れ出てしまう。
俺がアイズさんを見つめる視線は、一体どんなものになっているのだろうか。きっと良識だとか、気品だとか、そういった『民が想い描く《勇者》像』とはかけ離れたものであるに違いない。
その視線を受けて彼女は肌を上気させ、ぶるりと身体を震わせていた。
「っ、それは『女』もまた同様。大公の様に一部の例外はありますが……気に入った
「ふぅ~……! アイズ、さん……」
「『さん』なんて付けてはいけません♡ 貴方が私にすべきは『お願い』ではなく『命令』です……っ♡ 従者に阿る主人がどこにいますか?♡ もっと傲慢に、不遜に振舞ってください♡ ほら、もう一度……♡ 頑張ってください、ミナト様♡」
普段の冷静で、檸檬のような清涼感を纏う仕事人の姿は今はない。
今のアイズさんの姿は、ただ男に媚びる、淫猥な一人の女だ。
そんなもの、今の俺にとっては劇薬となんら変わりない。
ここは伯爵の屋敷だ、迂闊な事をするべきではないと訴える理性を俺は黙らせると同時、俺は耳元で囁くメスを強引にベッドに押し倒した。
「あんっ♡♡」
そんな力任せな事をしても……否、それこそを望んでいるのだと口角を歪ませ、媚びるような息を漏らした。
「『アイズ』」
「っ♡ はい、ミナト様……♡」
「──ブチ犯すからな。覚悟しとけよ」
「~~~~~~~っ♡♡♡ はいっ♡ どうぞ、ミナト様専属メイド・アイズの身体を♡♡ 心ゆくまでご堪能下さい……っ♡♡♡」
その言葉通り、俺の全てを歓待したいと腕を広げるアイズさん──アイズを喰らい尽くすと決めたところで、頭の中でティアマトの声が響く。
『あ~、ミナト? アタシはニュクスと違って、アンタはもっと女遊びしとくべきだって思ってたから別にメイドに手を出そうが、あの大貴族の女をタべようが文句はないんだけどさ』
『あ? んだよ』
『いや、ね? ……ちゃんと、手加減してあげてね?』
そんだけ、といって消えたティアマトの言葉は目の前の女の姿を捉えた瞬間、記憶から吹き飛んでいた。
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