ラピス砦に戻った俺を迎えてくれたのは、地を揺らすのではないかと錯覚するほどの喝采だった。
男性の兵士からは肩や背中を激しく叩かれ、女性からは黄色い歓声を受ける。俺の鋭敏化した聴覚は、彼らの陰口のような、俺を品定めする声を拾っていたが……これを見るにどうやら俺は、《勇者》として求められる役割を十全にこなせたようだった。
しかし、まだ仕事を完全に終えたとは言えない。
ティアマトから『凱旋までが戦いである』と指導されたが、それを抜きにしても業務というのは直属の上司への報告を以て、初めて完成されるものだ。
勝算の言葉は有難く頂戴し、人の波をかき分けて行けばそこには藍色の髪の偉丈夫と好青年、そして檸檬色の長髪を持つ俺専属の使用人がいた。
「ただいま戻りました」
「……おかえりなさいませ、ミナト様」
アイズさんが俺に頭を下げてくれる。いつも通りの綺麗な所作……と言いたいのだが、それは僅かに震えていた。彼女はその乱れを自らの不出来と誹るのだろうが、断じてそのようなことはない。
俺だって傍目で大切な人がバケモノと死闘を演じていれば、きっと彼女よりも取り乱していただろうから。
頭を上げてくれたアイズさんから飲料水が入れられた水筒を受け取り、俺は現場の責任者ふたりに謝罪する。
「申し訳ありません、伯爵、クリス隊長。想定外に手こずってしまいました」
「いえ、ヨイザカ様は父や大公のご期待に見事応えてくださいました。謝罪の必要などございません」
「息子の言う通りだ。……本当に、よくやってくれた」
伯爵から控えめに肩を叩かれる。
歴戦の猛者、そして『巨人三国』にて長年戦ってきた伯爵からの真っ直ぐな称賛は、俺の心に確かな達成感をもたらしてくれた。何より彼のような厳格な方からのお褒めの言葉は、他の人の何十倍も貴重なものだ。ありがたく頂戴しよう。
「して、身体に不調は? 何度も致命傷を癒していたようだが……」
「体力、魔力は問題ありません。レベルアップの恩恵もあって、外傷も含めて全て回復しています。ただ……メンタル面では余裕がないです」
バーンとの死闘の最中は《集中》やアドレナリンのおかげでどうにかなっていたストレスが、戦いを乗り切った今になって身体に非常に大きな影響をもたらしている。三人の前だから気丈に振舞ってはいるが、足は今にも生まれたての小鹿のように震えそうだ。
戦えと命じられたのなら異を唱えるつもりはないが……もし可能ならば、しばしの間休ませてほしかった。
「はは……情けないですかね?」
「そのような事はない。あの巨人は《魔王》でこそなかったが、それに匹敵する力を持った災厄だった。そのような存在に単身で立ち向かってくれた君の勇気を称賛こそすれ、貶すような真似はしない。万一そのようなことをする痴れ者がいればフェイルメールの名において処断してやる」
……本当、伯爵は『イケオジ』という言葉が大変似合う御仁だ。
今、俺の心の中の女の子が胸を高鳴らせたもんね。俺も歳を取ったらこんな男になりたいと思わせてくれる、格好いい先達だ。
彼は「それに」と苦笑しながら付け加えて、
「我々にも意地というものがある。いくら君が強いからといって、まだ二十歳も超えていない子に頼りきりなど醜態もいいところだ。今度は私達に格好つけさせてくれたまえ」
と茶化してくれる。それにクリス隊長も頷いた。
「今度は我々が貴方の信頼に応える番です。ヨイザカ様はどうぞおやすみになってください。すぐに部下に部屋を用意させます」
なんて頼もしい大人達なのか。
彼らのご厚意には遠慮なく甘えるとして(高級志向の部屋を用意されそうだったので、その点についてはお断りさせていただいた。雨風が凌げてベッドがあればいいんじゃい!)、俺はアイズさんの側にあった木箱に腰掛けた。
「すみません、アイズさん」
「……? どうして謝罪などされるのですか?」
「本当はもう少し格好つけたかったんですけど。本当に辛勝って感じで、心配させたかなぁ……と思いまして」
とはいえバーンの襲来は、伯爵達の様子を伺うに完全に予想外のもの。尚且つあれほどの強さを持つ存在は規格外もいいところであるのが、不幸中の幸いというべきか。
流石にアイツと同程度の強さを持った巨人が毎日襲撃をかけてきていたら、王国は滅んでいるだろうからさもありなん。なんか『ミューレス』なる単語が聞こえてきているし。文脈から察するに、突然変異種のような意味だろうか? まぁ細かい意味については後でクリス隊長達に伺えばいいか。
「…………私もまだまだ未熟ですね」
アイズさんの反応は俺の予想通り。
頭を振った後に苦笑し、そして続くだろう謝罪を俺はせき止める。
「いや、でも心配されて俺は嬉しかったですよ。少なくとも、それくらいの情は抱いてくれてるんだなぁって」
「……私が言うのもなんですが、『心配する』というのは『信用していない』ということなのではないですか?」
「そういう考え方もないわけではないと思いますけど……俺はただ、アイズさんが優しいだけなんだと思います」
はじめてのお使いを子供に頼んだ親の心境というべきか。
自分が手伝えない、あるいは手伝っては意味がない課題を与えられた大切な存在が、どうか無事に帰ってきてくれますようにという願い。大げさな物言いかもしれないが、そんな想いを『信用していない』なんて後ろ向きな言葉で括ってしまうのは俺は嫌だ。
「だから、俺に関してはいくら心配していただいても構いません。……いや、好きで心配させたいわけでも、心配させてしまうようなことをしたいわけではないんですけど」
「ふふっ……そうですね。あのような無茶ばかりされてはこちらの胃が持ちませんので、ご容赦いただければと存じます」
良かった、ようやく笑ってくれた。
バーンとの戦いが終わってからのアイズさんは、ずっと表情が硬い……というか、俺の眼が節穴でなければ泣き出す一歩手前の様に見えたからな。
一人の男として、憎からず思っている女性には笑っていてほしいものだ。
……自分で思っておいて気障が過ぎるな。気色悪い。
さて、空気のリセットには無事に成功したことだし俺はしばらく休ませてもらうか。
ぐい~っと背筋を伸ばして空を見上げてみれば、雲一つない青空が俺の勝利を祝福してくれていた。
「……ところでミナト様。ひとつお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい? えぇ、勿論。なんでしょうか」
はて、一体なんだろうか。
一度腕が消し飛ばされ、全身に生命維持が困難な程の大火傷を負いはしたものの、《超高速再生》やレベルアップの恩恵で傷がないことは説明したはずだし、精神的な問題を除けば戦闘に支障がないことも同じくだ。
その他にアイズさんを心配させるような事が果たしてあったかな。
「お休みになられる際に、私を『お召し上がり』になられますか?」
「なりませんよ!?」
思わずずっこけそうになった。素面で何を口走っていらっしゃるのだ、俺のメイドさんは。
おいこら何を「そうですか……」なんて残念そうにしてるんだ! 流石に初出勤の職場でかなり長めの休憩をとらせてった上に、セックスをおっぱじめるほど節操なしではありませんが!?
何より一回始めたら俺は止まれなくなる。その程度の自己分析は、ニュクス、ティアマト、アイズをいただく過程でできるようになったのだ。
やるにしても巨人族の活動が不活発化する深夜にしますよ。
それに何より……。
「アイズさん、昨日の影響残ってるでしょう? 正直に答えてください」
「……はい、仰る通りです」
でしょうね。
俺のブツは明らかに人体が許容できる限界を超えた太さと大きさを備えたモノ。その上で俺の欲は常人の十倍では効かないほど強いものだ。
現に彼女は最後の方、許容量を超えた快楽を叩きこまれたことによって気絶し、すぐさま快楽を叩きこまれて無理矢理覚醒させられ、また気絶する……といった無限ループに陥っていたほど。
昨夜あれほど乱れていた影響が、今日に出ていないなどと何故思えようか。
彼女の立ち振る舞いがあまりにも洗練されており、且つ『巨人三国』において明確に戦力の一人として数えられる存在であるから失念しがちだが、彼女の本分はあくまで使用人。非戦闘員なのだ。
対《魔王》戦力として数えられる《勇者》の情欲を受け止めるには、彼女のステータスは華奢が過ぎるだろう。プライベート保持などの観点から《鑑定》は彼女に対しては使っていないが、その程度はわかる。
「昨晩は俺も色んなことを口走りましたけどね。それでもアイズさんに痛い思いや、不快な思いはさせたくないんです」
ただでさえ性行為、そしてそこから発展する物事は女性側の負担が大きい。気持ちよく射精して終わり、の男とは天と地ほどの差があるといっていい。
にも関わらず女性が自分に抱いてくれている情につけ込み、明らかに無理をさせていると理解しておきながら自分は快楽を貪るなど下衆の行いだ。到底看過できるものではない。
「俺のことを想ってくれるのなら、まずは体調を万全に戻してください。それにアイズさん自身が言ってたじゃないですか。『俺に守られるだけの存在ではありたくない』って。伯爵にふたりとも戦えるといった以上、まずは互いの職務を果たしましょう」
これから約一か月間、この場所で戦っていくのだ。
色に溺れるのは──理性を持って適度に発散するのが一番ではあるが──時期尚早が過ぎる。
ご褒美はやるべきことをやってから、である。俺との性行為が彼女にとっての褒賞足り得ているのかは大いに疑問だが。
「ましてやアイズさんの戦い方は、強い奴に突っ込んでいってぶっ殺すだけの俺と違って、砦の方々との連携こそが肝。俺が休んでいる間は是非、指導を受けながらコミュニケーションを深めてください」
「承知致しました」
慇懃に頭を下げてくれるアイズさん。
彼女の魔法の技量は正直未知数なところが多いが、それでも呑み込みが早く且つ努力家な彼女の事だ。立派に戦力として数えられるようになるのは、そう遠い未来ではないだろう。
「《勇者》様、お部屋の準備が整いました。どうぞ、こちらに」
「あ、わざわざありがとうございます。じゃあ、アイズさん。俺は一旦ここで」
「はい、おやすみなさいませ」
アイズに見送られ、俺は部屋の準備を整えてくれた男性兵士の後についていく。
案内された部屋は、石造りのこじんまりとした一室だった。机や椅子、ベッドが置かれているだけで、その質は当然ながら伯爵家や王城のそれとは比べるべくもない。
だが、魔獣との戦争をやっている最前線という事を考えれば十分恵まれている部類だろう。高級品はいらない、とは言ったが、クリス隊長や伯爵の面目もある。寝具などの質には気を遣って頂けたはずだ。
「では小官はこれで」
「お手数おかけしました。またさっきのようなとんでもなく強い奴が現れたら、遠慮なく叩き起こしてください。伯爵とクリス隊長には話は通してあるので、無礼云々で叱責されることもありませんから」
「承知致しました」
本当に《勇者》だってだけで、自分よりも年上の方々に頭を下げられるのは落ち着かない。
こちらの精神は戦いに身を投じる中で多少変化はしたが、それでも貴族制度とは無縁の十七歳男子高校生なのだ。
案内をしてくれた礼を言って、退室する兵士の方を見送った。
念のため周囲を魔力で探ってみる。
……うん、周囲に人はいないな。事前に『俺の事はある程度放っておいてもらって構わないから、巨人達の対処を優先してくれ』と頼み込んでおいた甲斐があった。
ベッドに腰掛ける。
王城のものに比べたら遥かにクッション性は低い、しかしこの世界に来るまでの日本で使っていたそれを彷彿とさせるものだ。
俺からしてみれば、この程度の物の方が遥かに馴染みがある。
「ニュクス」
「──はい。なんですか?」
俺が名前を呼べば、彼女は隣に腰掛けるように顕現してくれる。
濡れ羽色の長髪、藍と金色のヘテロクロミアは月夜を彷彿とさせる。人を魅了し、呑み込む『夜』を擬人化させたような美女。
その姿は当然、衆目に晒しているようなマスコットじみた二頭身の姿ではない。あらゆる男を釘付けにする魅惑の肢体だ。
そんな彼女の身体を俺はぎゅっと抱き締めていた。唐突であったからか、ニュクスは俺の身体を受け止めきれずベッドに倒れてしまう。
「抱きしめていい?」
「既にしているではないですか。構いませんけれど」
「ごめん、ニュクスなら拒否んないかなと思って」
至福の柔らかさを持つ彼女の胸に頭を沈めれば、先程まで俺の身体の中に澱のように溜まっていた感情がすっと溶けていくような錯覚を覚える。
──俺はニュクスを抱きしめることでなんとか生き残ることが出来た、と安堵の息を吐くことが出来た。
「……怖かったですか?」
「怖かったな……。何より、《
俺と彼女は、この世界に来て契約を結んでからずっと一緒だった。いや、今も共にいる事はなんら変わりがないのだが、そういうことではなくて。
この世界で《勇者》として戦う力をくれたのもニュクスだった。
戦う方法を教えてくれたのも彼女だったし、俺を導いてくれたのもまた然りだ。
どんな戦いのときも、否、戦闘以外であっても俺はこの世界を、彼女と共に走り抜けてきたのだ。
そんな相棒の力を振るうな。己の半身……否、総身を捥がれてもなお戦い続けろという、ニュクス自身からの命は、月無き夜に明かりを一切持たずに放り出されることに等しかった。
《闇魔法》を使えない戦いは、苦戦を強いられただとかそういう話以前に……心細くて仕方がなかったのだ。
「ニュクスがいないと駄目だ……俺は……」
「あら、今日は随分と甘えん坊さんですね。私の旦那様は」
よしよ~し、と彼女の白魚のような指が俺の髪をかき分け、そっと撫でてくれる。その心地よさに思わず吐息が漏れてしまう。ここが魔王の領土だという事を忘れてしまいそうになる。
「貴方が『バーン』と呼んでいた個体と接触した時点で、私としては《闇魔法》を使ってもいいと言おうとしたのですがね」
彼女が俺に課した《闇魔法》使用の禁、その例外は《魔王》あるいはそれに比肩する強さを持つ者との交戦時である。やはり並の奴ではないと思っていたが、ニュクス自身が認めるのであれば俺の推測は正しかったのだろう。
「ティアマトに止められまして。『男の意地というものを尊重してやれ』と」
「はは……本当、俺は二人に頭上がらねぇわ」
「では、ティアマトの言う通り、たとえ私が許しても……?」
「うん、使わなかったな。滅茶苦茶楽になるって分かってても」
俺は彼女の胸元から顔を離した。流石に男の意地云々という話をするのに、妻の爆乳に顔を埋めながらというのはあまりに格好がつかない。
「もういいのですか?」
「……ごめん、膝枕いい?」
「ふふ。えぇ、勿論」
とはいえ俺の意志はあまりに薄弱。
刹那のうちにニュクスの柔らかさが恋しくなって、次の瞬間には膝枕をねだってしまっていた。あぁ、最高の感触だ。どれだけ金を積んで枕を造らせたとしても、ニュクスの太ももに勝るものはないと断言できる。
「それで? どうして私が許しても、《闇魔法》を使わないと?」
「俺さ、昨日の夜にニュクスに義理を欠いた真似をしたじゃん」
義理を欠いた真似、というものが何を指すのかは言葉にせずともわかるだろう。
先の通り、俺の意志というのは基本的に弱い。
目先の快楽を追いかけてしまうし、目の前に美食が出されて「どうぞ、お召し上がりください」と言われてしまえば基本的に美味しくいただいてしまう人間。
本当にニュクスの為を想うのならば、確固たる決意を持ち断固として拒否すべきであったところを、俺はその場の空気と己のうちに溜めこんでしまった情念を理由に一線を超えてしまった。
それは、彼女がどう捉えているのか本当の意味では不明だ。
だが一夫一妻制の価値観で育ってきた俺にとって手酷い裏切り行為であると認識している振る舞いに及んでしまったという事実は変えようがない。
……別に何か約束をしたわけでもない。なんなら一途に彼女を愛せ、というのならティアマトとも性交をしてしまっている時点で背いているだろう。
だが、ニュクスにとってティアマトは許容できて、アイズは許容できなかったというのなら、俺は彼女に誠心誠意詫びて、信頼を取り戻さなくてはならないのだ。
「『《魔王》以外に《闇魔法》を使うな』それが約束だっただろ? 単にそれを破りたくなかっただけ」
俺が《闇魔法》を使わないといった理由はそれだけだ。
「…………随分と反省したのですね?」
「うん、そりゃまぁ……ねぇ? アレに関しては10:0で俺が悪いし……」
他所に女作った男と、一途に自分の事を好いてくれる女であれば、悪いのは前者に決まっている。塩の行進をした平和主義者も助走をつけてぶん殴ってくるだろう。
「……その件に関して、私からもミナトに話しておかなくてはいけないことがあります」
「は、はい。……姿勢直した方がいいかな?」
「いえ、そのままで結構ですよ」
彼女は何が楽しいのか、俺の髪を梳きながら続ける。
「私達以外にも女を作って構いませんよ。勿論、あの使用人も含めて」
「……!? なんで」
ニュクスの言葉は俺の頭に雷が落ちたと思うほどの衝撃だった。
ニュクスはこの世界に数多いる男の中でよりにもよって俺を、しかも何の力も持っていなかった純粋な『宵坂湊』という男を見てソイツを選ぶという、恋愛対象の趣味が致命的に終わっているという点を除いては文句の付け所の無い女性である。
美貌、力、スタイル、声諸々含めて、彼女に比肩しうる存在がどれだけ希少であるのかは言わずもがな。その上で一途に自分を愛してくれるのだから、男にとっての理想をそのまま形にしましたと言われても不思議ではない。
そんな彼女ではあるが、恋愛のやり方で言えば『自分好みに男を育てる』というのが一番適切だろう。
理想の存在は見つけ出すよりも、この手で作り出す方が楽で安上がり。
なるほど、真理である。
だが、それも完全なものとはいえなかったわけだが。それに対する彼女の答えが、自分の理想を妥協すると?
「まず、私はミナトをお人形扱いしたいわけではありません。貴方がしたいと思った事は尊重してあげたいのです。貴方は、あの使用人を蔑ろにしたくはないのでしょう?」
「そう……だな」
俺の専属のメイドだと尽くしてくれる彼女に礼を欠く真似は決してしたくない。そのやり方を致命的に間違えてしまったという事実はあれど……主として、何より一人の男として。抱いた女性に対して、一切の責任を持たないわけにはいかない。
「ならば私も守りましょう。夫が大切にしたいと考えるものを粗末に扱うのは、良い妻とは言えません。私が最初に契ったからと、所有権を主張するのもまた然りです。女が本当に魅力的であるならば、男が自然と選ぶものですから」
やだ……かっこいい……。
可愛くて美人でカッコよくてスタイル抜群で滅茶苦茶強いとか、ニュクスは一体何を持ちえないのか。
……あれ、その言い分だと砦に到着するまでにネチネチ口撃されてたことと矛盾しないか、と最初は思ったのだが、そも彼女が何故あそこまで怒ってたのかというと。
『自分と一切話をせず、一方的に締め出したこと』に対して立腹だったのだ。
そりゃそうね、としか言いようがない。本当に。
今度はちゃんと話し合おう、と俺は心に決めていた。
「加えて、今後そのような存在をいちいち咎めていてはキリがない、という点がひとつ」
「自分で言うのもなんだけど……俺を『そういう眼』でみる女性って滅茶苦茶希少だと思うけど?」
「そのようなことは全く以てありえませんが。百歩譲ってそうだとしても、貴方の持つ『力』と貴方が今後もたらすだろう『利』は人を惹きつけてやまないものですよ。現にあの使用人も、自身の感情を貴方に納得させるための建前として、貴方の持つ暴力、その庇護下に入ることを挙げていたでしょう」
俺は《勇者》としての特権を行使することが然程なかったが、それでも未来の英雄として見るならば今のうちに唾を付けておこうとする人間は少なくないか。
エリザさんやフェイルメール伯爵だってそっち側の人間だろうし。……彼らに至っては非常に良くしてくれるため、ネガティブなイメージは抱きづらいが。
要するに現代日本で言うところのプロアスリートや権力者、医者や弁護士といった者達が性格、容貌が壊滅的であっても滅茶苦茶モテるのと同じ理屈だ。
否、こちらの世界では命の価値が日本に比べてはるかに軽いため、よりその傾向が顕著かもしれない。
「貴方の育った世界には『英雄は色を好む』という言葉がありましたね? それは実際問題人に依るのでしょうが……確実にその逆はあり得ます。強大な力を持った存在に、人々はそれぞれの思惑によって惹かれるものです」
個人的にはそういった観点で人を評価したくはないのだが。そんな俺の考えなんて知ったことか、と人が寄って来るのであれば対処を考えなければならないのが現実である。
ならばどうするか、と俺が思案を始めようとしたところで「ミナト」と名前を呼ばれた。
「今後、私のことを考えて自分に寄ってきた女は全て拒絶しよう、などと考える必要はありません。そも、好きに喰らい、好きに生きる……その在り方を我々《魔王》は貫いてきたのですから咎める権利など最初から持っていないのです。けれどもし、ミナトが私の考えを聞き入れてくれるのであればひとつ、条件を設けさせてください」
「なんだ?」
「身体を除いて、なにかひとつ以上ミナトにとって利益をもたらすことが出来るであること。有用、というのはなんでも構いません。戦闘力でも、権力でも、金銭でも、特異な《特殊技術》でも、あるいは身の回りの世話をすることであってもいい。ただ貴方の力に擦り寄り、利を貪り、そのくせ自分は何一つ貴方に返さない……そのような寄生虫を私は断じて認めません」
要するにヒモ女は絶対に許さんぞ、とそういうわけか。
確かに俺であっても……例えば陸堂に金目当ての女が近づいてきて誑かしてたら『テメェふざけんじゃねぇぞ』ってキレるだろうしな。友人であってもこうなるのだ、自分の男の側にそんな人間が近づこうとするのは看過できないか。
そも単純に身体が目当てなら──滅茶苦茶言い方が悪いのは承知の上だが──ニュクスやティアマト、アイズに勝る女など早々いないだろうから杞憂も良いところ……なんて言うのは、きっと俺がまだ恋愛に疎いからなんだろうな。
俺の意志薄弱さを考えれば、そういったハニートラップじみた何かに引っかかっても何もおかしくない。
故に俺はニュクスの言葉に頷いた。
「わかった、約束する。今後ニュクスを蔑ろにすることはしない。もし仮に……女性を抱くようなことになったら、絶対に相談する」
「えぇ」
まさか自分がハーレムを形成するようなことになるなんて欠片も思っていなかったから、人間性の成熟が追い付いていない面があるが。その辺りはちゃんとニュクスの尻に敷かれる事で徐々に改善の余地を図ってきたいところである。
……言葉選びももう少し考えないとなぁ。
「さて、私からの話は以上です。今日は大層疲れたでしょう。人が呼びに来たら起こしてあげますから、今は休みなさい」
「あぁ、そうする……」
くぁ、と大きな欠伸。
十分に睡眠はとった筈だったのだが、それでも死闘の影響というものは非常に大きなもので。
俺は額にニュクスの口づけを受けたあと、すぐに意識を手放してしまったのだった。
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