結局、俺がバーン率いる巨人達を撃退した後、第二陣の襲撃はなかった。
襲撃がないことは望ましい。
迎撃に用いる毒物も、魔法使い達の魔力だって有限だ。
リソースの温存が出来るに越したことはない。ないのだが……助っ人として参戦した以上、その役目を果たさないことは給料泥棒のようで罪悪感がある。
故に俺はしばしの休息を取った後、アレックスという長年このラピス砦にて戦っている男性兵士に案内され、ここで用いられている毒物や戦闘方法について学んでいた。
敵が来なければ戦いようがないが、連携を強めることは出来る。助っ人が勇み足で突っ込んでいった結果足手纏い、なんて笑い話にもならないからな。
「では《勇者》様。陽も沈んだことですし、ここらで復習といきましょう。ここで用いられている主要な毒物を挙げてみてください」
「《炎魔法》の増強するエルプロジオン。エリザさんが対巨人用に開発した出血毒がリベリトキシン。神経毒がストラゲノム。溶結毒がブレイノム。前者ふたつは風に乗せて散布、後者ふたつは対巨人壕に設置した《土魔法》《
「もう完璧ですわ。強いて付け加えるなら、ストラゲノムとブレイノムは前者ふたつと比較して滅茶苦茶毒性が強い分高価なんであんま使いたくないって事情もありますね。ちょっとでも扱いミスったら余裕で死ねますし」
「生産量自体も少ないんでしたっけ」
「ですです。ブツの材料自体が魔物由来の上、それを不純物を排した上で滅茶苦茶濃縮してるらしいっすわ。俺も詳しい事情はあんま知りませんけど。つーか、言った俺が言うのもなんですが、よく覚えてられましたね? やっぱあれっすか。《勇者》様補正で記憶力も強化されたり?」
「というよりは《
俺の保有する《特殊技術》《超高速演算》は脳機能を強化し、並列思考・処理能力を大幅に高めるもの。これの副次効果によって、記憶力が抜群に良くなっているのだ。
とはいえ、保有できる記憶量そのものは有限である以上どうでもいい事はさっさと忘れるようになっているが。
「《勇者》しか習得できないモノってわけでもないですから、アレックスさんも頑張れば習得できると思いますよ。よかったら訓練方法もお教えしましょうか」
「いやいや、遠慮しときます。これ以上強くなっちまったら、給料に見合わないくらい隊長にこき使われる」
「それは残念」
肩を竦める陽気な顎髭を生やした兵士に俺は苦笑する。
先も言った通り、アレックスさんはこのラピス砦にて長く勤める熟練の兵士にして《炎魔法使い》。
後進の教育も現地でこなされる方であるため、その仕事量はそこらの兵士の二倍、三倍では効かないほどだ。
ただでさえ近頃の『巨人三国』の動向が不穏な事になっている。砦を襲撃してくる巨人達の頻度・総数が増加傾向にある以上、やってられるかという気持ちが強いのは至極当然と言えた。
「すみません、そんな中で俺の案内まで引き受けてくれて」
「いやいや、構いませんよ。《勇者》様みたいな優秀な生徒はいくらでも歓迎です。それに今日は随分楽させてもらいました。これで夜の奴らと交代なんていいのかって思っちまいますよ」
「アレックスさん達を楽にするのが、俺の仕事なので。……もしよろしければ、夜間の戦い方についてもご教示いただけませんか?」
「勿論構いませんよ」
そう言ってアレックスさんに案内されたのは、夜間警備を担当する者達のところだ。身に着けている装備はそう変わらないが、彼らの数は日中帯の兵士に比べれば半分ほどの数だろうか。
「俺達ラピス砦に勤める兵士達は大体、日中帯警戒、夜間警戒、休息してる奴らを2:1:1くらいに分けてローテーションしてる感じです。一番過酷なのは日中警戒ですね。休みは言わずもがなですが、夜間は巨人達もおねんねしてる奴が大半ですから。とはいえ夜間がしんどくにないかって言われたら別にそういうわけではなくて、滅茶苦茶重要な仕事があります」
「重要な仕事?」
「日中帯の事後処理と、明日の迎撃準備ですね。今日は《勇者様》のおかげで比較的暇でしょうが、普段は巨人の死体処理や、魔力地雷の追加展開、壕の掘り直しに、《土槍》の強度補修に毒の塗布。そういった地道な仕事が山ほどあるんスわ」
「そっか、日中は巨人の襲撃がありますからおちおち砦から降りるなんて真似できないですもんね」
「仰る通りで。どれも重要ですが、中でも巨人の死体処理はサボってると後々効いてきます。伝染病の発生源になりかねませんから」
いくら王国西方が疾病や怪我での死亡率が低い地域であるとはいえ、それらの被害者が多発すれば一時的な戦力低下はどうしても避けられない。
なるほど、巨人の襲撃さえ凌げば問題ない、などという簡単な話じゃないわけか。ここはどうしたってゲームや漫画で描写される事が少ない場所だからな。意識からすっぽ抜けやすい。
「あとそういった仕事に魔力の大半を使っちまうから、夜間は巨人を攻撃する手段も変わりますね。こちらをご覧ください」
そういってアレックスさんが示したのは、木製の車輪がついた四輪車のような何か。ただし運転席の代わりにあるのは、巨大なスプーンのようなものと巨大な木製の弓。本来弓が番えられる場所には前述した匙状のものがあり、弦に相応する太い紐はスプーンを支えるような形で下に通されていた。
一応、これを俺は知識としては知っている筈だ。おそらく、ではあるが。
「投石器……ですか?」
「その通りです。実際に投げるのは、土魔法使いがガッチガチに固めた土塊なんですがね。昼に頑張った奴らの睡眠を邪魔することは避けたい、魔力だって節約したい、それでも攻撃力はある程度欲しい……そんな我儘な俺達の願いを叶えてくれる秘密兵器ですわ」
種族の特性として物理防御力が高い巨人族ではあるが、決して無効化できるわけではない。故に夜間帯に紛れ込んでくる数少ない巨人達であれば、投石器の集中砲火で充分に対処できる。というのがアレックスさんの言い分だった。
「勿論、バーン? でしたか。あそこまで規格外の存在には通用しません。その時は《勇者》様を叩き起こさせていただきますよ」
「ええ、それは勿論。コキ使ってください」
「ははは、全く。息子くらいの歳の子なのに頼もしくてしゃぁねぇや。じゃあ《勇者》様。しゃらくせぇ引継ぎなんかは隊長格が頑張ってくれてるんで、俺達は晩飯といきましょう」
「そうですね」
『巨人三国』からやってくる巨人達からの国土防衛の任を負った、ここラピス砦の食糧事情は俺の事前想定よりもかなり良かった。
無論、貴族の屋敷の豪華絢爛な食事など望めるはずもないが、それでも温かいスープに塩漬けされた肉やチーズなどは常に食卓に並ぶ。
中でも王国西方が大規模な穀倉地帯であることから、主食であるパンやザワークラウトと言った野菜の保存食の旨さは最前線とは思えないほどのクオリティだそうだ。
伯爵曰く『人間相手の戦争ではなく、相手が兵站攻撃などを行ってこないが故の恩恵だ』とのこと。
そのため、装備や補給についての心配は全くしなくていい、だそうだ。俺達が巨人達に敗北する以外の要因で、ラピス砦が陥落することはない。問題はその巨人達の攻勢が激しくなっていたことだが、そこは俺とアイズさんが合流することで手を打った。
故に俺達は戦争を行っているとは思えないほど、快適な環境に身を置けている。こんなのでいいのか、と思わないでもないが……戦記物のフィクションで戦時中の最前線が如何に劣悪な環境下にあるかは承知している。
誰が好き好んで、飯がない、着る服がない、ロクに武器の整備も出来ない、なんて地獄に身を投じたいと思うのだ。快適に過ごせるに越したことはない、と俺は思わぬ幸福を噛みしめる。
だが、快適な環境が手に入ったと思えば、より環境の整備を整えたいと思うのが人間の性というもの。
何より日本人の端くれとして、これは絶対に外せないというものがある。
「すみません、アレックスさん。ご飯の前に少し、クリス隊長とフェイルメール伯爵のところに顔を出しても構いませんか? 彼らに判断を仰いで、もし可能であればやりたいことがあるんですが」
「そりゃ勿論構いませんよ。《勇者》様の世話をしてるって言えば、追加で仕事振られることもないでしょうしね。ただ、何をなさるおつもりで?」
訝し気に訪ねてくれるアレックスさんに俺は微笑んだ。
俺が用意しようとしているは日本人にはかけがえのない物にして、この世界では伯爵のような大貴族でなければ到底備え付けられない設備。単純な仕組みのものでありながら、人々の生活の向上の質を跳ね上げる魂の洗濯場。
「……風呂、入りたくありませんか?」
「まさか砦勤めでお風呂に入れるなんて~……!」
「ありがとう、アイズさん。貴方が《勇者》様に意見具申してくれたのよね?」
「いえ、私は何も。ミナト様がご自身で伯爵やクリストフ隊長に申し出たようなので」
魔石が放つ照明によって夜間も街中が照らされる王都では到底見る事の出来ない満点の星空の下。
私は本日《風魔法》の運用法、基本技術の指南をしてくださったふたりの女性──アンナさんとミラさんと共に、汗を流していた。
といっても、アンナさんが仰ったように水を付けた布で身体を拭くようなものではない。
王宮の離れに備わっている使用人用の大浴場に勝るとも劣らない水量が溜められた、ミナト様曰く露天風呂なるものだ。
……勿論、このような大貴族の屋敷に備わっているかも怪しい代物が、屋敷どころか魔獣の迎撃拠点たるラピス砦に備わっているわけがない。これは我が主、ミナト様のご厚意で造られた設備だ。
──彼はラピス砦に駐屯する兵士達の士気向上兼衛生保持の一手段として、入浴設備の製作をフェイルメール伯爵及び現場指揮官たるクリストフ隊長に具体的な方法と共に打診。
だがやり方は非常に単純だ。《土魔法》によって地面を掘り下げ、そこにミナト様が《水魔法》で大量の水を作成、掘り下げた場所に入れられた水を《炎魔法》で加熱するだけ。
その容易な方法と、巨人を全てミナト様が迎撃してくださったことによって魔法士達の残存魔力に非常に余裕が合ったことから、フェイルメール家の両名はこれを了承。
ミナト様の陣頭指揮の元、男女の露天風呂が製作され……今、私達はこの極楽気分を味わっているのだ。
今、私達の他には二十名程の女性兵士の方がいらっしゃる。その中の六名程は入浴は勿論の事、湯の温度を快適に保つための《炎魔法》の使用要員である。
「それにしても流石は《勇者》様ね。これほどの大規模な入浴設備に使う水を、何の苦労もせずに出してみせるなんて。これをふたつなんだから……五千リットルくらいは一気に変換したんじゃないかしら?」
「ミナト様曰く『ただ水を出すだけならそこまで苦労しない』だそうですが……やはり、彼は規格外でいらっしゃいますね」
ミラさんの言葉には首を縦に振らざるを得ない。
この露天風呂は広さこそ大貴族のお屋敷に備わってる物と遜色ないが、装飾も身体を洗う専用の設備もない。
ただ湯に浸かって身体の汚れを洗い流すだけの代物。これであればミナト様でなくとも、同じ《水魔法》を使えるものであればいくらでも再現できた筈だが……そうなっていないということは、やはり彼の規格外の総魔力量が成し得る御業なのであろう。
「しかも清潔保持のために定期的に水入れ替えるって言ってるし……『コレ』といい、アイズさんのご主人様は本当滅茶苦茶だなぁ」
湯から全身を露出させたアンナさんがこんこん、と軽く叩いてみせたのは周囲の闇に溶けるように、しかし淡く紫色の光を放つ壁。
露天風呂の周りをぐるりと覆い、円柱の筒の様に建造されたこの壁はミナト様が展開してくださった超硬度の魔力障壁。それが天を衝くという表現が相応しいほどの高さまで聳え立っている。
「しかも、これが男共の覗き防止のために造ったってだけなんだから」
「その上で伯爵の命令でひとつしかない入り口に見張りを立たせるってなったらね。ウチの最高権力者と最高戦力を同時に敵に回すことになるのだから、どれだけ節操なしでも踏み止まってくれることでしょう」
フェイルメール伯爵も、ミナト様も、砦内の公序良俗については非常に重きを置いている。
それこそが先程おふたりが仰ってくれたような、破壊不能の壁の展開であり、外部からの侵入者を断固として拒否する監視者を立てることであり。彼らの規律を重んじる性格と真摯さが如実に表れた対策と言えよう。
彼らが一般的な社会においては軽んじられることの多い女性の精神・尊厳を断固として守ろうとしてくれているからこそ、私達は今こうして夜空を見上げながら湯に浸かり、話すことが出来ているのだ。本当に感謝の念に堪えない。
だが、それに関してひとつ不服そうな女性がここにひとり。
「けど、ここまでされるとなんだか複雑だなぁ」
「何よアンナ。おふたりがここまで私達に御配慮してくださったというのに、まさか文句があるの?」
「いや、文句ってわけじゃないけど……ここまで『女』として求められないのはちょっとな~、っていうか? 伯爵は絶対にしないだろうけど、《勇者》くんってまだ十七歳なんでしょ? 女の身体に興味津々な年頃じゃん。覗きに来てくれたって良いと思わない?」
「アンタは本当に……! 折角のおふたりのご厚意を無碍にしようって言うの……!?」
「べ、別にそんなんじゃないよぉ……。ただ、あの《魔王》一歩手前の《
──えぇ、全く以てその通りです。
ミラさんには大変申し訳ないが、私の心情としては圧倒的にアンナさんの方へ寄っている。
そも、ミナト様が浴場を造られたのにはいくつか理由がある。勿論、先に挙げた士気向上に衛生保持、そしてご本人が頻繁に入浴をされる文化圏で育ってきたため、どうしようもなくお風呂を求めていたというのが大半である。
しかし、その理由のひとつに私が女性の方と親睦を深める機会を作るためというのも確かに含まれているのだと知っている。
彼が生まれ育った国には『裸の付き合い』なる文化がある。
互いに衣服を身につけず、身体の全てをさらけ出す事で隠し事や見栄を張らず、心を打ち解けさせ親しく交流するのだという慣わし。勿論無理に親睦を深めろ、とまで彼は仰らなかったが……私としても、そういった場がひとつでも多くあるのは非常にありがたいことだ。
問題は彼が無報酬且つ、ただの善意としてそれを行ってくれていることだが。
……そう。彼は他者にとって恩恵になることを進んで行っておきながら、それに対する報酬を特に求めない。それをさも当然のことだと、自らの道徳規範に照らし合わせたものに過ぎないと、彼は見返りを欲しない。
自らを律し、己を戒め、確固たる意志を持ってかくあるべしと定めた有り様を貫き通す。
そういった姿に惹かれたのは事実である。一使用人として、そのような主こそをお支えしたいという考えに一点の曇りもない。
「私達の裸くらい見てくれたっていいくらいにはこの一日でお世話になったでしょ。それともミラはまだ足りないって言うの?」
「……そうは言ってないでしょう。けれど《勇者》様ご自身が砦内の規範を重視されているのよ? それを蔑ろにして一方的にこちらが行えば、逆に彼に不利益をもたらすことになるわ」
「うっ、そりゃそうか。…………後で一緒にお風呂入ろ? って誘ったりは?」
「拒否されておしまいでしょう。彼の真面目さは、貴方が言った通りなんだから」
「う~ん、じゃあどうすれば……そうだ、アイズさん。……おーい、アイズさん?」
「はっ、はい。なんでしょうか?」
思考の海に沈んでいた意識を現実に引き戻せば、アンナさんが私の顔の前で手を振っているところだった。いけない、考え事をしていて目の前で行われていただろう話を何も聞いていなかっただなんて、主に対する不義理も良いところだ。
「大丈夫? 体調悪い?」
「い、いえ。そのようなことはございません。申し訳ありません、少し考え事を……」
「ならいいや。ねぇ、アイズさん。アイズさんは《勇者》様の好みの女のタイプとか知らない?」
私が聞きそびれていたお話を再度おふたりにしていただければ、なるほど。それは確かに道理であった。
彼はミハロヴィーナ大公代理から、『巨人三国』でのご活躍を終えられた後は莫大な報酬を手にすることを約束されている。強さは彼自身が誰よりも持っているものであるし、美食の類も私達が提供できるものよりも、大公やフェイルメール伯爵が彼にもたらすものが優れているだろう。
となれば、我々が彼に差し出せるものといえば己の身体くらいのものではないかというのは、揺らぎようのない事実である。
それ故に私はミナト様に己の全てを献上し、召し上がっていただいたのだから。
とはいえ、その悦楽を思い出すのはここでは相応しくない。
私は己を激しく律し、アンナさんの質問に答えるための同意を取ろうとする。
「……傾向のようなものは把握しております。しかし……主も、ほとんど面識のない女性に己の異性の趣味なのを知られたくはないでしょう。何卒、他言無用に願います」
ミナト様は《勇者》の中でも最強の名を名実ともにしていらっしゃる方だが、彼自身の本質は己の持つ力とは対照的に内気で恥ずかしがり屋である。
先も言ったように彼が積極的に他者と交流の場を設けんとするのは、自身が身を置く場所で相応しい立ち振る舞いをしようとしているだけで、どちらかといえば不得手なのだ。
ふたりが首を縦に振ったのを確かめれば、私は口を開く。
──ミナト様に『女』として求められたい、あるいは求められても拒否はしないとお考えのおふたりにとっては、非常に酷な現実を。
「ミナト様はグラマラスな……有体に言ってしまえば、胸の大きな女性が大変お好みであるかと存じます」
「グラマラス……」
「……胸の、大きな……」
おふたりはご自身の身体を見つめられる。
アンナさんもミラさんも、『巨人三国』で戦われているため、その身体は戦闘を担う方の身体として既に完成されたものとなっている。女性では極めて珍しいだろう六つに分かれた腹筋、太ももだって肉食獣のような機能美。
私も特段肥満体型というわけではないが、それはあくまでも一般的な女性と比較しての話だ。私の腹部は摘まもうと思えば摘まめるし、太ももに硬さなどは到底望めない。
そして胸についてだが、アンナさんは身体全体が細く洗練されたフォルムであり、ミラさんは胸部の筋肉を加味したとしてもお世辞にも大きいとまでは言えない。
無論、これは彼女達の研鑽の成果以外の何物でもなく、これそのものは決して罵倒されて良いものではない。
ただ……おふたりの身体がミナト様のお求めになるモノかと問われれば、首を横に振らざるを得ないのだ。
「じゃあ私達じゃちょっと難しいかぁ……アイズさんくらいの大きさがないと」
「さ、流石に見つめすぎですよ……」
アンナさんに湯に浮かぶそれをじっと見つめられれば、流石に羞恥心が込み上げてくる。同性とはいえ、まじまじと見つめられるのは抵抗があった。反射的に腕で隠してしまう。
私はミハロヴィーナ大公代理ほど規格外の大きさではないがしかし、世間一般で見れば十分大きい部類に入る。
無駄に男達の視線を惹きつける上に、職務に従事する際に動きを阻害するだけで邪魔なだけだと思っていたが……ミナト様の寵愛を賜ることが出来るのであれば、今まで不快な思いをしてきた時間との釣り合いも取れるという物だ。
思わず苦笑が零れる。彼と出会うまでの自分なら、決して考えなかっただろうことが自然と脳裏に過ってしまうことに。
「どうせこのでっかいおっぱいと年上の色気で若い男の子誑かしたんだ! 初心な男の子をリードして甘やかしてたんでしょ! 素直に言ってみなさい!」
「ちょっとアンナさん、はしたないですよ……っ!」
到底衆目のある場所で話すにはあまりにも不相応。その上、わきわきと指を動かして胸をもみしだこうとしてくるのだからたまったものではない。
それに……。
(初心な男の子をリード、ですか。……出来れば良かったのですがね)
苦笑する。
私は──というよりは、王宮に仕えるメイドは夜伽の為の手ほどきも指導されている。
とはいえ滅多にやるようなものではない。私も《勇者》様の専属使用人となるとわかってから初めて受けたものだ。
付け焼刃程度の知識とはいえ、情事の進め方というのは理解していた。アンナさんの言う通り、最初はこちらが導くつもりでミナト様のお部屋を訪ねたのだ。
しかし実際はどうだっただろうか。
情事に及ぶまでは、比較的私が彼を導けていただろう。しかしいざ始まってしま場乳首を丹念に弄ばれ、自分ですら知らない汚い嬌声をあげさせられ、果てにはただ精を受け止めるだけの穴に成り果てた。
最後などロクに意識も保っていられず、ひっくり返ったカエルの様に無様に足を大股に開き精を垂れ流し、潮を吹きだす有様だ。
あまりにも酷い。メイドとしての在り方どころか、女として到底受け入れられない醜態である。
そんな姿を揶揄するように、昨晩私は新たな《特殊技術》と《称号》を授かった。
──《称号》及び《特殊技術》性奴隷。
『己が主と定めた異性一人を対象として、その者と性行為に及ぶ際に各種防御力に大幅な補正及び快楽増大。主の精を魔力に変換し、最大保有魔力量を超過して貯蔵できる』という効果の《特殊技術》
これを習得した昨晩の私は、朦朧とする意識の中無意識にこれを使用。おそらくはミナト様から頂戴した精液を逃してたまるものか、と卑しくも啜ったのだろう。おかげで私の体内には、本来私が保有できる魔力量のおよそ八倍ほどの魔力が溜めこまれている。
そのせいで身体に如何ともしがたい違和感があり、吐き気、頭痛といった『魔力酔い』のような症状が出ていた。ミナト様が私に気を遣ってくださったのは、この症状による体調不良を察せられたためであろう。
けれど、この《特殊技術》の悪辣さはこの『魔力酔い』ではない。これは私とミナト様の間に隔絶した総魔力量、魔法各種ステータス、レベル差があったが故に発生してしまった副作用に過ぎないのだから。
これがもたらした最も強い悪影響、それは……。
(ミナト様のことを想うと……子宮が疼くっ♡ ミナト様にまたおまんこを使って頂きたくて仕方がない……♡♡)
主──即ちミナト様に対する強制発情。
たった一晩で、私の心身はミナト様によって作り替えられてしまった。
性的な事に興味などなかった。否、どちらかといえば嫌悪感すら抱いていた──ミナト様がお相手であるならしても構わないと思えただけだった──というのに、今ではどうだ。
さもしくも雌の穴は先に受けた蹂躙を想起し、彼と顔を合わせただけで肉棒を再び受け入れんと確かなぬめりを帯びて。秘所の最奥はたった一度の、致命的な程の甘い敗北を味合わされたことで中毒者のように彼の精液を求めてやまない。
アイズという存在は、ミナト様に対して完全に屈服していた。
彼自身はご自身と私は対等、少なくとも顎で使うような真似は決してしてなるものかとお考えになっているのだろうが、私の想いは正反対。
彼が上で私が下。
主が従者に命令をするのは自明の理であり、それを拒否するなど断じて許されない。
衣服を脱げというのであれば喜んで肌を晒そう。胸を揉ませろと仰るのなら喜んで差し出そう。穴を使わせろと命じるのなら即座に股を開いて彼のものを受け入れよう。
だって私は彼の、
(
彼と出会う前の自分が見れば心の底から軽蔑するだろうその変容。
だが、仕方がないのだ。どのような女であろうとも、彼の有り様と圧倒的な彼の肉棒の太さと長さ、そしてそれがもたらず快楽には女であるが故に絶対に抗えない。
きっと女という生物は、殿方に敗北するように創られているのだ。というのは、かなり主語が大きいか。それにミナト様自身も、ミハロヴィーナ大公代理もきっとこの言説には反対するだろう。
だが彼に抱かれ、これ以上ないほどに躾られてしまった私にはそう思えてならないのだ。……無論、これはミナト様だけに当てはまる話で、有象無象の男達の前で肌を晒すのは御免被るが。
…………いけない。随分と思考が脇道に逸れてしまった。
こんな下卑た考えをおふたりに察せられるわけにはいかない。
私は無礼な真似であると承知していても、アンナさんの前に魔力障壁を展開。物理的に彼女の追撃をシャットアウトする。
「あっ、魔力を使うのはズルでしょ!」
「ズルではありません。それにそろそろお風呂から上がらなければ、後続の方々にご迷惑をおかけしてしまいます」
「とか言って~、本当は《勇者》様に夜這いでも仕掛けに行くだけじゃないの~?」
「アンナ、はしたないわよ」
「行きません」
アンナさんの頭に軽く手刀をいれられたミラさんを尻目に、私は湯から上がる。
まだ本格的な夏が始まる前であるため、肌を撫でる風は湯上りの身体には心地いい。けれど、長く肌を晒したままでは風邪を拗らせてもまるで不思議ではない。
ミナト様の従者として、そして『巨人三国』の脅威に挑まんとする兵の一人として、そのような無様は決して晒してなるものか。手早く身体を拭って、替えの下着とメイド服を着こんでいく。
「では、私はこれで。また明日、よろしくお願いしたします」
おふたりに頭を下げて、入浴場を出る。そして、ひとつ溜め息。
(夜這いを仕掛けに行く……ですか。そうであればどれほど良かったか)
これから起こるだろうこと、そしてお会いになる方を考えれば気が重くて仕方がない。
どのみち逃げられる事ではない、と私は頭を振った後、懐から──衣装からでも、比喩表現でもなく物理的なという意味で──漆黒の球体を取り出す。
そしてそれを握る手に力を込め、砕いた。
瞬間、私がいたのは闇の中だった。
先が見通せないという意味ではない。四方八方が黒い部屋。距離感どころか、己が立っている床すら存在が疑わしい純粋な黒い空間には、およそ装飾品や家具といった類の物は見受けられない。
何もない白い空間に人が閉じ込められると、数時間で精神に異常を来すとは聞くが……それが黒くなっても同様の事が起こるのだろうな、と雑念が脳裏を過るが、それを頭から払い除ける。
そして私は即座に膝をつき頭を垂れ、この空間の主に対して口を開く。
「参上が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした──」
私の前に浮いているこの空間の主は、掌に乗る程度の小さな身体だった。
全身をフード付きの外套で覆い、右手に握るのは身長よりも大きい、先端に紫水晶の宝玉が飾られた杖。
人を魅了する夜色の髪。群青と金色の色の異なる瞳は星空と月を彷彿とさせる美しさ。
「──《聖魔》様」
ミナト様の《聖魔》が、そこにはいた。
投稿時間についてのアンケート※一週間程度を目安に〆
-
0時(今まで通り)
-
6時
-
12時
-
18時