――どうも皆さん、ご機嫌麗しゅう。
宵坂湊です。
俺達が異世界に来てから早いものでもう2週間が経過した。その毎日が座学に訓練で埋め尽くされていたが、そのすべてに打ち込むほどに強くなっている実感が湧いてきてとても楽しい。出来ることならずっとこの世界に留まっていたいほどだ。まぁ、地球に帰還する魔法が使えない――ある可能性の方が少ない――現状では望まずともそうなるだろうが。
さて、この1週間で俺がどれ程成長したかを見ていただこう。
名前:宵坂湊
種族:人間族
年齢:17歳
称号:《異世界人》《勇者》《
レベル:13
体力:1277
物攻:1410
物防:1096
魔攻:1873(+1498)
魔防:1178(+942)
敏捷:1976
《言語理解》《聖魔契約》《闇魔法Lv.9》《鑑定Lv.4》《剣術Lv.5》《体術Lv.4》《隠蔽Lv.6》《闇属性無効化》《超高速演算》《未来視》《????》
称号:《大物喰らい》……自分を上回る強者に勝利したものに与えられる称号。戦闘時、相手とのレベル格差が大きいほどにステータスに補正がかかる。習得条件は自分よりもレベルが30以上離れた相手に勝利。
といったところで1週間前からレベルが上がったわけではない。精々特殊技術のレベルが多少上がった程度である。ただし非常に強力な称号である《大物喰らい》を獲得した。
あれから効力をチェックしたところ、効果は上記の通りである。
簡単に言ってしまえば相手が強ければ強いほどに自分も強くなる、といった称号だ。助かるのはここで言う強者とはレベルのみに言及したものであり、ステータスについては特に言及していないことだ。これがなくては《勇者》はこの称号が死んでしまうも同義だからな。まぁ、レベルが低い者と戦ったときにステータス降下が起こるなどといったことは言及されていないために特に問題はないと思うが。
「はぁ…………」
思わず溜め息が漏れてしまった。
静寂が支配している空間でのそれは思った以上に響いてしまい、余計な注目を集めたかと辺りを見渡してみるがそんな心配は杞憂であったと思い出した。
俺がいるここはブリステン王国の中でも随一の広さと蔵書量を誇る王都図書館。その第五階層――最下層である。
ここに納められているのは主に魔導書である。
魔導書自体は第三階層から存在しているのだが、第五階層にある魔導書は国王からの閲覧許可証がなければ見ることが不可能――というか閲覧許可がなければ入ることすら不可能なのだが――な魔導書だ。
ざっくりと内容を言えば、その魔法が外部に流出した瞬間に人間族が存亡の危機に陥るような魔法や死者蘇生魔法などといった《禁忌魔法》と呼称される魔法の概要が事細かに書かれていたりするもの。そんな物が高さ5メートルにもなる円柱形の本棚に所狭しと納められている。どれだけ《禁忌魔法》があるんだよって話だよな。
そんな物が大量に納められているのだ、どこの馬の骨とも知れない輩にそんな情報を閲覧されるわけにはいかない。そのためこの第五階層への入室の仕方は王都図書館の館長と国王、そして王からの閲覧許可証をもらった人間しか知ってはおらず、そこから更に第五階層内で不審な動きを見せた際にすぐに捕らえるための
全く、厳重なことだな。
っと、話を戻そう。俺が憂鬱――というか呆れていたのは1週間前の俺の行動が原因なのだ。
あのとき、俺はアンドリューに真正面から――とはいっても勝つためにとった方法は狡いといってしかるべきものだが――勝利した。その時は『よっしゃー! 勝ったぞォォ‼ ウェーイ‼』みたいなテンションだったのだが、その後日に急に冷静になって思ったのだ。
『あれ? この状況ってヤバくね?』と。
まず第一に目立っている。それも非常に分かりやすい形で。
ちなみにあの後も模擬戦を行ったのだが、勝利したのは俺に閻魔王とのコンビネーションで辛くも勝利を掴みとった陸堂、そして4体の《聖魔》の能力を用いた属性の魔法を乱射して圧倒的な物量で強引に勝利を掴みとった桐生先生。この3人である。
俺との戦いでアンドリューには遠距離攻撃の手段がないと気付いたクラスメイト達は遠距離からの攻撃に徹しようとしたのだが、アンドリューはそんなことを許すはずもなく一瞬で決着がついていた。
まぁ、そりゃそうだろうな。
陸堂は自分の
桐生先生は魔法特化の特殊技術構成と《聖魔》であり近づかれた瞬間に終わりであると言うことをしっかりと理解していたために、そもそもアンドリューが得意としている近距離範囲に自身の身を置かなかった。
そして俺の場合は《未来視》や《超高速演算》でアクションをする際の大きなアドバンテージを獲得し、《侵食の霧》でステータスを降下させながら視界を塞ぎ、《影球》の乱射で体力的にも精神的にも疲労させ、最後は不意打ちの《体術》で人体の弱点を攻撃したことによって勝利した。要するに俺の勝利は特殊技術に助けられたところが大きいのだ。
閻魔王のような強力な《聖魔》と契約しているわけでもなく、桐生先生のように《聖魔》の数が多いわけではないクラスメイト達はその分、自分が持っている特殊技術からとれる戦術を頭を捻って戦わなければいけないんだが……『《聖魔》が1体の奴でも勝てたんだ。俺だって勝てるはず』と考える輩が多かったらしい。
真正面から突っ込んだり、遠距離から掻い潜って行けるだけの魔法の弾幕で攻撃する奴らが多く、そんな者達はすぐさまアンドリューに切って落とされていた。南無三。
そんなこんなで俺は《勇者》の中で最低でも三番目に強いということなのだ。他の奴等とは戦ったことがないから分からないがステータス的に見れば容易に勝利することが可能になるだろう。陸堂や桐生先生とやれば際どいだろうが。
また深い溜め息が漏れる。
…………目立たずに行動しようと考えていたのにどうしてこうなったんだ。はい知ってます、俺が阿呆だからです。
まず《聖魔召喚》という行為そのものでテンションが上がって、出てきたのがあんなにも可愛らしい少女であったのでそこで更にテンションが上がって、そこから訓練を行う際に剣を握ったときに『ファンタジー世界感パネェ!』とテンションが上がって…………うん、ほとんどテンションのせいだわ。そしてテンションで思考能力を著しく失った俺の能天気なお花畑脳みそのせいだわ。
クラスメイトの事を散々馬鹿だの阿呆だの罵っておいてこれとか完全に馬鹿じゃん、しかも相手を見下してたからさらにそのダサさが際立つし……はぁ。
……やっちまったもんはしょうがない。今必要なのはこれから行うべき行動を考えることだ。
さしあたっての方針は自分のレベルアップだ。
このままブリステン王国陣営について魔王を討伐するか、魔族陣営について《勇者》達と相まみえるか、はたまたどちらでもない中立派についてこのままの形を維持していくのか。どの陣営につくにしろ俺はまだまだ弱い。レベル的にも戦闘経験的にも。
ならば俺が本来は勝てるはずのなかったアンドリューに勝利できたように、頭を捻られれば倒される危険性が出てくるのだ、そんなことは避けたい。どれほど策を張り巡らそうとも勝てない絶対強者。俺が今後目指すのはこれだ。
もう目立つことは避けられない。ならば開き直ってガンガン強くなっていこうぜ! という作戦だ。今回の図書館で魔導書を読んでいるのもその一貫である。
これのデメリットとしては陸堂や桐生先生とも肩を並べて戦っていくことになるため、クラスメイト達からのヘイトを集めてしまうということだろうか。まぁ、元から特別仲が良かった友人と呼べるような存在はいなかったために、少しだけ不快感を感じる程度だろう。俺の行動を妨害されればそれなりのお礼をせねばなるまいが、実害がない限りは放っておいて問題はない。
そして第二に王宮で行われているような主観的な座学ではなく、第三者――まさしく傍観者が書いたような本で得られる知識の入手だ。これが今のところ最難関である。
やはりというべきか、図書館にある歴史書はこの国のどこかに魔王が封印されているとかいう絵本の題材にでもなるような与太話から、専門の歴史書まで基本的なものはすべて漁ったが、ほとんど書かれていることは同じだった。しかも王宮で習ったことのある知識をさらに詳しくしたようなものばかり。
…………やはりこの国にとって不利な情報はすべて焚書されているか。だからといってこの国を出ていき知識を入手するというのも非常に難しい。
まずそれだけの時間がないし、手段がない。いや、もしそれが解決されたとしても他の国に行っていたのがバレでもしたら裏切りをしたのではないかと勘ぐられてしまう。それはただでさえ目立っている現状では避けたいものだ。
「なかなかに難しいもんだなぁ、おい」
俺は俺の頭の上に乗ってだらけている《聖魔》に向かって語りかけた。すると俺の頭の上で同意してくれるかのように小さく溜め息。彼女の息が俺の髪に当り、妙にこそばゆい。
「さーてと…………」
俺は第一階層から職員に許可を貰ってから持ち込んだこの街の地図を広げた。それは時間経過によるものだろうか、僅かに黄ばんでしまっており、古びた紙特有の臭いが鼻の奥をつんと刺す。
これでも十数年前の物なんだが、残念ながらこれ以上に新しい地図は存在していないらしい。職員曰く、店舗の移動などはあるかもしれないが大雑把な形は変化していないそうだから別に構わないんだが……この地図の内容を頭に叩き込んで、違う場所は脳内地図に修正を加えて、としていくしかないか。
元々記憶力は暗記系科目は得意ということで確かな裏付けはあるんだが、それでも面倒臭いことにはかわりない。しかし覚えておかなければさらに面倒くさいことになるのは間違いないから必死こいて覚えるんだが。
ブリステン王国王都ブリステンは三重の壁に囲まれた城塞都市だ。
外周部には主に軍事関係の施設が集まっている。王国守護騎士団の駐屯地もここに位置しているために、俺達は初日を除けばここで訓練を行っていることが多い。
あとは戦死者を埋葬するための巨大な墓地や、魔物──モンスターとも呼称される知性のない畜生共──に代表される外敵の接近にいち早く気付くための城壁塔などが主な施設だ。城壁等は城壁の上に存在しており、数百メートル先であろうとも敵の接近に気付けると思われた。
中心部には民間人が暮らす住宅区や、商人達が集まって開かれる大規模なマーケットが開かれ、個人が開いている武器や薬などを売っている店舗があちこちに存在している。ここに街の人口が集中しているために、常に活気や笑顔に満ちている。その様子は笑顔さえ除けば日本の首都である東京を彷彿とさせる。
尤も髪の色や衣服などで大きな差が存在しているが。
そして最奥部には行政関係の施設が集結している。
俺達の現在の住まいでもある王の住居である城や、この街が食糧難に陥ってしまった際にそれを賄うためや、魔族との戦争を行う際に使用する兵糧なんかを蓄えておくための倉庫が面積の大部分を占めている。
そうは言っても官僚である貴族なんかもここに住居を構えている。市民と同じ場所には住んでられねぇってのかねぇ。行政に携わる者ならば、市民の生活に寄り添ってなんぼのものだと思うんだが。まぁ、俺は将来政治に関わるつもりなんて毛頭ないから口出しする気にはなれない。好きにやってろと思う。
──それでも貴族の大部分はいけ好かない連中なんだ。
現代日本においては、貴族階級なんか存在していなかったかもしれないが、身分差が異様に激しい。そんなことどうでもいいだろ、と思うようなことでも──例えば貴族と平民がちょっと肩がぶつかってしまったというようなことでも、双方共に異様に気にする。貴族が暴力を振るったりすることも間々あることらしく、それが当たり前で通ってしまっているのが現状である。
実に下らないことだと思う。そんなもん、どっちも謝って終わりでいいだろうに。
っと、話がそれた。
俺は大まかな地図を持参してきた紙に書き込み、それを懐にしまった。特殊技術である《超高速演算》を取得してから、心なしか記憶力が上がっており、これぐらいの情報ならすぐに叩き込んでしまえるんだが念には念を入れてな。転ばぬ先の杖、備えあれば憂いなしよ。
「ほんじゃま、帰りますか」
現在済ませられる用件はすべて果たした。といっても静謐に満ちた、誰にも邪魔をされずに落ち着ける空間というのは、自室を除けば──いや、自室も落ち着けはするがアイズさんがいるためにひとりでというのは難しいため、この王都図書館最下層こそが俺のプライベートルームだ。
ストレスが溜まったときにまた来ようと決意し、俺は上層への階段を上がっていった。
中央区にやって来た。
太陽が上に昇りきったこともあって、そこは飯屋の客引き声で満たされているが、不快感を持つほどではない。騒がしいというよりかは賑やかと形容すべき喧騒に耳を傾け、俺は串焼きを頬張りながら、人の波を掻き分けていく。
食べているのはロックバイソンと呼ばれる魔物の肉だ。
たまたま出てきた魔物であったそれをなんなく撃退し『今日の晩飯になんねーかなー』と軽い気持ちで持っていき、それを城の料理人の元に持っていって料理してもらったら滅茶苦茶旨かった。
以来、外に出るときがあればロックバイソンを必ず一頭は狩って帰り、この串焼きを買った肉屋──俺が贔屓にしている店だ──に持っていき、こうやって調理をしてもらっているというわけだ。城の料理も旨かったんだが、あれはどちらかと言えばがっつり食うタイプのもので、こうやって食べ歩きをするのには向いていない。加えて塩コショウ──に類似した異世界の調味料──で味つけられた串焼きは病み付きになる。うーん、この肉汁がたまんねぇな!
地球のものを彷彿とさせるジャンクフードに舌鼓を打っていると、肩に寝転がっていた《聖魔》が「私にも頂戴!」と言わんばかりにねだってくる。ふふ、よかろう。貴様もこの味の中毒者になるのだ。
そんな悪役じみた妄想に浸っていたとき、前の方に人だかりが視界に入る。そこから聞こえてくるのは、痛みに呻くような声と骨と骨がぶつかり合う音。それに声を押さえた悲鳴に、「おらっ、おらっ」と状況から誰かに暴行を加えているらしい男の声。
──クソが。折角、飯でテンションが上がっていたのに台無しじゃねぇか。
俺は残っていた串焼きをもう一切れ《聖魔》に食べさせると、残りをすべて平らげ、彼女に耳打ちする。
「止めるぞ。魔法の用意を一応しておいてくれ」
了解、とばかりに敬礼する彼女を確認すると、特殊技術《体術》を用いて人混みを素早くすり抜ける。人混みの最前列にまで容易く行き着いた俺は、騒ぎの中心を視認する。
そこには衣服と呼べるかも怪しいボロ衣を纏った少女を殴り付けている肥えた男に、それを嘲笑を浮かべながら見ている、肥えた男とほぼ同じ格好をした男数名。そして彼らの雇い主であろうか、町民とはまるで違う高貴さを感じさせるジャケットを羽織った貴族らしき男がいた。
貴族は下衆な笑みを浮かべながら、半ば叫ぶようにして言う。
「いいぞ! 奴隷の分際で僕のジャケットを汚したことを後悔させてやれ!」
──見た目は俺とそう変わらないように見える。十代後半からいっても二十代前半ほどだろう。貴族の跡取りなのか、その言葉からは世間知らずさが漏れだしているように思えた。
俺は小さく溜め息を吐いた。
──以前の、目立たないように行動していた自分ならばこの光景を見ても決して関わろうとしなかっただろう。しかし、今は違う。陸堂、桐生先生に並んで最強勇者の一角を担っている俺ならば、どれだけ目立とうとも構わない。そして暴行を行っているのが貴族の偉いさんである当主ならば躊躇っただろうが、坊っちゃんなら問題もない。
──問題なく、このいけ好かないクソ野郎の顔面に拳を叩き込んでやれる。
「──おい」
俺は俊敏な動きで、人混みから完全に抜け出すと肥えた男の拳を引っ掴んだ。
さて、これで貴族のクソガキが俺の事を《勇者》であると気付けば穏便に事が働き、気付かなければ鉄拳制裁を下してやれる。俺としては無抵抗の相手──それも女の子なら尚更──に暴力を振るうような輩をぶん殴って爽☆快! になれるから是非とも気づかないでほしいんだが。
「あ? なんだ、テメェ? まさか止めに来たんじゃあるめぇな?」
「それ以外に何に見える? お前は脳ミソも脂肪で満たされてるのか?」
俺は目の前のデブを煽りながら、その他の男の様子に目をやる。男達──中でも貴族らしき男──の目には明確な怒りが宿っており、楽しい娯楽を邪魔された、そう言いたげに俺を睨み付けている。
問答無用、鉄拳制裁だなこりゃ。
「お前、あの方を知っていてそう言ってるんだな?」
「あのモヤネブン子爵のご子息、ゾキク・ケヤド・モヤネブン様のジャケットを汚しやがったこのクソ女に正しき罰を加えてんだよ。邪魔すんなよ、クソガキ」
その言葉に、俺は改めて貴族のジャケットを見てみるが、どこも汚れた様子はない。元の綺麗な白の生地のままだ。
「どこも汚れている様子はないんだが?」
「テメェ……!」
男達の額に青筋が走る。そりゃそうだろう、ジャケットが汚れた云々は建前なんだから。奴等の単細胞っぷりを見るかぎり、何かむしゃくしゃしていたところにいい建前が転がり込んできたから暴力を振るっていただけ。
そこにしゃしゃりでてくる貴族に歯向かう生意気なクソガキのご登場だ。決して良い気はしないだろう。
──もう少しだな。
正直言って、流石に勇者だとはいえ自分から暴力を振るうのは不味い。問答無用で暴力に走ってしまえば──しかも相手が貴族であるならば尚更──《勇者》宵坂湊は野蛮な人物であると民衆に印象づけられかねない。
故に俺は「相手が攻撃してきたため致し方なく防衛しました。自分には一切の非はございません」という状況に持ち込む必要がある。そのために奴等の頭に血を上らせているのだ。後ろの人混み連中に届かず、俺と対面している男達にのみ聞こえるような声で喋っているのもそれが理由である。
それだけこちら側に有利な状況に持ち込みさえすれば刃傷沙汰に持ち込もうが、俺のバックである王が庇ってくれるだろうし、彼の親である子爵だって頭を下げざるを得なくなるだろう。
問題はこの女の子なんだが……助けたお礼として今回の事は黙っておいてもらう、ということにしてもらえば問題ないだろう。
全く、無駄にプライドの高い人間は操りやすくて助かる。
──さて、ほんじゃま、止めを刺すとしますかね。
「あと……ゾキク・ケヤド・モヤネブン様、でしたよね?」
一息置く。
次の言葉が男達にとって、より印象に残るように。
「──知らね。誰だよソイツ」
「「「…………」」」
──瞬間、俺達周辺の空気が死んだ。
正しく表現するのであれば、俺を除く男達全員が絶句した。それはもう、あんぐりと口を開けて。滑稽な事この上ない。思わずくくっ、と小さな笑い声が俺の口から漏れてしまった。
その様を見てみて、俺の《聖魔》は口を手で押さえながらぷるぷると震えている。
「こ、んのクソガキャァアアァァアア──!!」
まず迫ってくるのは、肥えた男。
特殊技術《隠蔽》を発動させながら、《鑑定》を行った結果、この男達のステータスは400前後。多少戦えはするようだが、俺と比べれば大したことはない。容易く制圧できるだろう。
まずは正面の肥えた男。武器は保有しておらず、《体術》も保有していないため、繰り出されるのは大振りの隙だらけのパンチだ。俺はその拳を紙一重で回避し、カウンターに掌底を叩き込み相手を脳震盪に陥らせる。どうっ、と質量のあるものが地面に倒れ伏す音がした。
「まず1人──」
「──ッッッ!!」
次に襲いかかってきたのはダガーナイフに近しい形状の武器を持った身体の薄い男。しかし、《短剣術》どころか《剣術》すら持っていないため、その攻撃はこれまた隙だらけだ。全く、子爵だとはいえ貴族の息子であるならば、ちゃんと戦闘を行える人間を護衛につけた方がいいと思うぞ?
相手の攻撃に合わせて、蹴り上げを行う。ぶぅん、と大きな音を響かせながら俺の足はナイフを持った右手にジャストなタイミングで合わせられ、ナイフは宙を舞う。
「何──ッッ⁉」
そこから《聖魔》に頼み、《闇属性》の魔力で形作った鞭で宙を舞うナイフを掴み、柄を奴の脇腹に叩き込む。脂肪が少ない分、ダイレクトに衝撃が響いたんだろう、奴は蹲り悶絶する。
「これで2人──」
俺は短剣を構えたまま、残りの用心棒らしき男に突貫する。
2000に迫る敏捷が《体術》によって補正を受け、その動きはまるで飛翔しているかのように素早い。このステータスのまま地球に帰ったのだとしたら、陸上では無敗を誇るに違いあるまい。
「待ってくれ! 俺はその女に暴力は振るっていない! だから助け──」
「ルルァ──ッッ!」
男の言葉を無視し、俺は金的を蹴りあげる。男の最大の急所だ、俺もその痛みがわかっているからこそそこに攻撃を叩き込んだ。物理攻撃力約1300の攻撃は痛かろう。その痛みを存分にアピールするように、男は奇声をあげながら股を押さえ込み、地べたに倒れこんだ。 うわ……痛そう。
「止めてねぇ時点で同罪だよ、このクズが。──さて」
「ひ、ヒィッ! 貴様、な、何者だ! このモヤネブン家長男に暴行を加えようとしたこと、僕の父さんに言って死ぬほど後悔させてや──」
「今世代勇者が1人、宵坂湊」
「る──え?」
俺が勇者だと名乗った瞬間、貴族の男の顔が青を通り越して白く染まった。
──この国での勇者のポジションは未来の救国の英雄だ。
故に流石に王には匹敵しないものの、そこいらの貴族よりかはよっぽど上の権力を持っている。そう──目の前の貴族の人生を容易く破滅させられるほどの権力を。
だからこそ、こうやって面倒事に持ち込まれようが圧倒的権力で叩き潰すことができるのだ。
流石にその家の中核を担う人物であったのなら、先に自分が名乗り、このようなことを二度と起こさないようにと厳重注意で済ませたんだが──世間知らずの馬鹿息子にはこれぐらいの灸を据えてやらねばなるまいて。
「死ぬほど後悔させてやるだって? その言葉……そっくりそのまま返してやるよ」
「ヒィッ! す、すみませんでした! 知らぬこととはいえとんだご無礼を──!!」
「俺に謝ってどうするんだよ。──この子に詫びろ。地面に頭擦り付けて『すみませんでした』と詫びろ。じゃねえと──」
俺は奴の耳元で囁く。
流石にこれを市民に聞かれたら、折角上げた俺のイメージが台無しになるからな。
「お前の家──潰すぞ?」
「す、すまなかったぁぁ──!!」
貴族の男は衆目があるにも関わらず、地面に頭を擦り付け、奴隷の娘に詫びる。
──自分の愚かな行為で家が潰され、以前とは比べ物にならない惨めな生活を送るか、ここで恥をかいてでも家を存続させるか、どちらをとるべきかを考えられるおつむはあったらしい。
よかったよかった。これで俺が顔面に拳を叩き込まなくても済んだな。──チッ。
「失せろ。……2度とこんなことするんじゃねぇぞ」
貴族の男と鳩尾に攻撃を叩き込んだ男が、気絶している男達を連れて走り去っていく。
よし、これで平和に物事を解決できたな。おいそこ、『どこが平和なんだよ』とか言ってんじゃねぇぞ。
『戦闘の終了を確認。人間族三名に勝利。
経験値の取得を確認。
一定条件の達成を確認。
称号:《制裁者》を取得。
一定条件の達成を確認。
特殊技術:《制裁Lv.1》を取得』
お、マジか。
俺としては単にムカついたから、ちょっと痛い目に合わせてやろう程度の認識で、戦闘とすら思っていなかったのだが、新たな特殊技術に加えて称号まで獲得できるとは。これは嬉しい誤算だな。
っと、喜んでいる場合じゃなかった。
「──大丈夫か?」
「うぅ…………」
──骨折をしている箇所は特に見受けられない。全身を蹴られたりしたんだろうが、特に顔面がひどい。殴打痕が見られないところの方が少なく、そのほとんどが青くなってしまっている。
ったく、乙女の顔になんて事しやがる。
「そんじゃま、ちょっと奮発して」
俺が虚空に向かって手を伸ばすと、そのままずぶりと沈み混む。これも《闇魔法》のひとつであり、俺は収納と勝手に呼んでいる。でも、これってどういう原理なのかね。闇要素が全く見受けられず、どちらかと言えば《空間魔法》と呼ぶべき代物な気がするんだが。
俺ががさごそと収納スペースを漁っていると、目的のものを見つけた。それをひっ掴み、取り出す。
──それは掌サイズの小瓶だ。
中には原色の青色をした液体が入っており、非常に毒々しいが、これは
それ1本でロックバイソン3頭分の稼ぎが吹っ飛ぶくらいあるんだが、まぁ、致し方あるめぇよ。人助けができるんなら安いもんだ。…………それに外出の度にメイドさんから渡される金額はそれが三本くらい買えるほどであるし、まぁ、痛くは…………ない!
「飲めるか? ゆっくりでいいからな」
俺は女の子の口許にそれを持っていく。すると、すぐに口を開けてくれたため、ゆっくりと彼女に魔法薬の中身を注ぎ込んでいく。
──目に見えて変化が現れる。
青くなってしまっていた顔面は殴られたのが嘘のように治っていき、ひどく衰弱していた様子だったのが勢いよく薬を飲めるようになっていき、その変化はより顕著になっていく。
「…………あ、ありがとうございました」
「ああ、どういたしまして」
女の子は起き上がると、俺に向かって頭を下げてきた。そんな大それた事はしていないんだから、そこまでしてもらう必要はないんだがな。
「あの、お、お名前を……お聞かせ願えませんでしょうか?」
「ん? 宵坂湊だ。…………さて」
俺は彼女に名乗りながら、再び収納スペースを漁る。目的の物は低位治癒魔法薬。流石にこれ以上中位治癒魔法薬を渡すと本格的に俺の財布にダメージが入ってきてしまうので、渡せないのが非常に申し訳ないところだ。
「一応これ。低位魔法薬だ。完全に治せたとは思うが、それでも万が一ってことがある。ほれ」
「そ、そんな…………受け取れません」
「うーん…………そうだな」
意固地になって治癒魔法薬を受け取ってくれない女の子。
ぬぅ、こういうタイプは「いいからいいから」と大阪のおばちゃんテンションでいっても納得してくれないタイプの娘っこだ。さて、どうするか。
そんなとき、俺の脳内電球に明かりが灯った。
「……君がもしさっき治した傷が完全に治っていなくて病気にかかったりしたら、俺の目覚めが悪いんだよ。だからさ、俺のために受け取ってくれないか?」
「わ、わかりました」
「どうする、このまま家に帰るってんなら送っていくけど」
「そんな、流石にそこまでしてもらうわけには」
「ん、了解。あの馬鹿共みたいな連中に絡まれないように気を付けて帰れよ」
俺は手をひらひらと振って彼女に別れを告げたあと、人混みを掻き分けて城への帰路を辿る。
思いっきり伸びをする。ぱきぱき、と小気味いい音が響いた。
「やっぱ人助けすると気持ちがいいわ」
俺の言葉に応じるように、俺の肩に寝そべっている彼女も頷いている。
目立たないように心がけていれば、あのクソ胸糞悪い連中を見て見ぬふりをせざるを得なかっただろう。
そんなことをしなくてもよくなったことだけは、目立って良かったなと思えるようになった。
湊くん、実はめっちゃ良い子。
投稿時間についてのアンケート※一週間程度を目安に〆
-
0時(今まで通り)
-
6時
-
12時
-
18時