「シィ──ッ‼」
「《
化け物の腕を模したティアマトの
瞬間、空気が爆ぜ轟風が私の横を走り抜ける。
私は私が守るべき主──ミナトへ一瞬だけ視線をやる。そこには私が彼を守るように発動していた《黒死の触手》があったが、その奥には闇属性の魔力を凝縮した盾が展開されていた。《未来視》で私達の衝突で何が起こるのかを理解し、咄嗟に盾を作り上げたのだろう。
──流石ですね。
先程得た《集中》と《超高速演算》によって私たちの戦いの余波を防ぎきれるほどの強度とそれに間に合うほどの速度で、魔法を発動させることができようとは。
これならば余波を防ぐのは《黒死の触手》と彼本人に任せ、完全に攻撃に意識を向けても大丈夫そうだ。
そもそも自分の使う魔法は防御に使うのが得意とは言えない。圧倒的な攻撃力で敵を叩き潰すことこそが《闇魔法》──その頂点に位置する《神魔術法・闇》の真髄だ。
──しっかりと彼の目に焼き付けるようにしなければ。
《闇魔法》に《剣術》《体術》など、ミナトは《勇者》として必要な技術を嬉々として吸い込み続けたために、彼がこの戦いを見ないという事は考えがたい。
今のような、彼からしてみればいくら命があったとしても足りない状況であっても彼は目を輝かせ、私達の領域に至りたいと心の底から渇望するだろう。
ならば──、
──刮目しなさい。魔導の深淵を……!
そこまで導いてやるのが私の役目だろう。
漆黒の大鎌が鋏で挟み込むようにしてティアマトの首に迫る。だが、彼女は自分の顔面のすぐ近くに水の塊を作り出しそれを爆破。爆風で回転しながら壁に突っ込む。
無論、そんなことをして無事でいられるわけがないのだが、彼女は異常とも言える
私の使用する魔法には彼女が持つ自己再生能力を阻害する効果を
彼女が壁から這い出すと、赤い霧は治まっておりそこには元の綺麗な顔がある。
自分がミナトの《聖魔》となる前──彼女と幾度も戦ったことでもう見慣れた光景だ。相変わらず理不尽な能力だと思いはするが。
彼女の背後に水が発生する。
それは小さな海洋程度の水量は確実にあり、このドーム状の空間を確実に埋め尽くすだろう。
しかしそれは彼女の作り出した水がただの水であればの話。彼女の魔法──《神魔術法・水》で作り出した水は触れた瞬間に敵を切り刻む死の水だ。自分は全魔法を無力化する特殊技術を保有しているために、行動が阻害される程度で戦闘を行うには問題はない。
しかし《闇魔法》しか無力化できず、他の属性に対する耐性を獲得していないミナトは別だ。それに触れてしまった瞬間に身体が切り刻まれてしまい、確実に死に至ってしまうだろう。
それが分かっていて彼女は行動をとったのか。本当に寝ぼけているのか疑わしくなってくるが重要なのはそこではない。
ここはなんとしてでも防がなければ──!
「《死海》」
「《
同時に魔法が展開される。
ティアマトは背後に浮かぶ死の水の球を破裂させ、それを溢れ出させる。過去の大戦にて十万を超える被害を出した魔法が放たれる。
私達を飲み込まんと迫るそれに向かって杖を振るうことによって空間座標を指定。魔法の効力範囲を拡大した《黒の顎門》を発動する。
──ぽっかりと空間に黒い穴が開いた。
穴の大きさは約5メートル。異形の女の背後から迫る水の量に対して、それは酷く頼りない。だが、散々《聖魔》──ニュクスと一緒にいたからだろうか。《闇魔法》に関してはかなり造詣が深くなった。
故にわかる。
あの穴に飲み込まれれば最後、自分は生きていられる事はないだろうと。そして、俺の体内に存在している魔力の10倍以上の魔力があったとしてもあれの十分の一の規模で発動することもできないほどの高位の魔法であること。
その他にもあの異形の剣を受け止めた2つの死神の鎌。《黒死の触手》と呼ばれた俺の周りで俺を守ってくれるように蠢いている黒い触手。そのすべてが俺をまとめて10人程度は殺せるほどの威力を持っていること。
津波のように迫る水。それがあの穴の範囲20メートルほどにまで迫ったとき、空間が捻れるような錯覚を覚えた。
瞬間、水が重力に逆らって動きだし黒い穴に吸い込まれていった。黒い穴を中心とし渦を巻き、完全に消失する。
天変地異に匹敵する魔法が幾度も放たれ、それを剣一振りで叩き落としていく。そして拳や蹴り、剣を織り混ぜた疾風怒濤の連撃がニュクスに向かって放たれる。そしてそれを漆黒の槍で迎撃する。
これぞまさに絶対強者同士の戦いだ。
「すげぇ…………」
それに俺は魅せられた。
ニュクスの無数の魔法も。そしてそれを難なく迎撃し、掻い潜って彼女の首を刈り取らんとする異形の女──ティアマトにも。
ニュクスが魔導の深淵に至っているとするならば、ティアマトは武の頂点に君臨しているのだろう。
《未来視》と《超高速演算》を同時発動させ、辛うじて目で追っていられるという速度でニュクスの魔法の上を走っている彼女の姿は美しかった。
「るるぁ──‼」
「《魔法極限強化・
また世界が悲鳴をあげる。魔と武の最果て同士が衝突する。
大地から展開される山を貫かんとする大槍とティアマトの持つ異形の剣が交錯し、圧倒的質量を持った槍の方が微塵に粉砕される。
──このままじゃ不味いな。
俺は彼女らの戦いに魅了されていたが、それどころではないことを思い出した。
ニュクスは俺の味方であるが、ティアマトは最初の段階で俺を襲ってきた以上間違いなく敵だ。ならばニュクスはティアマトを倒さなければならないが、このままではじり貧だ。
現在は互角といったところであるが、俺に与えられた特殊技術と補正されたステータスを鑑みるに間違いなくニュクスの強さは魔力に依存したもの。魔法を使えなくなれば、俺程度であれば圧倒的なステータス差で倒せることは難しくないかもしれないだろうが、ティアマトには間違いなく敗北してしまう。
ならどうにかして彼女を勝たせる必要があるのだが、一体どうすればいい?
《
出来るわけがない。
《闇球》の射程範囲はおおよそ25メートルほど。射程と言っても止まっている物体に辛うじて当てられるといった程度であり、動いている物という条件がつくのであれば15メートルほどにまで狭まってしまう。現在、俺と彼女らの距離は300メートルは軽く離れている。止まっているものに対する射程距離で換算したとしても12倍を超えている。話にならない。
《闇球》を彼女らを中心とした15メートル以内に出現させればいいじゃないかと思われるかもしれないが、《闇球》は──というか球系統魔法には『作り出すことができるのは自身の身体を中心とした半径2メートル以内』という条件が定められており、これ以上離れた場所に作り出そうと思えばそれは別の魔法となっており、俺はそんな魔法を知らない。ここで新しく作れる技術もない。
その条件をクリアしたとしても、彼女らが行っているのは辛うじて見えるという高速戦闘だ。そんな最中に《闇球》なんてぶちこんでみろ、良くて当たらない、最悪なのはフレンドリーファイアが発生してニュクスの動きを阻害。その隙に決定的な一撃をぶちこまれる事になる。
そんな愚策がとれるわけがない。
「くっ……⁉」
考えている間にもニュクスはどんどん不利になっている。たとえニュクスの一撃がティアマトに当たったとしても、それを意に介さずティアマトは突っ込み、その剛剣を叩きこまんとするがそれをなんとか杖で凌いでいる状況だ。
それに加えて水魔法まで飛んでくるのだから、とれる手段も多くそれの対処に追われている状況で中々攻勢に回れていない。
──なら一瞬だけでも、こっちに意識を向けさせることができれば。
あれだけの次元の戦いだ。
刹那でも隙を見せた方が、その隙に付け込まれることは容易にわかる。それは現在優勢のティアマトにも言えることだ。
今、彼女は俺の方に全く意識を向けていない。最初の段階で──ニュクス曰く封印から解かれた直後──に一番先に目に入ったから殺そうとしただけで、現在はニュクスに首ったけであり、俺は完全無視という有り様だ。
対してニュクスは俺を守るような立ち回りで彼女と戦っている。こうやって思考している間にも度々飛んでくる衝撃波を《黒死の触手》が迎撃しているために、彼女はティアマトに集中して向き合っていない。それも彼女が劣勢になっている原因だろう。本当に弱い主で申し訳ない。
──待てよ?
俺の脳内豆電球に明かりが点った。
ティアマトはニュクスに首ったけ。加えてニュクスの攻撃をすべて迎撃、もしくは回避していることから《闇魔法》の耐性はないとみた。まぁ、耐性があったとしてもここでは問題ない。俺に意識を向けさせればいいだけなのだから。
それに対してニュクスは常に俺の存在を意識してくれている。それに《闇属性無効化》を間違いなく備えている──俺の特殊技術に同じものがあることが根拠だ──ために、あれを発動したところで彼女にはなんの影響も及ばない。
効力範囲に入ったとしても念のためにということで、彼女はすぐに理解し離脱してくれるだろう。
──いける!
瞬時に俺は判断すると、体内を巡っている魔力に命令を下す。
発動するのはティアマトを中心とした半径1メートル弱。範囲が少ない分、魔力濃度を一気に濃くして発動。ここまで離れた距離に対して発動するのかは初めてだからか、自分の持つ特殊技術に見合っていない魔法を行使しようとした際に発生する鈍痛が脳味噌に襲いかかった。
「ぐぅ…………!」
痛みに顔をしかめるが、これも俺達の勝利のためだ。いくらだって手は尽くす。
瞬間、ティアマトにまとりつくような黒い霧だ。魔力濃度を今までに使用したものよりも遥かに多く使用したために僅かながら粘着性を帯びているように思える。
言わずともわかるだろう、《
全ステータス降下という強すぎる《妨害魔法》なのに加えて、視界を奪う効果を持つ。それでありながらノックバック等が発生しないため、仲間が敵の近距離にいても──《闇属性無効化》を保有しているという前提があるが──発動を躊躇わずとも済む便利な魔法である。
──彼女の眼がこちらに向けられた。
悪寒が全身を駆け巡る。
冷や汗が流れ出し、膝が笑っているのがわかった。だが、逃げられない。逃げるつもりもない。
《未来視》が発動した。
彼女が急降下し、地面を踏みしめ、力ずくでこちらに向かってあの大剣を振るってくる未来がみえる。瞬間、俺の眼前10メートルほどで砂煙が立った。《未来視》とのタイムラグが滅茶苦茶少ない。砂煙を突き抜け、咆哮しながら剣が振るわれる。
ニュクスが全力で俺の前に割り込もうとする未来も確認できた。だが、それよりもティアマトの方が速い。
《黒死の触手》が彼女の全身を穿たんとするも、一閃で薙ぎ払われる。うん、知ってた。
「《闇纏武そ──ッッ!!?」
腹を狙って振るわれる大剣。その軌道上に闇の鎧を纏わせた腕を必死に割り込ませるものの──絶対強者にそんなものは通用しない。
──瞬間、未曾有の衝撃が身体に襲いかかった。
「────ッッッッ!!!?」
俺の身体は何度もバウンド。その度にへし折れ、本来ならば曲がらない方向に折れ曲がった腕に激痛が脳内を蹂躙した。腹部は外から見れば無事なように見えるが、体内では腸や臓物がミックスシェイクのような有り様になっているのだろう。
俺は唇を血が出るほどに噛み締めることによって意識を繋ぎ止める。
壁に衝突する。空気と共にどす黒い血が吐き出され、土色を赤く染めた。
「ヴぉ……ぇ……」
血液は吐瀉物と混じり合い、鉄臭さと酸性のもの独特の臭いが鼻を刺す。このままじゃ不味い、と思いはするものの、腹の中身がぐちゃぐちゃになっているという違和感と激痛でうまく立ち上がることができない。
「ミナト──!」
視線の先で剣を振り下ろそうとしていたティアマトが吹き飛ばされる。声からもわかるようにニュクスの一撃だ。
──ティアマトは彼女が持つ異常な自己回復能力のせいか、攻撃を回避するという選択を行わないことが多い。その大雑把さに漬け込むようにニュクスはティアマトの頭を杖のフルスイングで殴打した。
全く、魔法で吹き飛ばした方がよっぽど早くて優秀だろうに。
「大丈夫ですか⁉」
「……腕と腹の骨が何本かイカれた。腹の中も大分ひどいことになってるだろうよ」
俺は自分の体内に闇属性の魔力を浸透させる。簡略的で意識も朦朧としない麻酔みたいなもんだ。それによって痛みで鈍っていた思考がすっとクリアになっていく。
俺はティアマトが吹き飛ばされた先から目を離さずに、中位
「ニュクス、お前が使える中で最高威力の魔法をぶっ放すにはどれくらいの時間がかかる?」
「それは……ッ⁉ ミナト、あなたまさか──‼」
「そのまさかだ。お前が言ってくれた時間だけ……俺が時間を稼ぐ」
「やめなさい! それがどれだけ危険なことか、わからないあなたではないでしょう⁉」
ニュクスが言わんとしている事はわかる。
俺とティアマトの差は歴然だ。ステータス値、特殊技術のレベルから数に至るまで。俺が奴に勝っている要素などひとつもないと言いたいのだろう。
だが。
「じゃあどうする、このまま俺もお前も共倒れか? お前だってこのままじゃ魔力切れで勝負がつくことがわかってんだろ」
「それでも──ッッ」
「──舐めるなよ、ニュクス」
俺は彼女に笑いながら言う。
口角を歪ませ、負ける気など毛頭ないという表情で。
「俺はお前の主だぞ? あの化け物相手にまともに渡り合えるお前の。そんな俺とお前が協力しながら戦うんだ。……負けるわけがねぇ。あのクソアマを一緒にぶっちめてやろうぜ」
──ステータス差、特殊技術数にレベル。ありとあらゆる面で俺は負けているのだろう。そうなればニュクスから愚行だと止められることも致し方ないのだろう。
そんな事を言ってくる奴に俺は『だからどうした』と吐き捨てよう。
ステータスの差などいくらでもひっくり返せる。特殊技術のレベル差と数の差は頭脳を回転させて埋めよう。そうやって跳んで、跳ねて、走って一切合切を埋め立てれば、必ず奴の首に届く。
いや、届かせる。
「それで、どれくらいかかる?」
「3分──いえ、1分でやります……‼」
「了解。……じゃあ、行くぞ!」
「はい──ッ!」
俺と《聖魔》──いや、ニュクスとの初めてのちゃんとした共同戦線だ。
さぁ、気合い入れていこうか!
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