その日は。
その日は、いやに蒸し暑い夜であった。
先程から度々、ほんのひと時地を濡らしていった雨粒は独特の甘い香気と草いきれを鮮烈に、キハイゼル村に住む者へと感じさせる。
老若男女隔てなく、気づかぬうちに迫っていた夏を意識させた。
それは、ある家に住まう一組の夫婦にも同様である。
もっとも、その夫婦の脳裏へ浮かんだものは、いつかの、湯煙の
*
「──あの宿の事を思い出した」
「また行こうね」
勿論、とイルザはベッドで寄り添う夫へと答えた。
枕元に置かれた
窓際で焚かれた羽虫除けの香は雨土の匂いと入り交じって、涼やかで甘い香りを辺りへ漂わせた。香炉は赤い
「ん……」
もぞもぞとイルザの指先が、掌が、青年のよく鍛えられた胸板へ添えられた。とくとくと穏やかな鼓動はそのままにも感じ取る事ができる。
愛する人の温もりが、ほんの僅かで、何よりも濃密で、とろけるように甘美な記憶を想起させた。
それは、幸福を煮詰めた糖蜜とも言える毒だった。薬も過ぎれば毒となるのと同様に、濃くなり過ぎた幸福は時に害を与える。
思い返しただけで、彼女は自らの秘所が潤み始めている事に気がついていた。
(欲しい)
(欲しくて堪らない、けれど……)
常ならば誘いも掛けようが、彼女はそれを圧し留めようと自制する。
熱を持ち滾り始めた情念を抑えつけようとした理由は、その下腹部にあった。
豊かな丸みを描く稜線が、ゆったりとした縫製の寝間着に包まれ上下している。子を宿している
度重なる交わりの甲斐あって、見事彼女は妊娠していた。
その為夫の──青年の騎空団は長期休業中である。とはいえ妊娠が発覚した時に驚いていたのは当人達だけで、他の面々は「やっとか……」とでも言いたげな表情であったのだとか。その勢いのまま婚姻し、暫くの休業を発表、現在に至る。尚例によって思い思いに仕事をし始めるので正確には団長が長期休業となるのだが。
ともあれ、交わりに関してはその時からご無沙汰である……しかし口や胸で、あるいは後ろで奉仕する事は今でもままあった。というより昨晩もしていた。
そもそもするなと言う話であるが情の深い、相応に濃い情念を
よろず屋から卸して貰った
何せ一度で終わった事が無いのである。
日は不定期ながら平時で三、四個は消費され、多い時は十を数えるのだ。
次によろず屋が訪れるのは数日後。今晩使ってしまえばよろず屋が訪れるまでに交わる事が無いとは言い切れない。
互いの情の火に薪をくべる様な交わりが常であるから、五個で止まるとも思えない。
が、そんな事はつゆ知らず、情欲の熱は鎮まる気配も無く、それどころか今までになく昂ぶってしまっているのであった。
彼女は自らの秘唇が宿の一件の段にまで高まっているのを自覚し始めていた。どくどくと脈打つ拍動が自覚でき、粘ついた蜜を纏いながら入り口が蠢いて、触れる布地を湿らせ始めている。
吐息は徐々に熱を帯び、思考は記憶を反芻して心地好さを固めた飴玉を舐め転がし始め──。
「イルザ……?」
「あ、れ……?」
青年の声に、彼女ははっと我に返った。
驚きに漏れる吐息には熱が籠っていた。胸元に顔を寝かせて、夫の身体をさすっていた。貴金属を手入れするように愛おしく、雄の劣情を煽るように
それらは、互いを昂めようとする無意識の顕れであったのかもしれない。
そこまで来れば青年とて気が付こう。
蒸した空気とはまた違う、別の粘性を持った水気がシーツの上へ立ち込め始めていた。
妻の顔は熱に浮かされたように茫として見え、柔らかな頬はほんのりと赤みを帯びて、普段より
「……したい?」
「すまない。ええと、その……」
「我慢しなくていいのに」
「ん……ありがとう」
胸筋の
*
「……ん、む……ちゅる……」
どちらともなく顔を寄せて、舌を絡め合い、程なく唇を重ねた。肉厚な舌が互いの歯を舐め、歯茎を擦り、涎を塗し合う。硬い歯の感触が心地好く、引き締まった歯肉の凹凸を覚え、甘さを感じた。
鼻腔には早くも男女の肉の匂いが充満しており、それは何物にも勝る催淫香として効き始めていた。
一時間ほど前にシャワーを浴びた筈の互いの身体は、この気温では焼け石に水とばかりに早くも
互いを離さぬように首の後ろへ腕を絡め、口腔を貪り合う。
挿入の準備はとうに整っている事を、イルザのすっかりと濡れそぼる女陰が、下腹部へ触れて肌を灼くような錯覚さえ
夫の唾液を飲み干しながら、彼女は何故急に彼との交わりが欲しくなったのかを理解した。
胎に精が欲しい訳ではなく。
淫欲を晴らしたい訳でもない。
奉げ、仕えてやりたいのだ。愛おしい人に。
その欲求のあまり、心を擲ってしまう時がある。今こそはその瞬間だった。
灯りが生み出した陰影が、互いの肌の上を艶めかしく這い回っている。
粘ついた音が、宵月の下に暮らす虫達のさざめきを掻き消そうとした。
身に籠った熱は、この熱帯夜さえ涼しく感じさせるほどになっていた。
長く続いた交歓による鬱血の痕が、名残惜しさを顕しながら首元、肋、下腹と轍を作り、やがて互いに陰部を前に止まる。
ひとりは物欲しげに震える熱い潮の源泉へと指を差し入れた。ひとりははち切れんばかりに血を巡らせた肉芯へと頬ずりをした。
どちらもが同時であり、どちらもが愛おしさを込めていた。
『ぁ──』
不意に上がった声はどちらのものであったか……。
*
イルザは己が淫肉へ差し入れられた指の感触に声を漏らした。頬で先走りを竿へと塗り込めようとした矢先であったから、不意を突かれたのだ。ほんの僅かの間気を取られ、直ぐに口での奉仕へと戻る。
たったの数日堪えただけで青年の肉竿はぎちぎちと鳴き声が聴こえるかのように膨張し、脈打ち、熱を放散していた。イルザの媚肉は止めどなく溢れる蜜にシーツを、腿を、あるいは青年の顔を濡らし、ひくひくと震えて痴態を晒す。
彼女らはそれを宥めるように、互いに思い付く限りのあらゆる手管を使って奉仕する。
イルザが指で幹へ浮かび上がった血管をなぞれば、彼の苦悶と共に一際大きな脈動が応えた。青年がぷっくりと主張する乳輪ごと乳頭を押し潰せば、彼女の甘い声と共に脂肪の裏へ隠れたしなやかな筋肉が浮かんだ。
舌が凶悪な肉の凹凸を捏ねれば、先走りは一層量を増し口腔を侵していった。震える淫花へ挿し入れれば、白濁した淫汁が湧き出で、とろりと首元へ滴り、ほんの僅かな間、
『は、ぁ────』
歯は柔らかに亀頭を、露わにされた肉豆を噛んだ。甘やかな痺れが脊髄を駆け巡る。互いの嬌声が響き、大気に沁み溶ける。
玉袋を食んだならば、様々な体液を纏った濃密な雄の匂いに、思考がぐずぐずと蕩けていくのを感じた。よく肥えた尻肉を食んだならば、その柔らかな稜線を伝った
菊門に指を、舌を差し入れた。あるいは柔らかくふやけた肉がぐぷぐぷと貪欲に指を咀嚼して悦び、あるいは固く閉じられた門が
そのうちに、ほとんど同時に果て、顔を精で、潮で汚し、それらを飲み干す。
そして再び唇を重ねる。
身体の何もかもに互いの徴をしっかりと刻んで、長くも短かな愛撫が終わるのだ……。
*
「──は、ぁ……今日は、後ろで……んっ……」
イルザは名残惜しげに身体を浮かせながら言い、またゆっくりと腰を下ろして青年の逸物を受け容れていく。
紅潮した頬にじっとりと汗が浮かんでいた。
迸る熱がじくじくと柔肉を灼いて、肢体にちろちろと熾る火の勢いを煽った。のんびりと呑み込んだ肉幹を執拗に舐る腸壁は、歓喜に身を縮こまらせて、幹の奥に眠る灼熱を早くも吸い出そうとしている。
互いの荒い息遣いが聴こえていた。蒸した大気の中にあって、存在をありありと浮かばせるほどに狂おしく猛った熱が、肉体を覆っているようだった。
静かな拍を打つが如き青年の動きに彼女の喘ぎが漏れ、首筋を伝って汗の雫が谷間の奥へ吸い込まれていく。粘りつく淫猥な音が二人の性感をより高め、一度離れた唇を再び重ね合わさせる。
口での交わりは先程よりもずっと激しさを増して、相手に自らの痕を付けるように音を立てて互いを貪り、味わっている。
イルザがその豊かな乳房で夫を包み込むようにすれば、彼は豊かな肉の中へ顔を埋めながらも、肉毬を揉みしだき、あるいは乳頭を口に含んで散々に舐った。
互いの体液が身体をどろどろに汚し、結合部から伝ってシーツを散々に汚す。
幾重にも嬌声が重なり、交わされた。
その度に秘肉はもどかしさに震え蜜を漏らし、青年の下腹部を助けを求めるかのようにぱく、ぱく、と吸い付く。ひどく貪欲な、おんなの飢えがはっきりと顕れていた。
イルザが満足したのか、一際大きな締め付けが青年の肉竿を襲い、青年は呻きとともに震えた。
搾るような動きとは裏腹に、吐精は緩やかに行われる。とく……とく……と湧き出た種汁はじんわりと、肉襞へ沁み込むように吐き出され、温い熱が襞と、肉杭の間を埋めるように広がっていった。
放精を終えてなお冷めやらぬ肉竿を引き抜いて、青年は問うた。
「……まだ、足りない?」
答えは聞かずとも知っていた。直ぐに汚れた肉茎が泥濘へ呑まれ、綺麗に拭われる。
ぎ、し────。
ベッドの軋みが、聞こえた。
青年は、指先で湯気立つほどに熱気を発する、濡れそぼる女陰を拡げたおんなを見た。
拒むことは、考えには無かった。
雨雲を纏い始めた月から朧に照らされ、茫と滲む黒絹を賜った、
*
待ち続けた女陰は、歓喜して主人を迎えていた。ほんの僅かな隙間さえ許さずに、主人の全てを自身で塗り替える気でいるらしかった。刻々と動く肉杭のあらゆる部分を一時として離さぬように吸い付き、味わって、その瞬間瞬間の姿を、味を、情報を更新している。
けれども本来の主であるイルザは、爆発的に送り込まれる快楽に呑まれていた。刺激が、飴を煮溶かすようにどろどろと、牛歩の如き歩みで脳髄を灼いていく。
「あ、ぁ゛ぁ──」
悲鳴にも似た
美しい
胸に顔を埋めた女の、耳をひとつ齧ってやれば、ひ、ぃ──と怯えるような声を洩らし、膣肉は歓びに肉竿を舐めしゃぶる。あるいは雁首へ接吻をする。はたまた鈴口をちろちろと刺激する。
反応は様々、しかしそのどれもが、愛おしさを、縋り付くような怖れを含んで。
宥めるように背を摩ってやれば、徐々に徐々に、ゆっくりと、反応が穏やかになり、ゆるゆると顔を上げ、くちづけをせがむ妻に応えて唇を重ね、舌を食み、乳を食む。
互いが互いに、繋がりながら痕を刻むうちに、とぷり、封が緩んだように胤が漏れて、じわじわと膣道へ広がっていった。
いつの間にやら虫のさざめきはすっかり止み、しとしとと雨が降り始めていた。イルザはひんやりとした冷気を感じながら、肉の内側へべったりと粘ついた、他とは質の違う熱の感触に身悶えし、また、避妊具を使い忘れていた事に気がついた。
青年も同様に、その事へ気がついたようで、ぱちくり、目を瞬かせ、ばつの悪そうな表情で二人見合わせて。
「……あー、二人で、怒られようか?」
「…………君は、そういう所が、ずるいんだ」
むくむくと硬さを取り戻しつつある夫の熱に歓びながら、イルザは彼をぎゅう、と抱き締めた。応答は同様で、何もかもを尽くして心を捧げ合った。
──精も魂も尽きるまで。
──雲が空から消えるまで。
──永い夜が果てるまで。