ガタンゴトン…ガタンゴトン…
一定の間隔で振動音をレールが刻む。
朝の通勤ラッシュで混み合う電車内。
スーツに身を包んだ一人の美女、宮崎日和もその人混みの中に呑まれていた。
36歳、子持ちのキャリアウーマン。
しかし、その若々しい見た目からは彼女が30代である事さえ想像にも及ばないだろう。
高校生の娘・千紗希の姉だと言われても遜色ないほどの容姿。
特に目を引くのはそのたわわなバストであろう。
バストサイズという数値で表せば100を超えていてもおかしくないほどの爆乳。
男なら誰もが目を奪われ、そして触ってみたいと欲をかき立てられてしまう。
「次は~○○~○○~」
車内アナウンスが流れる。
日和の降りる駅はあと2つ先だ。
「…ふぅっ」
いつもぎゅうぎゅうの缶詰め状態に辟易する日和。
車で通うには職場が遠すぎるのだ。
「○○~○○~」
プシュウウウウという空気音と共に、入り乱れる乗客。
この駅は乗車する客と降車する客の数が多い。
人がいなくなって少し楽になったと思いきや、すぐにまた新しい人が乗ってきて押し合い圧し合いになってしまう。
プシュウウウウ
ドアが閉まり、電車はまた動き出す。
都心への一極集中というのも困ったものね、などと日和は一人思案する。
電車の本数を増やそうにももうこれで限界に近いのだろう。
ドアのすぐ傍まで押しやられた日和。
すぐ後ろに誰か別の人の体温を感じる。
何か嫌な予感がした。
勿論、満員電車なので人と人が過度にくっついてしまうのは仕方が無い。
しかし、この感覚は、初めてではないのだ。
満員電車にありがちな現象。
(最悪…)
これだから日和は満員電車が嫌だったのだ。
スーツ越しに伝わる生温かい男の感触。
それは明らかに押し合いによって自然に生まれたものではなく、自分の身体へと向けられたものであった。
「ハァ…ハァ…」
背後から男の吐息が聞こえる。
それだけ密着されているという事に寒気を覚える日和。
どうやら相手は自分よりも背が低いようだ。
「…ひゃっ!?」
いきなり腰を掴まれ、声を出してしまう。
しかし、そのか細い声は人混みと電車の振動音の中にかき消されていった。
くびれた腰を両手で掴まれ、軽く揉むような触り方をしてくる男。
爆乳なバストだけでなく、それを際立たせるような引き締まった腰も男達の視線を釘付けにして離さない。
男は上着の上からでは物足りなかったのか、上着の下から手を突っ込んでシャツの上から腰を触り始める。
力強く、腰を押し揉むような触り方。
今まで日和も何回か痴漢に遭った事はあったが、こんなにはっきりとした触り方をしてくるのは初めてであった。
(な、なんていやらしい触り方してくるの…!?)
尻を軽く撫でたり、体を密着させるだけとは訳が違う。
心の奥底に眠るどす黒い欲望を全面に出すような触り方に、日和は嫌悪感と恐怖心を駆り立てられる。
「ハァー…ハァー…」
男の吐息が荒くなっていくのが聞こえる。
中年男性特有の生臭い口臭が漂ってきて、不快感を増幅させられる。
(嫌っ…!このままだと…)
痴漢に遭った時は声をあげて助けを求めれば良い。
現実はそう単純なものではない。
痴漢はレイプと同じだ。
得体の知れない男に強引に身体を弄ばれ、恐怖で心が抑え付けられてしまう。
それは10代の学生に限らず、30代子持ちの日和にとっても同じであった。
腰を触っていた両手が徐々に上へとせり上がっていく。
「!?」
驚いて、凍り付いたように体を硬くする日和。
男が何をしようとしているのかは分かる。
慌てて自らの手で相手の手を掴む。
しかし、男と女、力の差は明確であった。
「ハァッ、ハァッ…揉み揉みしちゃうぞぉ…」
気色悪い口調で男が囁きかける。
50代と推察できる粘付いた声からは余りにも連想しづらい言葉や口調に、さらに恐怖心を煽られる日和。
相手の両手を抓るように力を込めて掴むも、男はまるで痛みを感じないかのように手をせり上げてくる。
人混みの中でうまく両腕を動かせないのも災いになった。
「っ…!」
日和の抵抗も虚しく、その爆乳を触られてしまう。
「おほっ!見た目通り、おっきくて軟らかいおっぱいだねぇ…ハァハァ」
背後から男の歓喜の声が聞こえる。
最初はシャツの上からさするように触ってきたのが、どんどんエスカレートして鷲掴みにまでしてくる。
「もみもみ…もみもみもみもみ…」
興奮した様子で男が背後から擬音を発する。
想像を絶する気色悪さに日和は涙目にさえなってしまう。
(もうやめてっ!誰か助けてっ!)
「…ぐぅっ!」
パンプスの尖った部分、トップリフトで男の足を踏みにじる日和。
男も痛みに耐えかねて、一瞬力を緩める。
怯んだのもお構いなしに、日和はそのままぐりぐり踏み続ける。
(あと二駅…もうちょっと経てば降りれるから…っ)
時間にして10分程、それだけ経てば日和は背中に付く悪魔から逃げられる。
恐怖の余り、警察に突き出そうという余裕はなかった。
正直、二駅待たずに一駅目で降りても良い。
仕事に遅刻するかもしれない、というリスクももう頭になかった。
「んん~、ダメでちゅよぉ…そんな乱暴しちゃあ…」
足を踏まれて憤るどころか喜んでいるような声を出す男。
それがますます気色悪い。
そして、痛がるどころかさらにいやらしい触り方をしてくる。
「嫌がられるとますます興奮してきちゃうなぁ…」
踏まれながらも日和の乳をなおも揉んでくる男。
乳房に指が飲み込まれていきそうな感覚に酔い痴れて、揉みしだいてくる。
「ハァ、ハァーッ…ねえ、おねーさんどこに住んでんの?名前とか教えてくれないかなぁ?」
臭い息を吐きかけながら日和の耳元で囁きかける。
最悪だ。
こいつは今までの痴漢とは訳が違う。
瞬間的な性衝動に駆り立てられて、痴漢行為に及んでいるのとは違う。
うら若き学生達が抱く淡い恋慕。
強姦魔が抱く欲望の炎。
それらの悪い部分だけを取って組み合わせたような、どす黒い何物とも表現できないような異常な劣情。
目の前にいた女が魅力的な身体をしていたから触った、のではなく、目の前にいた女に一目惚れし、
それを性的で暴力的な手段でモノにしようとしてくる。
だから身元を知りたがる。
捕まるリスクなんてものともしてない。
この電車で離れられたとしても執拗に付きまとってくる。
「んん~教えてくれないとぉ、ペロペロしちゃうぞお?」
「…んひぃっ!」
首筋を舐められ、思わず甲高い声をあげてしまう日和。
流石に周りの人間もその声は聞こえていたかもしれない。
しかし、そんな声に構っている余裕はないと、それぞれ視線を声の方へは向けない。
「フゥーッ…!フゥーッ…!好き…好き、好き、好き…好き」
呪詛のように剥き出しの愛情を耳元でぶつけてくる男。
日和は生きた心地がしなかった。
何故たまたま同じ電車に乗っただけの男に好かれなければならないのか。
顔さえもお互いまだ見てないのに。
日和も36年生きているだけあって自分自身、男を魅了してやまない身体をしている事は自覚している。
街を歩けばほとんどの男からその身体を凝視され、ナンパに遭う経験もいくつもしている。
しかしだ。
そんな彼らでも常識的な節度というのはわきまえているのであって、いきなり身体を触ってきたりはしない。
理性という軛が彼らをつなぎ止め、膨らむ欲望を抑えている。
見初めただけで身体を触ってきたり、身元を聞いたり欲望を隠すどころか剥き出しにしてくるのは
それはもはや、動物や獣の類いである。
「ハァッ、ハァッ…軟らかいおっぱいだ…ハァッ、すごい…こんなデカパイ初めてだよぉ…」
男の心臓がバクバク鳴っているのが聞こえそうだった。
それくらい興奮しているのが伝わってくる。
まるで吐息が50mを全力で走った後のように荒っぽいのだ。
さらに不快だったのは、勃起した股間を服越しに下半身に擦り付けてくるのであった。
その腰を動かして擦り付けてくる様がまるでセックスをしているようで嫌なのだ。
男もそれを意識してわざとしているのであろう。
周囲から見たら立ちバックされているように見える。
「ねえ…おねーさん、住所と名前教えてよお…あと電話番号とか、3サイズとか…」
相変わらず執拗に個人情報を引き出そうとしてくる男。
「もしかしてぇ、スーツの内ポケットに名刺とか入ってる?もしあったらおじさんにくれるかなぁ?」
(まずい…!)
その言葉とともに、男は漁るようにスーツの内ポケットをまさぐる。
日和も必死でその手を掴んで抵抗する。
こんな変態に身元など知られたら想像さえもしたくない、とてつもない災厄が起こってしまう。
「あれぇ?もしかして図星?だとしたら、何が何でも…手に入れなきゃねえ!」
乱暴にスーツのポケットに手を突っ込もうとする男。
日和はあえて内ポケットに入っていた名刺入れを取り出してズボンのポケットに突っ込んだ。
(もう次の駅で降りないと…大変な事に!)
もはや遅刻などと考えている余裕はなかった。
この変態から逃げなければいけない。
本能的な恐怖が頭の中を満たしていた。
「ククク…その手に出たか…なら、おねーさんのズボンを脱がしちゃえば良いだけだねえ…」
「えっ」
予想外の答えに驚きの声をあげる日和。
「おねーさんどんなぱんちゅ履いてるのかなぁ?見た目通りの黒のレース付きのか、純白のか…それとも可愛いピンクのか…」
一人楽しそうに喋りながら、ズボンに手をかける男。
「何かなぁ?何かなぁ?早くぱんちゅ見せてよおねーさん」
カチャカチャ…と音をたててベルトが外された瞬間、反射的に声が出た。
「この人痴漢です!!」
周囲がこちらを見た瞬間、見計らったかのようにプシュウウウと音をたててドアが開く。
「△△~△△~」
「ちっ」
軽く舌打ちをしながら禿げ頭の中年男が開いたドアへと駆け出す。
一瞬の出来事になんだなんだと戸惑いを見せる周囲の人達。
男の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「ふぅぅっ…!」
どよめく電車の中で日和は思わず膝をつく。
「おい!あんた、大丈夫か?」
恐怖と嫌悪感から解放されて、安堵してしまう日和。
10分少々の出来事であったが、その様子は既に憔悴しているかのようにぐったりしていた。
「大丈夫ですか…?」
他の乗客の女性に支えられて、やっと立ち上がる日和。
足が震えてとても一人では立てない。
こんなに恐ろしい目に遭ったのは生まれて初めてかもしれない。
しかし、日和はこれからもっと恐怖に晒される事を知らなかった。
これはまだそんな悪夢のような出来事の序章…