佐藤和真――通称カズマは、"溜まりまくっている"。
「はああぁぁ…」
木製のテーブルに突っ伏し、頬を机面に押しつけているカズマは、深い深い溜息を吐く。
――カズマが居るのは、怪しげなピンク色の薄明かりが
一方、従業員側は女性ばかりだ。女性と言っても、その
酒場は酒場でも、カズマが元居た世界における風俗営業店を思わせる、明らかないかがわしさが漂っている。
それもそのはず。この店は、駆け出し冒険者の街アクセルにヒッソリと建つ、サキュバス達の巣窟だ。魔族であり、忌むべき魔王に連なる存在である彼女達だが、この街では冒険者と共存するべく、特技を生かして男性冒険者相手に商いを行っている。
即ち――冒険続きの日々で何かとストレスの溜まる男性冒険者達の夢に入り込み、性的な意味で魅力的な夢を見せて彼らをリフレッシュさせるのだ。
…この店にカズマも足を運んでいるということは、他の男性冒険者と同じく、サキュバスによる淫夢サービスを希望しているのだ。
そう、カズマに溜まりまくっているもの。それは"ストレス"…いや、もっと正確に言えば"不満"である。
カズマという人物を、偏見が張り込まない無機質な視線で眺めると、彼が"苦労人"であり、不満の内容の大半が実に不条理な理由である事を理解できるだろう。
まずは、境遇だ。彼は出身世界で命を落とし、魔王と戦うという危険な使命に従事せねばならないこの世界に転生を果たしたのだが。マンガやゲームでよくあるように、英雄に連なる非凡な才能をもって転生したワケでなく、極々平凡な人間として転生してしまった。怪物相手に一騎当千の働きをするなど夢のまた夢で、毎度毎度死にそうな目に遭いながら戦うのが日常茶飯事だ。――いや、実際、何度か命を落としている。
次に、仲間である。魔王討伐と云う大きな使命を果たすには、全うに強大な能力を有して転生しようとも、ただ1人の力では無謀というもの。ましては平々凡々なカズマは言うに及ばない。
幸いにして、彼は上級職を有する仲間達に恵まれたが――彼女は
女神であり、強大な能力を有しているはずながらも、絶望的なまでに自堕落で頭が弱いアクア。魔法上級職のアークウィザードでありながら、1日1度しか使えない爆裂魔法のみしか習得していない、中二病患者のめぐみん。そして、近接上級職のクルセイダーでありながら、剣はちっとも当たらず、おまけに魔族までもドン引きする程のドMっぷりを発揮し、危険へ嬉々として突っ込んでゆくダクネス。
――転生前は引きこもりをしていたカズマが采配を振るわねば、とてもでないがこれまで生き残ってこれなかっただろう。そんな頭の痛い仲間ばかりだというのが、第2の不満である。
そして、直近における最大の不満は…プライバシーに関する不満だ。
◆ ◆ ◆
"プライバシーに関する不満"――その言葉をカズマの口から耳にした
確かに暫く前――この世界に転生したてこの頃のカズマなら、その言葉を口にする事で同情を得ることも出来ただろう。何せ、女神アクアと共に馬小屋生活を送っていたのだから。1人きりの時間を楽しむことなど出来ないのも当然ながら、隣の部屋との壁も非常に薄く、アクアと少し言い合いになってしまうと、
「うるせぇぞ!」
などと言う罵声と共に壁をドンと蹴る音が響いたものだ。
この頃の生活において、カズマが何よりも苦しかったのは――性欲の処理である。
異世界へ転生した身の上とは言え、彼も心身健全にして多感な年頃の男子である。冒険生活など送らなくとも、女性に対する興味や妄想が湧くのは当然だ。
しかも、この頃はアクアと一つ屋根の下での生活である。アクアは頭の出来や性格、素行は至極残念であるものの、流石に"神"の名を冠する存在だけあって、容姿はかなり整っている。
そんな彼女と文字通り隣合って眠って、悶々としないワケがない。
当然、我慢出来ずに――とは言っても、襲いかかるような真似は、元来の小心者な性格から出来なかったが――アクアが寝付いた頃を見計らい、コッソリと自慰行為を行った事もある。
――だが、"コッソリ"とした行為であったはずが、アクアには筒抜けであった。
「カズマったらさ、たまーに、夜中に何かゴソゴソしてるのよねー。まぁ、年頃だもんね、見て見ぬフリをしてあげてるワケよー」
そんな会話をアクアが女性陣と語り合っていたの耳にした時は、背筋が凍り付きそうになると同時に、顔から猛火が吹き出すかと思った程だ。
しかし今、カズマは馬小屋生活から脱却している。
とあるクエストを片付けた報酬として、館を丸々一つ、手に入れたのだ。カズマにとっては、涙が出る程に嬉しい念願のマイホームである。
カズマ達パーティ4人は、この館を住処として生活を始めた。館が少し古いものの、住む分には全く支障がないし、十分な広さもある。カズマ達は1人1部屋をあてがい、1人で羽を伸ばす時間を楽しめるようになった。
――はずだった。
夜の時間を1人で過ごせるようになったカズマは、普段から溜まりまくっている性欲を処理するため、堂々と自慰行為に
(あいつらったら、
見た目だけは、頭の出来に勿体ないくらい、最高なんだよな…)
先に述べたアクアは勿論のこと。アクアをも超える超絶的プロポーションの持ち主である美女ダクネスに、体型は幼児のように貧弱ながらも、幼さの残る顔立ちに初々しく瑞々しい雰囲気が可愛らしいめぐみん。常日頃彼女らに囲まれて、劣情を抱くな、と云うのは年頃の男子には酷な話だ。これで何も感じない男が居るとすれば、精神的に病んでいるか、ガチホモくらいだろう。
(ダクネスのあのおっぱい…! あのボリュームで挟まれたら、最高だろうな…!
アクアのおっぱいも、ダクネスほどボリュームはないが、張りがあって気持ち良さそうだな…。何より女神の端くれだからな、きっと汚れなんて無縁な美しい身体に違いない…!
それに、めぐみんのあの瑞々しい唇…! 胸が無い分、あの桜色の唇が気になって、仕方ない…! 柔らかそうなあれで、オレのモノを咥えてくれたら…!
…ウッ! ……フゥ……)
――こんな感じで、深夜の秘密行為を満喫していたのだが。不幸にも、彼の自由は長くは続かなかった。
ある朝の事。ノックもなく、カズマの部屋の扉が勢い良くバァンッ と開いたかと思うと。
「カズマッ! いつまでも惰眠に浸るような愚考は直ぐにやめて! この天才魔術師のために時間を捧げて下さい!」
現れためぐみんが開口一番、そんな台詞を張り上げた。
時刻は早朝と呼べる時間ではなく、むしろ日は正午近くにまで上がっていた。それでもカズマがベッドの中で安眠を貪っていたのは、早朝に目が覚めて朝勃ちしていたのを良いことに、一発ヌいたからである。その後は、ヌいた後にやってくる強烈な眠気のままに、ベッドに身体を横たえたのだ。
「あ…めぐみんか。
えーと…爆裂魔法の練習に付き合え、ってことだよな。分かった、分かった。
サッサと着替えて飯にするから、広間で待っててくれよ」
ベッドの上でぼんやりと状態を起こし、寝癖のひどい頭をそのままに、めぐみんに顔を向けてそう語っている最中の事。カズマは、めぐみんの妙な行動に気付いてハッとする。
彼女はしきりに鼻をヒクヒクさせている。スンスンと匂いを嗅いでいるのだ。
(…何してるんだ、こいつ…?)
その疑問を言葉にしてぶつけるよりも早く。めぐみんがぼんやりと独りごちる。
「なんて言うか…生臭い…そう、イカみたいな匂いが…」
その言葉を耳にして、カズマはギクリと身体を強ばらせる。
人間は、匂いに鈍感である。匂いを知覚しても、数分も経過すれば、すぐに慣れてしまって匂いを知覚できなくなる。それを毎日のように繰り返していると、遂にはその匂いを知覚できなくなってしまう。
カズマは、部屋に分散してしまった己の精の匂いなど、もはや知覚できない程に慣れ切ってしまっている。
一方、女性というのは匂いに敏感であると云う。それに、めぐみんは男の精の匂いを嗅いだ経験などないだろう。
だから、
(ヤバい…! ここで騒がれたら…!)
カズマの顔色が青くなった、転瞬。めぐみんが「あーッ!」と声を張り上げる。これでカズマの夜の密やかな
「分かりました! 珍味ですね!
カズマッ! 昨日の夜、私達に隠れて珍味を食べましたね!?
独りで楽しむなんて、ズルいじゃないですか! 仲間の私達にも分けてくれてもいいじゃないですか! そんなだから、クズマとかカスマとか言われちゃうんですよ!」
この言葉に、カズマはほっと胸を撫で下ろす。めぐみんはパーティの中でも気が回る方だが、今回はそれが良い方向に働き、変な深読みをさせたようだ。
(ここは、話を合わせておくか)
カズマは青くなった顔色を取り戻すと、後頭部を掻きながらナハハハ、と笑い飛ばす。
「いやー、スマンスマン。昨日、知り合いの冒険者から貰ったんだけど、量が凄く少なくてさ! みんなに分けたら殆ど食べられないなーと思って、独り占めしちまった!
悪ぃ悪ぃ!」
「それならそうと正直に言ってくれれば、私達だって自重しますよ!
仲間なのに、信頼されていないみたいで、凄く不愉快ですよ!」
「だからゴメンってば!
今度、沢山貰えたら分けてやるからさ! 今回は、見逃してくれよ!」
「ホントですよね!? 嘘吐いたら絶対に許さないですよ! 爆裂魔法の的にしちゃいますよ!」
「ホントだってば、だからな、そんなに騒ぐなよー!」
めぐみんは身体は小さいが、声は高くでデカい。だからこの館の中には良く響き渡った事だろう。
そんな彼女の声が、残る2人の冒険者――アクアとダクネスを呼び寄せてしまった。
「一体どうしたと言うんだ?」
「なーに? またカズマがセクハラでもやらかしたワケ?」
「カズマが、私達に隠れて珍味を食べていたんです! さもしい事、この上ないですよね!」
「珍味?
…そう言えば…」
部屋の入り口に立ったダクネスは、スンスンと匂い嗅ぐと、一度
「海産物の塩辛か? 生臭さを微かに感じるな…」
「そうですよね、感じますよね!
隠そうったって、そうはいかないですよね!」
そんな女性陣の言葉に苦笑いを浮かべつつ、カズマは胸中で罪悪感にも感情を浮かべつつ、ポツリと漏らす。
(自分のチンポ汁の匂いを、目の前で女の子達に嗅がれるなんて、どんなマニアックなプレイだよ…)
…そんな時だ。ふと、ダクネスの一歩後ろに立つアクアの姿が目に入る。
カズマが彼女に注目したのは、全くの偶然であったが――瞬間、凍り付くような衝撃と緊張が、彼の全身を電撃のように走り抜ける。
アクアは、笑っていた。ニコニコと微笑ましく…と云った類の、清々しい笑みでは無い。何というか…人生の修羅場を潜り抜け続けてきた大ベテランが、血気に逸る姿を見やって「フッ、若いな…」と遠い目をしながら浮かべる、達観し切った笑み。
その表情が、痛々しいまでにカズマにこう訴えている…「若くて元気な証拠よねー」。――そう、アクアはこの騒動の真の引き金を的確に見抜いている。
流石は、馬小屋生活時代に一つ屋根の下で寝食を共にした相手である。知力が低いとは言え、カズマの本能的な行動については熟知しているのだ。
しかし、カズマ本人としては、感心するどころの話ではない。痴態を見抜かれただけでも、顔から火が出る程に恥ずかしいと云うのに。カズマに劣らぬ性格の悪さをしているアクアが、めぐみんとダクネスに事の真相を言い触らさないとは限らない。
(くうううぅぅぅ…ッ! いっそのこと、殺してくれえええぇぇぇ…!)
カズマは精一杯平静を装いながらも、頬に羞恥の赤味が帯びるのを、そして目尻に悔しさの涙が滲むのを、留めることは出来なかった。
その後のめぐみん、ダクネスの様子から見て、アクアはカズマの痴態を彼女らにバラしはしなかったようだ。…しかしながら、カズマには安堵する暇など無かった。
めぐみんとダクネスの2人と来たら、ノックもせずにカズマの部屋へいきなり飛び込んでくるのだ。それこそ、昼夜構わずである。
「カズマ、居ますか!」
「カズマ、聞いて欲しいことがあるんだが!」
夜も更け、日中に溜まった疲れを風呂で流し、サッパリとしたところで、熱湯では決して流せぬ煩悩の溜まりをヌこうとズボンを脱ぎかけた所で――バタンッ! と威勢の良い音と共に声を張り上げて彼女らはやってくる。
しかも、その用件は大抵、下らない事ばかりだ。
「トイレに、ものすっごく大きなムカデが出たんです! 退治してくれないと、おねしょしてしまいます!」
「明日こそは、今日断念したドラゴン退治に行こうじゃないか! 爆裂魔法をも超える火力というもの満喫…もとい、肌身で感じるのも、今後の経験になると思うのだが!」
…こういう事態が予測出来ないタイミングで頻発するのだから、カズマの夜のプライバシーの確保など出来たものではない。
結果、カズマは日々の悶々たる煩悩を、その陰嚢の中にはちきれんばかりに溜め込み続けるのである。
◆ ◆ ◆
さて、場面はカズマの現在、サキュバスの巣窟の一画へと戻る。
店中には、今宵見る淫夢のリクエストを血眼になって書き込む冒険者達の姿で溢れている。その合間を、きわどい露出のサキュバス達が、ほぼ丸見えのお尻をフリフリと振りながら歩き回っている。
カズマは机に突っ伏しながら、視界の中で揺れるプリンとした張りのある桃尻に、触れることの出来ない空しい掌を伸ばす。
「ああ…こんなに目の前にチラついているのに…夜空に浮かぶ星ほどの距離が開いているような気がする…」
乾き切った苦笑を浮かべて、ポツリとそんな事を漏らしていると。突如、視界が艶やかな肌色一色に染まる。
「あら、カズマさん。またいらしてたんですか」
視界を肌色で埋め尽くした相手は、声音だけで背筋にゾクゾクと快感を与えるような妖艶な言葉を掛けてくる。
カズマが突っ伏したまま視線だけで見上げると。彼の向こう側の席に座った、1人のサキュバスの姿がある。他のサキュバスに比べると、そのプロポーションは完璧と称して過言でない程に素晴らしく、物腰は気品すら感じさせる程に落ち着いていて麗しい。
カズマが初めてこの店を訪れた時に出会ったサキュバスであり、この店の代表を勤めている者だ。
「今日もやっぱり、お書きにならないんですか? 要望書?」
サキュバスにそう尋ねられると、カズマは小さな溜息を挟んで、遠い目をして答える。
「ええ…書きたいのは、山々なんですけどね。今日も…見る専です」
カズマは一度、この店のサービスを申し込んだ事があるのだが、痛い目を見る羽目になった。館にはアクアお手製の強力な結界が張ってあったらしく、カズマの枕元に忍び込んだサキュバスが見つかってしまい、大騒動になってしまったのだ。その際、カズマはサキュバスを庇った挙げ句に、女性陣からタコ殴りの目に遭っている。
「私も、以前の騒動についてお聞きしてはいますよ。
でも、あの騒動はカズマさんのお屋敷だったから起こったんですよね? それなら、私達のサービスを受ける時だけ、どこかの宿に外泊してはいかがですか?」
サキュバスはそう提案してくれる。純粋に顧客を案じてのものか、それとも精気目当ての発言なのか、判断はつきかねるが…。
どちらにせよ、サキュバスの好意はカズマの苦笑と溜息の元に一蹴されてしまう。
「…それ、とっくに試したんですよ。
でも…ダメだったんですよ…」
"外泊したい"との発言に対し、女性陣は何故か酷い深読みを巡らせてきた。
「まさか、カニ食い放題の宿で1人満喫するつもりなんでしょう!? そうはさせないわよ、女神であるこの私も連れていきなさい!」
「外のお泊まりって、楽しそうです! 私もご一緒して良いですか!? 良いですよね!?」
「1人で強敵に遭いに行くつもりなんだろう! カズマなりの優しさなのかも知れないが、それを黙って見過ごしては騎士の名が
――こういう具合だ。カズマがどう言い繕って説得しようとも、彼女らはガンとして意見を曲げない。
結局、全員でアクセルの街の宿屋に止まるという、金銭的にも行動的にも全く無駄な行為をするに留まるだけだった。
「いっそのこと、サキュバスらしく、この場で一発ヌいてくれませんかね? スッカラカンになるまで搾り取ってくれて構いません」
カズマが回想から意識を戻してそう語ると、今度はサキュバスが苦笑を浮かべる。
「そんな事をしては、カズマさんの命に関わりますし…。
そうなっては、折角時間を掛けて
残念ですが、ご要望には沿い兼ねます」
「ですよねー…」
カズマは深く溜息を吐いて、目を伏せる。そのまま魂まで脱力し切って、永遠の眠りに着きそうな勢いである。
そうはさせじと考えたのかどうかは分からないが、サキュバスがパン、と大きな音を立てて手を合わせる。
「そうだ、カズマさん!
一度、ウチの若いのがご迷惑を掛けていたこと、ずーっと気にしていたんですが…。ようやく、挽回出来る耳寄りな情報を手に入れることが出来たんです!
騙されたつもりで、お聞きになってください」
「…はぁ」
カズマは生返事しつつも、ノロノロとした動作ながら、上体を起こす。相手がサキュバスとは言え、
「今日、冒険者ギルドに依頼として正式に張り出される予定のシロモノなんですけどね…」
そして、サキュバス曰くには――。
アクセルの街を離れて暫く行った所に、鬱蒼とした森がある。獰猛な魔獣の目撃情報もチラホラ有るのに加えて、大した資源的価値もない事から、開発の手が回っていない場所だ。
この森に最近、新種の奇妙な魔獣が出現するようになったという。
一体どんな由縁があって、そいつらが森の中に棲み着いたのか? 魔王軍幹部による実験的な試みなのか? それとも、魔王軍から見放された"はぐれ魔族"による気まぐれか? はたまたは、単に自然の脅威が牙を剥いただけなのか? それは魔族であるサキュバス達でも把握していないようだ。
ただ、魔族仲間から魔獣の外観や性質を聞き知ってはいる。
そいつらは"魔獣"というよりも、"魔蟲"と呼ぶべきだと云う。何せそれは、ヒトの成人の頭よりも2周りも大きなクモであるとのことだ。身体の大半は漆黒の毛で覆われ、腹の部分だけが黄色の毛と共にコガネグモを思わせる縞模様が着いている。頭には8つの眼が不気味に赤く輝いているそうだ。
――ここまで聞いただけでは、カズマの抱えている問題の打開とは何ら接点が無いように見える。むしろ、キモい生物の情報を聞き知った時点で、ムラムラとした気分もシオシオに萎えてしまいそうだ。
…しかし、サキュバスの本題はここからである。
「そのクモの面白いところは、人間や人型の魔族の女性にばかり反応を示すことなんです。
何でも、集団で寄って
「え、なにそれ怖い」
カズマはやはり、この話から性的欲求不満解決に糸口を見つけられない。クモの糸でグルグル巻きにされると聞くと、転生前の世界で見たホラー映画を思い出してしまう。即ち、そのまま生きたまま食われてしまうか、卵を産みつけられて、幼虫が腹だの胸だのを食い破って出てくる光景しか思い浮かばないのだ。それはカズマにグロテスクな印象しか与えない。
世の中は色々な性癖の人物がいるので、そういったグロテスクなシチュエーションにエロスを感じる者も居ることだろう。しかし、カズマはそれらの情景が全く琴線に触れない、至って常識的な健全さを持ち合わせている。
「どこもえっちぃ感じがしないのですが。むしろ、マジ気持ち悪くて怖いんですが」
「まぁまぁ、話は最後まで聞いてくださいよ。
そのクモ、女の子をグルグル巻きにはするものの、食べたり卵を産みつけたりすることはないんですって。
ただ、糸には催淫効果があるらしくて、グルグル巻きにされた女の子は、その繭の中でエッチな衝動に囚われて堪らないみたいです。
クモが何でそんな事をするのか、私も全く分からないんですけれどね。女の子の性的興奮を栄養にしているんじゃないかって説が、魔族の研究者の間では有力なんだそうです」
「グルグル巻きで、催淫効果…」
この2つのキーワードが頭の中で混合し、化学反応を起こすと。カズマはようやく、ゴクリ、と生唾を飲み込む。
身悶えし、股間が湿る程の性的快感を覚えながらも、指一本動かせない状況に陥った美少女が、カズマの頭の中に浮かぶ。想像の美少女の顔は、カズマが純愛を感じて止まない清純なる女神エリスのものだったりする。
「はぁ…はぁ…思いっきり、オマンコをいじりたいのに…! ピクリとも動けないなんて…生殺しも、良いところよぉ…」
真っ赤に上気した顔で、雌の涙を目尻に讃えて、桃色の息を吐くエリスの姿。――萌える、そそる、エロ過ぎる。
カズマの想像が
「クモは男性には全く手を出さないという事ですから、カズマさんがどなたか女の子と一緒に森の中に入れば、まんまとミイラ状に拘束された挙げ句、発情している女の子を手に入れる事が出来るワケです。
相手は顔もグルグル巻きで、見えも聞こえもしませんから、その間にちょっとくらい
たっぷり楽しんでから助けた後には、全部クモの所為にしてしまえば、お
「…なるほど、なるほど…。
それは結構なことじゃないか…」
カズマの顔が、"クズマ"と呼ばれるに相応しい
そんな汚いカズマの姿を見ても、ドン退きするどころか、役に立てた事を喜ぶ純粋なニコニコ顔を作るサキュバスは、流石に魔族である。
「私達はクモにやられてしまいますから、カズマさんのお手伝いをすることは出来ませんけど…。カズマの手際次第で、可能性は膨らみますよ。
どうでしょうか? 私の情報は、お役に立てましたか?」
「勿論です!」
カズマはバンッ! とテーブルを叩いたかと思うと。それまでの脱力具合が嘘だったかのようにシャッキリと直立し、鼻息荒く声を上げる。
――その後、カズマはギルドへと直行。運良く公開されたばかりの魔蟲の調査依頼を受け、己の館へと足早に向かうのだった。
◆ ◆ ◆
館への道中、カズマは早速、クモを使ったセクハラ計画を綿密に練り始める。
(まずは、誰を標的にするか…だが)
女性陣3人を思い浮かべ、"獲物"を吟味する。
まずは、アクア。素行の悪さや乏しい知性は残念極まりないが、プロポーションは抜群だ。そして、扇情的なミニスカートに加え、一見すると履いてないように見える際どいパンツが何とも欲情をそそるが…。
(…今回は、パスだな)
カズマは泣く泣くながらも、アクアを却下する。その理由は、彼女が女神であると同時に、優秀なアークプリーストである事にある。
クモは魔族ですら把握していない性質が多い。これでもしも、浄化の魔法によって弱ってしまう性質を持っていたら、カズマの計画は根底から台無しになってしまう。
(初めからリスクを冒すのは望むところじゃないモンな。ここは慎重に行こう)
次に白羽の矢を立てたのは、めぐみんだが…。
(無しだな)
ノータイムで却下する。
めぐみんは確かに美少女だし、幼く見える言動が可愛らしくも見える。しかし、その身体も幼さがまだまだ残り、性的魅力には激しく欠ける。
(どうせヤるからには、もっと性欲をブチ撒けられる相手が良いな)
それに、めぐみんは中二病な言動が目立つとは言え、基本的には常識的な思考の持ち主だ。そして、やたらと観察力やら勘が鋭い。カズマの何気ない言動から、その企みを感知してしまう可能性がある。
(こいつもリスクが高いしな。絶対にやめておこう)
では残る1人、ダクネスはどうだろうか。
パーティの中では抜群のプロポーションを誇る美女だ。溜まりまくった性欲をブチ撒けるには絶好の相手である。
カズマは顎に手を置いて暫く思案した後…。
「…有りだな」
ポツリとそう、独りごちる。
ダクネスは真性のドMだ。苦痛に悦びを見い出すのは勿論の事、魔族を初めとする邪悪な存在に暴力的に組み敷かれる事を望むような、救いようのない変態である。いつもなら、この変態的性格によって頭の痛い思いをさせられているが…今件については、全くの好都合である!
未知の魔蟲たるクモに対し、ダクネスは間違いなく多大な興味を抱くだろう。まだ見ぬ強敵であり、新たな苦悦を与えてくれる相手かも知れないと歓迎することだろう。そして、クモ糸の束縛には、悦んで自ら入ってゆくことだろう。以前、アルカンレティアの温泉へ向かう道中、群れなして突撃してきたハシリタカトビを前にして、或る冒険者が対抗措置として使用した拘束魔法に自ら飛び込んでは、束縛に悦びを見出して荒い桃色の息を吐いていたものだ。
これがクモ相手ならば、ダクネスは絶対に顔を
(よし、決まりだな!
あのド変態女騎士のエロの化身のような肉体を、たっぷり味わわせて貰おうじゃないか…!)
カズマはデヘヘと鼻の下を延ばし、涎を垂らして外道な笑みを浮かべる。
…この時、ちょうどすれ違った買い物途中であったらしい
「…ママぁ…、このお兄さん、気持ち悪い顔してる…」
「しっ! 見ちゃいけませんっ!」
腫れ物を見るような視線で射抜かれるカズマだが、そんな事を知覚することなく、気が早くも股間を膨らませながら家路を進む速度を速める。
◆ ◆ ◆
「なぁ、めぐみん。ちょっと良いか?」
帰宅した後のカズマは、すぐにめぐみんの部屋を訪れる。…この際、カズマは絶対にノックを忘れない。女性陣がデリカシー無くノックせずにいきなり自室の扉を開いてこようとも、同じレベルに立って仕返ししようとは思わないほどには、カズマは常識人である。
「なんですか?」
折しもめぐみんは、自身のベッドの上に寝っ転がり、愛猫のちょむすけを持ち上げて遊んでいたところだ。
「明日の爆裂魔法の練習のことなんだけどさ」
以前、魔王軍の幹部に目を付けられたこともあった爆裂魔法の練習だが。当の幹部を打破した今、めぐみんは何の気兼ねもなく、幹部が間借りしていた古城に向かい、連日のように爆裂魔法を撃ち放っている。
「付き添いは、アクアに頼んで欲しいんだ」
「それは、別に構わないですけど…」
そう語るめぐみんの仕草は、どこか残念そうな雰囲気が漂っている。とは言え、めぐみんは過去にもアクアと共に爆裂魔法の練習をしていた事もあるので、アクアと一緒が嫌と云うワケではないだろう。
どんな理由が背後にあるにせよ、性欲に駆られたカズマは彼女の様子など気にも止めず、さっさとその場を去ろうとするが。
「あの…何か用事でもあるんですか?」
そんな風に詮索されて、カズマはちょっとイラっと来ると共に、少々焦る。…特に理由を考えていなかったからだ。
しかし、めぐみんは勝手にこう続けてくれた。
「ひょっとして、あのバニルとか云う魔族と、また新商品の打ち合わせですか?」
カズマはしめしめと、めぐみんの話に乗ることにする。
「ああ、そんなところだ。
コタツの時みたいに大儲け出来るかも知れないし、やっておいて損はないからな」
用心深いめぐみんの事だ、あまりバニルとの接点は無いが、何かの拍子に確認しに行くかも知れない。バニルには必ず口裏を合わせてもらうよう頼もうと、しっかりと胸に刻む。
「そういう事だから、よろしくな!」
「分かりました。でも、明日だけで終わらせて下さいよ!」
そんなめぐみんの言葉を背に受けながら、カズマは早々にダクネスの元へと向かう。
ダクネスは自室に居り、机に向かって何やら書き物をしていた。大方、父親宛ての近況報告であろう。
「悪ぃ、忙しかったか?」
上辺だけの申し訳なさを取り繕った言葉だが、ダクネスは普段通り、凛々しく美しい騎士然とした態度でこちらに向き直り、首を横に振る。
「いや、何そんなに大した事ではないのだ。
ところでカズマ、私に何の用だ?」
そう質問されている最中、性欲に駆られるカズマは、待ちきれないとばかりにダクネスの身体に舐め回すような視線を走らせる。
今、ダクネスは普段身につけている鎧を外している。それゆえ、服の上からでも立派極まりない胸の双丘のたっぷりとして柔らかな姿が見て取れる。
この膨らみを、無抵抗を良いことに後ろから抱きついて揉みしだく様を想像すると…思わず、カズマの股間は熱を帯びて勃ち上がってくる。
カズマの下卑感情は、露骨に眼に浮かび上がっていたようだ。ダクネスは、ハッと表情を変えると、頬に赤味を差してモジモジする。
「な、なんだ…いきなり、そんな舐め回すような嫌らしい視線をして…!
はっ! ま、まさか…わ、私が油断しているのを良い事に、襲いかかるつもりか…! さ、させんぞ…! 決して、お前の、暴力的な行為になど…ま、負けないからな…!」
その言葉でカズマは自身の状況を顧みると、ハッとして表情を切り替える。
「い、いやいや!
ただ、オレは仕事の話をしたくてな!」
「仕事? ギルドからの依頼を持ってきたのか?」
そこでカズマは、ポケットの中から荒々しく畳まれた依頼書を取り出す。「未知なる魔獣、その生態調査を求む」の文字と、人の不安を煽る黒塗りのおどろおどろしい怪物の影が書かれた内容に、ダクネスの顔はキュッと引き締まる。
引き締まりはするのだが…眼の中で揺れる期待の輝きと、頬を染める興奮の赤味が、彼女の性癖の琴線に直撃した事を物語っている。
(よしっ、獲物はうまく釣り針に掛かった…!)
カズマは内心でほくそ笑みながらも、それが表に出ないようにと咳払いをして気を引き締めてから、ダクネスを誘う。
「張り出されたばっかりだったのを見つけてさ、急いで持ってきたんだ。
生態を調査するだけで、結構な金額を貰えるんだ。美味しい仕事だと思うんだよ。
だけど、アクアやめぐみんに相談するとさ、あいつらヘタレだから、"未知の魔獣なんてゴメンよー!"とか言って拒否しかねないだろ? だから、ダクネスにだけ話そうと思ったんだ。
クルセイダーとして、未知の魔獣と聞いたら見過ごせないだろ?」
カズマの問い掛けに、ダクネスは暫く返事をせずに、ひたすら恋心抱いた乙女のような表情で依頼書を見つめている。どうせ、未知の魔獣とやらに痛めつけられる光景を妄想して、悦に浸っているのだろう。
たっぷり数秒後、ダクネスはハッと表情を改めると、腕組みをして極力真剣さを取り繕う。しかしながら、頬の赤味だけは隠しきれていない。
「そ、そうだな! 無辜の民に牙剥くとも知れないしな!
クルセイダーである私としては、是非とも成敗したいところだ!」
「よし、それじゃ決まりだな!」
カズマはニッコリと笑みを浮かべる。内心では盛大なガッツポーズまでしてみせる。
獲物は見事に、網に掛かった。
「それじゃあ明日、めぐみん達が爆裂魔法の練習をしに出かけた頃に、出発しよう。直前になって引き留められると厄介だからな。
それと、この仕事のことは、2人はくれぐれも内緒にしておいてくれよ」
「騎士として、嘘を吐くのは
…こうして事は、カズマの邪悪なる計画に沿って、うまく進んでゆく。
- To Be Continued -