「ううっ…」
泣きじゃくる小鳥に数珠丸は慌てる。
「どうしたのです、小鳥」
「あたま、いたい」
「例の頭痛ですか。何か私にできることは…」
「たたりがたな」
「…え?」
「みをささげろって、こえがする」
ぽろぽろと小鳥の瞳から涙が零れる。
「じょうかのため、みをつくせ、って」
数珠丸の頭の中でピースがはまっていく。そして、現状を理解した彼の中で何かが切れた。ぶわり、と闇が噴き出す。真紅に染まった瞳を開き、数珠丸は小鳥を抱き上げた。
「つね、つぐ…?」
「私はあなたの刀です。あなたを害すものは、全て斬り捨ててさしあげましょう」
数珠丸は薄く微笑んだままこんのすけに刀を突き付ける。
「今すぐに我が主に対する精神干渉をやめさせなさい。…本丸のシステムを物理的・呪術的に滅茶苦茶にされたくはないでしょう?」
「数珠丸恒次、その姿は」
「我が主を祟刀に捧げようと言うのでしょう?見ての通り、私も祟りですから、私のものとしてもその通りでしょう?」
「 」
数珠丸は腕の中の小鳥に口付けを落とす。
「主を粗末にするものに主は任せられません。…早急に動きなさい、管狐。それとも首を斬られねばわかりませんか」
唇は弧を描いているが、数珠丸の目は明らかに笑っていない。
「ひっ…た、ただいま」
「こんなこと前代未聞だろ絶対」
堪え切れないという様子で鶴丸が笑う。同じく小狐丸も笑っている。
「そもそも、このような状況に陥った本丸、審神者、刀剣がようおらんじゃろう。あちらもたまげたことじゃろ。良い気味じゃ」
「数珠丸殿も目を開くことがあるのだなぁ」
三日月が変な所に感心している。髭切も何処か面白がっているようだ。膝丸は若干おろおろしている。
「いや、拙いだろ、アレを放っておいたら」
「そうか?あの数珠丸をどうにかできるのは小鳥だけだろう。政府が下手打たなけりゃ治まるべき所に収まるだろうさ」
「あの政府が素直に最善手を打ってくれると思うのか?」
「「「・・・」」」
答えは否である。
「…何をしでかすかわかったものではないな」
「小鳥が主として不適格だ、とか言い出さないよな?どう考えてもあいつが堕ちたのは政府の所為なんだが」
「状況を知らねばぬしさまが原因と思うかも知れんが…まあ、ある意味ぬしさまが原因というのも間違いではなかろうよ」
「拙いことやってるのはあちらなのに、迷惑を被るのは僕らなんだよねぇ」
「政府は馬鹿なのか。否、馬鹿だったな」
「あの子とちゃんと契約結んでる刀剣ってどれくらいいたっけ」
「そういう兄者は結んでいるのか」
「いっそこちらで追い返すか」
「まあ、あれに会わせるのは悪手だろうな」
政府の送りこんできた審神者らしき人間を見て刀剣たちは言葉を交わし合う。三日月がよいこらと立ち上がった。
「では、行って来る」
「誰か後詰めとして控えておけ。三日月一振りに任すのは不安じゃ」
「まあ、それはなあ」
「行くならある程度浄化されてるものの方がいいんじゃないかい」
「何用だ、人間」
「私は、政府の方に言われて来た人間で…」
「審神者なら既に居る故、必要ないが」
「…ええと」
三日月は一応笑みらしきものを浮かべてはいるが、友好的ではないことがよく見える。本体に手をかけている。
「そう言われても、こちらにも色々都合とか…」
「あぽなしで訪ねてきておいて都合が、か。こちらの都合は聞かんがそちらの都合は聞け、と?」
「…(焦)」
「我らには
「わ、私は、ブラック本丸を立て直すよう言われて…」
「本丸違いではないか?少なくとも、今この本丸はブラックではないし、主は刀剣に無体を働くような人間ではない」
「え、えっと…」
少女は、目を泳がせる。
「で、でも、私、ちゃんと言われた場所に来た筈で…」
「…政府は何度愚行を繰り返すのだろうなあ」
音もなく抜いた太刀を、三日月は少女に突き付ける。
「奴らに伝えよ。我らは主に殉ずる。この本丸を正しく運用しようというなら、小鳥に妙な干渉をするな、とな。…万一あの子が死ぬようなことにでもなれば、取り返しのつかん事になる」
「え?え、えっと…?」
「――こう言った方が早いんじゃない?三日月」
髭切がにこりと笑って言う。
「小鳥が死んだら、ずず丸君はその原因を激しく憎んで鬼になっちゃうだろうし、そうなった時僕らは彼を止めるつもりはないよ。ううん、その時は僕らもまた鬼になってるかもね」
祟りとなり瘴気をまとう数珠丸に抱えられていることで、小鳥の頭痛は少し和らいでいた。泣く程ではないという程度だが。
「♪~」
「…今その歌は洒落になりません、小鳥」
「そう?おれ、このうたすきなんだけど」
「もっと…そうですね、ばかばかしく、明るい歌にしてください」
「あかるい、うたかぁ…」
小鳥は少し考え、また歌い始める。
「♪~」
「…霊格の高い刀程、堕ちると厄介だというが…さて」
「…何ですか、あなたは」
「ブラック本丸の解体を専門としている審神者…って言って伝わるか?」
「…愚かな。あの者たちは、いつになったら己の非を認めるのですか」
「人間が愚かなのは今に始まった事じゃないだろう」
「私が求めたのは、我が主の安寧だけだというのに、それすらも叶えるつもりはないと」
「・・・」
ゆらりと、闇が揺れる。
「ぅん…」
意識を取り戻した小鳥がぼうとした頭で、数珠丸を見上げ、手を伸ばす。
「…つねつぐ、ないてるの?」
「…泣いては、いません」
それで男は小鳥の存在に気付いた。
「…常人に耐えられる瘴気じゃないと思ったが」
「主を祟刀に捧げさせようとしたのはあなたがたでしょう。…この子に、妙な精神干渉をしてまで」
「いや、俺は"途中まで浄化が上手くいっていた筈の本丸でどうしようもない祟りが発生して審神者の無事が絶望的"っつって政府に依頼されたわけで…」
「…おれは、しんでいるべきだった?」
「そのようなこと…!」
「…とくに、しがらみのない、さして、ゆうしゅうでもないさにわだもん、しょうがないよね。ひとにすかれたこともないし…おれがどうにかなってかなしむのは、かぞくと、つねつぐくらいだろうし」
「そのような事は、言わないでくださいと、以前にも言ったでしょう」
「そう…だっけ?でも、事実だし」
「…服従の呪、だな。経路は…本丸とのパスか」
「解くことはできますか」
「直接は難しいな。随分強いし、がんじがらめになってる」
「・・・」
「とりあえず、この子と本丸のパスを切る。それから個別に解くしかないな」
「…そうですか」
男がパスを切る。僅かに小鳥の表情が和らぐ。
「…さて、ここからだ」
呪術師としての目、見鬼の目で見れば、小鳥は多くの想念でがんじがらめにされている。この本丸の刀剣男士たちによると思われるもの、いずれかの神によるもの、そして問題の呪。複雑にもつれ絡んでいるそれは、下手な干渉を許さないものでもある。特に、神からの執着といってもいいそれは、下手に弄って異変を察知されれば祟られかねない恐ろしさがある。寧ろ、何故呪った、というやつである。
「――小鳥!」
随分慌てた様子で駆けこんできた鶴丸が男を見て敵意を漲らせる。
「鶴丸殿、お待ちください」
「人間、お前小鳥に何をした!」
「まだ本丸とのパスを切っただけだ。…直接繋いでなかった奴が随分な慌てようだな」
「一月もかからずに再契約に踏ん切りつく方が異常だっての。…死んでないな?息してるな?」
「勝手に小鳥を殺さないでください」
「…な、に…?」
「小鳥、俺が判るか?生きてるか?」
「…しんでなければ、いきてるとおもうけど…つるまるってそういうウザがらみするひとだっけ」
「うざ…」
ショックを受ける鶴丸を見て、小鳥は僅かに不思議そうに首を傾げた。
「小鳥、大丈夫ですか?」
「ん…だいじょうぶだよ、つねつぐ」
小鳥は数珠丸の手を借りて身を起こす。そして伸びをした後、小さく首を振って歌い始めた。
「♪~」
小鳥自身と、その周りが浄化されていく。
「♪~」
一曲歌い終わる頃には、呪はほぼ効力を持たないであろう程に浄化されていた。
「…"さして優秀でもない"…?」
「んー…喉渇いたけど、大分頭痛なくなった」
「それはよかったです」
余波で数珠丸も大分浄化されている。
「…君は歌うのが好きだなあ」
「楽しいし、呼吸器系の異変がないかすぐわかるでしょ」
「…後は、本丸の方ですか」
「ああ…システムの方に逆流干渉を防ぐセーフティウォール付ければそれでいいのかもしれないが」
男はやけに強い呪術が使われていた意味を悟った。でなければそもそも干渉が行えない、強い抵抗力の持ち主なのだろう、彼女は。