契約をより深くする方法は大きく分けると二つ。深く交わるか深く知るか。真名が知れれば体を重ねる必要はないし、絶頂するほどに強く抱かれれば真名を知らずともその魂に触れることはできる。
勿論、その深く交わる方法だって性行為に限る必要はない。彼らがその方法を選ぶのはひとえに本人たちの"趣味"である。ただ、それが彼らにとって己の"愛"を示す上で最も適した行動だったという、それだけのこと。
それが小鳥には理解できないという、それだけのこと。
「…嫌なら、拒んでも良いのですよ」
江雪の言葉に、小鳥は戸惑いを浮かべる。
「…でも、俺は、"主"だから…」
「…主とは、そういうものではないはずですが」
「違うなら、違うって言うなら、俺は何故…?」
江雪は、そっと小鳥をその腕の中に抱え込む。小夜が少し心配そうに小鳥を見る。
「"兄上"、小鳥はどうしたの?」
「人間の価値観は、皆が皆同じというわけではないのですよ」
江雪はそっと小夜と小鳥の頭を撫でる。
「あの方の愛と、この方の愛は違う。皆、そのことが理解しきれていないのです」
江雪とて、それを真に理解しきれているわけではないのだろう。だが、小鳥が性行為を好んではいないことはわかる。江雪一人がわかったところで、何も変えられないだろうが。
「あの人と小鳥が違うことはどう見ても明らかだと思うけど」
「…ええ、そうですね」
信頼を深く預けられるということが、深い契約への常道である。
だが、小鳥は余りにも"壊れて"いた。ボロボロになった精神はその魂を隠し通すことはできず、躯との
その魂に触れることは、とても容易だった。触れること自体は。
「…あるいは、それが"巫女"であるということなのでしょうか」
巫女はその身に神霊を降ろし、語らせることができる。それはつまり、降ろした者に身を委ねるということである。器が降ろしたものに耐えられなければ、当然損なわれ、心身に異常を起こすこととなる。
一般に、器そのものの強度もあるが、巫女は清らかである程強いものを降ろしても負担が少なく済むという。それは、清らかで…無垢である程、どんな相手にでも適応し、受容できる可能性が高いからだ。概して巫女は、他者を受容するという能力に長けている。
「俺が、巫女…?」
「でなければ、何だと言うのですか?」
「・・・」
小鳥は悩むが、そもそもにおいて、彼女が忘れているだけで、小鳥は審神者としてこの本丸に来た。だから審神者でいいのだ。今の彼女の語彙にはなさそうだが。
「小鳥、それ以上のことはしないからキスしてみてもいい?」
「え、うん…」
小鳥と小夜はどちらも目を少し細めはしても閉じはしないまま口付ける。それは捕食行為にも似ていた。当然食べられているのは小鳥だが。
「…(小鳥、"可愛い")」
それは、正しく"いとしい"という気持ちだったのかもしれない。
この人は、自分たちの手で守ってやらなければ生きていけないだろうと、そう思った。いや、その思い自体は以前からあった。ただ、だから、安全な場所に
「…小夜、やりすぎです」
「…あ」
小鳥は口で息をする癖があるのか、鼻で息をするのが下手だ。だから、長く口付けられると息が続かなくなる。口を開かせるのは簡単ということだが。
小鳥は酸欠になったのか、少しぐったりとしている。少し唇の開いている様子がなんとも艶かしい。
「…ごめんなさい」
小鳥は目を細め、そっと小夜の頭を数度撫でた。おそらく、気にするな、という意味だろうと思われた。
小夜と小鳥の寝姿はそっくりだと江雪は思う。
どちらも、己以外の誰も頼りにしてはならないと思っているかのように、丸まって、己自身を抱きしめるようにして眠っているのだ。
小夜がそういう性質になった理由はわかっている。復讐に囚われている小夜は、主さえも信じられないのだ。そんな小夜の心を、前の主は少しずつ解きほぐした。おかげで小夜も少しは周囲のものに心を開けるようになった。だがその主は既にいない。
小鳥は、受容の人だ。今の状況も、刀剣たちのことも、"受け入れて"いる。だが、それと信頼することは別のことなのだろう。そして、おそらくそうさせてしまったのは三日月たちの所為なのだろう。具体的に何をどうしたのかを江雪は知らないが、今の有様と三日月たちの性格を考えればある程度の予想はつく。
今度は彼らが彼女の心を開かせなければならなかったのだろう。ただ、自分たちの愛を押し付けるだけでなく、小鳥の信頼を得られるように。このままでは難しそうだが。
「…不幸なすれ違いと片付けるには、根が深そうではありますが」
そもそも当初から小鳥には対人恐怖症の気があった。