「あ、ん、あぁっ、イ、イキます、ん、ぁ……ああああああっ」
暗い室内の中、女の艶めかしい喘ぎ声が響く
甘く蕩けた声色に続くのは、淫靡な響きを帯びた水音と共鳴し合う乾いた音、そして荒々しい牡の息遣いだった
その声の発生源は、一糸纏わぬ姿で四つん這いになった翠色の髪の美女と、突き出された臀部を掴んで背後から肉棒を女性の胎内へ挿し入れている二息歩行の獣だった
「イ、イキ、ます……っ、あああぁあッ!」
「オイ、エレインドゥース」
翠色の髪を振り乱し、絶頂に乱れるエレインドゥースにその膣内を背後から犯してよがらせている獣――バルゲスは嘲笑めいた言葉を向ける
しなやかな背を弓なりに仰け反らせ、絶頂の余韻に細くしなやかでありながら、女性的な肉感と柔らかさを絶妙のバランスで備えた身体を震わせるエレインドゥースに聞こえているかは分からないが、バルゲスは構うことなく話を続ける
「今、奏世楽器を取り戻そうって連中が来てるんだとよ。その中に、シダラ・レイトスもいるんだとさ」
「レイ、トス様、ぁ、ああ……レイトス様、ん、ああぁ」
まるでその反応を試すように、目を細めて様子をうかがうバルゲスの前で、エレインドゥースはうわごとのように契約者の名前を繰り返すだけだった
もし、エレインドゥースが正常な思考をまだ有しているのであれば、捕まえたというバルゲスの嘘を見破ることができただろう
だが、この数日の間にシダラ・レイトスの名を使って脅し、恭順と隷属を強要して淫獄に堕とされたエレインドゥースには、もはやその名にかろうじて縋るだけの意思しか残っていなかった
「あ、ああぁっ」
「だが、コーティカルテ・アパ・ラグランジェスはもう捕らえた。後は、始源神曲の楽譜を取り出すだけだ――
艶やかに乱れるエレインドゥースの両の手には、すっかり緩められて拘束の意味を成してはいないが、精霊の反抗を封じる鎖を巻き付けられている
だが、もはやそれすら必要がないのではないかと思えるほど快楽に溺れ、乱れえているエレインドゥースの姿に、バルゲスは満足感を覚え、下卑た笑みを浮かべる
「クハハハハッ」
エレインドゥースを組み敷き、その極上の名器を味わいながら、バルゲスは翠の始祖精霊の堕淫を堪能して、その膣内へ大量の白濁液を注ぎ込むのだった
◇◇◇
その頃、バルゲスが所属する組織――嘆きの異邦人の本拠地では、最後の戦いが熾烈を極め、佳境を迎えようとしていた
「はあッ!」
全身の力を絞り出し、四楽聖の一人にしてトルバス神曲学院の学院長――「シダラ・レイトス」がその身に宿った力を解き放つ
その力は、その場所――「嘆きの異邦人」の本拠地である廃棄された石油プラントに降り注ぎ、その中で戦っていた敵の精霊――筋骨隆々とした人の身体に鷲の頭を持つ上級精霊「ゴリアーデ・ドゥナン・ムオンダ」と武者鎧を守った上級精霊「ドミティエム・オド・ニイェン」を捉えて致命的なダメージを与える
「行きますよ」
そう言ってレイトスが抱えたのは「タタラ・フォロン」。紅の始祖精霊「コーティカルテ・アパ・ラグランジェス」と契約している神曲楽士だ
四つの奏世楽器で奏でる世界創造の神曲「始原神曲」の楽譜をその身に記憶しているコーティカルテを戦いの最中連れ去られた彼は、レイトスに助けられてこの千載一遇の機会を待っていたのだ
「タタラ・フォロン君、あとは頼みましたよ」
「学院長先生……!」
その身体が崩壊し始めているのを見て声を上げるフォロンに、レイトスは穏やかに微笑んで首を横に振る
「私は、もうとうに死んでいる身。この身の力を彼女に還す時が来たのです」
そう言って目を細めるレイトスは、ここに囚われているであろう自身の契約精霊――「エレインドゥース・オル・タイトランテル」を思って独白する
「惜しむらくは、最期に彼女にお別れを言えなかったことですね」
その言葉と共に、レイトスの身体は光になって消滅した
《エレインドゥース》
(レイ、トス、様……!)
シダラ・レイトスの命が失われた瞬間、その命を繋ぐために裂かれていた力が突如エレインドゥースに回帰する
体内に湧きあがる力。そしてそれと共に契約者の死を悟ったエレインドゥースは、喪失感と共に快楽に沈んでいた意識を虜戻す
「な、なんだ!?」
瞬間、エレインドゥースから迸る翠の力の奔流に、バルゲスは瞠目して恐慌めいた声を上げる
精霊の動きを封じるはずの鎖に亀裂が奔り、砕け散ると共に解放された力に吹き飛ばされたバルゲスは、恐怖に濁った瞳で、六枚の翼を広げているエレインドゥースの姿を見る
ゆっくりと立ち上がったエレインドゥースは、先程まで裸体だったその身体を翠の衣で包み込んでいた
「ま、まさか力が……」
シダラ・レイトスを生かすために使われていた力が戻ったことで、始祖精霊としての力を取り戻したエレインドゥースに、バルゲスは歯を震わせる
そこから伝わってくるのは圧倒的な格の差。中位精霊でしかないバルゲスを遥かに圧倒する力を取り戻したエレインドゥースは、その姿を双眸で射抜くとゆっくりと手を掲げる
「や、やめ……ぎゃあああっ」
咄嗟に命乞いをしようとしたバルゲスだったが、その言葉を許さずにエレインドゥースから放たれた精霊雷がその身を撃ち据えた
始祖精霊が放つ圧倒的な力を持つ翠雷は、瞬く間にバルゲスをその光の中で消滅させた
「――レイトス様……」
バルゲスが消滅し、静寂を取り戻した部屋の中で、軽く天を仰いだエレインドゥースの頬を一筋の雫が伝っていく
「エレインドゥースさん」
少年――「タタラ・フォロン」がその部屋にやってきたのは、それからしばらくしてからの事だった
その部屋では、翠の雷が荒れ狂い、その中心では、長い翠髪を踊らせたエレインドゥースが声を上げずに慟哭していた
「いけない。暴走しかけている!」
自身の前に奔った雷を見て、フォロンはエレインドゥースの身に起きている異変を理解し、声を上げて呼びかける
「しっかりしてください、エレインドゥースさん!」
暴走した精霊は、最悪消滅してしまう危険がある。レイトスからエレインドゥースを頼まれた身としてそれを阻止しようとするフォロンだったが、しかしその声は契約者を失って嘆く精霊の耳には届かない
「なら――」
それを見て取ったフォロンは、背負ったワンマンオーケストラを解放し、ピアノの形状を取らせると、暴走したエレインドゥースへ向けて神曲を弾き始める
声が届かなくとも、神曲は届く。レイトスの想いを託され、エレインドゥースを救いたいと心から願うフォロンが奏でる神曲は、喪失の悲しみと絶望で空虚に穿たれていた心へと響いていく
美しく優しい旋律がエレインドゥースの傷ついた心と身体を癒していく
それは獣欲に嬲られで穢れた心と身体、それに溺れていた自らへの絶望を洗い清め、
それは記憶の中にあり、身体が覚えているレイトスが奏でた神曲のようでもあり、まるで今ここにレイトスが寄り添ってくれているような安堵と温もりをエレインドゥースに与える
「あなたの奏でる曲はとても優しいですね」
初めて聞く神曲に懐かしく尊い記憶を呼び起されたエレインドゥースは、一筋の涙と共に小さく独白し、フォロンへ視線を向ける
荒れ狂っていた精霊雷が収まり、エレインドゥースからの寂寥感を帯びた優しい声を聞いたフォロンは、神曲の演奏を中断して、それに答える
「よかった」
「タタラ・フォロン様」
その表情を見たエレインドゥースは、その笑みを浮かべたままフォロンの名を呼び、噛みしめるようにして次の声を紡ぐ
「私と、精霊契約を結んでいただけませんか?」
「え!?」
エレインドゥースからの突然の申し出に、フォロンは困惑を露にする
「あなたを遣わせたのがレイトス様なら、あなたのために戦うのが今の私の役目です」
そして、ふぉんなフォロンに対して、エレインドゥースは静かに決意を語る
それは、契約者であるレイトスを守れず、その死の瞬間まで淫蕩に溺れていたせめてもの罪滅ぼし。――許されざる贖罪を求める意思から出たものだった
「う~ん、でもコーティがなんていうか……」
しかし、そんなエレインドゥースの提案にフォロンは難色を示す
タタラ・フォロンの契約精霊である「コーティカルテ・アパ・ラグランジェス」は、赤の始祖精霊
その気性は激しく、特に自分に対する独占欲が強いことをフォロンはこれまでの生活で身に染みて知っている。
契約の際にも、「自分だけのものにしたい」と申し出ており、フォロンもそれを受け入れた経緯がある。精霊との契約は極めて重要な約束。それを、簡単に反故にするのは憚られた
「そのコーティカルテを助けるためには力が必要でしょう? 彼らに始原神曲を渡すわけにはいきません」
しかし、そんなフォロンに対してエレインドゥースは言葉を続ける
このままではコーティカルテは始原神曲を取り出されて消滅してしまう。その事実と約束を天秤にかけたフォロンは、ほんの短い時間に一生分をの懊悩をして、結論を下す
「分かりました。コーティを助けるためなら」
世界のためでもなく、コーティカルテというパートナーを助けることを何よりも優先したフォロンは、エレインドゥースの申し出を受け入れる
「では、契約を――」
その言葉に微笑を以って応じたエレインドゥースは、コーティカルテへの真摯な思いを抱く少年に歩み寄り、契約を交わしたのだった
◇◇◇
「コーティ!」
そして聞こえてくるのは、コーティカルテを呼ぶフォロンの声
室内に響く始原神曲によって世界が「再奏世」の時を迎えんとする中、フォロンの神曲がコーティカルテへと響く
「こ、のォ!」
それを阻まんとするのは、身の丈を遥かに超える巨大な六枚の翼を持つ黄色の精霊――「イアリティッケ・シン・ゴルオット」だった
ゴシックドレス身を包む小柄な少女は、その小さな体躯に見合わない強大な力を以って、始原神曲を阻もうとするフォロンに襲い掛からんとする
「邪魔はさせません!」
しかし、それを阻むのはフォロンの契約精霊となったエレインドゥース。翠の髪を翻し、新緑の精霊雷を以って迎撃するエレインドゥースに、イアリティッケは、その端正な顔を歪めて癇癪めいた声を上げる
「邪魔しないでよ、このババァ!」
エレインドゥースがイアリティッケを阻む中、コーティカルテを救出したフォロンは、神曲を以って奏世楽器を奏で、再奏世をもくろむ嘆きの異邦人たちに相対する
そしてフォロンの神曲によって始祖精霊の証たる八枚の翼となったコーティカルテによって、嘆きの異邦人の目論見は打ち砕かれ奏世楽器は海の中へと沈んでいく
こうして、嘆きの異邦人による世界再奏世を巡る事件は幕を閉じた
これからも続いていく世界を祝福するように、水平線から顔出した朝日の光が降り注ぐのだった――。
「オイ、フォロン」
「は、はい!」
冷たく冷え切った感情のない声を向けられたフォロンは、反射的に背筋を伸ばしてその声の主を見る
そこにいるのは、始祖精霊としての大人びた姿から少女の姿へと戻ったコーティカルテ。その目は完全に座っており、その心中に渦巻く感情の冷たさを否応なく物語っている
「それよりも説明してもらおうか。なんでエレインドゥースがお前の契約精霊になっている? 私との契約を忘れたのか?」
コーティカルテにとって、エレインドゥースは自分を封印した張本人。それが原因でフォロンの神曲がなければ始祖精霊としての姿を維持できなくなったコーティカルテからすれば、少なからず思うところがある人物
そのエレインドゥースが、自分が捕まっている間に自分の契約者の契約精霊となっていれば当然面白くないに決まっている。しかも、独占欲の強いコーティカルテからすれば、フォロンに自分以外の契約精霊がいることが面白くない
「そ、それは……」
「お前は、私が捕まっている間に、コイツを誘惑してたのか!?」
「だ、だからそれには理由があって」
嫉妬とジェラシーから感情を露にして詰め寄ってくるコーティカルテに、フォロンはたじたじになりながら弁明を図る
「まぁまぁ、みっともないですよ。お姉様。そんなことではフォロン様に嫌われてしまいますね」
「なんだと~!?」
それを横から見ていたエレインドゥースが余裕を感じさせる大人の女の振る舞いで微笑と共に揶揄すると、コーティカルテの感情の炎がさらに燃え上がる
「エレインドゥースさん、お願いですからコーティを煽らないでくださ~い」
赤と翠――二人の姉妹が火花を散らす中、朝日が差し込む世界に、フォロンの悲痛な叫びが響くのだった