外の景色が茜色に染まる。まだ陽がある状況で、悟史は悶々としていた。理由は、悟史の身体に寄りかかり、はだけた浴衣姿でうたた寝している愛美のせいだった。
(……あぁ、もうヤベェよ。俺、女に免疫ないのに!)
頭を抱えて、心の中で叫ぶ悟史。当の愛美は身動ぎ。その度に、少しずつ愛美の肩が露になり、胸が見えそうだ。悟史は思い切り視線を反らす。溜め息を一つ。
(とりあえず、コイツをどうにかしないと)
悟史はそろりと愛美を畳みの上に下ろすと、部屋の中をぐるりと見渡し、入り口に近い襖を開けた。そこには、敷き布団と掛け布団、枕の一式が二名分あり、中央のテーブルを隅に退けると、窓側に布団を敷く。寝ている愛美をお姫様抱っこする悟史。愛美は起きそうにない。悟史はゆっくりと愛美を敷き布団の上に下ろすと、布団を掛けた。
(これで、やっと落ち着ける)
溜め息一つ。そこに、扉をノックする音が聞こえ、悟史は扉を開ける。入り口に立っていたのは、ホテルマン。
「お食事、お持ちしたのですが」
その言葉に、怪訝な表情になる悟史。
「いや、頼んでないけど」
「……っあ、そんな筈は。確かに、こちらの番号から電話を頂いたのですが」
フロントの奥にある事務所には、各部屋の番号を表示するモニターがあり、そこで色々な要望を受けるようになっているらしい。どうやら、愛美がフロントに電話を掛けていたようだった。
「……ちょっと連れが寝てるから、静かに運んでくれるか?」
「畏まりました」
恭しく頭を下げるホテルマン。配膳台から料理を持つと、静かに迅速に運んでいく。時折、愛美の方をチラリと見ながら。最後の料理を運び終えると、ホテルマンは再度入り口に立ち。
「それでは、失礼します」
頭を下げて、その場を去っていった。悟史は何度目かの溜め息。部屋に戻り、座椅子に座る。テーブルの上には、とり天、鳥飯。旬の魚の刺し身。だんご汁と数々の料理が並んでいる。悟史は生唾を飲み込む。一度、愛美のに視線を向ける悟史。
(……仕方ない。起きるまで待つか)
盛大に鳴るお腹を押さえ、愛美が目を覚ますのを待つのだった。
二時間後
窓側に椅子があるのだが、悟史はそこで煙草に火を点けながら窓の景色を眺めていた。
「……ん…」
ゆっくりと身体を起こし、まだ微睡んでいる愛美が悟史を見つめる。悟史も愛美に視線を向けた。
「起きたか?」
煙草を口にくわえたまま、悟史は言う。愛美の表情は驚いているような、惚けているような表情。
「…………煙草、吸うんだ」
「まぁな。煙草も酒も飲むぞ」
普通に返す悟史。愛美はじっと悟史を見続けている。
「俺の顔になんか付いているか?」
そう言われ、愛美は我に帰ったようだ。
「……べ!別に何も付いてないわよ!」
頬を赤く染め、愛美は言う。悟史はテーブルに置いてある灰皿に煙草を押し付け、火を消した。
「それより、お前。料理を頼んだのか?」
言って、視線を料理に向ける。愛美はそれを見て、首を横に振り。
「頼んでないけど」
「……本当か?」
「本当よ、私頼んでない」
愛美の言葉に嘘は見えない。悟史は首を傾げた。
「じゃあ、誰がこの料理を……。まぁいい。それより、お前起きたのなら、ご飯食べられるな?」
悟史の言葉に頷く愛美。
「お前が起きるまで食べるの待ってたんだ。冷めてても文句言うなよ」
言いながらテーブルを少し動かし、二人座れるようにする。愛美はその間も悟史を見続けていた。備え付けの冷蔵庫を開ける。愛美が先程飲んだ為、ビールが一本だけしか残っていなかった。
「……仕方ない。これで我慢するか」
ポツリと溢す悟史。愛美はすでに座って料理を食べている。悟史は溜め息をつく。
(今日だけの辛抱だ)
自分にそう言い聞かせ、悟史も料理を食べ始めた。
三時間後
(どうしてこうなった?)
悟史は今の状況に再び困惑している。予定は、愛美と料理を食べ終えて、特に互いを干渉しない様に過ごす予定だったはず。なのに、今の状況は想定外だった。今、悟史の布団には悟史が寝ている。が、しかし。何故か愛美も悟史に抱き付いて寝ていた。
(……おかしい。何でこうなったんだ?)
頭の中で整理していく悟史。料理を食べ、悟史はビールを飲んでいた。すると、まだテーブルに残っていたビールを愛美は飲み空け、再び酔い始める。
「馬鹿か。お前、未成年だろ!?飲むなよ!」
足元が覚束ない愛美を布団に戻し、無理矢理寝かし付けた悟史。そこまでは良かった。愛美も素直に寝息をたて始め、悟史も安堵。そこに再びホテルマンが食器を片付けに来たので、ついでにビールかワイン。それとおつまみを頼んだ悟史。しばらくして、ワインを持ってきたホテルマン。そこで運悪く、愛美が目を覚ました。
「私も飲む~」
言いながら、ワインを飲んでしまった。ホテルマンに未成年だとバレないか悟史は不安になったが、特に不自然な行動がなかったのが幸いして、その場は切り抜ける。悟史は愛美からワインを取り上げた。
「……やめろ、お前。未成年で飲んでるのバレたら大変な事になるぞ」
一喝する悟史。愛美は一瞬動きを止め、悟史を見た。そして、いきなり泣き始める。狼狽える悟史。無意識に愛美の頭を撫でた。
「泣くなよ」
指で目元に溜まっている涙を拭う。愛美は悟史を見た。潤んだ瞳。愛美の身体がゆっくりと悟史に近付き、そして、抱き付いた。悟史は思考が止まり、身体を硬直させる。
「……ぅ…うおぃ、離れろ…」
上擦る悟史に、愛美はキョトンとしている。しばらくすると、愛美から離れた。
「兎に角、もう寝ろ」
動揺しながらも悟史は愛美に言った。愛美を布団に戻す。悟史はもう一つの布団を敷いた。本来ならホテルの従業員が敷きに来るだろうが、悟史は自ら敷く。部屋を暗くして、布団に入り込んだ。月明かりが窓から差し込んでくる。静かになった部屋に、壁掛け時計の音だけが響く。悟史は愛美に背を向けた状態で目蓋を閉じた。
時間が経っても、一向に眠気は来ない。悟史は小さく溜め息をついた。愛美の布団が動く音。どうやら、愛美が起き上がったようだ。悟史は寝た振りをする。悟史の布団の横を通り過ぎ、廊下の途中にあるトイレに入っていく愛美。
(……なんだ、トイレか)
安堵しながら、眠りの世界に入り始めた悟史。愛美がトイレから出てくる音を聞きながら、徐々に意識が途切れ始める。悟史の掛け布団が動いた。悟史は一瞬で意識を覚醒させる。悟史の目の前に愛美がいた。しかも、抱き付いて。
「布団、間違えてるぞ。お前の布団は向こうだ」
悟史が言っても、動こうとしない愛美。悟史は離れようと身体を動かす。しかし、愛美は抱き付いて離れようとしない。
「マジでやめろ」
「……ぅん、いゃだ~動きなくない。離れなくなぁい」
(コイツ、まだ酔ってやがる)
そんな事を考えている間も、愛美の腕は悟史の身体に巻き付き、離そうとしない。それより、寧ろ悟史の胸に顔を埋め、スリスリとすり寄り。
「悟史、温かぁ~い」
猫なで声で甘えてくる始末。悟史は自分の胸に柔らかな感触が何なのか一瞬で理解した。マシュマロのような、それでいて程好い弾力のある愛美の胸の柔らかさに、流石の悟史も理性が飛びそうになる。
(……駄目だ!ここで手を出したら一生、後悔するぞ!)
自分の中にある正義と闘う。そんな葛藤など、愛美は知る筈もなく、悟史の足に自分の足を絡めた。愛美と同じ様に浴衣に着替えていた悟史。悟史は後悔した。悟史の素肌と愛美の素肌が触れ合う。悟史の身体は嫌でも反応。
(ぅわあ!マジでヤバい~!?)
悟史の葛藤は朝まで続いたのだった。
なかなかラブコメらしくならない。まだまだ未熟者であります。