※この作品はR-18です。

もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活   作:オリスケ

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第13話

 厚手のジャケットを羽織り、革製の手袋を両手に嵌める。玄関前の壁掛け鏡で顔を確認し、寝癖が付いていないかざっと確認。目の下の隈は……まあ、寝不足とでも思ってくれるだろう。

 買い物に行く際には、身だしなみのチェックは欠かせない。体面を気にする性質ではないが、変に疑られるよりは何倍もいい。

 壁に寄りかかってぼーっとしていたモードレッドが、身だしなみをする僕に聞いた。

 

「買い物か、マスター?」

「そんなところ。食料と、寒くなる前に防寒着も揃えないと」

「そうか。妙な事があったら、すぐオレを呼べよ。霊体化して駆けつける」

「きっと大丈夫だよ。でも、危なくなったらそうさせて貰うね」

 

 モードレッドの霊体化は、暗黙の内に僕等の最終手段に位置づけられていた。実体を失えば、呪いを塞いでいるという事実が薄くなり、痛みが鮮烈に蘇ってしまうからだ。

 幸いにも、そのような目に合わせる事態には、今のところなっていない。

 

「何か欲しいものはあるかい? 町で手に入るものだったら、買ってくるけど」

 

 外出用のブーツに履き替えながら、そう聞いてみる。

 背中越しに、彼女が胡乱げに考えているのが伝わる。

 迷いの後に返ってきたのは、僕の予想もしなかった回答だった。

 

「そうだな……じゃあ、煙草。あったら買ってきてくれ」

 

 靴紐を結んでいた手がピタリと止まる。

 

「……吸うのかい? 君が?」

「うるせえなぁ、いいだろ? 何となく吸いたくなったんだよ」

 

 自分の口から出た言葉に、モードレッドは自分でも戸惑っているようだった。

 

「いいのかな、年齢とか、見た目的に法に引っかかったりしない?」

「サーヴァント相手にトンチンカンな問答だな。黙って買ってこいよ」

「分かったよ。欲しい銘柄とか、ある?」

「なんでもいいけど、妙な味のするマズい奴」

「……変なの」

 

 要領を得ないモードレッドの説明に、僕は独りごちる。吸わない僕にとっては、全部妙な味にしか感じないだろうけれど。

 きっと彼女も、正確な味を覚えている訳ではあるまい。

 本当に何となくなのだろう。自分の意志とは無関係に、無意識の底から沸き上がる泡のような。

 

「けれど、まさか君が煙草を強請るなんて。娘の反抗期みたいで、割とショックだ」

「惚けた事抜かしてんなよ。今朝テメエに弄られてから、傷がビリビリするんだ。苛ついてしょうがねえ」

 

 舌打ちして、モードレッドは身を揺する。両腕は相変わらず、両肩から重りのようにぶら下がって揺れている。

 どこか落ち着かない、気ぜわしい様子。そこに僕はピンとくる。

 ……ああ、分かった。そういう事か。

 僕はポケットからあるものを取り出し、包み紙を解いてモードレッドに咥えさせた。

 

「はい、モードレッド」

「んも……甘っ。なんだコレ」

「飴だよ。煙草とは違うけれど、これでも代わりになるんじゃないかな」

 

 豆鉄砲を喰らったような顔で飴を転がす、モードレッドの頭に手を置いて、硬めな金髪を撫でる。

 

「多分、口寂しいんだろう。両腕が塞がれて、色々とフラストレーションが溜まっているんだ。それで、気を紛らわす物を求めているのさ。口は手と同じか、それ以上に触覚に敏感な部分だから」

「そうか。詳しいなお前……まあ、確かに鬱憤は溜まってる。オレも一端の人間って事か」

 

 カロ、と飴を転がして、モードレッドがそう嘯く。

 その声に自嘲の色を感じて、僕は殊更明るく、こう切り出した。

 

「ちなみに、口寂しいから煙草を吸うのは、幼い頃に吸っていた母親の乳房の感触を思い出すかららしいよ。つまり君は無意識に愛情に飢えているという事だ。気付かなくてごめんねモードレッド。さ、だからここは一つ、ぎゅっと抱き締められて僕の愛情を——」

「フン」

「えっふぅ」

 

 頭突きが僕の胸部に炸裂した。胸骨がメキリと音を立て、気管支が一瞬活動を停止する。

 うずくまる僕に向けて、モードレッドが端的に告げる。

 

「次は煙草だ、いいな」

「……イエス、マイプレシアス」

 

 ああ、パシリってこういう気分なんだな。頭上の冷ややかな声がとても怖い。

 

 

 

 

               ◇

 

 半ギレのモードレッドに半ば追い立てられるようにして、家を後にする。

 ドアを押し開けると、木の葉が隙間から滑り込んできた。同時に、外の冷たい風が吹き込んでくる。

 反射的に身をすくませてから、僕はドアを開け放ち、茶色く色づいた葉を足で払う。

 

いつの間にか、世界は燃えるように色づき始めている。

 秋が迫っていた。大きな葉は既に落葉し、地面を淡い茶色に染めている。

 この辺りにはモミジやイチョウが群生している。もう暫くして更に寒くなれば、鮮やかな紅葉を見ることができるだろう。

 そうすれば、二人で日が暮れるまで、紅く染まった山間をぼうっと眺めたりしよう。戦いに生涯を捧げた彼女は、そんな時間を素敵だと思ってくれるだろうか。

 いや、それよりも先に、寒くなる前にボートに乗らなくては。せっかくの清らかな湖を楽しまないのは大損だ。

 二人で向かい合って、船の揺れに身を任せるのだ。清らかな湖の上ならば、愛の言葉を囁いても許してくれるのではないだろうか。

 

「……揺れに耐えられるような、痛み止めの方法が分かれば、ね」

 

 呟いた言葉が、そのまま僕達の現状を示唆している。

 困った、やりたいことは沢山あるのに、境遇がそれを許してくれないのだ。豊かで静謐な自然も、今は眺めて通り過ぎる他にない。

 僕は小さな溜息を吐いて、家の横にある倉庫に向かう。

 木組みの倉庫の脇に繋いでいる馬が、ブルリと鼻を鳴らして、喜びの声を上げた。彼もすっかり、家族の一員として立派な顔になりつつある。

 僕はリンゴを咥えさせ、水を換えて、ブラシで軽く毛並みを梳いてやる。

 

「悪いけど、今日は町まで出掛けるから、君は留守番だ」

 

 鼻面を撫でてから、僕は倉庫を開き、留めてあった車に乗り込む。

 落ち葉を巻き上げながら、ガタガタのあぜ道を数十分。すると木々に挟まれるような道が終わり、人の手が加えられた道がやっと現れる。

 ひび割れたアスファルトを走り、更に小一時間。そうしてようやく、人の気配が現れる。

 

 町とは聞こえが良いが、道路を挟んで小さな家が並ぶだけの場所だ。四車線の広いアスファルトは劣化が進んでいて、並び立つ建物もどことなく色褪せて、樹木のような年期を感じさせる。

 幹線道路沿いにあるサービスエリアを、更に規模を縮小させたようなイメージが一番近い。実際に、森を切り開いて新しく町を作ろうという計画があったらしい。今ではその計画が頓挫し、その名残である古びた建物に、百に満たない人が暮らしている。

 

 ペンキがあちこち剥げ落ちた『Post Office』の看板の前で、僕は車を留めた。

 軋むガラス扉を押し開ければ、カウンターにふんぞり返っていた老人が、新聞を畳んで一瞥をくれた。

 

「ああ、誰かと思えばアンタか、駆け落ち男」

「……その呼び名、定着する前に改めてくれないかなぁ」

「そりゃ残念。ずっと前に、この町でのアンタの印象は女ったらしで決定してるわい」

 

 仏頂面に笑みを浮かべて、顔なじみになりつつある老人は、カウンターに置いていたパイプを吸いこんだ。

 

「背格好の違う娘を連れて、こんな辺鄙な所に引っ越しだ。女児誘拐と思われて通報されないだけマシだな」

「一応、ハネムーンのつもりなんだけどね」

「じゃ、早々に気がふれてる事に気付いて、小さな嫁さんに謝るこったな。ここにゃ森と湖と、後はジジババしか居ないぞ」

 

 そう言うと老人は、大儀そうに腰を持ち上げ、大きな箱を取り出すと、カウンターの上にドンと置いた。

 

「ホイよ、あんたの分の届けものだ。相変わらずアチコチから色んな本を取り寄せてるな。変な木彫りの人形やらもワンサカ。やたら高価な貴金属も……民俗学者サマか何かかい?」

「そんな所だよ。都会だと中々腰を据えて励めなくてね……あ、タバコってどこで売ってるかな? ちょうどあなたのパイプみたいな」

「やらんぞ、一点物だからな。安物の紙煙草なら、ゼフのジジイの店に行けば見つかるだろうて」

 

 咄嗟に質問を投げて、痛い追及をはぐらかす。民俗学者。言い得て妙な推測だが、下手に訝しがられるよりはマシだ。頭の中で納得していてもらおう。

 箱一杯の荷物を受け取りながら、僕はポケットから取り出した数枚の紙幣をカウンターに滑らせた。

 穏やかな笑みを崩さず、ほんの少し語気を強めて念を押す。

 

「それは取って置いてくれ。いつもの通り——」

「フン。金なんて、ワシ等にとっちゃ大した価値はないがね」

 

 言いながら、老人は紙幣を握り込み、ジャケットの内ポケットにしっかり仕舞い込んだ。ポンポンと胸を叩いてから、老人は紫煙を吐き出す。

 

「心配せんでも、アンタの事を広めたりせんよ。外との繋がりなんて要らんと考えてなきゃ、こんな場所におりゃせん」

 

 つまらなそうな老人の言葉は、実際に本当の事なんだろう。現に唯一の外界との繋がりと言える郵便局はいつも閑散としていて、郵便を蓄えている気配もない。

 

「手紙とか、来たりはしないのかい?」

「極稀にはある。遠い孫や、かつての友人とかからね。ワシ等はそういう少ない出来事を大層喜んで、後生大事に仕舞い込むのさ。そのぐらいでいいと考えてる」

 

 パイプから煙を吸い込みながら、老人はくつくつと喉を鳴らした。もたれかかった椅子が、ギシと古びた音を立てる。

 

「ゆっくり、のんびり、静かに生きれるのがこの場所の良さだ。けれど退屈には勝てんでの。腹減った魚が疑似餌に食いつくのと一緒。面白そうな物には目がないのよ。男と若い女の逃避行なんて特に面白くての」

「どんな想像でも、あなた達の生活を少しでも賑やかにできているなら何よりだよ……駆け落ちっていうのは、どうかなと思うけれど」

 

 戦いから逃げてこの場所まで来た僕達にとって、駆け落ちという表現はなまじ外れとも言えなくて、何とも笑えない。

 僕の苦々しい思いを察してか、老人は髭を蓄えた口元を緩めて笑う。

 

「若い嫁さんがいるんだ。老人の嫉妬に油を売ってないで、しっかり尽くしてやる事だね。エノクの婆さんが言ってたが、店に絞めたばかりの鶏があるそうだぞ」

「ありがとう。お陰で今日の晩ご飯も決まりそうだ」

 

 週に二度ほど会っていれば、こんな他愛ないやりとりも産まれる。

 悪くない居心地に笑顔で別れを告げて、僕は郵便局から出ようと踵を返し——。

 

 

 

 

「全く、隠居した老人にゃ、最近は忙しなさすぎだ。駆け落ちの若い男女に観光客と来た。こんな寂れた場所の何が楽しいやら」

 

 

 

 

 

 独り言のような呟きが、僕の足を地面に縫い付けた。

 

 

 

 

「……」

 

 身を捩り、荷物を抱え直しながら、聞く。

 

「僕達以外に、誰か来ているのかい?」

「知らんのか? 一週間ほど前に、ゼフの所に買い物に来てたぞ。双眼鏡ぶら下げて、バードウォッチングとか言ってたと。確かに鳥なら、ここじゃ嫌でも見れるだろうさ」

「今もこの町に? しばらくいるなら、挨拶くらいしておかなきゃ」

「さあねえ。少なくとも、この町に誰かを泊める甲斐性持ちはいないよ。どこぞで山ごもりでもしてるんじゃないかい?」

 

 つまらなそうな老人の呟き。これ以上詮索しても、良い情報は得られないだろう。

 

「へえ……それはそれは、物好きな人もいたもんだね」

「お前が言うな、お前が」

 

冗談でお茶を濁して、僕は肩を使ってガラス戸を押し開け、郵便局を後にした。

 

 

 必要な物を買うのに併せて、町の老人達にも話を聞いてみる。

 噂好きという事もあり、その観光客についてほぼ全員が知っていたが、やれ口を開けば老人だ若者だ、男か女かも曖昧で、詳しい情報は全く得られなかった。

 目撃者たるゼフの爺さんが、とうとう耄碌して息子の幻覚でも見たのでは? という意見が一番説得力がある有様だ。

 ストアで購入した煙草と飴を後部座席に詰みながら、僕は辺りをぐるりと見回す。

 人っ子ひとり見当たらない、閑散とした町並みがあるばかりだ。

 

「忘却や人払いの魔術が使われた痕跡もない……考えすぎかな」

 

 念のため町をぐるりと一周しても、新顔が泊まっている形跡や、魔術が使われた痕跡は見つからなかった。

 

 

 

 停車させた車のエンジンの振動に揺さぶられながら、僕は少し思案する。

 

「……」

 

 本当に物好きな観光客で、野鳥観察を終えて、さっさと帰ってしまったのかもしれない。

 ひとまずそう結論を打って、僕は車のギアを入れる。

 

 

 楽天が過ぎる、馬鹿げた思考に違いないだろう。

 けれど……焦りは、不安は、今の僕達が一番欲しくない感情だ。

 ここでの時間を愛しいと思っている。何よりも尊い穏やかな時間を、僕は尊重している。

 流れる時間の早さが変わらないならば、心はせめて、変えたくないのだ。

 

 「……はぁ」

 

 ただ、じっとり重たい溜息を一つ。

 脳内の終末時計を、零時に近づける。

 いつもより少しだけアクセルをふかして、僕は安息が待つ帰路を急いだ。

 

 

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