もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活 作:オリスケ
当初、聖杯戦争には全てを捧げるつもりで望んでいた。それまでの魔術師としての人生と、積み重ねてきた知識、資産、権力など、ありとあらゆるものを。
元より生きるか死ぬかの戦いだったのだ。全てを捨てることに後悔もなかった。
その家も、聖杯戦争の直前に買ったものだ。戦いに敗れ、それでも万が一生き残ったならば、余生は静かに、何にも脅かされず生きていこうと決めていたのだ。
整備の跡がギリギリ残るデコボコの畦道に車を走らせる。落ち着かないドライブではあったが、それさえ覆い隠してしまう位に、周囲に音がない。
針葉樹林が伸び伸びと空を仰ぎ、透き通るような木漏れ日が煌めく。敷き詰められた濃密な森の香りが、時と喧噪を忘れさせる。
「いいところだね、モードレッド」
ハンドルを取られないように気を配りながら、目線を横に向ける。モードレッドは両腕を座席にだらしなく擲ったまま、僕を横目で睨みつけた。
「……もうちょっと静かに運転しろよ。傷に響く」
「我慢してくれ。整備された道じゃないんだから」
「……フン」
モードレッドは鼻を鳴らして、景色に目を向ける。新居にたどり着くまでの間、彼女からそれ以上の言葉はなかった。
全てを包み込むような森の香りと、重苦しく沈んだ空気。いたたまれない静寂を持ったまま、僕らは新居に出迎えられる。
魔術の文化のない国の、辺境の町の、更に外れにある森の中にある、木造の一軒家。側には二十五メートルプールより少し大きい位の泉があり、周りは小高い丘に囲まれている。一本引かれた畦道は整備されてはいるものの、その先の小さな町までは半日を要し、こちら側にはこの家しかない。
実質的に、周囲から完全に隔絶されている。元々、どこかの富豪が避暑地として作った家だそうで、作りは非常にしっかりとしている。
車を降りた瞬間、隣でガコッと強烈な打撃音。ドアを強引に蹴り破ったモードレッドが、腰に手を置いて家を観察する。中古とはいえ買ったばかりの車なんだけど、という言葉は飲み込む。
モードレッドは憮然とした表情で、周囲をぐるりと一瞥する。
「ほんっと、なんもねえな」
「だからここに決めたんだしね。ほら、小さいけど湖があるし、緑が沢山あるよ」
「それを何もねえって言うんだよ。湖なんて大して珍しくもねえ。身内にここから生まれてきた奴もいるしな」
不機嫌さを隠しもせず、値踏みするような目で僕と、これから生活する家を眺める。
鎧を仕舞い、チューブトップとホットパンツ姿で立つ姿は、年頃の娘のようにしか見えない。瞳の陰りこそ隠せないものの、端正な容姿は人の目を引き付けて止まない。
両腕はだらんと垂れ下がっている。肩から先だけ、まるで人形のようだ。不揃いな印象に痛ましさが募る。
不機嫌なのは仕方ないと思いつつ、堅いままの表情に気が気ではない。他の選択肢がないとはいえ、強引にここまで引っ張ってきたのだ。どうせなら気に入ってほしい。
「……ま、確かにいいとこかもな」
「本当? それはよかった」
素直に胸をなで下ろす。僕の反応が癪に障ったか、モードレッドは一瞥だけくれて、再び僕に背を向ける。
とりあえず安心だ。彼女のための逃避なのだから、気に入ってもらえなければ始まらない。
何だか、転勤先の子供の様子を気にする父親のようだ。そう空想して、ふと気がつく。終ぞ持つことは無かったが、家族というものがあれば、きっとこんな感覚なのだろう。
郷愁に似た感覚を、森の匂いが助長する。時を忘れかけた僕に、モードレッドが不躾に声をかけてきた。
「それで、ここでどうするんだ?」
「何もしないよ。読書なんかをして時間を潰して、食事して、適度に睡眠を取って、生活する」
そう答えると、獣の眼光で睨みつけられた。玄関前の数段の階段を登っていた足に、ぐっと力が籠もる。次の一瞬には、魔力放出を加えた跳び蹴りが飛んできそうな強烈な気迫だ。
「オイ、忘れるなよ。オレはまだ……」
「分かってるよ。魔術の研究も続ける。君の腕の傷を治す術を探すさ。幸い、時間は沢山ある。死の恐怖に怯えることもない」
「……死を怖がったことなんてねえよ、アホ」
吐き捨てるモードレッド。ここに来るまで、水槽に水を溜めていくように不機嫌は積み重なっている。折り合いをつけられていないのは明白だった。
「ああ、ドアは蹴破らないでくれよ? 大切な新居なんだから」
「うっせえ。腕が使えねえんだ、気が利かねえドアが悪い」
「そうかもしれないけど、ここは森の中だしさ。虫とか入って大変なことになるよ」
「っ……じゃあさっさと開けろよな、ノロマ! ノロマスター!」
ギクリと硬直したモードレッドが、所在なさげに叫ぶ。図星を突かれた様子が可愛らしくて、僕の表情もつい緩んだ。
☆
新居の内装は、二人で暮らすには十二分に広い。前の持ち主が避暑地に利用していただけあって非常に開放的だ。木材の温かみは、窓から見える湖の風景と共鳴して、穏やかな空間を作っている。
世捨てのつもりだったから、荷解きはさしたる苦労もなく終わった。前の持ち主が残してくれた分も活用し、すぐに不備なく生活できる環境が整った。
さて、後は普通の生活じゃない方だ。両手を軽くはたいて、気持ちを入れ直す。
「モードレッド、僕は少し地下にいるよ。何かあれば呼んでくれ」
彼女はリビングのソファに腰を下ろし、ただじっと、窓の外の景色に目を向けていた。両腕の使えないモードレッドに、荷解きなどの力仕事をさせるわけにはいかない。だからゆっくりくつろいでいてくれ。そう伝えると、モードレッドは窓の景色を眺めたまま、ほとんど動こうとしない。
「……おう」
独り言のような小さなモードレッドの返事に見送られて、僕は家の奥へと向かう。
倉庫の隅の方に、正方形に仕切られた板蓋があり、その下には、ワンルームくらいの広さの石造りの地下倉庫がある。元は酒蔵として利用していたのだろう、陰気なぐらいの湿気と空気の淀みがあり、魔術の工房としてお誂え向きな空間だった。
持ってきた書類や道具を箱から出し、環境を整え、二時間ばかり。
一通りの荷物を運び込むと、鍵をかけて、入り口を堅く閉ざした。魔術的な防壁も施し、地下室に通じる板蓋にもぴったりと蓋をして、ここも頑丈な錠前を付けた。だめ押しに、棚の一つをずらして、視覚的にも入り口を遮断する。
工房は誰にも明かさないようにするのは魔術師としての基本だが、これにはもっと違う意味がある。これは隔離だ。魔術は無視こそしないものの、できる限り遠ざける。魔術なんて関係のない場所に来たのだ。その本懐を忘れないように。
一通りの事を済ませて地上に出てくると、静寂が尚の事強く意識させられた。自然の中の済んだ空気には、自動車の排気音や、電化製品の唸りもない。普段何気なく耳にしていた雑味がなく、氷の中に囚われたようにも感じられる。
今は慣れないが、やがてはこれを愛しく感じられることだろう。そう思いつつリビングに出ると、モードレッドがいた。ソファに座って、ぼんやりと窓の外を眺めている。
一瞬、タイムスリップでもしてしまったかと思う。モードレッドは二時間前と同じ姿勢のまま、窓の外に目を向け続けている。
体の動かし方を忘れてしまったような姿に胸が詰まるが、僕は努めて平静を保ち、彼女の側に寄る。
「一応聞くんだけど、楽しい?」
「……んなわけねえだろ、ハゲ」
断じて禿げてはいない。も、返答は保留。
モードレッドの座るソファの後ろに立ち、背もたれに肘を置いて、顎を乗せる。すぐそこにある彼女の金髪から、女の子の香りがした。
「腕の調子はどう?」
「すこぶる悪い。手首に杭が突き立ってるみたいだ」
「あまり痛むなら、霊体化しておいたほうがいいんじゃないかい?」
「いや……霊体化すると『傷を塞いでいる』って事象が弱くなるみたいでな。霊体になると、かえってトラウマになりそうな位に痛む」
「そうか……」
彼女の両手首には、赤黒いかさぶたのような物が張り付いている。モードレッドにとっては、自分の弱さを見せつける、屈辱の証。僕にとっては、不甲斐ないマスターとしての、最悪の烙印だ。
「……言っとくけど、もう謝るなよ? ここに来るまでに、もう一生分聞いてるからな」
「分かってる。君が嫌がるような事はしないよ」
「ならいい……謝るのは、むしろオレの方だし、な」
ギリギリ聞こえるぐらいの小さな声で、モードレッドはそう自嘲した。
僕は彼女の弱音を無視して、顔をソファの背もたれに押し込み、彼女の側に近づける。できるだけ同じ視線で、彼女が見ているようで見ていないものを見る。
湖は澄み渡り、陽光を反射して白く斑な輝きを放っている。木の葉は柔い緑色をそよがせている。手前には手入れを怠って伸びがちな芝があり、湖との境目を繋ぐように、小さな桟橋がかかっている。
「確か、庭の物置に小船があったはずだよ。今度乗ってみるかい?」
「……いや、いい」
「散歩すれば随分と気持ちがいいだろうね。冬もまだ遠いし、気軽に散策っていうのも――」
「いいって……頼むから、構うな。しばらく放っておいてくれ」
煩わしそうに、だらんとしたままの手を振る。ぺたんと力なく頬に当たって、僕の顔を押しのけた。
ぶっきらぼうで気分屋なのは、彼女の元からの性分だ。けれども本来は、こんな風に自分を殺し、頑なに押し黙るような人間じゃない。
「……いいところだと思うぜ、マスター。オレの趣味じゃねえけど、ごく普通の人間の暮らしとしちゃ、上等なんだろうよ」
重苦しく、胃の中のものを引っ張り出すような声音で、モードレッドは胸の内を吐露する。
「だけど、やっぱりオレのいるべき場所じゃない。ここにいる時間を、無駄にしか感じられない……自分が分からなくなる。何か動いたり、考えたりすると、どうにかなってしまいそうだ」
垂れ下がった腕が拳を作り、ぶるぶると震える。身を裂くような痛みで、ようやく理性を保っているようにも感じられる。
彼女は騎士として生きた。戦う為に生きていたこれまでの人生が、赤熱した石炭のように、腹の内を煮えたぎらせている。
詰まるところ、自分を許せていないのだ。発作のように、戦えという言葉が聞こえる。戦えない自分を罵倒する声がする。
「だから、構わないでくれ……今のオレは、マスターが憎くて仕方ない。自分が情けなくてどうしようもない。何も考えさせずに、放っておいてくれ」
自分を認められなければ、物事を判断するレンズそのものが濁ってしまう。あらゆる物が淀み、暗くなり疎ましく感じられてしまう。
けれど、それを解決する手段はない。モードレッド放り出されたのは『どうしようもない』という牢獄だ。過去は変えられず、未来永劫続く。足掻くことすら許されず、ただただ苦痛に身を焦がされる。
かつて叛逆の騎士としてあった時、様々な苦難がモードレッドを苛んだことだろう。しかし、彼女はそれに力と、獣のような勇ましい魂で応えた。
正解か不正解かは問題ではなく、彼女は困難を、力で薙ぎ払ってきた。
そんな彼女だからこそ、こんな苦痛は初めてに違いない。
腕が治るという夢のような話を除けば、与えられた選択肢は『諦める』の一つ限りだ。
そんな無常を、叛逆の騎士が許容できる筈もない。しかし、どれだけ足掻いても、諦める意外にはない。
「……」
僕の責任でもある八方塞がりな状況には、罪悪感を禁じ得ない。
けれど、僕までその薄暗い感情に潰れてしまっては、彼女は本当に闇に飲まれて消えてしまう。
この失意に満ちた状況で、それでも希望と呼べるのは、僕の存在意外にない。諦めるしかないにしても、諦め方なら選べるはずだ。
モードレッドは、僕をいいマスターだと呼んでくれたのだ。
僕は恐る恐る、モードレッドの頭に手を置いた。クセのある金髪が指に絡まって柔らかくくすぐる。
「……っ」
モードレッドはされるがまま、ほんの少し体を揺する程度の反応をして、窓の外を眺め続けている。
「時間ならある。ゆっくり受け入れればいいよ。そのためにこんな場所まで来たんだから」
薄ガラスに触れるように慎重に、けれども温みを伝えられるような確かさで。モードレッドの髪を梳く。
「けれど、これだけは忘れないでくれ……君は、僕にとって掛け替えのない、必要な存在だ」
「……」
「役立たずとか、使えないとか、考えなくていいんだよ。君はもう、戦わなくていい。受け入れられないかもしれないけれど、僕の本心はそれっきり、変わる事はないから」
モードレッドはされるがまま、首の動きを僕に委ねている。跳ね退けない優しさが、僕と彼女の間にある関係性を教えてくれる。
「……さんきゅ、マスター」
「礼なんていいよ。とりあえず、ご飯にしようか。気に病むのは仕方ないにせよ、何もしないより、気を紛らわせるのが正解だよ」
「ん。うまいの頼むぜ、マスター」
「任せてくれ。新居一日目に相応しい物を作らないと」
やっとはにかんでくれたモードレッドに頷きを返し、腕まくり一つ。
責任は重大だ。何せ、痛みで霊体化できなくて良かったと思えるぐらいの物を作らないといけないのだから。
☆
結論を先に言えば、安心は未だ遠いと言わざるを得ないのだろう。
テーブルの真ん中には、こんがりと焼けた小振りの鳥が丸々一羽置かれている。今までにない本気度で仕込んで焼き上げたのだが……今口に含んでいるのは砂か何かだろうか。全く味わうことができない。
今はもう、祝い事=鶏肉という自分の安直な選択を呪うばかりだ。自責の念に駆られる僕の目の前で、カチャンと甲高い音がまた一つ。
ナイフを取りこぼしたモードレッドが、小刻みに震える自分の右手を見つめている。
僕の視線に気づいたモードレッドが、慌てて表情を柔らかくした。
「あ……な、なんでもねえよマスター。これくらい、ちょっと工夫すれば楽勝だって!」
そう取り繕ったモードレッドは、右手のフォークを幼児のように握り込んで、肉に突き立てた。痛みが拳に走り、表情が歪む。しかし、そこからいくら力を入れても、鶏肉は引きちぎれない。
食事さえ満足にできやしないなんて。もううんざりだ。くしゃくしゃに歪んだ顔には、そんな胸の内の言葉が明白に表れている。手首に焼き付いた傷跡は痛々しく、晩餐なんていう暢気な空気を好き勝手に蹂躙する。
モードレッドを見るのが怖くて、僕はまともに顔も上げられない。俯いたまま、言うべき言葉を探して思考が迷子になってしまう。
何か。何か場を紛らわす事を言わないと……
「……あー、その、モードレッド」
「フンッ!」
モードレッドの腕がテーブルを薙いだ。びゅおんと風が吹きすさび、テーブルの物が震える。
ぶちんと音がしたかと思えば、モードレッドの手には鶏肉の足部分が握られていた。
「っ~~~~! っと、とと」
力任せに引きちぎった反動で取りこぼしそうになるのを、反対側の手で押さえる。両手で持った鳥脚に、そのまま豪快にかじり付いた。
「ん、うめえ! やっぱ肉っつーのはこうやって食うのが一番だな――んぐっ、げほっ! えっほ!」
「ああ、調子に乗ってがっつくから……」
僕はコップを片手に、モードレッドの隣に座り直した。
「ほら、水」
「ん……んくっ、ん」
むせる彼女の背をさすりながら、コップを口元に近づける。モードレッドはさしたる抵抗もせず、僕にされるがままに飲み干した。
口の端からこぼれた水を指で拭うと、彼女はくすぐったそうに笑う。
「ふぃー、助かったぜ」
「ほんと、ただの食事にもヒヤヒヤさせられる」
「ただ咽せただけじゃねえか。水飲めばそれだけで……」
モードレッドは、やっと自分がされた事に気づいたらしい。僕の目の前で、顔が魔力放出でもしたのかと言わんばかりに真っ赤に染まる。
「な……ば、バカマスター! おま、何してんだよ!」
「何って、自分じゃうまく動かせないんだから、こうするしかないじゃないか」
「ッそ、そうかも、そうかもしれねえけどっ! けど、こんな……ガキみてえで、クッソ恥ずかしいだろ……ああもうっ」
揺れ動く目が僕が持つコップの辺りに集まり、逸らされ、それが五往復した位で、モードレッドはやけくそに鶏肉にかじり付く。
「モードレッド。ほっぺに食べカス付いてる」
「ん、サンキュ……って、だから! そういうのが!」
騒ぎ立てるモードレッドに、苦笑する他にない。本人はどうにかして威厳を保とうとしているらしいが、食べ方もあって、今の状況はまるで世話の焼ける子供の相手をしているみたいだ。
原因は痛々しいものにせよ、こちらの親切にいちいち突っかかる様子は、何とも愛らしい。おかげで、こちらもつい調子に乗ってしまった。
プレートに乗ってる、手頃な大きさの芽キャベツをフォークで刺し、今鶏肉を飲み込んだばかりのモードレッドに差し出した。
「はい、モードレッド」
「んぐっ!? ……んだよ、蹴るぞマスター」
「ちゃんと野菜も取らないと、健康に良くないよ。サーヴァントに栄養が必要か知らないけど、気分的に」
モードレッドっがキッと睨みつけてくるけれど、栄養学的に見て正義は圧倒的にこちらにある。
「や、でもよ、さすがにそれ……」
「別に恥ずかしがらなくても。今後こんな機会は増えていくんだし。今のうちに、僕に頼るのにも慣れておこうよ」
自分で言っておいて、口にした言葉がすとんと胸に落ちた。
モードレッドは頼り慣れていないのだ。サーヴァントは圧倒的強者で、誰かを護り導く存在だから。一生を経た彼女は、自らの哲学によって自己完結を施している。
自分の弱い部分を、誰かに埋めてもらう――英雄譚の人物であるモードレッドには殊更、そんな普通の考えも目から鱗に違いない。
「マスターに頼る、か……」
モードレッドは、自分の中で言葉を反芻しているようだった。あるいは、冗談で済ませていた事に真剣に向き合って、サーヴァントである自分の誇りと葛藤しているのかもしれない。
しばらくの逡巡の後、モードレッドはこちらをまっすぐに見つめ、おずおずと口を開いた。
「ホラ、食ってやるから早くしろよ」
「蹴らない?」
「蹴らねえから! クソ恥ずかしいんだからさっさと済ませやがれ! あぁー!」
ヤケクソとばかりに口を大きく開く。目をぎゅっと閉じているのは精一杯の強がりだろう。
顔が僕にぐっと近づいて、血色のいい唇から、その中までハッキリ見える。妙にいけない気分になりながら芽キャベツを差し出す。モードレッドは「はむっ」と豪快に、フォークごとぱっくりとくわえ込んだ。口をすぼめてフォークからキャベツを抜き取り、咀嚼する。
「おいしい?」
「……んまい」
「何よりだよ。他にもしたいことがあったら、遠慮なく言っていいんだからね。できることなら何でもするから。風呂とか、トイレとか、むしろ積極的に任せてほしい」
「殺すぞ」
端的な一言。モードレッドは鶏肉にかぶりつく。
ふと視線を下ろせば、僕の手にはモードレッドの口を経由したフォークが残っている。ぱっくりくわえ込んだせいか、先端が唾液でしっとりと塗れている。
目がモードレッドに向けて滑る。鶏肉を頬張ると、仄かな甘みが漂った。咀嚼していると、モードレッドがほとんど食べ終わって骨だけになった肉を置いた。
「けど……このままじゃダメだよな。さすがに何でもかんでも頼る訳にもいかねえし、せめて食事くらいまともにしたいな」
「個人的には、しばらくはこのままでもいい気がするけど。それこそ、王様っぽくふんぞり返っているのが君らしいのに」
「そういう訳にもいかねえだろ。オレはもう英雄じゃなくて、マスターなしじゃ何もできねえんだ……マスターに見捨てられたら、もうオレは……」
魔術的なつながりのお陰か、言葉尻の震えを敏感に感じる事ができた。
牙を抜かれた虎の如しだった。モードレッドは怯えている。傷を負ったまま死に、英霊でなくなってしまう事を恐れている。
ここで死ぬことを恐れている。
僕に捨てられる事を恐れている。
恐れの対象に僕が含まれていることに、僅かながら落胆する。しかし、サーヴァントとマスターの関係なんて、本来はそんなものだろう。使えない英霊は捨てる。それは壊れた電化製品を捨てるのとさしたる違いはない。
「手、汚れてるだろうから、拭いてあげるよ」
「……サンキュ」
キッチンペーパーを塗らして、モードレッドの手を包む。痛まないように慎重に、優しく撫でる。
こうして触らせてくれるというのは、信頼されているという証拠だ。この信頼が、恐れに上書きされないようにしなければいけない。
「……うん、そうだね。フォークぐらい持てるようにしておきたいね」
「何か策があるのか、マスター?」
意外そうに、モードレッドが眉を持ち上げる。瞳の輝きからして、期待は随分大きそうだ。
「強力な呪いだし、傷自体はどうしようもないけどね。令呪でカバーしている分もあって、幾らかは干渉の余地を残している。後はモードレッドの対魔力で、多少の緩和は可能だろう」
「そ、そうなのか? 全然どうにかなる気がしないんだが」
「もちろん普通じゃ無理だよ。だから、魔力を増強させてブーストをかければいいのさ。えーっと、つまりは魔力供給なんだけど……」
僕はモードレッドに、策を耳打ちする。逆上したモードレッドの蹴りは三回で済んだ。