もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活 作:オリスケ
——モードレッドは最初から、ブリテンを狂わせる為に産み落とされた。
異母妹であるアーサー王の成功に嫉妬した魔女モルガンが作り出した、一体のホムンクルス。それはアーサー王の姿形に似せられ、同じだけの素質を以て生まれ落ちた。
目的は、ブリテンという大国の転覆。いずれこのホムンクルスは、自らの出自を知り、王の素養を内側に宿し、王に憤怒の牙を突き立てる事になる。
果たして、筋書きはモルガンの企て通りにはならなかったが、結末は彼女の望んだ通りになった。
今なお恨めしい、悪毒にまみれた女。輝かしきブリテンを曇らせ壊した悪女。
けれどモードレッドは、奴の胎から産まれた。
ホムンクルスとは言え、モルガンの娘として生を受けた。
産まれてから騎士として育つまでの数年で、モードレッドはモルガンから勉学と剣を教わった。
剣を持つ事が何に繋がるのかを、幼い彼女は知らない。毒とも薬とも分からないまま、モルガンの指導を受けた。
立派な騎士となるべく、良く育てられた。
陰謀と悪逆に塗れた、悪徳の指導。それでも娘たるモードレッドにとっては、比類無く充実した時だった。
彼女を育てたのは、おぞましき魔女だった。
それでも幼きモードレッドは、かつて母の懐の内で、確かに安らかな寝息を立てていたのだ。
——モードレッドは常に兜を被り、正体を隠したまま円卓の一席を埋めた。
既に円卓に着き王に従っていた騎士達は、いきなり現れた無謀で粗暴な騎士を、決して快くは思わなかった。不満は出ずとも、不審の目は数多く向いた。余所余所しい、居心地の悪さも感じさせた。
それでもモードレッドは気にしなかった。自らの剣に、確かな自信を有していたからだ。
父親譲りの才能。ホムンクルス故の優れた能力。当時本人は知る由もなかったが、彼女はたちまち武名を挙げ、不承不承ながら円卓の騎士の面々に認められるまでに至る。
モードレッドは彼等と共に軍を率い、剣を掲げ、数多の敵を誇りと共に下していった。
彼女はとにかく戦好きで、思慮は浅く、細かい事が苦手だった。そんな性格であるから、当然良い思い出ばかりじゃない。
粗暴な態度を非難され、呆れられる事はしょっちゅうだった。特にガウェインは、事ある毎にモードレッドに騎士としてのいろはを指摘した。口うるさいガウェインは苦手筆頭だったが、その分彼には沢山の作法を教えられた。
モードレッドは無視される事が嫌いだったから、トリスタンも不得意だった。傍目だと寝てるか起きてるか分からない上に、しょっちゅう立ったまま寝ているからだ。声をかけると無視され、その後いびきをかいている事に気付く。苛つかされた回数なら一位かもしれない。それでもトリスタンは、起きてさえいれば穏やかな微笑で応じ、彼女を邪険にする事はなかった。
剣の腕に自信を持っていたからこそ、ランスロットは最後まで目の上のたんこぶだった。剣の立ち合いでは、一度も彼に勝つことはできなかった。剣の腕こそ自分の存在理由だったから、涼しい顔してモードレッドの上を行く彼は何より気に食わない存在だった。モードレッドは何十回と立ち会いを申し込んだ。ランスロットが彼女の申し出を断ったことは、一度としてなかった。
他にも沢山。人の数ほど思いが宿った。
衝突し、喧嘩し、文句を言い合ったりもしたが、互いに研鑽し理解し合う、豊かな時間。
モードレッドの心は鮮やかに色づいていた。
楽しかった。充実していた。
仲間がいた。誇りに満ちた戦いがあった。
そして何より——父上がいた。
間近で目の当たりにする父上は、余りに高貴で、孤高で、美しかった。彼の声は琴のように迷い無く澄んで国を導き、曇り無き瞳は騎士達の行くべき路を照らし出した。
剣の腕は比べるべくもなく、手腕は慈悲深く、遍く国民を豊かにしてみせた。王に対する敬意は、崇拝にさえ発展した。
モードレッドの胸は、敬意と自信に満ち満ちた。
王に仕えられるという幸福。父上の手となり刃となれる感動。彼の為に戦えるという、この世で最大の誉れ。
自分の剣が、王の路を切り開いている。その繋がりが、モードレッドの魂を熱く激しく昂ぶらせるのだった。
——答えてくれ……答えろよ、アーサー王!
その時。不義を働いたランスロットを追うべく、アーサー王が国を立つ日。
オレは初めて、王に激情をぶつけた。烈火の如き感情を王個人に叩き付けるのは、オレの短い人生でも、初めての経験だった。
短い人生……人の半分にも満たず生涯を終える、ホムンクルスの一生。
その数日前、オレは悪しき母親に、自らの不遇の運命を教えられた。
魔術を用いて人工的に作られたオレの寿命は短い。
風塵の如く短い刻は、オレに大成を許さず、何かを残す事もさせない。
王の息子であり、後を継ぐ素質を有しているのに。オレは終ぞ栄光を掴むことなく生涯を終える。
可哀想と言われた。哀れと言われた。自分の運命も知らず滑稽だと嘲笑われた。
只一人の母親からの侮辱はそれなりに堪えた。
けれど、それなりだった。
奴の戯言は、オレの心を砕くものではなかった。
だって、オレには王がいたから。
王を敬愛していたから。輝く程の憧れを、愛しさを、あの王に抱いていたから。
そんな王と血の繋がりを持っているという事実は、天にも昇るほどの誉れだった。
自分は、あの素晴らしい王の血を受け継いでいる。
ただ一人、彼の息子として生きている。
それは本当に、誇らしいことで。
——だから、どうでもよかったのだ。
もうすぐ死ぬという恐怖も。
長く生きられないという不満も。
自分の生きた証を刻めないという喪失も。
ただ謀略のために創られた、人でなしという劣等感も。
人としての生き方を全て否定され、未来が闇に閉ざされても。
……オレは全て、どうでもよかった。
ただ、王がオレを認めてくれれば、それで。
息子と呼んで欲しかった。王たる資質がオレにあると言って欲しかった。
お前がいてよかった、助かったと、頭を撫でて欲しかった。
父上と、呼ばせて欲しかった。
それだけがあれば、オレは満たされたのだ。
哀れなホムンクルスとして短い生涯を終えても良かったのだ。
——何故、認めてくれない! 何故向き合ってくれない! どうしてだ、アーサー王!!
……けれど、そうはならなかった。
完璧な王は、ホムンクルス故の儚い願いなど、意にも介さなかった。
王は微動だにしない心のまま、オレの激情を無視した。ランスロットの下に赴くべく踵を返し、一度も振り返る事をしなかった。
——オレに誇りをくれよ! 生きた証をくれ! お前との繋がりを認めてくれ! でなければオレは……オレは何者にもなれないじゃないか!
オレの心は闇に落ちた。
生きる意味を失った。拠り所となるはずの父上は、オレを見放した。
ホムンクルスとしての劣等が浮き彫りになり、オレの自尊心を喪失させた。
何をするにも足りない、残り短い寿命だけが残る。
だからオレは、その寿命を怨嗟に変えた。
復讐の業火で、全てを崩してやると決めた。
オレの全てを賭して叛逆し、王に認めさせてやると誓った。
そしてオレは、王の宝物庫をこじ開けた。
宝剣クラレントを手に握る。オレの怨嗟を、血と死で彩るべく。
憎しみの限り、刃を握りしめる。
オレの手で、国を破壊するべく——。
この両腕で、王の命を奪うべく——。