もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活 作:オリスケ
「ッがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
赤雷が轟く。
噴き出した魔力は爆発となり、目を剥くランサーを吹き飛ばす。
「っんな……!?」
狼狽する声。驚愕の気配。
オレはそこに向かい、弾丸の如き勢いで飛び出した。
己の赤雷を切り裂き、突貫。冷や汗を流したランサーの顔が、即座に戦慄に染まる。
「ごおおおおおおおおぉぉぉぉぉオオオオオオオオオオオ!!」
喉から噴き出す叫声が世界の音の全てだった。
激情が推進力となり、殺意となり、殆ど自動的に身体が動く。
力が噴き出す。暴れ狂う。
オレは眼前のランサーを下すべく——
——
「う、そだろ——!?」
「だああああああああああああああ!!」
目を見開いたランサーが槍の柄で受け止める。互いの獲物が激突する。
感覚の爆発。劈くそれは痛みだった。
今までの地獄のような苦しみを一笑に帰すような、全身の細胞に針を突き立てられるような激痛が、両腕から轟き、オレを襲った。
それと同時に、力が爆ぜる。痛みに比例するように赤雷が弾け、エネルギーに代わり、ランサーを力任せに吹き飛ばした。
幾つもの木をなぎ倒し、ランサーが飛ぶ。その軌道よりも尚早く、オレは奔る。
着地など許さない。オレはクラレントを更に握りしめ、奴の土手っ腹を断ち切るべく振り下ろす。
槍の柄が再び剣劇を遮る。ランサーの身体が大地に落ち巨大なクレーターを刻む。
両腕に衝撃。雷が直撃したような激痛が、オレの魂を打ち抜いた。
「ぎゃああああああああああああああああああ!! ッヴウ!! ヴヴァァアァァァァァァ!!」
「っんだよ、この化け物は……!?」
驚愕を超え、ランサーの目には戦慄が宿る。その身体が、オレの振るったクラレントによって吹き飛んでいく。
三度、激痛。絶叫。それでもオレの腕には力が満ちる。痛みがそのまま、オレの力となるかの如く。
「はあ゛っ、はあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
獣よりも尚酷く禍々しい悲鳴。全身の細胞が発狂する。身体の感覚が理性の制御を外れ、ビリビリと震える。眼球の奥の血管がブツリと千切れ、視界が真っ赤に彩られた。
狂うを越えて、狂う。限界を越えて尚痛みが響く。
嵐の如く吹き荒ぶ、激痛と力の奔流。
その渦の中心。据えられたただ一つだけ宿る光。
誇りという名の光が、激流の只中にてオレを立ち上がらせる。
何よりも確固として、オレを定義する。証明する。
「オレはモードレッドだ! この手でブリテンを破滅させた! 誉れ高き王を、この剣でぶち殺した叛逆の騎士だ!」
血涙を流しながら、オレは吼える。
猛々しく。地獄の中で尚燃え盛る劫火の如く。
「この憎しみは誰にも否定させねえ! 怨嗟の炎を消させはしねえ! たかがトロイアの王子風情が! オレを愚弄するんじゃねえ! オレを——オレから——父上を奪うんじゃねええええええええええええええええええええええええええ!!」
怒号と共に魔力を爆発させ、オレはランサーに向けて突貫する。
理性はとうの昔に焼き切れていた。
許さない。憎い。殺してやる。壊してやる。オレの生涯を体現するような怒りの本能が原動力となり、魔力となって吹き荒れる。
両腕の傷は尚健在だった。呪いに満ちた傷は、激痛となってオレを窘めようとする。
オレの本来の在り方を喪失させようとする。
その呪いを、他ならぬオレの自負が棄却する。
『モードレッドである事』を叫び、傷の侵略に叛逆する。
かさぶたを剥がし、生傷をほじくるような痛み。比類なき激痛こそが叛逆の証だ。
痛む程に、オレは傷を否定する。絶叫する程に身体に、両腕に、力が迸る。
「オレの剣を見るがいい! オレの怒りを受けるがいい! 叛逆の炎をその眼球に焼き付けやがれ! モードレッドの前に斬り伏されろぉぉぉぉ!! う゛ああああああ! がああああああああああああ!!」
痛みに藻掻きながら、発狂しながら、モードレッド斯く在るべしと剣を振るう。遮二無二に、我武者羅に、殺意をこれでもかと乗せて。
ランサーの技能も素晴らしかった。迫り来る剣を防ぎ、いなし、受け流す。一撃の度に衝撃が空気を戦かせ、落ち葉を天高く巻き上げる。
それでも、守りと生存に卓越したランサーの天賦の才は——命を燃やして猛る赤雷の荒々しさには及ばない。
下から掬い上げるように振るわれた剣が、槍を高く跳ね上げる。狼狽するランサーの鳩尾に、オレの鎧に覆われた蹴りがめり込んだ。
ずぐっと重たい音。顔に飛び散った吐血が血涙と混ざる。
内臓の爆ぜる音を耳に残しながら、ランサーが吹き飛び、遙か遠くの木に激突する。
血反吐を溢しながら、ランサーは呻く。未だに理解できないと、張り付いた笑顔が語る。
「っか、ふ……! 聞いてた話と、まったく違うじゃねえの……!」
「ごおおおおおおお!! オオオオオオオォォォォォォォォォ!!」
身体を震わせながら、ランサーが立ち上がる。さながら眼前の獣に竦む子鹿が如く。
ランサーは知っている。生物は天災に叶わないことを。生きるためには背を向けるほかに無いことを。
そんな矮小な考えの全てを、オレの怒りが塗り潰す。
オレはクラレントを正面に翳し、固く固く握りしめる。
魔力が噴き出す。激痛が轟く程に、赤雷が噴き出し、空に真紅の火柱を産む。
血涙で真っ赤に染まったオレの視界に、激痛の火花が散る。許容値を越えた痛みに脳回路が焼き切れ、身体が重篤な痙攣を起こす。噛みしめた歯がバキンと割れ、口内を裂く。
それでも尚。死を越えて壊れても尚、オレはモードレッドで有り続ける。 己の全てを擲っても、オレを証明する。
「
この苦しみこそが。この激情こそがオレだ。
誰にも否定させるものか。オレの歩みを消させて堪るか。
目に焼き付けよ! その身で思い知れ!
これこそが、我らが王を下す邪剣である!
オレが刻みつけた、殺戮と崩壊の一撃!
完璧な王を突き崩す叛逆の証!
「
赤雷が世界を埋める。
魂を吐き出すような暴力が、眼前の全てを無に帰す。
ランサーは既に視界から消えている。当に逃げるべく姿を隠している。
そんな事はどうでも良かった。
オレは全てを壊すから。
何もかもをぶち壊してやるのだから。
「ッう゛う゛——う゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
オレは痛みと共に、クラレントを"薙ぎ払った"。
紅閃が動き、扇状にあらゆる物を薙ぎ倒していく。
全てを灰燼に帰すべく。
オレを否定する者を、全て破壊し尽くすべく。
ランサーはさぞ驚いた事だろう。射線を避けたと思いきや、赤雷が津波の如く押し寄せてきたのだから。
一度触れれば塵も残らず消滅する赤雷。
奴は己が生きるため、状況を見極め、覚悟を決める。
即座に宝具を展開し、必殺の一撃で立ち向かう。
「ッ——
魔力を昂ぶらせ、宝具を解き放つ。
急ごしらえの、恐らくは不本意な威力の一撃。それでも宝具としての役割を遂行し、迫り来る赤雷に穴を穿つ。
逃げるにはそれで十分。付き合ってやる気など毛頭ないという、冷静な判断。
逃げ勝ちをするべく開いた突破口。
その穴に、オレは自らの身を飛び込ませた。
自らが放った赤雷の中を突き進み、奴を捉える。
槍を放ち終えたランサー。視界に捉えた奴の表情が、戦慄に凍る。
「な——」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
赤雷の轟音を塗り潰す程の、絶叫。
ランサーの顔面に、オレは渾身の膝を叩き込んだ。
奴の意識が吹き飛び、突き立ったオレの膝ごと空を舞う。
オレは逃がさない。解いた脚を奴の上体に組み付かせ、身体の自由を奪い去る。
落ち葉を巻き上げ、大地に落ちる。
ランサーの意識が戻り、己の状況を理解する。
奴の瞳に映り込むのは、血涙を滴らせる鬼の様相。
爛々と見開かれた瞳孔。
度を超えた痛みに震える口に、剥き出しになった牙。
そして——白銀の鎧に包まれた、硬く硬く握り締められた、拳。
「……こりゃ参ったね」
乾いた笑いが、一つ溢れる。
それが彼の、今世最期の言葉になった。
「うわああああああああああああああああああああああああ!!」
激痛と共に拳が振り下ろされ、奴の顔面に突き刺さる。
秋の森に血華が咲いた。
頭蓋骨が砕け散る音に、柔らかい肉の潰れる水音が重なる。
オレは何度も何度も、拳を振るう。終わりの無い激痛を、怒りに変えて叩き込む。
「ヴうっ! がぁ! ぐあぁぁぁぁぁぁ!」
大地が揺れる。落ち葉が舞う。
血飛沫が、オレの拳を紅く染める。
叩き付ける度に激痛が走る。狂ったオレの脳を叩く。
痛みが止まらない。激情が止まらない。
拳は止まらない。慟哭は止められない。何度も、何度も殴りつける。奴の手から槍が落ち、指先の力が無くなっても。
顔面が崩れ、形がなくなり、殴る肉が無くなっても、己の両拳を叩き付ける。
「あぁぁぁぁ! ああっ!」
赤とピンクと白に彩られた水たまりが、ばしゃんと汚い水しぶきを立てる。
殴る物がなくなった拳が空を切る。燃え盛っていた怨嗟の炎が、徐々に消えていく。
熱を失った魂の空洞が、途方もない哀しみに満ちる。
両腕の千切れそうな痛みが、鮮烈にオレを刺してくる。飛び散った血潮の温かさが、オレのしでかした暴虐を理解させる。
込み上げてくる苦しみに、拳の力が徐々に抜けていく。
涙が勝手に溢れてくる。訳も無く悲しくて、虚しくて。
心に空いた穴が寂しくて。
「あ、ああ……!」
とても痛くて。
とても辛くて。
虚しくて虚しくて、こんな自分が情けなくて。
——それでもオレは、確かにモードレッドで。
「あああ……! あぁぁぁぁぁぁ……!」
血に塗れた顔を天に翳し、オレは泣き叫んだ。
嘆きの慟哭は、抜けるような秋の青空に、切なく木霊し続けていた。