※この作品はR-18です。

もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活   作:オリスケ

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第34話

 自分の人生に、後悔を抱いた事は無い。

 それも当然だろう、過ぎた事をウジウジ悩むことほど、オレの性に合わない事はないからだ。

 不満はある。当然だ。父上に最後まで息子と認めて貰えなかった。怒りに任せてブリテンを粉微塵にした事も、我ながら狂っていたと思う。

 

 

 けれど、それら思い描く過去は、不満と同時に誇りでもある。

 事実として、オレは復讐を完遂した。

 事実として、オレは王を殺した。

 事実として、ブリテンはオレが終わらせた。

 

 

 悪行であれ、それは偉業だ。後世にどんな形で語り継がれていようが、それはオレだけが成せる、モードレッドとしての功罪だ。

 その罪の大きさが。今も記憶に焼き付く、数多の騎士を屠り王にトドメを刺した感触が、何よりも強くオレという有り様を決定付けている。

 報われず、復讐に駆られ、全てをぶち壊したのがモードレッドだ。善悪の区別なく、オレはその存在証明を胸に刻んでいる。

 

 

 だから、後悔なんてしない。

 今この胸に宿っているは、まったく別の感情だ。

 

 

 例えば、もし。

 悪しき魔女が、オレを人として扱ってくれていたら。

 例えば、もし。

 怒りを抱かずに、胸の内のひとりぼっちの切なさを父上に吐露する事ができていたら。

 例えば、もし。

 人造人間でさえもなく、騎士に憧れる町娘として、生を受けられたら。

 誰かと触れ合い、関わって、一方ならぬ思いを抱く事があったなら。

 穏やかに過ぎていく日々や、丘の麓から昇る朝焼けや、絢爛な衣装を纏い微笑む花嫁に、美しいという感情を抱けたなら。

 果たしてその先には、どんな日々が待っていただろう。

 

 

 泡のように、浮かんでは消えていく思い。

 決して後悔ではない。

 これは、夢だ。

 甘い夢。一人の、等身大の、少女としての夢想。

 

 

 

 オレは今、頬に掛かる髪を彼に梳かれながら、その幸せな、有り得ないはずの夢に浸っている。

 マスターの腕に頭を乗せ、同じ布団に潜り込んで、互いの顔を見つめている。

 目の前に、優しく微笑むマスターの顔がある。恋人のように情熱的で、それでいて父のように穏和な顔。

 頬に触れる手は大きくて温かい。思わずその手に頬を擦りつけながら、オレも笑みを返す。

 

「……お前に出会えて良かった」

 

 幸せに浸った心から、言葉が溢れる。

 二人で潜り込むベッドの中は、生前体験したどんな寝床よりも温かい。肌にも、お腹の中にも、心にも、彼を感じる。一番近く、ものすごく深い所で、マスターと繋がっている。

 お互いに、興奮や性欲といった獣のような情動は、数十分前にすっかり出し切っていた。後に残ったのは、溢れきって泉のように広がった『好き』という感情だけ。それが温かく痺れるような心地よさでオレ達を包み、唇を綻ばせている。

 

「お前は、オレに愛をくれた。人でなしのホムンクルスに、愛されてもいいんだって教えてくれた……夢見る事も許されなかった、有り得なかった日々をくれた」

「僕だって、こんな幸せは有り得なかったよ。こんな風に誰かを愛せるなんて、思ってもみなかった」

 

 力を奪われ、一人じゃ何もできなくなったオレ。

 才能のなさに失望し、何もかもを諦めた平凡なマスター。

 お互いの欠けた部分を埋め合い、繋げて、オレ達は今、何よりも強固に結ばれている。互いに見つめ合うだけで、得も言えない感動が、胸の内を沸き立たせる。

 オレは、人生で初めて満ち足りていた。

 父上に見放された事で穿たれた、埋め方も忘れた心の穴が、初めての愛で満たされている。

 剣を奪われ、有り様を穢され、誇りも尊厳も何もかもを踏みにじられて――その果てで、オレは終ぞ得る事が出来なかった、人として愛される喜びと巡り会ったのだ。

 決して美談ではないが、だからこそ心から嬉しいと思える。

 身に余る幸福だ。奇跡と呼べる幸運だ。

 

「だから、名残惜しくはあっても、未練は一つもない。今夜の思い出を胸に仕舞って、それで何もかも、十二分に釣りがくる」

 

 これ以上なく、満ち足りている。

 幸せの絶頂だと、確信できる。

 だから、物語はここで終了だ。

 分不相応なモードレッドのラブストーリーは、ここでクライマックスを迎えて、幕を下ろす。

 二人共がそれを理解し、納得し、だからこそオレ達は笑みを交差させる。

 

「……今までありがとう、マスター」

「ありがとう、モードレッド。君に出会えて、僕は本当に幸せだった」

 

 どちらからとなく、唇を重ねる。

 胸の前に、そっと右手を差し出す。そこにマスターの左手が重なる。刺すような刺激をぐっと堪えて、痛みを体温に蕩かして、そこに更にオレの左手を重ねる。

 力ない手でマスターを包み、繋がる。

 

「この日々を、『敗北』の二文字で終わらせたりしない……オレは、オレ達のために戦う」

 

 明日、オレは再び、激痛と苦悶の地獄に身を堕とす。

 身を焼かれる苦痛に悶え、狂っても狂いきれない絶望に叩き落とされる。

 けれど、決して逃げない。どれだけ苦しくても、それでも戦う事を選ぶ。

 オレには、マスターが居るから。

 否定されたくない幸せが、此処にあるから。

 

「……ずっと君の傍に居るよ、モードレッド。最後の最後まで、僕等は必ず繋がっている」

 

 そうして、もう一度唇を重ねる。互いの温かい吐息を胸に吸い込んで、身を寄せる。

 布団の中の温かな空気が、まるで繭のように優しくオレ達を包む。幸せに弛緩した心に、微睡みが溶け込んでいく。

 そうしてオレ達は、互いの繋がりを心の奥底で感じながら眠りに落ちた。

 

 

 

 優しく、温かく、満ち足りたまま。世界の全てに祝福されているような安らかさに見守られて。

 眠りに落ちても、マスターを感じる。

 マスターの優しさに包まれている。

 

 

 

 

 

 大好きなマスターが、すぐそば、とても近くに居る。

 夢みたいだ。本当に、何もかも夢みたい。

 夢のような幸せ。

 夢のような眠り。

 

 

 

 

 

 

 夢のよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは夢だ。

 

 

 

 

 

 夢とは戯言である。

 夢とは絵空事である。

 手に入らないからこそ思い描く空想である。

 

 

 

 

 

 

 

 貴様の言の通りである。

 泥人形には分不相応な幸福だ。

 有り得ないのだ。

 有り得はしないのだ。

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 夢とは泡沫。

 弾けて消えるもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――即ち『無』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうであろう? 騎士よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――」

 

 柔らかな光を瞼越しに感じ、オレはぱちりと目を開く。

 カーテンの隙間から朝日が射し込み、網膜にチカチカとした刺激を感じる。

 登り始めた朝日が眩しく、美しい。半開きの窓から風が吹き込み、さぁっとカーテンを捲り上げた。そこから覗く雲一つ無い青空を、ひらりと真っ赤な紅葉が横切る。

 軽やかな鳥の声。軽やかにそよぐ木の葉のさざめき。遠くで小さく聞こえる、ぽちゃんという、湖で魚が跳ねる音。

 美しく穏やかな、オレが大好きな空気。

 

「――」

 

 そこに、ぞっとする程の、強烈な違和感。

 理由も分からない不安が、背筋を駆け巡る。

 

「……、……」

 

 声が上擦って、上手く出てこない。

 胸の前に組んだ腕を、恐る恐る動かす。

 痛みに痺れる腕が、布団を押し上げる。柔らかな布団は、びっくりするほどに重い。

 いつのまにか、ベッドの真ん中に寝ている。

 布団は、一人分の隙間を作って、オレを包み込んでいる。

 

「……ます、たー?」

 

 痛みも忘れて、ベッドを探る。布団を捲り上げ、一つのへこみもない平坦なマットを叩く。

 あれほど強烈に感じていた体温が、どこにもない。

 カーテンが揺れ、さぁと風が吹き込む。

 燦々とした朝日が寝室を照らす。

 ちち、と鳥の声が耳をくすぐる。

 違和感はもはや、背骨を引っこ抜かれるような途轍もない恐怖に変わっていた。

 

「ッ――」

 

 オレは弾かれたようにベッドを飛び出し、ドアを蹴り破るようにしてダイニングに飛び込む。

 朝の美しい、静かで清らかな空気が、そこにも充満している。

 

「はっ……はっ、はっ」

 

 息が上手くできない。胸が痛い。心臓が早鐘のようにばくばくと鳴っている。

 食器の数が明らかに少ない。

 冷蔵庫の戸には、蹴り開けたような乱暴な傷が沢山ついている。

 シンクにはあちこち水垢がこびり付き、沢山の皿が、ケチャップの跡を残すような状態で乱雑に積み上がっている。

 キッチンは記憶よりも遙かに散らばっている。まな板には食材の滓が不格好な形で残り、床は散らばった塩や砂糖で非常にざらつく。

 

 

 悪戦苦闘した名残だ。

 まるで、両脚を使ってどうにかしようとしたみたいだ。

 彼は。几帳面で綺麗好きで、ミントの葉一枚でさえちゃんと記憶していた筈なのに。

 

「うそだ、嘘だ、うそだうそだうそだ――」

 

 血管がぎゅうっと収縮する。脳が締め付けられ、目眩がする。

 信じられなくて、夢だと信じたくて、オレは走る。乱暴に、小さな家に必要のない早さで。

 流しには水気を吸ったタオルがそのまま放置されている。自分では使えるはずもないのに、コップに歯ブラシが一本だけ刺さっている。

 

「マスター……マスター! マスターッ!」

 

 嘘だと言って欲しくて、質の悪い冗談だと思いたくて、喉を振り絞って叫ぶ。穏やかで静かな空気が、驚いたようにビリビリと震える。

 靴がない。車が消えている。ガタゴト揺れてしこたま痛んだ筈なのに、畦道にはタイヤ跡すら無くなっている。

 倉庫のドアを蹴り破ると、濃霧のような埃が覆い被さってきた。何年も何十年も放置され、世界から忘れ去られた廃墟のようだ。

 むせ返りながら埃を蹴り払い、何分もかけてようやく、地下倉庫への入口を見つける。

 

 

 

「はっ、はっ……はぁ、はぁ……」

 

 

 

 ……地下倉庫に、入る必要すら無かった。

 階段には、古びてボロボロになったボートが押し込まれていた。埃が靄になって暗闇を白く染め、濁った空き瓶がカラカラと階段を転がり落ちていく。

 使用された形跡など微塵もない。誰かが中にいるなんて有り得ない。

 最初から、使われてなかったとしか思えない。

 彼はここで、日に何時間も、オレを救う為に頑張ってくれた筈なのに。

 

「そんな……うそだ、嘘だ! 嘘だ!」

 

 誰にともなく叫ぶ。逃げるように倉庫を飛びだすと、燦々と輝く朝日が網膜を焼いてくる。

 静かで清らかな空気。

 漂白されたような、空っぽの美しさ。

 息ができない。胸が苦しい。半開きの口がわなわなと震える。

 視界が真っ白になる。脳が揺らぎ、目眩がして、足下がぐずぐずに腐り落ちるようだ。

 信じられない。

 有り得ていい筈がない。

 

「嘘だと言ってくれ! そんなはず無いだろ、なあ、オイ!」

 

 

 

 居たという証拠を探せない。

 どこにもいない。

 オレ一人だ。

 最初からオレ一人だったようだ。

 何もない。

 誰も居ない。

 空っぽだ!

 あれだけ強く、固く、繋がっていた筈なのに!

 それこそ、まるで夢のようにッ!

 

 

 

 

「マスタああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は、この世界から消滅していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回の更新は9月27日あたりの予定です。


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よろしくお願いします。






感想頂けると本当に嬉しいです……本当……「読んでる」とかの報告だけでもいいので……よろしくお願いします……
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