もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活 作:オリスケ
「――――――――」
気がつくと、オレはそこにぼーっと突っ立っていた。
よく見知った景色だった。首を一回りするだけで、憎悪が俺の腑を焼いた。
夥しい数の死体。一切が焼け落ち荒廃した大地には、木々の代わりに無数の剣が突き立てられている。
赤い赤い、夕焼け。それよりも遙かに紅い紅い、ぶちまけられた血潮。
これは、オレが作り上げた光景だ。カムランの丘には、無数の騎士の死体の紅と、その残骸の鈍色で彩られている。
「ぁ……」
何でとか、どうしてとか、そんな常識を考える余裕なんてなかった。
ただ、ただ、燃える。
熱は咆哮になり、オレを塗りつぶし、世界を割った。
「あ―――ァァアアアアアサァァァァァァァァァァ!!」
身体が言うことを聞かない。魂に刻まれた憎悪が、力そのものになって大地を蹴る。
いつの間にか握っていたクラレントを振るう。前に立ちふさがっていた騎士を鎧ごと両断し、鮮血がぶちまけられる。
いつの間にか、目の前には無数の騎士がいた。オレは憤怒の赴くままに、それらを屠る。
怒りのままに、しかし無感動に、機械的に。コイツ等は障害でしかないのだから。
邪魔だ。邪魔をするな出せ。出せ出せ出せ出せ。どこだ隠すな遮るなオレの前に出せ奴を奴をオレの前に差し出せ!
「アーサー王はどこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
喉を裂くほどの絶叫と共に、オレは戦場を駆ける。憎しみの赴くままに。怒りの動くままに。
「――何をしている」
声は上から降ってきた。弾かれたようにオレの首が回る。
丘の頂点に、ずっと会いたかった人間がいた。
王は一切の感情のない顔で、オレを静かに睥睨している。
王の目が、確かに今、オレだけを見ている。それが言いようもなく心地よく、オレの胸を高ぶらせた。
「っ……どうだ、どうだアーサー王! お前の国は終わりだぞ!」
大仰に両手を広げ、血で真っ赤に染まったクラレントで周囲を指し示す。彼の王の土地。彼の王の民。彼の王の国が、滅びを迎えようとしている。
オレの手によって。オレを息子と認めなかった、その報復によって。
オレの怒りで、あの比類なき王が膝を折る!
「ざまあみろ! お前はもう終わりだ! オレがお前を破滅させた! お前の国を滅ぼした! どうだアーサー王! オレが憎いか? 殺したいか? 怒りで我を忘れそうか? 言ってみろ!」
最高の気分だった。オレが生まれた理由は、この瞬間のためだと思った。
オレはオレ自身を見下ろす。
これがオレだ。叛逆の騎士として生きた、モードレッドの生き様だ。こう在るためにオレは生き、こう生きたためにここで死んだ。
ここが極地だ。存在を構成する全てが、この瞬間に凝縮されていた。あらゆるものを鮮明に思い出せる。
興奮に震える魂。乾いた空気。生臭い血。
握りしめるクラレントの暴虐的な輝き。
……なのに、ただ一つだけ、違った。
「誰だ、貴様は」
王が放ったその言葉は、侮蔑に満ちていた。
「………………は?」
「もう一度問う。貴様は何者だ?」
王は、オレの知らない目をしていた。
違う。これは王ではない。オレの知っている王は、こんな風に人を蔑んだりしない。
「何を、バカな……オレだ! モードレッドだ! 円卓の騎士の一員
で、誉れ高き騎士で……お前の、息子だぞ!」
「……ははっ」
王は、唇をつり上げて笑った。泥のように崩れた表情に心が揺らぐ。
意味が分からない。何だこれは?
これは、オレが生きた世界ではないのか?
「戯言を言うな。自分が何者かも分かっていない癖に、随分と吼える」
「ふっ……ざけるな! 見ろ! これはオレの叛逆だ! モードレッドの、アーサー王に対する報復だ!」
「貴様こそ、自分をよく見てみるがいい……その無様な両腕をな」
がしゃん、と重たい金属音。
見下ろせば、手にしていた筈のクラレントが、地面に転がっていた。浸したようだった血は、いつの間にか全て消えている。
オレは、クラレントを握ろうと、手を伸ばした。
――ずるり。
そんな音を立てて、手首から先が滑った。裂け目が手首の半分ほどまで食い込み、オレに真っ赤な肉と白い骨を見せるける。
「っが、あ――ああっ、ああアアアアア――――――!?」
想像を絶する激痛が、オレの神経をズタズタに引き裂いた。膝を折り、血の吹き出る両腕を天にかざす。
痛い、痛い、痛い痛い!
ふざけるな、なんだこれは!? こんなの、オレの人生に有りはしない!
「力なき腕しか持たない貴様が騎士を騙るな。剣すら持てない不遇の身が、我が騎士団の一員を名乗るなど片腹痛い」
「ち、違う! オレはこんな、こんな傷……!」
違う。オレは騎士だ。円卓の騎士だ。お前の息子なんだ!
痛い。手首から先の感覚がない。剣は、クラレントはどこだ。さっきそこに落ちていたオレの剣は。
「探しているのはこれか?」
冷徹な王の声。見上げれば、王の卑しい笑顔の隣に、銀色に輝くクラレントがある。
「これは我が宝物庫より持ち出した、儀礼用の剣だ。御覧の通り、剣身には傷一つもない。宝石のような美しい銀色だ」
違う。オレは、その剣で数多の騎士を……お前を殺すのだ。
そう言いたいのに、言葉にならない。喉が詰まる。痛みに思考がかき乱されて、本当にそうだったのかすら確証が持てなくなる。
視界がブレ、平衡感覚がなくなる。両腕の痛みが、かつてあったはずの現実を無茶苦茶にかき回している。
ふと気がつけば、オレは鎧すら着ておらず、麻布を一枚まとっただけの浮浪者となっていた。崩れ落ちた膝に砂利が食い込み、己の無力さが心に含浸する。偽りの筈の無情感が、心に上書きされていく。
がしゃんという鎧の音。オレはその音に、無様にも竦み上がる。
ふと気がつけば、カムランの丘はブリテン兵で埋め尽くされていた。俺が斬り伏せた筈の兵たちが、溝鼠を見るような目で俺を睥睨する。
「っひ、や……」
オレは怯え、女のような甲高い声を上げた。バカな。嘘だ。このモードレッドが、こんな半端兵士を恐がるわけが……ああ、でも、オレが勝てるわけがないじゃないか。剣すら持てないオレが、こんな大きな騎士に――違う! オレはモードレッドだぞ! 最高の王に徒なす叛逆の騎士だ!
「このっ――」
力の入らない拳を振り上げる。声は情けなく震え、目尻に溢れた涙が邪魔だ。
甲冑で覆われた無数の手が、オレに迫る。威圧に体が硬直する。堪えていた涙が溢れる。二の腕に、肩に、首に、あらゆる箇所に指がからみつき、折れるほどの力で食い込む。
「くっ……や、やめろ! やめろぉぉぉぉ!」
結局、オレはあっけなく組み伏せられ、焼け朽ちたカムランの大地に顔を押しつけられた。男の太い指が手首の裂け目に食い込み、発狂しそうな痛みが脳髄を走る。
「あ、あ……アーサー! アーサァァァァ!」
オレは叫ぶ。オレがオレであることを証明するために。しかし王の姿はもう見えない。彼を叫ぶ理由すら、このカムランにはない。
「よく吼える犬だ」
煩わしそうに、どこかで王がそう言った。オレを囲っていた甲冑の足が、オレの体に突き刺さる。
四方八方から、容赦なく。いつまでも続くほど執拗に。無感動の蹂躙が、オレの体から心まで滅多打ちにする。
鳩尾を蹴り飛ばされた反動で拘束が解ける。それでも動けなかった。足は生まれたての子鹿のように震え、心は親を亡くした雛鳥のように弱く、溢れる涙を抑える術はなかった。
無様に地面を這い回り、ゆっくりと迫る大勢の騎士に怯える。
紛れもなく、オレが体験している事だった。それなのに、オレはモードレッドではない。ぐらつく平衡感覚が、オレに抵抗すら許さない。
「ふ……ざ、けんな! こんなはずがない! こんな無様な姿がオレのはずがない! オレは――あ、や、やだ、やめろ……!」
使い物にならない腕を振り回し、せめての抵抗を試みるも、結果は同じだった。騎士達にあっけなく捉えられ、地面にめり込むほどの力で組み伏せられる。
「分相応という言葉を知るといい……これを教訓としてな」
オレを取り囲む誰かがそう言った。そして、オレの目の前に、それが突き立てられる。
古びた斧だった。刃は欠け、血と泥で黒く汚れ。それでも鈍重で、本来の役割を全うし続ける凶器。
刀身に、ボロ雑巾みたいになったオレが映っている。
心臓が握りつぶされたように苦しい。呼吸が浅く、荒く、逼迫する。
「っ……く、くそっ! 放せよ凡夫どもが!」
赤子の駄々よりもみっともなく、オレは身をよじらせる。
騎士の動きは止まらず、そればかりか顔にはうっすらと嘲笑すら浮かべている。
斧が、俺の右肩に置かれる。
ずしりと重い鉄が俺の肉にのし掛かり、荒い刃が僅かに肌を裂く。
オレの心が砕けるには、その痛みだけで十分すぎた。
「やだ、やだやだいやだいやだ嫌だ! よせ、やめろ、やめろ、やめろ!」
夢だ。夢に違いない。こんなの全部悪い夢なんだ。オレは狂う。オレでないオレの姿を見せつけられ、心が壊れる。
斧が持ち上がる。刃先が凶悪に光る。オレの肩が未来を予知し震える。土と血の滲む柔肌。剣すら握れない役立たずの腕。恐怖が満ちる。
斧が振り上がる。
オレは絶叫した。嫌だと何回も叫び、やめてくれと何度も懇願した。
血を吐くほど泣き叫んでも、無駄だった。
これが現実だった。
モードレッドの歩んだ、無様な最期だった。
斧が振り下ろされる。
そして――