もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活 作:オリスケ
轟! と。
突然に地上から吹き上がった雷は、周囲の全て立ちどころに灰燼に帰し、トロイア平原の遍く全ての兵士の目を、真っ赤な紅に瞬かせる。
旧世界の全てを震わし恐れ戦かせる輝きは、さながら神の降臨の如く。
「なっ……!?」
蘇った脳裏に響く、老爺の驚愕の声。残っていたホメロスの語りの名残が、たちまち吹き出す赤雷に押し出されるように搔き消える。
間欠泉のように吹き上がる魔力が、光の柱を立ち上らせる。
それは聖杯をも凌駕する膨大な魔力。
この世に存在しうるどんなオレも得られないだろう輝き。
今のオレの、世界の全てと言ってもいい大切なものを捧げた、強烈で温かい光。
その光に包まれ、オレは自分の形を取り戻す。
片方だけ残った腕に確かな力で覚悟を握る。
その覚悟を果たす為の剣を握る。
言葉によって破かれた鎧が、再びオレの身体を包む。
痛みはある。手首に刻まれた傷は深く浸食しオレを穢している。もがれた左腕までは戻らない。
けれどもオレは、それを『下らない』と棄却する。
「もう惑わされないぜ、ホメロス」
けっ、と笑い、纏いし鎧を煌めかせ、オレはどこかで聞いている筈の老爺を嘲笑する。
「確かに、すげえ世界だろうさ。強え奴ばかりだ。神が実際にいるなんてブルッちまうよ。だが……これが素晴らしい世界だ? まったく蒙昧も甚だしい」
どこかで息を飲む気配。
「教えてやるよ、世界はいつだって素晴らしい。正解も間違いも有りはしない。お前が後生大事に抱える神だ何だは、ただの要素の一つに過ぎねえんだ」
「なん、だと……?」
「それを、オレ直々に思い知らせてやる。テメエが万の言葉で過去を邂逅するのなら、オレは剣の一振りで今世を讃え、それに応えよう」
赤雷を切り開き、片腕でクラレントを掲げる。
切っ先は真っ直ぐ天上。彼方のゼウスすら斬り伏せんと、この偽りの世界の全てに牙を突きつける。
「ッ――ほざくな、泥人形風情が! 貴様如きの剣に、誉れ高き神々の世が否定できるものかぁぁぁぁ!」
脳裏に響く、ホメロスの怒声。
四方八方から己の得物を光らせ、兵士達が突貫してくる。
いずれも素晴らしき闘志。歴史に名だたる、英雄と呼ばれるに値する勇士達だ。
だが、オレは怯まない。
どれだけの数が立ちはだかろうが。神々の畏怖が降り注ごうが。
この胸の内に宿る、たった一人の信頼に、勝る物など何もない。
心に触れる彼の存在が、オレに力を与えてくれる。
信じる決意に、背中を教えてくれる。
何よりも近く、どこまでも強く、繋がっている。
それが、オレに剣を取らせる。両腕で掲げたそこに、溢れんばかりの魔力が集う。
「我は叛逆の騎士に非ず。脈々と流れる世に生を授かりし、幾億の一たる只人である」
古代の勇士が、怒濤の勢いでオレに迫る。
ちっとも怖くない。どんな神性も恐るるに値しない。
コレは亡霊だ。とうに過ぎ去った過去の影法師だ。
幾ら強かろうと、神々しかろうと、中身は空っぽだ。
「我が座し此処は玉座に非ず。幾千年の過去を経て、幾千年の未来を仰ぐ、道半ばの刹那である。」
過去が世界を名乗るなど片腹痛い。
酸いも甘いも噛みしめて、前に進むのが世界だ。
幾千年、幾億年も進み続けた功績が、人の歴史だ。
それを『下らない』と断じる奴が、どうして世界の善し悪しなど語れようか。
「この胸に宿るは怒りに非ず。己が全ての時、全ての邂逅を尊び、祝福する心である。」
そうだ、世界はいつだって素晴らしい。
命に貴賤は無く、遍く全てが尊い輝きを放っている。
彼が、それを教えてくれた。
平凡極まる彼が、何よりも輝く愛を与えてくれた。
その愛が、生きる喜びが、剣を握る力になる。
一人じゃないという信頼が、全てを肯定する光芒になる。
「我が翳すは栄光の剣! 決意を束ね、誇りを司り! 連綿と続く営みを肯定し、全てを讃える光芒である!」
潰れた目を精々見開くがいい!
その耳で憶せよ! 肌に触れて恐れ戦け!
我が父への復讐でも、今までのオレへの誇りでもない!
この時を生きたオレだけが放つ、何よりも強い栄光の一撃!
この赤雷が、貴様の過ちを灰燼に帰す!
時を止めた貴様の錆びた誇りを、粉々に打ち砕く!
「
そうして放つ、至上の一撃。
マスターと共にオレの全てを乗せて放たれた光は、迫り来る兵士を立ちどころに消滅させて突き進む。
戦場に広がり、突き進み、雷を迸らせながら、紅蓮の魔力が全てを飲み込んでいく。
それはまるで終末の洪水の如く。世界を破滅させた暴虐のように、ホメロスが作り上げた過去の偶像を吹き飛ばしていく。
過去の偶像の全てを塗り潰す。その音と光からは、何者も逃れられない。
例えホメロスが瞬間移動の特殊能力を持っていようと――その種は既に割れている。
あの固有スキルは、奴の逸話が変質したものだ。今も出自の判別としない、『あらゆる場所で語られた』という肩書きに基づく瞬間移動。
故に奴は、語るからこそその能力を発現できる。
語りを聞くものはいない。オレの轟音が、全ての声を吹き飛ばす。
まして、感覚の全てを塗り潰すオレの光が。
愛する人の魂までを捧げて放つ、全身全霊の一撃が。
――テメエのちっぽけな言葉なんかで、表現できようものか!
「ぬぅぅ――ッ!?」
「ッ――そこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
光芒の中に、微かな揺らぎ。
そこにオレは、剣を翻し、渾身の突きを放った。
溢れる魔力で大地を蹴り、自らが放った紅蓮の魔力に、尚紅い線を引く一筋の光芒になる。
オレのクラレントは世界を貫き、空を裂きながら突貫し――とうとう光の波を抜け、衝撃に戦くホメロスの肩に深々と突き刺さった。
「ぐぼぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
完全に予想外の衝撃に血反吐を撒き散らせホメロスが唸る。深々と突きささったクラレントが、辿り着いた得物に歓喜するように輝く。
「ようやく会えたぜ、糞爺! テメエをぶん殴る時を、ずっとずっと心待ちにしてたんだ!」
「ッ我が姿は――」
激痛に苛まれながらも、瞬間移動を行うべく言葉を紡ぐホメロス。
振り上げたオレのつま先が髭もじゃの顎に突きささり、奴の口を強引に閉じさせた。砕けた歯が血と共に噴水のように宙を舞う。
「ごっ……!?」
「戯言に、これ以上付き合う義理はねえよ! 大事なものを背負って立つこのオレが! 人影にコソコソ隠れてしか吐けねえ腰抜けの戯言に靡くものか!」
蹴り上げた身体に続けざまに掌底を叩き付け、血反吐と共に吹き飛ばす。声にする空気を吸い込む暇も与えず、蹲る奴に更に蹴りを見舞う。
「テメエはオレの誇りに泥を塗り! 無為に潰えるだのほざき、泥人形だなんだとコケにし、とうとうオレのマスターまで奪いやがった!」
立て続けに、息つく間もない連撃。片腕と両脚で、巨体に余すところなく撃を飛ばす。
今まで蓄えていた全てを爆発させ、力に変えてぶちまける。
「両手じゃ足りねえ罪の数! 万死に値する屈辱だ! どれだけ殴っても足りやしねえ!」
「ご、あああああ! 貴様ぁぁぁぁぁぁ――がぼッ!?」
「うるっせぇ! 土でも喰ってろクソ野郎!」
脳天に踵を見舞い、吼え立つホメロスの顔面を大地に埋める。
そうしてオレは、ありったけの魔力を右足に籠める。
狙うはただ一点、血反吐を吐き散らす老爺の顔面。
「全部砕く! 破壊する! オレはテメエの全てに叛逆し、唾を吐いて捨ててやる!」
「っ……か、ほ……!」
「テメエのムカつくプライドも上から目線の傲慢も、神だ何だの妄言も! 全部全部ひっくるめて――黴臭え世界ごと吹き飛べぇ! ホメロォォォォォス!!」
「がッ――ぱあぁぁぁぁッッッッ!!」
歴史を紡ぎ、全てを唾棄する大口を、叛逆の意志が砕き割る。
特大のサッカーボールキックが顔面に深々と突きささり、奴の巨体は遙か彼方、幾人の兵士を巻き込みながら吹き飛んでいく。
オレは空っぽになった腕を突き出し、遙か彼方の土埃目がけ、ビッと中指を突き出した。
「あばよ語り部。次は命乞いでも練習して出直してきな」
その背後から、カッ――と感覚を塗り潰す、閃光。衝撃。
赤雷がオレを追い越して地を奔り、ホメロスが吹き飛んだ場所までを飲み込み、世界を覆う。
奴が産み出した過去の幻想を、全て焼却する。
渾身の一撃が光を収めた時、視界に広がる全ては、オレの蹂躙されていた。大地は捲れ上がって焼け焦げ、所々で倒壊した木々が煌々と燃え盛っている。
大量に群がっていた兵士は、一人も立っていなかった。大半は光に当てられて跡形も無く消滅し、一部の焼け焦げた姿を残すのみ。
トロイア平原は潰えた。
今を生きるオレによって、神代の世界は燃え尽きた。
裸になった平野に戦士の剣が散らばる光景は、まるであの時のカムランを思い出させた。
オレはまた、世界を一つ壊したのだ。
今度は叛逆でなく、世界を守る為に。
国王への怒りではなく、たった一人への愛を胸に。