※この作品はR-18です。

もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活   作:オリスケ

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第42話

 

 轟! と。

 突然に地上から吹き上がった雷は、周囲の全て立ちどころに灰燼に帰し、トロイア平原の遍く全ての兵士の目を、真っ赤な紅に瞬かせる。

 旧世界の全てを震わし恐れ戦かせる輝きは、さながら神の降臨の如く。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 蘇った脳裏に響く、老爺の驚愕の声。残っていたホメロスの語りの名残が、たちまち吹き出す赤雷に押し出されるように搔き消える。

 間欠泉のように吹き上がる魔力が、光の柱を立ち上らせる。

 

 

 それは聖杯をも凌駕する膨大な魔力。

 この世に存在しうるどんなオレも得られないだろう輝き。

 今のオレの、世界の全てと言ってもいい大切なものを捧げた、強烈で温かい光。

 その光に包まれ、オレは自分の形を取り戻す。

 片方だけ残った腕に確かな力で覚悟を握る。

 その覚悟を果たす為の剣を握る。

 言葉によって破かれた鎧が、再びオレの身体を包む。

 痛みはある。手首に刻まれた傷は深く浸食しオレを穢している。もがれた左腕までは戻らない。

 けれどもオレは、それを『下らない』と棄却する。

 

「もう惑わされないぜ、ホメロス」

 

 けっ、と笑い、纏いし鎧を煌めかせ、オレはどこかで聞いている筈の老爺を嘲笑する。

 

「確かに、すげえ世界だろうさ。強え奴ばかりだ。神が実際にいるなんてブルッちまうよ。だが……これが素晴らしい世界だ? まったく蒙昧も甚だしい」

 

 どこかで息を飲む気配。

 

「教えてやるよ、世界はいつだって素晴らしい。正解も間違いも有りはしない。お前が後生大事に抱える神だ何だは、ただの要素の一つに過ぎねえんだ」

「なん、だと……?」

「それを、オレ直々に思い知らせてやる。テメエが万の言葉で過去を邂逅するのなら、オレは剣の一振りで今世を讃え、それに応えよう」

 

 

 赤雷を切り開き、片腕でクラレントを掲げる。

 切っ先は真っ直ぐ天上。彼方のゼウスすら斬り伏せんと、この偽りの世界の全てに牙を突きつける。

 

「ッ――ほざくな、泥人形風情が! 貴様如きの剣に、誉れ高き神々の世が否定できるものかぁぁぁぁ!」

 

 脳裏に響く、ホメロスの怒声。

 四方八方から己の得物を光らせ、兵士達が突貫してくる。

 いずれも素晴らしき闘志。歴史に名だたる、英雄と呼ばれるに値する勇士達だ。

 だが、オレは怯まない。

 どれだけの数が立ちはだかろうが。神々の畏怖が降り注ごうが。

 この胸の内に宿る、たった一人の信頼に、勝る物など何もない。

 心に触れる彼の存在が、オレに力を与えてくれる。

 信じる決意に、背中を教えてくれる。

 何よりも近く、どこまでも強く、繋がっている。

 それが、オレに剣を取らせる。両腕で掲げたそこに、溢れんばかりの魔力が集う。

 

 

「我は叛逆の騎士に非ず。脈々と流れる世に生を授かりし、幾億の一たる只人である」

 

 

 古代の勇士が、怒濤の勢いでオレに迫る。

 ちっとも怖くない。どんな神性も恐るるに値しない。

 コレは亡霊だ。とうに過ぎ去った過去の影法師だ。

 幾ら強かろうと、神々しかろうと、中身は空っぽだ。

 

 

「我が座し此処は玉座に非ず。幾千年の過去を経て、幾千年の未来を仰ぐ、道半ばの刹那である。」

 

 

 過去が世界を名乗るなど片腹痛い。

 酸いも甘いも噛みしめて、前に進むのが世界だ。

 幾千年、幾億年も進み続けた功績が、人の歴史だ。

 それを『下らない』と断じる奴が、どうして世界の善し悪しなど語れようか。

 

 

「この胸に宿るは怒りに非ず。己が全ての時、全ての邂逅を尊び、祝福する心である。」

 

 

 そうだ、世界はいつだって素晴らしい。

 命に貴賤は無く、遍く全てが尊い輝きを放っている。

 彼が、それを教えてくれた。

 平凡極まる彼が、何よりも輝く愛を与えてくれた。

 その愛が、生きる喜びが、剣を握る力になる。

 一人じゃないという信頼が、全てを肯定する光芒になる。

 

 

「我が翳すは栄光の剣! 決意を束ね、誇りを司り! 連綿と続く営みを肯定し、全てを讃える光芒である!」

 

 

 潰れた目を精々見開くがいい!

 その耳で憶せよ! 肌に触れて恐れ戦け!

 我が父への復讐でも、今までのオレへの誇りでもない!

 この時を生きたオレだけが放つ、何よりも強い栄光の一撃!

 この赤雷が、貴様の過ちを灰燼に帰す!

 時を止めた貴様の錆びた誇りを、粉々に打ち砕く!

 

 

 

我が麗しき、今生への礼賛(クラレント・アドミラブル・オーダー)!!」

 

 

 

 そうして放つ、至上の一撃。

 マスターと共にオレの全てを乗せて放たれた光は、迫り来る兵士を立ちどころに消滅させて突き進む。

 戦場に広がり、突き進み、雷を迸らせながら、紅蓮の魔力が全てを飲み込んでいく。

 それはまるで終末の洪水の如く。世界を破滅させた暴虐のように、ホメロスが作り上げた過去の偶像を吹き飛ばしていく。

 過去の偶像の全てを塗り潰す。その音と光からは、何者も逃れられない。

 

 

 例えホメロスが瞬間移動の特殊能力を持っていようと――その種は既に割れている。

 あの固有スキルは、奴の逸話が変質したものだ。今も出自の判別としない、『あらゆる場所で語られた』という肩書きに基づく瞬間移動。

 故に奴は、語るからこそその能力を発現できる。

 語りを聞くものはいない。オレの轟音が、全ての声を吹き飛ばす。

 

 

 まして、感覚の全てを塗り潰すオレの光が。

 愛する人の魂までを捧げて放つ、全身全霊の一撃が。

 ――テメエのちっぽけな言葉なんかで、表現できようものか!

 

 

「ぬぅぅ――ッ!?」

「ッ――そこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 光芒の中に、微かな揺らぎ。

 そこにオレは、剣を翻し、渾身の突きを放った。

 溢れる魔力で大地を蹴り、自らが放った紅蓮の魔力に、尚紅い線を引く一筋の光芒になる。

 オレのクラレントは世界を貫き、空を裂きながら突貫し――とうとう光の波を抜け、衝撃に戦くホメロスの肩に深々と突き刺さった。

 

 

「ぐぼぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 

 完全に予想外の衝撃に血反吐を撒き散らせホメロスが唸る。深々と突きささったクラレントが、辿り着いた得物に歓喜するように輝く。

 

「ようやく会えたぜ、糞爺! テメエをぶん殴る時を、ずっとずっと心待ちにしてたんだ!」

「ッ我が姿は――」

 

 激痛に苛まれながらも、瞬間移動を行うべく言葉を紡ぐホメロス。

 振り上げたオレのつま先が髭もじゃの顎に突きささり、奴の口を強引に閉じさせた。砕けた歯が血と共に噴水のように宙を舞う。

 

「ごっ……!?」

「戯言に、これ以上付き合う義理はねえよ! 大事なものを背負って立つこのオレが! 人影にコソコソ隠れてしか吐けねえ腰抜けの戯言に靡くものか!」

 

 蹴り上げた身体に続けざまに掌底を叩き付け、血反吐と共に吹き飛ばす。声にする空気を吸い込む暇も与えず、蹲る奴に更に蹴りを見舞う。

 

「テメエはオレの誇りに泥を塗り! 無為に潰えるだのほざき、泥人形だなんだとコケにし、とうとうオレのマスターまで奪いやがった!」

 

 立て続けに、息つく間もない連撃。片腕と両脚で、巨体に余すところなく撃を飛ばす。

 今まで蓄えていた全てを爆発させ、力に変えてぶちまける。

 

「両手じゃ足りねえ罪の数! 万死に値する屈辱だ! どれだけ殴っても足りやしねえ!」

「ご、あああああ! 貴様ぁぁぁぁぁぁ――がぼッ!?」

「うるっせぇ! 土でも喰ってろクソ野郎!」

 

 脳天に踵を見舞い、吼え立つホメロスの顔面を大地に埋める。

 そうしてオレは、ありったけの魔力を右足に籠める。

 狙うはただ一点、血反吐を吐き散らす老爺の顔面。

 

「全部砕く! 破壊する! オレはテメエの全てに叛逆し、唾を吐いて捨ててやる!」

「っ……か、ほ……!」

「テメエのムカつくプライドも上から目線の傲慢も、神だ何だの妄言も! 全部全部ひっくるめて――黴臭え世界ごと吹き飛べぇ! ホメロォォォォォス!!」

「がッ――ぱあぁぁぁぁッッッッ!!」

 

 

 歴史を紡ぎ、全てを唾棄する大口を、叛逆の意志が砕き割る。

 特大のサッカーボールキックが顔面に深々と突きささり、奴の巨体は遙か彼方、幾人の兵士を巻き込みながら吹き飛んでいく。

 オレは空っぽになった腕を突き出し、遙か彼方の土埃目がけ、ビッと中指を突き出した。

 

 

 

「あばよ語り部。次は命乞いでも練習して出直してきな」

 

 

 

 その背後から、カッ――と感覚を塗り潰す、閃光。衝撃。

 赤雷がオレを追い越して地を奔り、ホメロスが吹き飛んだ場所までを飲み込み、世界を覆う。

 奴が産み出した過去の幻想を、全て焼却する。

 渾身の一撃が光を収めた時、視界に広がる全ては、オレの蹂躙されていた。大地は捲れ上がって焼け焦げ、所々で倒壊した木々が煌々と燃え盛っている。

 大量に群がっていた兵士は、一人も立っていなかった。大半は光に当てられて跡形も無く消滅し、一部の焼け焦げた姿を残すのみ。

 

 

 トロイア平原は潰えた。

 今を生きるオレによって、神代の世界は燃え尽きた。

 裸になった平野に戦士の剣が散らばる光景は、まるであの時のカムランを思い出させた。

 オレはまた、世界を一つ壊したのだ。

 今度は叛逆でなく、世界を守る為に。

 国王への怒りではなく、たった一人への愛を胸に。

 

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