もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活 作:オリスケ
「……無事でいろよ、マスター」
どこかで今も待っているはずの彼を呼ぶ。
迎えに行かなければ。約束通りの勝利だと胸を張り、褒め称えて貰わなければ。
オレは果てまで飛んだクラレントを喚び戻そうと意識を探り。
「――」
その刃に、確かな手応え。
緩みかけていた意識が、急速に戦場に引き戻される。
視界を巡らせれば、死地と化したトロイア平原。
命の気配が潰え炎を上げるその荒野が――消え去る気配はない。
更に視線を巡らせれば、地平の彼方で、もぞりと何かが蠢く気配。
荒野の只中で、兵士が積み重なり、小さな山を作っていた。
死に絶えた兵士の山がもぞもぞと蠢き、次いで放たれた突然の衝撃で、焦げた身体がバラバラになって吹き飛んでいく。
「っ……が……はぁ、ハァ……!」
その屍の山から、口ひげを鮮血で真っ赤に染めた老爺が、息を喘がせながらゆらりと立ち上がった。
その光景が信じられず、オレはしばし瞠目する。
兵士を重ねて、盾にした?
下素の策だが、それよりも……あれだけの打撃を与えて、閃光に飲まれる一瞬で、その判断を下したのか?
どういうことだ。ただの語り部の生き汚さじゃないぞ。
「ッその力、その覇気、その魔力、先ほどまで死に体とは到底思えぬ……全く以て、理解できぬ……!」
オレの一撃を耐え抜いたが、それでも相当に効いたようだ。度重なる連撃が身体に痣を浮かべさせ、肩口に突きささったクラレントからは、今も夥しい量の鮮血がこぼれ落ちている。
「……もう終わりだ、ホメロス。神は消えた。テメエの過去の妄執は、オレが全て吹き飛ばした。その時点でもうテメエの負けだ」
「が、は……かはははっ」
血反吐を吐き散らせながら、ホメロスは笑う。
引き抜いたクラレントを地に放り、奴は立ち上がる。真っ赤に濡らした顎髭を揺らし、欠けた歯をギリと食い縛らせて唸る。
「巫山戯るな。地上にあるべき支配者は、神を於いて他にはおらぬ。それを知らしめるまで、我は潰える訳にはいかぬ……! 我が宿願は、果たされねばならぬ……!」
「往生際が悪いぜ。テメエがどれほど神に心酔してようが、今は、人の世だ。神はもう必要ねえんだよ」
やはりこの爺は、害悪だ。過去に縛られた妄念だ。
一息に断ち切るこそが、最期に相応しい。
会話を楽しむような酔狂さはない。オレにはマスターが待っている。
オレは走り、大地に転がるクラレントを手に、瀕死のホメロスに向けて躍りかかる。
「どう思おうが、テメエが始めた歴史だ。あの世で、責任持って見届けてろ!」
巨体に飛びかかり、脳天目がけの大上段。
長く続いた戦いに終止符を打つべく放った一撃は――しかし。
「っな……!?」
得られるはずの手応えがない。
吹き上がる筈の血飛沫がない。
万感の思いで大地を踏むはずの脚は、宙にぶらりと浮いている。
真っ二つにするべく振り下ろしたオレのクラレントは――ホメロスの額に接する紙一重で、彼の両腕によって押し留められていた。
「白羽取り!? んな、馬鹿な……!」
有り得ない。オレは儀礼を果たした。
必ず一刀で終わらせると、トドメの一撃だろうと決して手は抜かなかった。
セイバーの、モードレッドの全身全霊の一撃だ! キャスター風情に、止められていい筈がない!
「くく……くははははははは」
驚く間にホメロスはさっと腕を翻し、オレの片腕を鷲掴んだ。クラレントを握りしめたままのオレの手首が、有り得ない膂力にミシと軋む。
宙に持ち上げられたオレの顔を、ホメロスが見上げる。
血の染みついた髭を蓄えた老爺の顔は、間違いなく詩人ではない。
さながら古豪。老傑。その瞳の奥に煙る昏い炎は、あるいは……鬼か。
「神など必要ないか……愚か、愚か。真に度しがたい衆愚である」
そうして、奴はニィと血塗れの歯を見せて笑い、懐からそれを見せびらかす。
金色に輝く、杯。
「ッテメエ、聖杯を……!」
「愚昧はこれだから困る。世界は元より神の物。貴様がいかな理由や覚悟を並び立てようと、前提は覆らぬ。貴様等の歴史は、世界という器に舞い落ちた埃に過ぎぬのだ」
蕩々と語るホメロス。その身体に、聖杯からの膨大な魔力が流れ込んでいくのを感じる。
奴の光を映さない盲目。そこを覆っていた入れ墨が、神々しい紅の光を纏い出す。
オレの怒りよりも尚どす黒く、沼のように深い――妄執の紅。
肩を抉り抜いていた傷口が、メキメキと音を立てながら蠢くと、瞬きの内に塞がってしまった。
悍ましい魔力を増大させながら、オレの目の前でホメロスは、全く別の何かへと変貌を遂げていく。
「ッ何のつもりか知らねえが、させるものかッッ!」
オレはクラレントを敢えて取り落とし、宙を舞うそれを蹴り付ける。
しかしホメロスは、老体とは到底思えない身の翻しで、殆どゼロ距離で放たれた剣を躱して見せた。
「ごおおおおおおおおおおおおおおお!」
次いで放たれる、拳。
重機が激突したような衝撃が胸を襲い、オレはゴム鞠みたいに荒野を飛んだ。大地を何度も跳ね、土埃を巻き上げながら墜落する。
目を白黒とさせながらようよう立ち上がれば――オレの胸当てがべこりと陥没し、深々とした亀裂を穿たれていた。
もう少し当たりが悪ければ、そのまま砕け散っていてもおかしくない程の、致命的な損傷だった。
「がは……っ嘘だろ。いくら聖杯があったって、ただの拳が破って良い鎧じゃねえぞ!?」
瞠目するオレに、ホメロスは悠然と歩み寄る。
魔力は今や火柱のように立ち上がり、ホメロスの目元の意匠を太陽のように煌々と輝かせる。
「野を焼き、兵を排し、それで神々の世を下したつもりか」
その威圧は。応対した者を、否応なしに膝を折らせる迫力は。
それこそ、先に打ち倒した大英雄に勝るほどの――。
「馬鹿な事を! 神は潰えぬ、貴様なぞに斃せはせぬ! 神は今――
「な……」
「もはや言葉は要らず! 貴様の魂、我が授かりし神の権能にて、完膚無きまでに踏み躙ってくれよう!」
それはさながら、世界全てが牙を向くような威光。
肌をビリビリと震わせる感覚は、畏れ。
オレを飲み込み圧殺する程の覇気を纏い、老爺は変貌を遂げる。
神話を語りし歌い手から――神話そのものへ。
荒野の只中に、最後の敵が降臨する。
「照覧せよ! 我は神の介在を証明するもの! ヘルメスの系譜にして、アテナの寵愛を授かりし最後の神性! 我が真名は――」
「イタケーが王、オデュッセウスである!」
ホメロス(術)
筋力C++ 耐久C++ 敏捷E
魔力D 幸運A 宝具EX
【スキル】
・千里眼(盲) C++
盲目故に一切の光を見ることができないが、神霊との交信、霊脈の流れを読む事に卓越したスキル。
特に使い魔や英霊に対しては、未来予知に近い優れた洞察力を得る事ができる。
・虚な語り手 EX
ホメロスという名前が『イーリアス』『オデュッセイア』の語り手として各地に流布し、未だその正体や出自を明らかにされていない事実から派生したスキル。
彼が意志ある言葉を紡いだ場所に、瞬間的に転移することができる。指定する箇所には、最低一人の聞き手が必要。極低ランクだが、気配遮断の効果も有する。
・神性 E
彼が生きた時代はまだ神と人との距離が近く、僅かに神の血が混じっている。効果は人よりも頑強で長寿である程度。
・■■■■ ■
■■■■■■■■■、■■■■■■■■として■■■■■■■■■。
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・皇帝特権 EX
ホメロスという観念的な名を捨て、オデュッセウスとして発現するスキル。
古代ギリシャの王としての権威に加え、彼は自らの冒険において受けた神の寵愛から、神霊に匹敵するスキルを獲得できる。
最高クラスの戦闘続行、アテナの加護を受けし天性の肉体。キルケーの大魔術さえ跳ね返す対魔力により、その肉体は神の権能を誇示するに値する超常の力を有する。
名を捨てる事を発動条件とするため、スキルの使用と同時に、ホメロスとして所有していた一部のスキルや宝具を消失する。