もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活 作:オリスケ
こうして、聖杯戦争は終結した。
醜い保身によって引き延ばされ、退廃と怠慢でずるずると長引き続けた戦いは、とある男の妄念により、予期せず世界の危機にまで発展した。
果たして彼が勝利した時、聖杯は本当に歴史を抹消できたのか。神々の世界をもたらす事ができたのか……今となっては、それを証明する術はない。
世界の危機を阻止したのは、一人の騎士。人として生きる喜びを知った、ただのホムンクルス。
彼女の、全ての生を愛する賛歌が、神々の侵攻を打ち払ったのだった。
それは、歴史には決して残されない戦い。
誰にも知られず起こり、知られないまま終わった、人里離れた僻地での物語。
世界の危機があったことなど露知らず、今日も時は巡っている。
連綿と続く人の営みは、けれども確かに、あの時彼女が命を賭して戦ってくれたからこそ、今もこうして続いているのだ。
それを知るのは――この世界で、ただ一人。
「……最悪だ」
今日一番の悪態を吐き出し、僕は忌々しげに天を仰いだ。上体を思い切り傾けたお陰で、ボートがギィと危うげに軋み、水面をざわめかせる。
目の前には、一本の釣り竿。虚空をプラプラと舞う、水滴を滴らせる針は、空っぽ。
八回連続、三時間ぶっ通しの、素寒貧だ。どうも、神様からそっぽを向かれたとしか思えない。
しかも、餌はことごとく食い尽くされている。僕は忌々しげに眉を潜め、透明に澄んだ水面を睨み付ける。
「魚にまで馬鹿にされるなんて……つくづく、僕って奴は――」
そこまで言いかけ、はたと口を紡ぐ。
後に続く言葉は、決して出さない。
喉まで出かかった自虐をごくんと飲み込んで、僕はふっと口と気分を緩ませる。
「……まあ、いいさ。春一番の初釣りだ。ちょっとぐらい、大目に見てやるとも」
誰にともなくそう一人ごちて、餌を付け替え、再び竿を振るう。針はぽちゃんという軽やかな音を立てて落ちる。
鏡のような水面に波紋が広がり、一枚だけ浮いていた黄緑色の若葉を揺らす。
水面に映るのは、抜けるような青空。鳥が群れを作り飛んでいけば、冷たさを残す風が吹く。
背丈に届くほどの堆い雪が溶けきったのが、二週間ばかり前の事。
長い冬が、ようやく開けた。森も、生き物も、たおやかな湖も、これから先の空気の温みを喜び、歓迎しているのが分かる。
厚く張っていた氷が溶けたのを認めて、僕は倉庫から、長らく放置されていたボートを引っ張り出し、湖に浮かべていた。
乗るのは、二回目。
最初に乗ったあの日から、もう四ヶ月になる。
勢い付いて、この時の為にと奮発した釣り竿をすわと振るえば――結果は前述の通り。
だめ押しのように、ぐぅ~と間抜けな音。若葉がそよぎ小鳥が囀る森の音に、僕の空腹がみっともなく重なる。
「釣果ゼロは勘弁してくれよ。こっちだって、それなりに必死にやってるんだからな……!」
これじゃ全く面白くない。一年の始まりの晴れの日に、僕の幸先だけ曇り空だ。
そんな風に悪態を点いていると――くん、と竿がしなる。
「お、お! ようやく来たな、今日の飯!」
竿を引く、強い手応え。ボートがギシギシと揺れる中、僕は必死にリールを回す。
全神経を集中させた、数十秒の真剣勝負。
やがて手応えを掴んだまま、竿がぱしんとしなって、食いついた得物を水面から引きずり出す。
ボートの上での、初めての釣り。今年初となる僕の成果は……、
「……ちっさ……」
銀色に光る、小魚。
僕の拳にも満たない大きさの魚は、見た目とは裏腹の生命力で、針に引っかかったままビチビチと身体を跳ねさせている。
か弱く、ちっぽけで、けれども元気で、ひたむきな姿。
拍子抜けに、僕はぽかんとその様子を見つめて……やがて耐えきれず、ぷぷっと吹き出して、笑った。
「そう上手く行くわけない、か……いやあ、手厳しいなぁ」
僕は慎重に糸を手繰って針を抜き取ると、小魚を湖に返す。小魚はすぐに尾ひれで水を掻き分けると、湖の深い方へと潜って見えなくなった。
その小さくも力強い姿を目で追いかけて、自然と頬が緩む。
「進み始めたばかりだ。今はまだ、ちっぽけで構わないさ……そうだろう?」
誰にともなく、そう独りごちる。
僕の問いかけに、森は応えない。さぁと冷たい風が吹いて、冬を乗り越えた若葉が気持ちよさげにそよぐ。
枝葉の擦れる音に、遙か遠くの、連続的な排気音が混じる。
自動車の音。世界が変わる気配が、近づいてくる。
「ああ、時間切れだ。美味い魚でも振る舞おうとしてたのに……冷蔵庫、何があったかな」
一人ごちて、釣り竿を仕舞い、オールを漕ぐ。
湖畔に立った頃には、家の前に車が停車する音がする。
意気込み以外は、何もかも決まっていない。
だから僕は、釣り竿を肩に担いで、よしと胸を張る。
「まあ……分相応に、必死にいこう」
善いか、悪いか、正しいかどうかも判然としないまま、ただ前へ。
どれだけ小さな一歩でも、それは等しく進歩だと、今の僕は知っている。
進み続ける事こそが尊いと、他ならぬ彼女が教えてくれた。
だから僕は、前に進む事を止めない。
どんな方向でも、行ける所まで行こう。
できる限り頑張ろう。
この命を、最後まで燃やし続けよう。
「生きろ」と言われた、その約束を果たし続けよう。
いつか、どこかで。
数奇な縁が結んだ奇跡か、あるいは世界の最果てで。
僕等は必ず、また出会うだろう。
その時、語ろう。
嬉しかった事も、悲しかった事も、大きい事も小さな事もない交ぜに。両手一杯に抱えて。
古代の語り部や、かつての神話なんかには、遠く及ばない、つまらない話だろうけど。
どんな話だってきっと、彼女は「まあまあだな」と笑い飛ばしてくれるから。
そうして、一歩、踏み出す。
静かで満ち足りた隠匿の地を始まりに、もう一度人生を紡ぎ出す。
鏡のように澄んだ湖が、太陽の光を反射してキラキラと輝く。さぁと吹いた涼しい風に若草が揺れる。
平穏たる自然は、今日も変わらず美しく、連綿と紡がれる僕等の時間を、ただ静かに讃え続けるのだった。
くぅ~~~~~~~~~~~↑↑↑↑ 疲れました!
間を開けながら約1年半。
ただ自分の性癖に従うままに書いた出だしから、この最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
大好きなモードレッドにして欲しい事、見せて欲しいカッコイイ所、軒並み全部詰め込ませてもらいました。
自分のできる限りの力を持ってかわいくカッコよくエロくエモく書かせて頂きましたが……どうでしたか、面白かったでしょうか。楽しんでいただけたなら嬉しいです。
本書は受かれば冬コミにて、おまけストーリーを付けて頒布する予定です。
告知等々させて頂きますので、チェック頂ければ嬉しいです。
感想・ご意見、何でもいいので頂ければ幸いです。
何でも本当に励みになります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!!
また次の作品でお会いできる事を楽しみにしております。