※この作品はR-18です。

もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活   作:オリスケ

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 マスターは、足りない物を買い出しに行くとかで、朝食を食べ終えると、早々に車に乗って町まで行ってしまった。

 同行を提案したのだが、やんわりと断られた。「ゆっくりくつろいでて」なんて言ってたが、アイツはオレがサーヴァントだということを本気で忘れているんじゃないだろうか。

 オレに気を使っての言葉なのは確かだった。霊体になると、傷の痛みだけが顕在化する。触れる肉体があった方が、幾らか気が楽だ。それにあぜ道を走る車は激しく揺れて溜まったもんじゃない。

 

 

 だから、オレは反論せずに見送ることにした。

 いけ好かないのは事実だ。戦いなんて無縁の土地とは言え、さすがに無警戒が過ぎる。

 

「仮にも魔術師ともあろうものが、どんだけ腑抜けてんだ……人のこと言えねえけどよ」

 

 ソファに腰を下ろすと、皮が張って僅かに鳴いた。そんな何気ない音が残響を起こすほど、ここには音がない。木の葉が風にそよぐ音、ささやかな鳥の声。それだけだ。

 腕に力を入れず、痛みを気にすると、他の動きも少なくなる。

 動かない人形として、この空間に陳列されている気分になった。

 

「……暇だなー」

 

 口にすると、余計に自分の腹の内が意識させられる。

 一秒が何倍にも希釈されているような気がする。一方で、気がつかない内に年老い、枯れ朽ちてしまう予感も覚える。

 このままじゃダメだ。そう、漠然と逸る。

 何かしたくてしょうがない。ここにいると、静寂に飲み込まれ、自分が矮小な存在になってしまう。

 マスターに気を利かせて、あるいは気を紛らわせようとして、部屋の掃除でもするかとソファを立ち上がる。

 

 

 手にかけるようにして雑巾を流しに放り込み、肘を使って水を出す。

 水をよく吸った布を絞る……ことはできないので、そのまま足の指の間で挟み「せいッ」バク転。

 鮮やかな円を室内に描き、膂力に遠心力を上乗せし、懇親の力で床に「どおりゃ!」びたーん!

 

 

 窓の外で、鳥が数羽逃げ去る気配がした。流れるような一連の行程を経て、目の前にあるのはくたびれた雑巾と、行き場を失って床を蹂躙する大量の水。

 しばらく雑巾を踏み潰し、ぐりぐりと動かしてみるも、木材への冒涜の範囲が広まっただけだ……うん、ダメだなこりゃ。

 

「やっぱ、ガラにも無いことをするもんじゃねえな!」

 

 そう一笑して、今の一件を無かったことにする。掃除一つもまともにできない、という解釈は意地でもしてやらない。

 やはり、体を動かすに限る。何もないところとはいえ、始めて来た場所だ。歩いていれば、何かしら面白いものに出会えるだろう。

 

「ここ、空けちまうけど……ま、いいよな。マスターとオレしかいねえんだし……ん」

 

 何だか、むずむずっときたような。マスターの前じゃ控えた方がいい気がするな、この言葉。

 

 

 

 一歩外に出ると、空気の存在感が増した。濃密な森の気配に、広大さを内包した触感。

 流れる穏やかな空気だけを見れば、なるほど確かにいい場所だ。

 

「……人間にとっちゃ、な」

 

 最後の唾棄は、やはり忘れられない。

 魔力はさして感じられず、当たり前だが戦いの気配も微塵もない。

 ただ、無味無臭で退屈で、退屈な退屈な場所だ。

 

「つまんねーな、ホント」

 

 この土地も、ここで暮らしたいとほざくマスターも。

 ……ホイホイついてきて、ここにいるオレも。

 

 

 ダメだ、一人でいると悪い思考が止まらない。何か気を紛らわすものを探して、オレは足を動かす。

 取りあえず、家の隣にある湖に足を運んでみる。鏡のような水面に、対岸の景色が映り込んでいる。泥のせいか底は判別しないが、水は透き通り、心地よい土の香りがする。

 泳いだらさぞかし気持ちがいいだろう。腕さえ動けば、だが。

 そう考えると、同意するようなタイミングで傷が疼きやがる。

 

 腕の痛みはいつだって無遠慮だ。手首から先に意識はなく、肘から重りをぶら下げたまま歩いている感覚だ。移動にあわせてブラブラと揺れて、そのまどろっこしさが、オレから余裕を削る。

 湖のひんやりとした空気に当てられてか、ついオレの口が言葉を紡ぐ。

 

「はぁ、マスターからもうちょい魔力を貰っとくんだった……って、そういうんじゃねーし!」

 

 挙動不審な怒号が割り込む。また鳥が羽ばたいて逃げていった。

 無言を決め込んでいた森のオブジェクト共が、急にこっちを見ている気がしてきた。無性に恥ずかしくて、動かせる二の腕で口元を覆う。火傷するほどに顔が熱い。

 

「あ~~もう、今のナシだ、ナシ。ちっげえよ、そういうんじゃなくて……鎮痛剤って意味で。したいとかじゃねえんだ、マジで」

 

 一体何に言い訳しているのか。自分で言っておいて、何でこうも墓穴を掘ってしまうのか。

 ここに来てから、調子が狂うことばかりだ。分からないことばかりだ。

 マスターは何でああものらりくらりとしていられる。何でオレはこんな何もないところにいる。何で、あんな一瞬の、ただの口が触れただけの出来事が、脳裏に染み付いて離れない。

 あの時以来、調子がおかしい。傷を負い、絶望のどん底を味わったあの時。

 マスターに好きだと言われてから、胸の中にヘンなのが巣くっている。

 かつて生きた時には感じることのなかった物に、ヤキモキさせられる。

 自分が分からなくなる。心も、体も、自分じゃなくなって。

 

 

 

 今ここにいるオレは、一体何者なんだ?

 

 

 

 湖を覗き込むと、オレの顔が見下ろしてくる。眉間に皺を寄せ、やたら突っかかる、不機嫌なガキの顔。じっと見ていると、木の葉がひらりと落ちてきて、波紋でボヤケさせた。

 

「……アホらしい」

 

 顔を上げる。きっと、さっき見た顔より更に険悪な表情にして。

 みみっちい。自分でも分かっている。だけど、剣もなくなり、心も弛緩し、己の中に自分らしいところを探せない。情けない話、今朝の夢も、まだ引きずっているだろう。

 証明したいのだ。オレはまだオレであると。何か一つでも、実感できる証拠が欲しい。

 

「そんな事、考える時点でどうかしてるけどな……あ?」

 

 ふと、気配を感じた。近くに生き物がいる。殺気もなく、こちらを気にしてもいないが、この静かな空気の中では激しくさえある存在の主張。

 視線を動かし……見つけた。対岸に、茶色い毛並の馬がいる。

 水を飲みに来たのだろう。森の中からトコトコと歩いてくると、首を下ろし、湖に口を浸している。

 

「へえ……面白えじゃん」

 

 これを逃す手はない。オレは気配を殺し、足早に対岸へと移動する。途中に木に絡み付いていた蔦を拝借し、腕に巻き付ける。

 五メートルくらいまで接近すると、馬も首を上げ、こちらに目を向けた。ブルルと鼻を鳴らしたが、逃げ出す様子はない。

 

「なんだ、人懐っこい奴だな。それともオレの騎乗スキルの賜物か? へへっ」

 

 試しに手をかざすと、首をもたげ、顔をすり寄せてきた。押しつけられて傷が痛んだが、それよりも好奇心が優先される。横に回って腹に手を添えると、長い尾がぱたぱたと揺れた。

 

「お前、結構ガタイいいな。群からはぐれたか? それともどっかから逃げ出してきたか?」

 

 俺の質問にも、馬はぶるりと鼻を鳴らすばかり。何にせよ、手綱も付けずにこんな所にいるのは、この馬が誰にも所有されていない事を示している。

 打ってつけだ。なんせオレは、こと略奪と蹂躙に関しては覚えがある。

 

「よーしよし、いいか? そのまま、じっとしてろ……よッ!」

 

 勢い一声。腕に巻き付けていた蔦を撓ませ、馬の首に巻き付けた。驚いて暴れるよりも早く横っ腹に回り込むと、勢いづけて跨がる。

 最後に巻き付けた蔦の先端をもう片方の手に巻き付ければ、馬の体は俺の占有物となった。

 馬が興奮し、前足を高く持ち上げる。邪魔者を引きずり下ろす為の行為も、オレが手綱を握れば王の威光を示すアピールに変わる。

 サーヴァントとしての騎乗スキルも手伝い、ものの数秒で馬はオレへの服従を示した。

 

「っく……よ、し」

 

 手に巻き付けた蔦が傷を圧迫する。ひび割れそうな衝撃に顔が歪むが、それよりも興奮が頬を吊り上げる。忘れていた高揚感に、胸が躍った。

 ポスポスと銅を数度蹴ると、まるでオレの気質を反映するように、馬が勇んで体を揺らす。

 オレの本質に、灯がともる。

 

 

「――行けっ!」

 

 一声、強く銅を蹴る。

 馬は甲高く嘶き、疾走を始めた。

 ぐんという揚力。世界の全てを速度が支配する。

 木々が視界の端を流れていく。蹄が大地を踏み潰し、衝撃が鼓膜を揺らす。湖の脇を抜け、丘を駆け、大地を奔走する。

 

「ははっ。ははははっ!」

 

 これだ、これだ! こういうのだよ!

 記憶がフラッシュバックする。かつてブリテンの大地を駆け抜けたあの頃が、今のオレと重なる。

 こうして、オレは生きたんだ。

 馬を駆り、大地を越えて、数多の軍勢を下してきた。騎士として、並び立つもののいない円卓の一員として。

 この感覚が、オレに思い出させてくれる。オレがオレであることを教えてくれる!

 

「ははは! いいぞ、そのままどこまでも行っちまえ――づぅ!?」

 

 突然のガゴッという重い音。手首が衝撃に軋む。

 石か何かを踏みつけ、衝撃に馬が驚いた。上下の感覚もなしに、矢鱈目鱈に暴れ周る。

 

「くっ――落ち着けよ! この――づぁ!」

 

 馬を諫めようと手綱を握るも、途端に痛みが神経を刻んだ。

 取り直そうとするも、馬はより一層暴れ、オレを振り落とそうとする。首が激しくもがき、巻き付けていた蔦が引っ張られてオレの手首を強烈に締め付けた。

 

「ぎゃ、あ――!?」

 

 余りの苦痛に、一瞬だけ意識が飛ぶ。

 次に目を開けたとき、オレは宙を待っていた。

 重力を失い、腹の内が持ち上がる。ぐらり――視界と一緒に、意識も止まる。

 夢の中の、王の嘲笑が脳裏をよぎる。

 全てから見放されたような喪失感。

 すぐ後に来たのは、背中の衝撃。

 木の一つに背中からぶち当たり、体がぐにゃんと縦に曲がった。めぎっという音に、呼吸が止まる。

 

「ごっふ……ぉ」

 

 肺の中の空気を全て絞り出されて、オレは木から引き剥がされ、地面に落下する。

 受け身なんて取る余裕は無かった。落下した先には張り出した木の根があり……。

 オレの手首は、その上に落ちた。

 

 

「があああああああああああああああっ!!」

 

 ぐしゃりと肉がつぶれる音。それ以上は何も聞こえず、オレの意識は叫びに塗り潰された。

 痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 むき出しの神経にヤスリがけされるような苦痛。溶けた鉄を血管に流し込まれたような苦悶。死んだ方がまだマシと思える地獄。

 オレは容易く我を失い、痛みに囚われた体が暴走した。

 視界が真っ赤に染まる。意識の糸が張りつめ、

 

ぷつんと切れた。

 

 

 ―――――――。

 

 

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