※この作品はR-18です。

もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活   作:オリスケ

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 どれだけの間叫び、その間どうなっていたのか。闇雲に走り回った気がするし、辺りを転がり回った気がする。

 意識が戻ってきた時、オレは腐葉土にまみれ、森の中に倒れていた。辺りの木々は根本から蹴り倒され、周りの地面には吐瀉物が転々と付着している。

 体が燃えるように熱い。血潮が痛みそのものになって、ぎゅるぎゅると全身を巡る。ぎゅるぎゅる。その循環に、脳が軋む。

 

「ハァッ、ハァ……っづう、づぁぁぁぁぁぁ!」

 

 叫ばずにはいられなかった。この苦痛からどうにかして抜け出したい。

 オレは訳も分からず、近くにあった木に、自分の額を叩きつけた。

 視界に火花が散る。重い音が内側に響く。脳がぐらりと揺れる。それでもオレは首を振り続ける。堅い木の幹の皮が剥げ、血が付着するほどに。

 

 

 抜け出したい。どうすればこの苦痛から抜け出せる?

 夢なら早く醒めてくれ。頭を割れば目が覚める? 脳をかき混ぜれば目が覚める? ならば幾らでも割ってやる。

 だから早く。早く醒めろ。醒めてくれ。

 

 

 ……もう、嫌なんだ。

 

 

 十数度目の頭突きで、オレの体の方が音を上げた。足がもつれ、土の上に倒れ伏す。視界がぼやけ、意識が朦朧とする。それでも、ぎゅるぎゅると巡る痛みは止まない。

 

「痛え、痛えよ、ちくしょう……」

 

 オレは立てなかった。立とうと思えなかった。心がもう挫けてしまった。

 

「何っ、で……何でオレが、こんな目に合わなきゃいけねえんだ」

 

 泥にまみれた自分があまりに情けなくて、このまま消えてしまいたい。何もできず、痛みだけがオレを責め立てる。

 騎士の誇りも、オレという存在も、全てに泥を塗りたくられる。

 世界から見捨てられた感覚。独りぼっち、あらゆるものから蔑まれる侮辱。

 情けなくて、悔しくて、痛くて、痛くて。

 ぶち殺してやりたい。何もかんも葬り去りたい。それができないなら……いっそ何でもいい。この責め苦から解放してくれ。

 

「ひっく……ぐす、う……」

 

 すすり泣きだけが森の中に木霊する。

 何もかも投げ出したい。そう思えば、いよいよオレの体は意識から外れ、痛みを享受するだけの肉塊に変わった。意識が遠くなり、これが絶望だと知る。

 このまま森の中で土と苔にまみれれば、そのまま溶けてなくなってしまうだろう。オレがここにいた痕跡はなくなり、歴史からも、オレを知るものは誰もいなくなる。

 最早それでいいと思えた。早く楽になりたい。こんなクソッタレな世界、とっとと終わらせたい。

 終われ。終われ。このまま何も起こるな。ただそれだけを願って、俺は孤独に静まりかえる。

 

 

 

 全てを擲った俺の願いは、けれども唐突に遮られた。

 

「――モードレッド!」

 

 霞がかった意識に、聞き慣れた声が割り込んだ。地面の味が遠くなり、俺は仰向けに転がされる。

 

「酷い傷だな……でも良かった、命に別状はなかったみたいだね」

 

 声に応じるように、オレは億劫に目を開ける。

 重い瞼を持ち上げれば、ノロマなマスターの気の抜けた顔が目の前にあった。

 

「マスター……」

 

 一度全てを放棄したせいなのか、オレの口は固められたように動かなかった。数日ぶりに声を発したように、声がかすれる。

 

「なんで、ここが?」

「僕は君のマスターだよ? 慌ててとって返してきたんだ。正確な場所までは分からなかったけど……車を走らせていても分かるくらいに激しく暴れてたからね。一目瞭然だったよ」

 

 マスターは目線を逸らし、皮の剥げ血の滲んだ木の幹を見た。表情を曇らせ、オレに向き直る。

 その憐れみの目が。優しさに満ちた目が耐えられず、俺は力のない腕で顔を覆った。

 

「自分で傷つけたのか……かわいそうに」

「うるせえ……」

「見せてみろ。血は出てるかい? 跡が残るといけないから、早く帰って――」

「うるせえ!」

 

 衝動のままに、顔を覆っていた腕を力一杯振るった。マスターの頬に手のひらの骨が当たり、腕が砕け散ったような衝撃がオレを襲う。

 マスターはよろめいてオレを落とした。

 

「っがぁぁぁぁ! アァ! クソォ! クソがぁ!」

 

 泣きたくてしょうがなかった感情が、怒号になって吐き出される。自分でも訳がわかないままに、何もかもに激高した。

 柔らかな土の上に落ちたオレは、痛みに声すら出せず、芋虫のように体を捩らせ、何かから隠れるように身をちぢこませる。

 

「消えろよ」

「モードレッド」

「失せろ! どこへでも行っちまえ! もう放っておけよ!」

 

 頭がかぁっと熱くなり、沸騰したように意識がぐらつく。うずくまったまま声を吐き出し、土の苦い味が口中に飛び込んでくる。

 

「もういいだろ! 終わったんだろ? オレはもうおしまいなんだろ!? じゃあさっさと終わらせろよ! 構うなよ捨てちまえよ!」

 

 自分が何を考えているのか分からない。ただ悲しくて、虚しくて、自分が情けなくてしょうがなくて。

 自分の置かれた状況が許せず、目を逸らすことは許されず……解決するにはもう、諦めるしかないのだ。

 

「剣も握れず! 戦う相手もいなくて! 何もなくて、何もできなくて! 何だよこれ! なんなんだよ! どうすりゃいいんだよ! オレは何なんだよ! オレは、オレはぁぁ!」

 

 絶え間なく叫ぶことで、喉がビリビリと震える。それでも叫ばずにはいられなかった。ひとたび叫ぶことを止めてしまえば、どうしようもない現実に押しつぶされてしまうから。

 マスターが近づいてきていることには気づいていた。慎重に、けれど迷いのない足取りで、オレとの距離を詰めてくる。

 全てが嫌だった。全部全部、壊れてなくなれと思った。

 声をかけたら喉を潰そうと思った。

手をかければ根本からもぎ取ってやろうと思った。

そして殺そうとするならば……何もしないでいようと思った。

 けれど、そのいずれでも無かったから、オレは何も抵抗できなかった。

 マスターは、わざわざ回り込んで、うずくまったオレの正面に立った。土の付着した靴が視界に入り、オレは反射的に顔を上げる。

 その顎を、マスターの手がすくい上げた。マスターの顔が視界に飛び込んでくる。

 息がかかるほどの距離。その予想外の近さに驚いている内に、マスターは勝手にオレの口を塞いでいた。

 

「んむっ……!?」

 

 息が止まり、入れ替わりに温かい空気が口中に入り込んでくる。体がすくみ上がり、硬直する。

 いやに長いキスだった。互いの呼吸も、唇を動かす水音も無かった。意識を黒々と覆っていた靄が吸い取られた気がした。

 息苦しくなるほどの間を置いて、ようやくマスターの顔が離れていく。

 

「落ち着いた?」

「な、あ……ば、バカ、お前――ひゃっ!?」

 

 驚きとか怒りを表現する間もなく、マスターはオレの背中と太股に腕を差し込むと、軽々と持ち上げた。オレを見つめる顔が一気に近くなる。

 

「っ――」

「うん? 顔が赤いね。照れてる?」

「う、うるっせえ! ド変態のクソマスター!」

「はいはい、元気な証拠元気な証拠」

「子供扱いすんな! この――あ、う……」

 

 距離が近い。唇の感触はまだ生々しく残っていて、顔を見るとそれを思い出してしまう。喉まで出かかった反論が急速にしぼんで、かすれ声になって消えてしまう。

 結局、オレはそっぽを向いて、マスターの顔を視界から外した。ガキみたいだと自分でも分かっている。それでも、顔をまともに見てられない。

 

「英霊で、凄い力を持っていても、モードレッドは手負いの可愛い女の子なんだから。無茶したら傷に響くよ」

「……叛逆の騎士に無茶するなとか、バカじゃねえの?」

「その格好で言っても説得力ないなぁ。知ってる? この体制、お姫様だっこって言うんだよ」

「知ってるよそんぐらい! だから恥ずかしいんだろうが! 降ろせバカ、バカマスター! あと女の子っつーな、殺すぞ!」

 

 足をバタつかせてみるも、マスターの涼しい顔は動じない。本当にコイツのガキになったみたいで、胸がムカムカする。

 それに……ムカムカとは別に、胸の方になにか、熱いのがこみ上げてくる。

 背中と太股に感じる腕は、温かかった。しばらくはお互い、一言も発さないまま。マスターがザクザクとめくれ上がった地面を踏む音が響く。

 対向から足音が近づいてくる。四つ足の蹄の音。オレが支配し、走り回った馬が、こちらに近寄って、ブルリと鼻を鳴らした。

 

「……テンションが高いと思っていたけれど、なるほど馬に乗っていたのか。それなら頷ける。こんなになっていても待っているなんて、いい子だね」

 

 マスターが側まで寄っても、馬は動じなかった。さんざん暴れ回ったオレに対しても、特に何も思ってないらしい。懐がデカいのか間抜けなのか……そう思っていると、オレの体がひょいと持ち上げられた。

 

「よっと」

 

 かけ声一つ、オレは再び馬の上に乗せられた。

 

「マスター?」

「いい馬だ。このまま捨てるのは勿体ないだろう?」

「そりゃそうかもしれねえけど。オレ、こんな手だし……」

「僕がやるから大丈夫だよ。君は乗っていればいい」

 

 マスターがオレの後ろに乗り、オレの脇を通して手を伸ばし、馬の首に巻かれたままだった蔦を握る。後ろから抱きつかれるような体制に、むずがゆさが募る。

 

「もたれ掛かってもいいよ。君が安心するなら」 

「ハッ、モヤシ男に乗りこなせんのかよ?」

「僕は別に叛逆に興味ないからね。後は、君の騎乗スキルを少しだけ借りて――っと」

 

 マスターが腹をひと蹴り、オレと同じように、馬は森を駆けだした。

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