その日は特にやることも無くて、気の赴くまま本を読み耽るために、普段は訪れることのない図書室へと足を運んでいたのだ。それだけならば、まだ何事も起こらなかったかもしれない。
その時、下校時刻ギリギリまで大量の本を読むつもりだったので、私は読書スペースへと移動することなく本棚に寄り掛かる様にして本を読んでいた。いちいち読み終わる度に本棚と机を往復するのが面倒だったからだ。多少行儀が悪いことには目を瞑って。
しかし、そう横着したのがいけなかった。何故ならそこは図書室の一番奥まった場所──つまり、ちょっとやそっとでは人に気付かれない場所だったから。読書は静かに行うもので、紙を捲る音以外は碌に音がしないということも相まって────
「ん……?」
気が付いたのはちょうど十冊目の本を読み終わったことで意識を本から離した時であった。明かりのついていない室内が夕日に染められている時間というのもあって、貸し切り状態だと思っていた図書室の中で、私が発する音以外の音が聞こえてくるのを私は感知する。手にしていた「世界の変わった楽器」というタイトルの本を本棚の中に収めつつ、私が意識を耳に集中させてみると、どうやら読書スペースに一人の女生徒が残っているらしい。
或いは、ここで大人しく図書室を後にしていれば、これから起きる出来事は回避できていたのかもしれない。しかしこの時、私は気紛れの用事ついでに更なる気紛れを発動させてしまって、その女生徒に声掛けをしていこうと思ったのだ。もしかしたら、あと三十分もしない内に下校時刻になってしまうことに気が付いていないのかもしれないと思って。
それから、私は耳から意識を外してから床に置いていた荷物を拾い上げて、軽快な足取りで読書スペースの方へと歩いていく。そして、私はその途中で異変に気が付いた。
私の耳が捉えたのは聞き覚えのある声で奏でられる艶やかな音色と、滴り落ちる水音の
故に、動かしていた足を音が鳴らない様に止めて、私はすぐさま踵を返して図書室を後にしようとした。ここで私が立ち去って素知らぬ顔をしていれば、この一件は闇に葬られるだろうと考えたからだ。
しかし、無情にもそれは手遅れとなる。
「空閑君っ♡ 空閑君、欲しいっ♡♡ 好き、好き好きっ♡」
真っすぐに出入口を目指し始めた私であったが、綾地さんの口から溢れ出した予想だにしなかった言葉に凄まじい衝撃を受けた。確かに、意図的に人から一歩引いたところにいる彼女と、私だけは妙に距離感が違うという自覚は薄々あったが、よもや、私のことをオカズにして自慰行為に及んでいるとは考えが至るはずも無かろう。
それによって発生したあまりの動揺に私は思わず振り返ってしまい、そして、身体の向きが進行方向からズレてしまったことで、私は思い切り肩を本棚にぶつけてしまった。当然、静寂を保っていた図書室に衝突音と本が崩れる音が響いていく。
────まっず!
一瞬とはいえ気を取られてしまった結果、私は今世紀史上最大の失態を犯してしまい、これ以上ないぐらいに思考が焦りで満たされていく。
人が居ることは既に今の音で綾地さんにバレてしまった。更に、この他といない髪色をしていれば、今から慌てて脱出しても読書スペースからの距離的に私の後ろ姿は確実に目撃されてバレてしまう。つまり、状況は絶体絶命。……どちらかというと、絶命しかねないのは彼女の方であるが。
それはさておき、冗談を言っている場合ではないことに変わりはない。こうなった以上、私が取れる行動は一つである。より正確に言うと一つしか思いつかなかったが正しいが。
後に私は語ることになる。焦りのあまりあの時はIQが2まで下がっていましたね、と────
「く……え、え……? ど、どういう……??」
火照る身体に鞭を打って音源の方へと歩いていくと、そこには何故か床に倒れ伏す空閑君の姿がありました。気絶しているのか寝ているのか、そのまま彼がピクリとも動かないことに対する動揺と、よりにもよって彼に今の痴態を見られたかもしれないという絶望が鬩ぎ合って、私は辛うじて疑問を呈する声を上げます。当然、意識がなさそうな空閑君が返事をすることはありませんが。
「え、えと……空閑君? 大丈夫ですか?」
見られていないという可能性が湧いてきたので、幾らか正気を取り戻した私は床に倒れ伏す空閑君に駆け寄って彼の身体を揺すります。近寄ったことで健やかな寝息を立てていることは分かりましたが、いくら揺すっても空閑君からの反応は返ってきません。
「ごくっ……」
うつ伏せでは顔が痛そうだったので、一先ず空閑君を仰向けにしてあげると、そこには可愛らしい寝顔を惜しげも無く見せつける空閑君の姿がありました。そのあまりに無防備な姿を見て、私は思わず生唾を飲み下します。
「好き」を自覚した心は想い人を見つめるだけで高鳴っていって、その心臓の激しい駆動が私の火照っている身体を更にどうしようもないぐらい熱くしていきました。
「す、少しくらい……いい、ですよね……」
今まで覚えたことの無い緊張で急速に口の中が乾いていくのを感じながら、私は震える声でそう口にして、ゆっくりと空閑君の身体に手を伸ばします。そして、壊れ物を触る様な慎重な手つきで、空閑君のスラリとした綺麗な手に私の両手を重ねました。
「っ……!」
それだけではち切れそうなぐらい私の心臓が脈を打って、それに伴って呼吸が荒く、熱くなっていきます。頭も熱に浮かされてぼーっとしてきて、お腹の奥はもっと熱くて、溶けそうなぐらい熱くて苦しいです。
「好き、です……空閑君……っ♡ はぁ、ふーっ……♡」
空閑君が起きないのをいいことに、止め処なく溢れてくる想いを口から零すと、気持ちの昂りも抑えきれないぐらい大きくなってきました。
「好き、大好き、愛してます……あなたのことを想うと、身体が熱くなるのが止められなくて……」
心についた情愛の炎だけで全身が汗ばむほどの熱を感じて、私は少しずつ格好を崩してから、その手に掴んでいた空閑君の手を自身の下半身へと運んでいきます。
「だから、少しだけ……寝ている間に、借ります、ね……♡」
それから、ゆっくり、ゆっくりと空閑君を起こさないように彼の手を私のスカートの中に侵入させて、ついに下着越しに私と空閑君が触れ合いました。
「はぁ、はぁはぁっ、なに、これぇ……っ♡」
先程のオナニーでデキあがっていた私は、空閑君の指が私の入口を擦るだけで抗い難い快楽の波を発生させて、煮えたぎっていたお腹の熱がそこから溢れだしていきます。
「ひぃ、んぅぅっ♡♡ 蕩けちゃうっ♡ これ、ひゅごいぃぃっ♡♡」
あっという間に下着が使い物にならないぐらい濡れてしまって、空閑君の指だけで私の頭とお腹が掻き回されていくような感覚を覚えました。声も必死に我慢しているけれど、それもどれだけ意味があるかは分かりません。
「空閑君っ♡ 早く、早くイかせて、くださいっ♡♡」
空閑君の手を動かして、空閑君に背後から抱きしめてもらいながらねちっこく指で秘裂をなぞられる妄想を燃料に、私は快楽の内燃機関をオーバーヒートする勢いで動かし続けます。永遠に味わっていたいほど気持ち良くて、けれど、すぐに終わりが訪れてしまう夢の様な時間の終局に向けて。
「んっ、んんんんぅぅぅぅぅぅっっ♡♡♡」
そして、やっと迎えた絶頂に私は片方の手で口を抑えながら下半身をビクビクと痙攣させました。それと同時に全身から力が抜けて、空閑君のちょうど胸の辺りに私は倒れ込みます。
「はぁ、ひぃぃ……っ♡ うそっ、止まらにゃいぃっ♡♡」
そのまま空閑君の体温を感じるようにして身を預けていると、絶頂したはずの私の身体が私の意思に反して動き出して、 ぐしょぐしょになった下着をズラしながら私は空閑君の指を私の
「ひぁっ♡ これ、らめっ♡ 空閑君、起きちゃう……っ♡」
頭ではダメだと分かっていても、身体の方はちっとも止まってくれなくて、私は今まで味わったこともない極上の快楽に翻弄され続けます。お尻を突き出すようないやらしい姿勢のまま、はしたなく空閑君の指を貪るように出し入れするのが気持ち良すぎて、次第にそれ以外のことが考えられなくなってきました。
「ごめんなさいっ♡ 空閑君ごめんなさいぃっ♡♡」
頭を預ける空閑君の胸の鼓動がだんだん早まっていくのを聴きながら、私は彼の片腕とワイシャツをびしょびしょに濡らしてしまったことを懺悔しつつ、二度目の絶頂に向けて動かす手の動きを加速させていきます。
「イくっ、イくイくイくイくぅぅっ♡♡♡」
間もなく、私は腰を跳ねさせるように反応させて、一度目よりも激しいエクスタシーに襲われました。それによって、今度こそ身体の火照りは治まってくれて、ゆっくりと私の愛液でぬらりとした空閑君の指を蜜壺から引き抜いていきます。
「はぁ、はぁぁ……気持ち、良かったです……」
余韻に浸る様にしてそう口にしてから、私の心は罪悪感と幸福感という二種の感情で埋め尽くされました。学院の中で、それも想い人の身体を無断で使っての自慰行為は、前回も含めて今までシてきたオナニーの中でも一番気持ちの良いものでしたが、それが人として最低な行為であることには変わりありません。
幸い、空閑君は未だに寝息を立てて眠っているようですので、今後の会話の中で私が焦って口を滑らせるようなことが無ければ、恐らくバレてしまうこともないでしょう。空閑君のだんだんと落ち着いていく心音を聴いていると、そんな風に私の思考も落ち着いていって────
「あ、れ……?」
そこまで至ったところで、私は強烈な違和感を覚えました。致命的な何かを見落としている様な気がして、熱くなっていた身体が冷や汗で急速に冷やされていきます。
────何で、空閑君の鼓動は私のオナニー中に早くなって、終わってから遅くなったのでしょうか。
そして、そのことに気が付いた瞬間、私は心に穴が空いてしまうほどの絶望に襲われました。
それはまるで起きて私の痴態を体感していた様な反応ではないでしょうか。つまり、空閑君は私の一連の行為を総て感知していたということで────
「う、そ……起き……全部、バレて……?」
瞬間、私は吐きそうになるぐらいの眩暈に襲われて、ずるずると空閑君から逃げる様に後退って本棚にその行く手を阻まれます。バレていないと思っていたのに、空閑君が狸寝入りしていたことに気が付いてしまって、私は呻く様にその絶望に喘ぐしかできませんでした。
「う、ぐ……ふぇ………やだぁ……! そんなの、やだぁぁ……っ!」
自分で拠り所を破壊してしまったことに、空閑君の優しさに仇を返す様なことをしてしまったことに、そして何より、空閑君に嫌われてしまうことが嫌で、私は感情の歯止めが利かずに大きな声を上げて子供の様に泣き始めました。
どうか泣かないで……。