「う、ぅぅぅ……っ! やだぁ……っ!」
一人の少女が泣きじゃくる声を聴きながら、私は大変なことになってしまったと内心で頭を抱える。いや、よもやこんなことになるとは誰も思うまい。
この事態を予測できなかったことに関しては誰も咎めることはできないだろうと、半ば現実逃避じみた思考も少しは許されて然るべきではないだろうか。
「ぐす……っ、ふぐ……っ!」
しかし、そんな思考を嘲笑うかのように、状況は少しも良くなってはくれない。寧ろ、綾地さんの心は加速度的にボロボロと崩れていっているようにも思える。
そんな幼子のように涙を零して泣き続ける少女を見て、私は意味の無い寝たフリを止めてむくりと起き上がった。
「綾地、さん」
「っ!!」
一先ず落ち着けようと彼女に声をかけると、綾地さんは身体をビクリと強ばらせながら本棚へと背をぶつける。完全に逃げられている現状に泣きたくなるが、この場で辛いのは彼女の方であると思い直し、何とか平常心を保った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
空回る足で少しずつ逃げながら、綾地さんは私に謝罪の言葉を繰り返していく。その心に見えるのは取り返しのつかないことをしてしまったという強烈な後悔だ。
ならば、綾地さんを助けるにはまずそこの誤解から解かねばならないか。
「綾地さん、大丈夫」
膝立ちの一歩で距離を詰めて、私は綾地さんの手を握りながらそれだけ口にした。最大限安堵させるための声色で放たれる言葉に、彼女は先程までの抵抗が嘘のようにピタリとその動きを止める。
「大丈夫、大丈夫……」
「くが、くん……っ! う、ふぇぇ……っっ!」
続いて、ぐずる赤子をあやす親のように畳み掛けると、綾地さんは緩慢な動作ではあったものの、抱きしめる私を抱き返しながらその場でまた泣き始めた。流れる涙をそのままにさせて、私はただ一定のリズムで彼女の背中を優しく叩き続ける。
そんな奇妙な光景が少しの間だけ続いた。
「ごめんなさい……取り乱してしまって……」
人避けの魔法を発動させて二人きりの時間が流れて綾地さんも感情をある程度流した頃、彼女は私に抱きついたままそう言葉を綴る。声色に多少の不安は根付いているものの、一先ずは問題なさそうだ。
「……まぁ、綾地さんも人間だし、その、たまには背徳感のある行為に及びたくなるもの……なのかな?」
「うぐぅ……っ」
良い言葉が思いつかず、私のフォローとも言えない文言に綾地さんは胸の中で呻き声を上げる。抱きしめる力もそれに伴って強くなるが、ここではいおしまいというわけにもいかないだろう。
ただ自慰行為に耽っているのを目撃しただけなら辛うじてそれも可能だっただろうが、流石にあれだけ思いの丈をぶちまけられておいてスルー出来るほど薄情ではないつもりだ。故に、気まずい話し合いは続行していく。
「好きって……本当?」
「っ! ……はい……っ」
下手に話を長引かせるのも良くないと判断して、私は綾地さんに単刀直入に問いをぶつけると、一瞬の硬直の後に彼女はそれを肯定した。浅く繰り返される呼吸と絶え間なく鳴り響く心臓の音がうるさいくらいに伝わってくる。
「それは……いや、これは聞くまでもない、か」
しばしの沈黙の後、私は彼女が紡いだ「好き」の意味を問おうとするが、言い切る前にそれを思い直した。私の名を呼びながらオナニーしたり、私の指を使ってオナニーしたりするのだから、それが性愛由来の愛情以外であるものか。幾ら浮世離れしてきたとはいえ、流石にそれを友愛と誤認するわけはなかった。
しかし、そこまで理解が及んだのであれば私はそれに対する返事をせねばなるまい。と言っても、既に何と答えるのかは決めているのであるが。
「綾地さん」
三度彼女の名を呼ぶと、綾地さんはビクリと私の腕の中で身体を強張らせる。彼女にとっての最悪を身構えて、呼吸も少しずつ荒くなっていっているようだ。
「私は綾地さんのことを仲のいい友達だと思ってるけど……そこから一歩踏み込んだ関係になるのは、素敵なことかもしれないね」
だが、そんな綾地さんに、私はそう言葉にして伝えた。友達の部分で絶望にも近い表情を一瞬浮かべたが、それに続く言葉でその表情は驚愕を経てから、心の底から安堵したような顔色へと変化していく。
「大丈夫、こんなに想ってくれる人を見捨てたりしないよ」
強く抱きしめてくる綾地さんを宥める様に私は更に言葉を重ねた。泣きじゃくる声以外は返ってこないが、それでも確かな想いだけは身体の温もりから伝わってくる。
「キス、しよっか」
「は、ひ……っ」
涙で濡れる瞳のまま綾地さんは顔を近づけてきて、やがてお互いの頭の陰が床で重なり合った。ヒトとして生きるこの時間だけは、想いを寄せてくれるヒトのために生きるのも悪くはないかもしれないと思いながら、私は綾地さんと舌と舌とを絡め合う。
輝く夕日に照らされながら、歪な恋物語が始まった。
EX天都君は天界で長年生活してから神化してて、その上地上でも神様として三桁年の時間を生きてるから、ヒトとしての感性が削げ落ちてます。