出撃中の艦隊から定時連絡が入る。
敵艦隊を発見、戦闘開始、結果は敵艦隊を全滅、勝利。
しかし五月雨が中破した。
その報を聞いた時にイヤな汗がじっとりと腋を濡らし、ぞわりと嫌な予感が走る。
しかし私は努めて平静に返答した。
「そのまま進軍せよ」
その後、軽巡洋艦を旗艦とする対潜水艦部隊は深海棲艦に対して完全勝利し、母港へ帰ってきた。
「ただいま戻りました~」
「おつかれさまー」
「提督、今回の出撃の報告書を出しておきますね」
執務室で私は各人の報告を聞き、入渠の許可を出す。
「ご苦労、各人風呂場でゆっくり休んでくれ………あー、五月雨は少し残るように」
「は、はいっ!」
びしっと直立不動になる五月雨。
少し意味ありげな視線を私達に向けてから去って行く他の艦娘達。
(なにあれ?)(ヘマしたから何か一言あるんじゃない?)(え~やだ~!)
バタンと執務室の扉が閉まるのを確認すると、私は五月雨をぎゅっと抱きしめた。
「ひゃぁあっ!?だ、だめですよ提督!まだ勤務中ですし日も出てますし、わ、私っ、困りますぅっ!」
「ごめん!ちょっとだけ、ちょっとだけだから…!」
我ながら女々しい、中破したと聞いただけで心が揺れた。
帰還してボロボロになった服の彼女を見ると涙が零れそうになった。
そんな弱くなってしまった私を、彼女は何を勘違いしたのかよしよしと頭を撫でてくる。
「もう、提督ったらさみしんぼさんですね、私がちょっと留守にしてただけなのにこんなに甘えてくるなんて!」
そんな五月雨の左手の薬指にはケッコン指輪が輝いている。
もう何ヶ月も前に彼女に与えたものだ。
私と彼女の絆を深めるものだと思って与えたものだが、今では私を縛り付ける鎖だ。
「ほらほら…まだダメですか?ホントにしょうがない人…」
柔らかい手袋越しに彼女の暖かさが私に伝わってくる。
落ち着こうと、すぅーっと胸一杯に息を吸い込むと、血と硝煙の臭いが混じっているのに気がついて今度こそ涙が零れる。
「きゃっ!ど、どうしたんですか?私はここにいますから…ほら、ね、もう泣き止んで………」
「ううう…うっ…五月雨…五月雨ぇ………どこにも行かないでくれよう………」
私は膝を床につけ、彼女の下腹部に顔を押しつけて声を押し殺すように咽び泣いた………
「はい、もう落ち着きましたか、提督?」
「……ああ、もう大丈夫だ、取り乱してすまない五月雨………も、もう行っていいぞ」
いくらお互いのことはよく知っているとはいえ、あんな恥ずかしいところを見られるのは初めてだ。
私は鼻水を啜るとばつが悪そうに帽子をずらして視線を隠す。
「うんと…そうですね。ねえ提督、一緒にお風呂に入りませんか?」
にっこりと笑う五月雨のお誘いに、私は断る術を持たなかった。
誰も来ない夜になるのを待って、入渠ドッグに行く。
五月雨は胸からタオルを巻いて、私は腰周りにタオルを巻いて一緒に浴槽に入る。
浴槽の中でも隣同士になって、五月雨は私の肩に頭を預けてきた。
こういうことは前から度々やってきたが、今回はどこか雰囲気が違う。
「はぁ~いいお湯~♪ 提督、あとでお背中お流ししますね♪」
「あ、ああ、頼むよ」
「ねえ、提督?」
五月雨は浴槽の中で私の手をぎゅっと握ってくる。
いつもよりも強く。
「なんだい?」
「…えっとその…私、うまく言えませんけど。提督のことずっと信じてますから、提督も私のことを信じて下さい…そしたら、そしたら私…私達は…」
ぐっと何か堪えるように五月雨は私を見つめた。
「絶対に、何があっても、あなたの元に、帰ってきます」
一言一言力強く口に出す、まるで誓うように。
そんなことを彼女に言わせてしまった自分のふがいなさ情けなさにまた涙が出そうになる。
「あー…また泣きそうになってる、いいんですよいっぱい泣いても。私が全部受け止めてあげますから」
「あ、いや、大丈夫、まだ大丈夫だから」
五月雨はくすっと笑うと私の首に腕を回しぎゅっと抱きしめる。
今度は血の臭いも硝煙の臭いもしない、彼女の臭いしかしない。
「昼はお前が撃沈しそうな気がして、気が気でなかった」
「もう!あの程度じゃ私達は沈まないって分かってることでしょう?」
「でも怖かったんだ………鎮守府最高レベルの艦娘と、装備品と、何よりもお前との絆を全部失うことが………」
「………そんなこと起こりません、大丈夫、大丈夫ですから………」
五月雨と私はお互いに傷が癒えるまでずっと浴槽で抱き合っていた。
そしてその夜は寝室のせんべい布団に一緒に入り、何もせずに手を繋ぎあって眠った。
………変な夢を見た。
海の中を多数の人影が泳いでいく夢。
黒い船体、白い肌…あれは………
「カエル…カナラズ…カエル………ワタシタチハ…地上ニ…アノ…※※※※ニ………」
「ミンナ、マッテル………」
「ワタシタチヲ邪魔スルモノ…許サナイ………」
「モウ………※※※※ナンテ…言ワセナイ………」
その真っ黒な影は一際長い髪の毛をくるりと振りかざし、私に迫ってくると………
開いたカーテンから陽射しが入って、私は目を覚ます。
「おはようございます!今朝もいい天気ですよ!……あれ、どうしたんですか?なんだか顔色が優れませんね?」
「なんだか変な夢を見たような気がするんだけど…なんだったかな…思い出せない」
「あはは、多分きっととってもいい夢だったんですよ、私には分かります!」
「そうか、五月雨が言うなら間違いないな、きっと五月雨といいことしてる夢だったんだ」
「もう、なんですか?いいことしてる夢って…提督のエッチ!」
エッチだと言う方がエッチなんだよと返して、寝ぼけ眼を擦りながら今朝の五月雨の姿を見る。
あははと笑った彼女は髪の毛を纏めようと、一際長い髪の毛をくるり振りかざし…………
(了)
ロスト仕様に思いを馳せた話。
どんなオンラインゲームもいずれ終わりの時がくる。