艦隊が出撃する日は鎮守府の雰囲気もピリピリします。
朝早くから妖精さん達が偽装の最終チェックを行い、出撃メンバーは最後になるかもしれない朝食を取り、作戦室で提督から訓示と作戦目標を伝えられました。
「北方海域に潜む深海棲艦の大部隊を撃破せよ」
みんなの声援を受け、艦隊までが出撃していきます。
艦隊の帰還予定は一週間後、この中にいる誰かは帰って来れないかもしれない。
誰もがそんなことを思いながら北方海域決戦艦隊を見送ります。
見送りの一部の駆逐艦の子は海にまで降り立ち、12海里ギリギリまで付いていきました。
私たちは埠頭から、そんな彼女達を水平線の向こう側に消えるまで見送りました。
「みんな、行ってしまいましたね…戻りますか?」
「………ああ、戻ってくれ」
私は軽く頷くと提督の車椅子を押して鎮守府内の施設まで戻ります。
提督の右足はインドの山奥で虎と戦った時に失ったと妖精さんの噂で聞きました。
噂好きの妖精さんのことですからあまり信憑性はない…と私は思っています。
「妙高、彼女達が帰ってくるまでにやることは山ほどあるぞ」
「…はい!」
私たちは留守番組…鎮守府の最低限の守りとなる子達と共に普段よりも静かな昼食を取り、午後からは被害予想から必要な資材を発注しました。
ただひたすらに待つというのは、恐ろしく不安なことです。
不安を忘れるために私たちはがむしゃらに働きました。
深夜。
出撃艦隊からの定時通信を受け取るとようやく提督は就寝します。
順調に目標海域まで移動しているようです、明朝には戦域に到着出来るでしょう。
「妙高、先に休んでてくれ」
「はい、お先に失礼します。ところで明日の朝は…」
「いつもの時間で頼む」
「了解しました。おやすみなさい、提督」
「おやすみ、妙高」
おやすみと言ったのに、提督は目標海域の海図を開き何か考え事をしているようです。
私は後ろ髪を引かれるような気持ちで個室に戻りました。
襦袢に着替え布団を被ったのですが1時間たっても眠くなりません。
妙に気が昂ぶってるせいでしょうか?それとも提督のことが気になるせいでしょうか?
眠れない私はランプを片手に夜の散歩に出かけることにしました。
「はぁ…さむ…逆に目が冴えちゃったかも…あれ…執務室に…まだ灯りが………」
ただなんとなく執務室の前まで足を運ぶとドアの隙間からは灯りが漏れていました。
ひょっとしてまだ何か仕事を…不安になった私はそっとドアの隙間から部屋の中を伺います。
………机に突っ伏している提督、涎が机に広がりいびきが聞こえます。
突っ伏している提督を見た時は心臓が止まりかけましたが、寝ているのが分かるとホッと胸をなで下ろしました。
「まあ、風邪を引いてしまいますよ、提督」
私は起こさないように部屋に入ったつもりなのですが提督はすぐに気がついたみたいです。
「ん…あぁ…あああ…妙高か、すまない。今何時だ?」
「えっと…もうすぐ2時ですね」
「あぁ…そうかそうか、ちゃんと部屋に戻って寝るよ…」
「ふふふ、私が部屋まで送りましょうか?」
「ああ、頼む」
私はふっと笑うと提督の車椅子を押し始めます。
「妙高はなんでこんな時間に?」
「なんだか全然寝付けなくて、それでちょっと散歩してたら執務室から灯りが見えましたから………」
「そうか、よく聞く話だが無理矢理にでも寝て身体を休めないと………」
「提督が一緒のお布団に入ってくれたら安心してすぐに寝れるかもしれません」
「冗談はやめてくれ、そんなことをされたら今度は俺が眠れなくなってしまう」
冗談ですか、私は冗談のつもりなんてないのに。
そんな台詞をあやうく口に出しそうになりながら私は提督の寝室までお供しました。
「じゃあ今度こそ本当におやすみ…なんなら明日の朝は少し寝坊してもかまわんぞ」
「まあ、それこそ冗談です!」
「ははは、妙高は真面目だなぁ」
「そうですね、それじゃあ少しだけ巫山戯てみます」
私は提督の頬に両手を添えると、顔を近づけてそっと口づけをしました。
眠たそうな瞼がカッと見開かれ、呆然とした提督の表情。
提督、重巡は夜戦が得意なんです。
「!!!………こ、こんなことされたら眠れなくなるじゃないか」
「じゃあ…一緒に寝ます?」
「い、いや、それはダメだ、ダメ、ゼッタイ」
「うふふ、それは残念です。それじゃあ提督、お寝坊したらダメですよ? おやすみなさい」
私はくすくすと笑いながら自分の部屋に戻っていきました、今夜はぐっすりと眠れそうです。
提督が翌朝どうなったかは…まあご想像におまかせします。
後日、駆逐艦の子達の間で「沈没した艦娘の真っ白い幽霊が鎮守府内を笑いながらうろついている」という噂が立ち上りましたが、私には関係のないことです。
ですが、誰がそんな噂を広めたのか確認する必要がありますね。
(了)
車椅子提督シリーズその3。