夜風が気持ちいい。
風呂上がりにふらりと散歩するのが最近の私のマイブームだ。
さすがに平日夜に鎮守府の外に出ることは不可なので、艦娘寮を出てゆっくりと鎮守府内を1周する。
最近は涼しくなってきたので寝間着の上に1枚羽織り、まだ湿っている頭にタオルを被る。
艦娘寮の窓明かりを見ると駆逐艦や軽巡の子がまた何か騒いでいる声が聞こえた。
カーテン越しの影を見れば大分暴れているのが分かる。
「今夜も元気なことね」
ふっと思わず口元に笑みが浮かぶ。
MI作戦が終わってから気が緩みすぎたのかしら?
最近は笑うことが多くなったような気がする。
「加賀さん…あなた最近よく笑うようになったわね」
赤城さんにも指摘されてるようでは他の子も分かってるみたい。
五航戦の子達の態度も大分変わっていた。
「か、加賀さん…あの…ここで航空機を仕掛けるタイミングがよくわからなくて…」
「あら、ちょっと見せてごらんなさい」
(ほら、今なら大丈夫だって言ったでしょ?)
(ほんとね、びっくりしたわ)
「あなたたち、何を話してるの?」
「「な、なんでもありませんっ」」
でもまあいいわ、気が緩んだんじゃなくて…そう、心の余裕が出来たって思えばいいわ。
気がつくと港の入渠ドッグの方まで足を伸ばしていた。
灯りが漏れて妖精さん達が慌ただしく作業をしている。
そういえばあの子の修理は今夜いっぱいかかるって言ってたわね。
「こんばんは…雲龍さん」
「あ、か、加賀さん、どうしたんですかこんな時間に?」
入渠ドッグには艤装が半ばほど解かれ、半裸状態の正規空母雲龍が浴槽に浸かっていた。
大規模作戦を遂行中ならば高速修復材を使うところだが、現在は通常任務がメインなので修理は夕方から朝方まで一晩かけて行われていた。
妖精さんには土日という概念はないのだ、月月火水木金金。
「ちょっとした散歩よ…気分はどう?」
「はい…悪くありません…あのっ、恥ずかしいからあまりじっくり見ないでください」
「いいじゃない別に、あなたのことをもっと知りたいだけよ」
私には彼女に関する『前世』の記憶は無い、私はミッドウェーで沈み、彼女はその後に産まれたからだ。
この鎮守府にはそういう子がかなりいる。
だから妙な運命の巡り合わせにふっと笑みがこぼれる。
「な、何を笑ってるんですか!?」
「そうね………姉ちゃんいいおっぱいやなあ…揉ませてぇや」
「ええっ!?いきなり何をっ!?」
「冗談よ、提督のマネ」
「提督はそんなこと言いません…揉むのに許可がいるのかって後ろから…あ、いえなんでもありません」
明日の提督へのトレーニングは血の小便が出るまでマラソンと筋トレに決まったわね。
「………あなた、雲龍…さん、この鎮守府には慣れたかしら?」
なんとなく、聞きたくなった。
「は、はい、私なんかのために皆さんとても優しくしてくれて…」
「ダメよ”私なんか”って言ったら。自分を卑下することはあなたに期待を掛けてる人にまでバカにする行為よ」
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくてもいいわ」
言葉が途切れる、余裕が出来てきたといっても上手く会話は回らないわね。
慣れないことをしてなんだか気恥ずかしくなってきたのですっと立ち上がる。
「そろそろ行くわ…そうそう、明日の実地訓練は私も参加するから」
「えっ!分かりました!よろしくお願いします!」
彼女のちょっと驚いたような、嬉しそうな顔を確認してから入渠ドッグを出た。
港へとさしかかり、ゆっくりと海を眺めながら歩く。
すると倉庫の方にさしかかったあたりで何か影が動いたような気がした。
まさか泥棒かしら…?それとも陸軍のスパイ?
私は気配を消して影が消えた方に忍び足で近づいていく………
「あなた…何をしているのかしら?」
「きゃあああっ!」
悲鳴をあげてこちらを振り返った顔を見てみれば、彼女は五航戦の子でした。
暗い倉庫の裏で何をしていたのかしら?
「び、びっくりしたっ…びっくりしたっ…か、加賀さんですか?髪の毛降ろしてるから一瞬誰かと………」
「そうよ、あなた、こんな夜に何やってるのかしら」
「えっ、わ、わたしはその…さ、散歩、そう、散歩です!」
「あらそうなの、私も散歩の途中なの………一緒に歩かないかしら?」
そう言って五航戦の子…瑞鶴に手を差し出す。
瑞鶴は少し迷っていたようだが、私の手を取った。
「あ、あの、加賀さんはいつもこんな時間に散歩を?」
「そうよ」
「そうなんですか私も今夜はなんとなく散歩したくなっちゃって…アハハ…」
乾いた笑いをする瑞鶴、この子は私と一対一だといつもこんな感じね。
でも今夜はそれとは違った理由でそんな態度を取っているのは私にも分かるわ。
「………あら、良い匂いがするわね」
鼻に何か香りを感じてくんくんと鼻を鳴らす。
瑞鶴から石鹸の香りがするのに気がついた。
「え、そ、そうですか?みんなと使ってるのと変わらないはずですけど…」
「そうね………この匂いは、提督の使っている石鹸と同じ匂いね」
「ちっ!ちちち違いますっ!私はまだ今夜は提督と…あっ」
語るに落ちる。
ふぅとため息をつきながら、地獄のトレーニングを2セットほど増やすことを心に決めた。
「ま、逢い引きもいいけどほどほどにしなさいな」
「え、ええっ…お、怒らないんですか?」
「誰と付き合おうと個人の自由よ…でも、あの人相手だともの凄く苦労するわよ、覚悟しなさい」
瑞鶴の肩をぽんぽんと叩きながら出来るだけにっこりと笑うと、彼女の表情は固まったままになった。
失礼ね、そんなに私の笑顔はおかしかったかしら?
(了)