初春はドラム缶を取り上げられ絶望していた。
ある朝起きると命令書が届けられていたのだ。
「初春は遠征部隊”帝都往復ビンタ”より除隊、工廠にて現装備を全て預け、マルキュウマルマル時に執務室に出頭されたし」
初春は命令書を何度も何度も読む、その文字列が何の意味もなくなるインクの染みになるまで読み返す。
そして工廠に行くと新たに遠征部隊に入隊する艦娘に愛用のドラム缶を渡し、間宮でまるで味のしない朝食を食べると、部屋で荷物を纏めていた。
「ついに妾もお役御免というわけじゃな…」
思えばこの鎮守府に来たのは艦娘がやっと10人を越えたか越えない頃だっただろうか。
新米大佐で右も左も分からぬ提督を皆でよく支えたものだ。
今では強力な最新艦が第一線を仕切り、初春は遠征部隊で頑張っていた。
それでも皆と一緒に戦ってるという実感があった、間違いなく艦娘として生きていたのだ。
「でももう十分やることはやったということじゃな…妾はこれで満足じゃ…」
初春の呟きは誰にも聞こえない。
同室の艦娘(同じ遠征部隊所属だった)はすでに遠征に出発している。
押し殺したような泣き声が部屋いっぱいに広がった……
0900時、執務室前ですっと深呼吸を一つ。
初春はドアをノックをした。手が震えて連続で4回ほどドアを叩いてしまった。
「初春じゃ」
「よし、入れ」
提督の声が聞こえる。今日でお別れだというのならちゃんと顔を見てさよならしなければ。
初春は顔を上げてドアを開いた。
「失礼するのじゃ…初春、出頭いたしました」
「おお、よく来てくれたな初春」
席に座っている提督の顔は温和な表情で優しそうに見える。
除籍処分を伝える艦娘にはいつもこのような顔をするのだろうかと初春は思った。
「初春、今まで遠征部隊の一員としてご苦労だったな。よくやってくれた」
提督が褒めてくると涙がまた出て来そうになる。
扇子で顔を隠すようにして、ぐっとギリギリまでこらえて言葉を返す。
「それはありがたい言葉じゃの、妾をもっと褒めると良いぞ」
「なんだ、もっと褒めて欲しいのか?」
初春の必死の言葉を冗談と受け取ったのか、提督は椅子から立ち上がって近づいてくると初春の頭を撫でてきた。
「ようしようしようし、今までドラム缶背負ってくれてありがとな、資源を運んできてくれてありがとな、お前が鎮守府を支えてくれたんだぞ」
「……いやじゃ…妾は艦娘をやめとうない……」
初春が小声で呟くが、提督は頭をわしゃわしゃ撫でるのに夢中で気がつかなかった。
「うん? なんだ? まだほめ方が足りないか? 仕方ないやつだなあ」
「も、もういいのじゃ、ああっ! 髪の毛がぼさぼさになってしまったではないか! ……うううっ」
さっと初春は提督から離れる。
お別れだと思ってせっかく完璧に身だしなみを整えてきたのに、特に長い髪の毛念は入りに。
情けない格好のままでお別れするのだと思うと、とうとう涙が零れてしまった。
「あああ、すまん、そんなに撫でられるのイヤだったか?」
「い、イヤではないのじゃ…ただ…ううう……」
提督が慌てて差し出したハンカチで涙をゆっくりと拭いながら、初春は心を落ち着かせようと努力した。
「落ち着いたか? す、すまなかったな」
「別にかまわないのじゃ、お主がそういう男だということをすっかり忘れていたのじゃ」
ハンカチを返しながらフンと鼻を鳴らして、扇子で口元を隠しながらたっぷりと拗ねたフリをする。
提督は恥ずかしそうにこほんと空咳をすると、書類を渡してきた。
「では、これを持って工廠に行きなさい、あとはそこにいる艦娘に指示を仰ぐように。あ、もう行っていいよ」
これで話は終わりなのだろうか? 提督は書類整理を始めてしまった。
あまりにもあっさりとした終わり方に初春は悲しさを通り越して呆れてしまった。
「今まで…本当にお世話になったのじゃ……」
「ん? 何か言ったか?」
「し、失礼するっ!」
朝に来た工廠に再びやってくると妖精さんに書類を渡す。
これで全艤装が外されてただの女の子に戻れる。
ああ、艦娘をやる前って何をやっていたっけ? そんなことを思いながら初春は惚けたように解体処分を待っていた。
やがて鋼鉄のメンテナンスアームが初春の艤装を掴み…そして……
「はい、三式ソナーと三式爆雷装着完了したよー!」
「え? 今なんと言ったのじゃ?」
「だから三式ソナーと爆雷! 対潜装備だよ? この書類に書いてある通りじゃない」
妖精さんが書類を見せてくる。
たしかにそこには初春型一番艦初春に以下の装備をさせること三式ソナー三式爆雷以下対潜装備の充実云々と書かれていた。
これは一体どういうことか?
「あ、初春さん、お久しぶりね」
そこには軽巡洋艦の大淀がいた。
提督は言っていた「そこにいる艦娘に指示を仰ぐように」つまり、第一艦隊所属連合艦隊旗艦の大淀に?
「い、一体何がどうなっておるのじゃ…妾は解体処分されるのでは…?」
「解体処分? なんのこと? ……あ、ひょっとして提督から何も言われなかったの? ホントにしょうがない人ね…」
大淀はメガネを押さえながらふぅっとため息をつく。
「あなたはこれから第一艦隊で深海棲艦の潜水艦狩りをして貰います。久しぶりの実戦になると思うけどいけるかしら?」
「実戦? 妾が!?」
「そうよ、潜水艦狩りだけじゃなくて演習にも参加して貰うわ、これから忙しくなるわよ~」
「こ、これは一体なにが起きたのじゃ!? ゆ、夢ではないのか!?」
驚く初春に大淀は「ほほほ」と笑いながら説明を続けた。
「夢なんかじゃないわよ、実は司令部からあなたの更なる改造計画書の告知が来たの
「か、改造…妾が…?」
それは初春にとって青天の霹靂であった、駆逐艦の更なる改造計画は全駆逐艦の密かな希望である。
遠征部隊から実戦に返り咲ける数少ない道。その改造計画がついに自分に……!
「提督は上手く回ってる遠征部隊からあなたを引き抜くことに最後まで迷ってたみたいだけど、戦力強化を期待しているの」
「も、もちろんやるのじゃ! 妾は改二に生まれ変わるのじゃ! そのためならなんでもするのじゃ!」
「ふふふ、いい顔になったわね。ようこそ連合艦隊へ」
こうして初春は約一年ぶりに第一艦隊へと復帰した。
これから先にどのような改造を施されるか分からない、それ以前に練度を高める前に沈む可能性だってある。
しかしそれでも初春は誇りと成功を掴むためにスタートを切ったのだった。
(了)