その日、五月雨が髪の毛を切った。
まるで海のような透明感のある青髪を、引きずるように足元まで伸ばしていた髪の毛を、ばっさりとショートカットになるまで切ったのだ。
その日は鎮守府のざわめきが収まることが無かった。
「え、五月雨のあのなが~い髪の毛ついに切ったの?」
「彼氏にふられたとかって聞いたよ」
「え? 彼氏なんていないでしょあの子」
「なんか最近変じゃなかった?」
「たしか願掛けしてたんじゃなかったかな」
「えーっと…五月雨のお願いってなんだろ?」
「ドジじゃなくなるように…とか?」
「「「ないない」」」
様々な噂が艦娘の間で飛び交う。
だがどれも想像以上の域を超えることはなかった。
真相を知るものは提督と五月雨以外では五月雨のルームメイトの涼風しかいなかったのである。
話は1ヶ月ほど前に遡る。
五月雨の髪の毛は長すぎて3日に一度しか洗えない。
お風呂には毎日浸かっているが、髪の毛をちゃんと洗った日には洗いとすすぎに最低1時間、乾燥に2時間もかかるのである。
さらに毎月のメンテナンスは理髪師妖精に頼み手間暇を惜しまない。
このように美容に気を遣う艦娘は珍しくない、特に五月雨にとって髪の毛は命なのであった。
しかしある日、五月雨は同室の涼風に言われたのである。
「ねえ五月雨…何か変な匂いしない? なんか甘ったるいっていうか饐えた匂い?」
「え? そ、そうかな…う~んなんだろう? あ、そろそろ遠征行かないと」
五月雨は気にすることなく遠征に出撃した、それが悪夢の始まりだった。
「うーん、なんか臭いぞ…何か変なの食べたのか?」
海の上で遠征艦隊旗艦の天龍が独り言のように呟く。
石炭や重油を燃やして進む艦娘にすら臭いと言われるとはどんな匂いなのか。
「甘いんだけどなんか喉にひっかかる匂い」
「どこかで嗅いだような匂いなんだけど…なんだったかな~?」
「青臭い匂いがするぴょん」
「え、えっ…ええっ?」
「ふむ、五月雨から臭うな。何か変な薬品でも被ったのか? だったら今日はちゃんと身体洗えよ~? はははっ何だったらオレが洗ってやろうか?」
天龍が手をわきわきとさせて五月雨の身体を洗うようなジェスチャーをする。
五月雨は困ったように笑いながら、
「んもう、冗談やめてくださいよぉっ、龍田さんにいいつけちゃいますよ」
「うわっそれだけは勘弁してくれっ! はははっ!」
兎に角、その日はそんな調子で遠征任務は終わった。
五月雨が駆逐艦寮に帰ると、すぐに風呂場に行って髪の毛を洗うことにした。
髪の毛にたっぷりとお湯を含ませて柔らかくし、泡立てた石鹸を手に取ってゆっくり丁寧に髪の毛を梳かしていく。
「あれ、あれれ…なんかごわごわしてる…やだ、ガムでもひっついちゃったの?」
手で梳かしていると髪の毛に何かひっかかるような違和感。
何度も梳かしているうちにようやく綺麗になったようだ、五月雨はホッとする。
「ガムじゃなかったら天龍さんの言うように何かの薬品か油だったのかな? ちゃんと気をつけていたのにぃ……」
五月雨は落ち込み気分になりながら髪の毛をすすいでゆっくりと浴槽に浸かり、部屋に帰ってドライヤーを使う。
「あ、今日は五月雨の洗濯の日だったか~まいったね、こりゃ」
「ごめんなさい、まだ時間かかりそう…」
「しょうがないねえ、別の部屋でドライヤー借りてくるよっ」
寮の部屋ではドライヤーを2つも使えばブレーカーは落ちてしまうのである。
その日は涼風がベッドに入る頃にようやく五月雨の髪の毛も乾いて眠りについたのであった。
そしてまた3日後。
「なんか変な匂いするぅ…下水道でも壊れたのかなぁ…うーん、洗面所じゃないみたいだよ」
「おっかしいなぁ…なんなんだろう一体?」
ぶつぶつ言いながら遠征部隊に参加する五月雨。
そしてまたそこでも天龍に変な匂いだと言われてしまう。
五月雨は風呂場で髪の毛を洗っているとまた変なひっかかりを覚えるが、綺麗に石鹸で解かしていく。
それでも心配になったので乾いた髪の毛に軽く香水をかけて眠る、お気に入りのオレンジの香り。
これで暫くは安心だった。
しかし3日後。
「なんか臭い」
「臭いよね…なんの匂いだろう?」
「どうしてぇ? ホントになんなのこれぇ!?」
今度はすれ違う艦娘にまで言われるようになった。
急いで風呂場で髪の毛を洗いたくなる衝動に襲われるが出撃スケジュールがあるのでサボるわけにもいかない。
仕方ないので強めの香水を使って匂いを誤魔化した。
しかし、それはさすがに天龍に注意されてしまう。
「おい五月雨、そんな匂いをプンプンさせてるんじゃねえよ、そんなんじゃ深海棲艦に見つかっちまうぜ?」
「す、すみません、なんか変な臭いがするって言われて……」
「その香水の匂いの方が強いだろうが!」
カッとなった天龍は思わず五月雨に海水をぶっかけてしまう。
「ほら! これで少しはマシになったろ! やっぱり艦娘には潮の香りが一番だぜ!」
「うわっ…天龍ちゃん無神経ぴょん…」
「何か言ったか!?」
その日は我慢して遠征任務を終わらせると、五月雨は報告もそこそこに風呂場に飛び込んだ。
今度はいつもの倍の時間を使って髪の毛を洗って、ゆっくり丁寧に髪の毛を乾かす。
そのおかげで寝たのは3時頃になった。
だが3日経つ度に「臭い」「なんか変な臭いがする」と言われ続けた五月雨はとうとうノイローゼ状態になってしまう。
毎日髪の毛を何時間もかけて洗ったあと香水をたっぷりかけて寝る。
そんな生活が2週間近く経った頃、五月雨は香水の匂いで眠れなくなってしまった。
「ううん…うん…ううう…眠れない……」
クリップで鼻栓でもして寝ようかと思った時、部屋のドアがゆっくり開く音がした。
こんな時間に? 一体誰が!?
五月雨は強い恐怖感に支配され、誰かが自分の身体の上に乗ってきても身動き1つすることが出来なかった。
「ん、今夜も香水の匂いが強いな…」
「匂い」と言われてビクッと身体を震わせる五月雨、そして同時に気がついた。
男の人の声…この鎮守府にいる男はただ1人…提督しかいない。
しかし提督がなぜ? その疑問に答えるように提督はズボンを下着ごとずりおろした。
「っ!」
夜這い? 犯されちゃうの? そんな、こんな形で…臭いままでなんて…いやっいやぁっ!
「いやぁああああああっ!!!!」
「うわぁっ五月雨! 起きてたのか!?」
「どうして、どうして提督がこんなところにいるんですかっ! 私が臭いからっ! 変な臭いがするからですかっ!」
「なんだいなんだい五月蠅いねっ! 何があったっていうんだい!?」
「げえぇっ! 涼風っ!」
五月雨が大声を出すと涼風も飛び起きる、そして提督は涼風に取り押さえられてしまった。
「さてと、提督が何やったのか教えてくれないかなぁ? さもないと100海里先の海に浮く事故が起きちゃうかもね」
ルームメイトの涼風は激怒していた、五月雨をここまで追い込んだ変態提督に、
だから変態提督の告白を聞いた時は本当に今すぐそうしてやろうかと思った。
「つまり…なんだい…提督は…」
「わ、私の髪の毛で…じ、自慰を…?」
変態提督は以前から五月雨の長髪に変質的な妄執を抱いていた。
あの髪の毛に陰茎を擦りつけて巻き付けて射精したい、尿道に髪の毛を入れて尿道オナニーしたい。
最初は風呂場の掃除をして、髪の毛を一本ずつ拝借して自慰をしていたのだが(当然のことながら五月雨の髪の毛は判別しやすかった)
それに我慢出来ずにとうとう五月雨の部屋に夜這いするようになったというのだ。
五月雨の髪の毛を自分の性器に巻き付けて扱いてぶっかける。
ばれるのが怖くて、ティッシュでちゃんと拭いていたようだが暗い部屋で完全に拭えるわけがない。
やり始めた日付を聞くとやはり異臭事件が始まった日と重なった。
「こいつっ…憲兵につきだしてやるっ!」
「待って涼風! そんな必要ないから」
五月雨はナイフを一本持っていた、さすがにそれはまずいと涼風が止める間もなくナイフを振り上げ……
ザクッザクザクッ
五月雨は長い髪の毛をナイフで全て切ってしまったのだ。
「はい…私の髪の毛をあげます…だからもう二度と私に近づかないで…!」
これが五月雨が髪の毛を切った理由である。
涼風はもちろんこんなことで許すわけも無く、告発書を司令部へ送るつもりだった。
しかし、その必要はすぐに無くなった。
五月雨が髪の毛を切ってから3日後、提督は変死を遂げる。
医師の診断によると、急性腎不全による尿毒症であることが判明した。
だが、提督の下腹部が不自然に膨らんでいたので医師が解剖をしたところ、髪の毛らしきものが尿道から陰嚢や膀胱に入り、さらに腎臓を貫いて腹の中いっぱいに髪の毛が詰まっていたというのだ。
そしてその髪の毛の色は………
(了)
こうして提督はぶちころがされた
やったね!