「ごめんやっしゃああああああああ!!!」
店が閉まる30分前にあいつは来る。
海軍帽子を被り、時代遅れの軍服を着込んだそいつは高利貸し提督、私の母さんに…いや店を食いつぶそうとする悪い虫だ。
そいつは我が家のように店の敷居を跨ぐとカウンター席にどっかと腰を下ろした。
「こんばんわ間宮はん、まずはビール一本貰いましょか」
「はいはい、伊良子ちゃん、提督さん中瓶一本とコップ出してあげて、あとおつまみも」
母さんもこんな奴にビールなんか出さなくてもいいのに……いくらこいつに借金があるからってツケで飲み食いさせるなんて…!
ああ、この海沿い近くにある小料理店「間宮」は存亡の危機に立たされているのです。
事の起こりは一ヶ月ほど前、この高利貸し提督がやってきたことから始まります。
なんでも死んだお父さんが店を作る時に借りたお金の借金証書がなぜかこいつの手元にあって、その返済の催促をしてきたのです。
そんな話は聞いたこともなかったから、私、伊良子も青天の霹靂でした。
「へへへ、間宮はんはいつ見てもべっぴんはんですのう…今度ワシとデートとかしまへんか?」
「いやですわ提督さん…私なんかを誘ったりして…」
そいつは毎晩やってきてビール一本をちびちびとやりながらお母さんを口説きます。
まあお母さんはそう簡単に口説かれたりなんかしないんですけどね。
「それで間宮はん、借金についてなんですけどな…今月中に払ってくれまへんと利息でえらいことになりまっせ?」
「そんな…急に言われても困ります…! それにうちにはそんなお金なんてありません…っ!」
「そうでんなあ…この店を土地ごと売れば借金は返せまっせ?」
「み、店を売ることなんて出来るわけないじゃないですか! この店はあの人の店なんですからっ!」
「へへへぇ…それじゃあワシの提案を呑んでくださるんでっか?」
そいつはお母さんの頭のてっぺんから爪先まで舐めるように視線を這わせた、なんて目つきをするのこいつは!
「そ、それは…で、できません…今夜のところはこれでお引き取り願えますか…?」
「そうよ! もう帰って! 帰ってよ!」
私はついにキレた、お母さんに腕を掴まれなければこのままこいつをひっぱたいていたことだろう。
「ははは、ほんとにいつも元気なお嬢さんやな。では今夜はこれでお暇しますけど…返済についてはようけ考えてておいてくださいよ?」
ヒヒヒといやらしい笑みを浮かべながら、高利貸し提督は店を出て行った。
二度と来るな!とばかりに店前で塩を撒いたところで私は不安になってお母さんに思い切り抱きつきました。
「お母さん! どうしよう! どうしたらいいの?」
「大丈夫、大丈夫よ、心配しないで…全部お母さんに任せてくれたらいいの……」
頭を撫でられると思わず涙が零れそうになります。
お母さんを守りたいってずっと思ってたのに、やっぱり私は子供だ……
次の日、私は学校を自主休校(さぼって)して、地元の地回りである金剛組の扉を叩きました。
「おう、あんたは間宮さんとこの…伊良子ちゃんやないか大きくなったのう」
応対してくれたのは金剛組の若頭霧島さん。
和服が似合う麗人でお母さんには昔世話になってたらしくて年に1度ぐらいは店に顔を見せてくれます。
「わざわざウチんところに顔出してくるとか何かあったんかのう? ここはカタギの衆が来るところやないで」
「実はご相談したいことがあって……」
そして私は霧島さんに、一ヶ月ほど前からお母さんが高利貸しに狙われていることを話しました。
話している間中、霧島さんは何か考え込んでいるような仕草をしていましたが、高利貸し提督の容姿について話すとはっと顔をあげました。
「伊良子ちゃん、その高利貸しについてもうちょっと詳しく話してくれるかのう?」
「え、えっと…そいつは海軍帽子に軍服着てて…うん、目つきがすっごくいやらしい奴なの、お腹?うん、大分でっぱってるよ」
そこまで言うと霧島さんの眉間には深い皺が刻まれ、後ろの空気が「ビキィ」と鳴ったり「!?」という擬音が飛び出そうになりました。
ホントにこんなこと出来る人っているんだなぁ……と唖然としていると、霧島さんは急に立ち上がりました。
「そいつにはちょっと心当たりがあるんや、今すぐシメに行こうかのう」
「えっ!? ええっ今からですか?」
「ま、ちょっとショッキングな場面に立ち会うかもしれへんから覚悟しいや、伊良子ちゃん」
そして私は金剛組のリムジンに霧島さんと一緒に乗りました。
霧島さんが行き先を運転手さんに告げてどこかへと車を向かわせます。
「そいつは最近うちのシマで調子に乗ってる高利貸しなんや…しょっぱいシノギしてるから目こぼししてやってたんやけど、伊良子ちゃんとこに手ぇ出すようなら黙ってられへんわ」
「あ、ありがとうございます……」
「ええんやええんや、これは伊良子ちゃんに礼を言われる筋合いはないんやで…はぁ…それにしてもあいつ……」
ため息を吐きながらスモークガラスの向こう側を見る霧島さんにそれ以上話しかけることは出来ませんでした。
10分ほどして、リムジンは止まりました。
もしかして…と思っていたのですがそこは小料理店「間宮」の前でした。
これは一体…と霧島さんに尋ねようとしたら指を一本立てて「静かにしろ」とジェスチャーをしてきます。
そして裏口から店内に静かに入り、居間の方に足を向けると何か声が聞こえてきました。
高利貸し提督とお母さんの声です、なんであいつがここに!?
「へへへ、間宮さんもなんだかんだで楽しんでいるみたいでんなぁ…」
「だって…あんなに熱心に毎晩通われると、私にもまだ女としての魅力があるんだなって…だから…ああっ」
お、お母さん!? な、何を言ってるの? 思わず声を出そうとしたところで霧島さんに口を塞がれました。
霧島さんは物陰から鋭い目つきで高利貸し提督を睨み付けています、そしてあいつがお母さんを押し倒そうとしたところで私はとうとう我慢出来なくなり……
「あんたっ! ここで何やってんのっ!」
先に霧島さんが居間に踏み込みました。
「げぇーっ! お、お前は霧島! どうしてここにいるんやああああああああ!」
「あんたが悪さしてるって話を聞きつけてね…午前中からあんたが働きに出るって聞いた時はもしやって思ったけど…やっぱり間宮さんところにちょっかいかけてたんだね、あんたぁああああああああ!!!!」
霧島さんはそのままもの凄い勢いで踏み込むと高利貸し提督の腹に強烈なボディブローをたたき込みます。
2発3発と強烈な拳が高利貸し提督のお腹にたたき込まれるたびに身体がくの字になって宙に浮く姿に唖然としてしまいました。
「間宮さん…ほんまに…ほんまにすみませんでしたっ…ほらっあんたも土下座せんかいボケェッ!」
霧島さんはすでに伸びている高利貸し提督の頭を掴むと居間の畳に頭を擦りつけさせます。
話を聞けば簡単なことでした、高利貸し提督は元々霧島さんの内縁の夫?で集金業務などをしていたのに、組にある借金証書を使ってお母さんにちょっかい出そうとしていたこと、前にも似たようなことを何度もしていたこと、そしてついに霧島さんの堪忍袋の緒が切れたとのことでした。
「今回はこいつが全部悪いっていうことで済ませますけど……あんまりお嬢さんを悩ませるようなことはせえへんといてくださいよ?」
「あ、あら…やだもう伊良子…学校サボってきたの? ダメじゃない……」
お母さんは耳まで真っ赤にしながら私に注意してきますが、あいつに迫られてもまんざらでもない姿を思い出してしまいました。お、お母さん…私は今回のことでお母さんに対する見方が変わってしまいそうです……
「それで…借金のことですけど……」
「ああ、それなら心配ないです、うちのオヤジとあんたんところの旦那さんが契約した通りあと10年ばかりかけて返済してくれればええですから」
「そ、そうですか、ありがとうございます」
お母さんが頭を下げると、霧島さんはすぅーっとタバコを吸って大きな煙の輪を吐き出しました。
「じゃ、そんじゃ私らはこれで…今度はお客さんとして店に顔出しますわ間宮はん。あ、伊良子ちゃん学校まで送ってこうか? 学校にちゃんといかんとウチのアホ垂れみたいになるでぇ」
霧島さんはそう提案しましたが私は首を横に振りました。
さすがに高利貸し提督と一緒の車には乗れません、雰囲気も最悪そうですし。
兎に角これで小料理店「間宮」の危機は去ったのでした。
風の噂によると高利貸し提督は霧島さんに首輪つけられてあちこちに引っ張られてるようです。
後、お母さんが甘くなって毎月のお小遣いが少し上がりました。
(了)