潮は意を決して部屋のドアをノックした。
「どうぞ、開いてるよ」
部屋の中から返答があった。
しかしそれでも怖じ気づいてしまったのか、潮はドアのノブを掴もうか掴まないか手を泳がせていたところでドアが引かれた。
「まったく…誰なんだい…あ、えーっと…駆逐艦の…潮…だっけ?」
「は、はいっ! 今日は航空戦艦の日向さんに、おっお願いがあって…来ましたっ!」
そう言うと潮は深々と90度近くになるまで頭を下げた。
「……話があるなら部屋に入りなよ」
日向は潮を部屋に入れるとぶっきらぼうな口調で問うた。
「それで、私に何のお願いなんだ……まさかイジメられてるから助けて欲しいとか?」
潮にはそういう雰囲気がある。と、一目見て日向は思った。
しかし、潮はふるふると首を左右に振って否定する。
「ち、違うんです…実は私…こ、今度、更なる改造が施されるみたいなんですけど……」
「ふぅん、それで?」
最近は駆逐艦の新改造が流行ってるな…と日向は鼻白む。
そういえば同じ航空戦艦である扶桑型にも改造の話が司令部から来て赤飯を炊いていたことを思い出した。
「あ、あのですね…わ、私…日向さんみたいな航空戦艦になりたいんです!」
「へえ…そりゃあ冗談としては面白いじゃない」
「冗談なんかじゃありません…こ、これからの時代は…航空戦力が重要だと思うんです、私も改造されるなら…そう、航空駆逐艦になりたいんです! だから日向さんと伊勢さんに特訓してもらいたいんです!」
「や…」
「いいねえ、航空駆逐艦になりたいだなんて見所あるじゃんか、日向ぁ」
やめておきなさい、と日向が言おうとしたところで、2段ベッドの上に寝っ転がって雑誌を読んでいた伊勢が話に割り込んできた。
「な、何を言ってるんだい伊勢、そんなこと出来るわけないじゃないか」
「なあに、伊401だって晴嵐を6機も積めるんだ、この子ならもっといけるはずさ」
伊勢はベッドから顔だけを覗かせて悪戯小僧のような笑みを浮かべている。
思わぬ援護射撃に潮も嬉しそうな表情を見せた。
しかしそれでも日向は難色を示す。
「いや、それでもだな…駆逐艦の体付きだとやはり心配なんだが…」
「え? そんなの全然OKだよ~……よいしょっと」
伊勢はベッドの縁を掴むとくるりと一回転しながら音も無く着地する。
そして前屈みになって突き出されてる潮の尻をパシリと叩き、
「ひゃあああああああんっ! ああぁっ! ど、どこ触ってるんですかぁっ!」
身体を起こしたところで制服の上からでも分かる立派な乳房をむんずと掴んでいた。
「ほらほらァ、この駆逐艦離れした胸部装甲、こんだけ立派なら航空軍艦になる資格が十分にあるって」
「あ、あのっ…も、揉まないでぇ…ひゃうううっ!」
潮は涙目になるが伊勢はしつこく揉み続けた。
「もういい加減にしてやりなよ伊勢、その子泣いてるじゃない」
「あー、ごめんごめん、あまりに分厚い装甲だからつい熱心にやっちゃったよ」
「ひ、酷いです……」
日向は伊勢の悪戯にあきれ顔になるが、伊勢が”なれる”と言うのならそうなのだろうと同時に思った。
「分かった分かった、じゃあ明日から特訓に入ろうか潮……伊勢も付き合ってよ」
「ははは、もっちろんだよ日向」
「え…わ、わかりました! お二人ともありがとうございます!」
再び、潮は90度になるまで頭を下げた。
「礼なら航空駆逐艦になってから言ってくれないか、なれる保証なんてないんだから」
「大丈夫大丈夫、私と日向が一緒にやれば確実になれるって」
そして潮の特訓の日々が始まった。
潮は鎮守府の裏にある採石場に呼び出される。
「まずはこの大岩を避ける特訓からだ!」
「ひぃいっ! そ、そんなの出来ませんっ!」
「なんだとー! 航空駆逐艦になりたくないのか!?」
「な、なりたいです!」
「ようしじゃあ、いくぞー!」
伊勢と日向は見上げるように高い坂の上からごろんごろんと大岩を落としていく。
「ひぃーっ! こ、こんな特訓になんの意味があるのーっ!?」
潮は必死の形相になりながら大岩を回避していった。
「へえ、駆逐艦の回避力ならこのぐらいは余裕みたいだね」
「大岩落とすのもっと増やす?」
「いや…それよりも…よーし、次は大岩を避けながら坂の上まで来るんだ!」
「わ、分かりましたぁ!」
潮は笑顔で答えようとするが顔は引きつっている。
大岩を避けながらこの急な坂を駆け上がるなんて無茶だ!
「どうしたー! お前の気持ちはこの程度なのかー!」
「お、ノリノリだねえ日向」
「ま、負けませんっ!」
潮は落ちてくる大岩をぎりぎりで避けながら坂を一歩一歩踏みしめるように登っていく。
「大岩が無くなるまでに上がりきるんだ! ほらほらほらぁ!」
「ひぃっ! ひぃっ!…ご、ゴール!」
「うーん、15分も掛かってるじゃないか、10分切れるようになるまで次の段階には進めないな」
「そ、そんなあ……」
「あ、そうだ、大岩を全部坂の上まで戻しておいてね、これも特訓の一環だよ」
「う、うそぉ…私死んじゃう…」
そう言いながらも潮はやはり艦娘なのである。その馬力でなんとか日が暮れる頃には大岩を全て坂の上まで押し戻していた。
「お、よくやったね、明日も頑張ろうね」
「は、はい…でも私もう…だめ…ぐう…」
初日からハードな特訓すぎたかな…とちょっと後悔した日向も潮の思わぬ頑張りに感動して思わずぐっと拳を握る。
伊勢は日向のそんな様子を見てにやにやと笑いながら潮を肩に担ぐと寮までの帰り道を急いだ。
「それにしてもこの子、思ったより頑張るよね」
「そうだね、あんな無茶な特訓にも付き合うし」
「……うう、私…こんな弱い自分から生まれ変わりたいんです」
ゆっさゆっさと揺られているうちに潮は伊勢の肩の上で気がついたようだった。
「へえ…私は十分強いと思うけど…」
「そ、そんなことありません! だから今度の改造の話を聞いた時は最後のチャンスだと思って…私……」
「そうか…じゃあ明日も全力で特訓するぞ、な!」
そして次の日、大岩避けをクリアした潮は更なる試練を課せられる。
鉄ゲタで階段を駆け足で登る。
伊勢と日向を担いでフルマラソンをする。
このあたりはまだ序の口で、
伊勢と日向が飛ばした瑞雲を目隠しした状態で交わす。
古い艤装をつけたまま潜水し、艤装を解除して戻ってくる。
艦娘寮の前を通る野良猫を伊勢の日本刀で斬る(斬猫と呼ばれる鍛錬法)。
と、ますます過酷な特訓となっていった。
「わ、私…本当にこんなことで航空駆逐艦になれるんでしょうか?」
「潮! 生まれ変わりたいっていう気持ちは嘘なのか? ほらほら! ちゃんとバランスを取らないと真っ逆さまだぞ!」
潮は崖と崖を繋ぐロープ一本の上を歩きながら伊勢と日向が砲撃する模擬弾を回避する特訓をしていた。砲撃に当たれば奈落の底へ真っ逆さまだ。
「あっ! しまった!」
ここで思わぬミスが起きてしまう、日向は吹き下ろされる風に煽られると砲塔の照準がブレてしまい、発射された模擬弾がロープを千切ってしまったのだ!
文字通り綱渡りの足場を失い、潮は真っ逆さまに落ちていく!
「きゃあああっ!」
「潮ーっ!」
「いけないっ! 日向! 瑞雲で受け止め…ああっ!」
おお! その時潮はついに覚醒した!
(感じる…森羅万象の全てを…)
目隠しの状態でも合計88機の航空戦力を躱せるようになった直感は風巻く空気の濃いところを感じ!
「こ…ここですっ! てりゃああっ!」
限界まで鍛えられた脚力は濃い空気を踏みつけて飛び上がった!
ついに航空駆逐艦潮は完成したのだ!
あまりの感動に、潮は連続で空気を蹴飛ばして遙かなる空へと駆け上がっていく!
「お見事!」
「お見事でございまする!」
伊勢と日向は感動のあまりブースターで飛び上がり、さらにさらに駆け上がっていく潮を追いかけていった。
そして空に消えていった3人の行方を知るものはいない………
(了)
まさか本当にスペース瑞雲なるものをやるとは。