ああ面倒だ面倒だ……
「霞を食って生きていたい」
今日の昼飯を食べるのも面倒臭くなったので、そんなことを呟いたら秘書艦の五月雨がびくりと身体を震わせた。
「……分かりました、今日のお昼ご飯は間宮さんを予定していましたけど……準備してきますね」
え、ちょっと待って。と呼び止める前に五月雨は書類をトンと整えると執務室を出て行った。
…少し青い顔をしていたが一体何をするつもりなんだろう。
まさか霞を寸刻みにして食わせるとかそんなのじゃないよな……あ、ちょっと心配になってきた。
休憩には少し早いが俺は仕事をさっと片付けると、五月雨を探すことにした。
「おーい、五月雨来てないか?」
とりあえず炊事場の方へと顔を出す。今日の当番に加賀さんと鳳翔さんがいたが2人とも首を振った。
ついでに霞の方も聞いてみたが今の時間なら演習場の方にいるかもしれないと聞いた。
「お、清霜じゃないか、霞はいるか?」
「え、霞ちゃんなら五月雨に連れられていったよ? あれ、霞ちゃんを提督が呼び出したんじゃなかったの?」
「……そうか、分かったありがとう」
演習場へと行ってみたがすでに霞は五月雨に連れ出された後だったらしい。
あ、これは不味い流れだ。俺は執務室へと急いだ。
「お待ちしていました提督」
五月雨は三つ指をついて待っていた。
ああ、執務室はすでに寝室モードへと模様替えされていた。
竜の壁紙にい草の畳、そして布団には縄でぐるぐるに縛られて猿ぐつわを噛まされた霞がもの凄い形相で睨み付けていた。
「少し説得に失敗しましたので実力で確保しました」
すっと頭を下げる五月雨。
「では、ごゆるりと……」
部屋には俺と布団の上で横になっている霞だけが残った。
これは最悪から数えて3番目ぐらいの流れか。
とりあえず噛みつくなよと念じながら霞の猿ぐつわを取った。
「あんた! 何のつもりよ! 女の子を誘うことぐらい自分で出来ないの? サイテーねっ!」
今回は俺の不用意な発言の上に色々と誤解が重なったようなので平謝りするしかなかった。
「しかも、わ、私を食べたいですって……100年早いのよっ! こんなことしてるようじゃ私だけじゃなくて他の艦娘にも手を出す資格なんてないわっ!」
「それはもっともだが落ち着いて聞いてくれ、これは単なる誤解なんだ」
「あの子使って私にこんなことしておいて誤解も六階も無いわよ!」
さて困った、霞の性格のことだからここまでやられておいて適当な理由で納得するわけもない。
そこで俺は正直に「霞を食って生きていたい」の真意を縄をほどきながら伝えることにした。
「はぁ? 仙人みたいに霞だけ食べて生きていたいですって? バッカじゃないの!」
「まあ…そうだよな…いや本当にすまなかった…」
「あんたみたいな煩悩雑念が凝り固まって出来ているような提督が仙人になれるわけないじゃない!」
何か違うところで霞は怒りだしたようだ。
「分かったわ、私があんたを一人前の仙人になるまで鍛えてあげる!」
そうして俺は霞に連れ出され、中国奥地の秘境へとやってきた。
そして岩山の一番上に作られた岩牢の中へと閉じ込められる。
「おい、なんだよこれは!」
「まずは五穀断ちね! 私が毎日木の実を持ってくるからそれを食べるのよ!」
そしてその言葉の通り霞は毎日木の実をもってきてくれた。
こんな山奥でどうやって入手しているのか聞いてみるとわざわざ下山して森の中から探してくるらしい、頭が下がる思いである。
岩牢の中に閉じ込められていては何もやることがないので、座禅を組んで瞑想することに専念した。
そういえば聞いたことがある、ロシアやインド方面では水と太陽の光だけで生きていける不食の提督が存在するという伝説が。
俺もあのような伝説的提督になれるのだろうか……?
そうして100日が経つ頃には脂肪が落ちて身体も軽くなっていた。ここでの生活は減量しているようなものだから当然だ。
瞑想と呼吸法の繰り返しで雑念も少なくなっていく。
1年経つ頃には肉も落ちて今にも浮きそうになっていた。
2年経つ頃には霞の持ち込んでくれる食料も一週間に一度で良くなった。
3年目には霞は鎮守府へと帰り、一ヶ月に一度だけ顔を見せるようになった。
5年目には心臓の脈打つ鼓動も1日で100回程度になるまで落ちていた。
そして修行を開始して5000日目、ついに岩牢から出る日がきた。
この頃には一呼吸するだけで一日動けるようになっていた。俺は霞を食べるだけで生きていけるようになったのだ。
「よくやったわね、褒めてあげるわ。さあ日本へ帰りましょう」
出迎えてくれた霞、5000日経っても君は変わらないのだな。
俺は雲で乗り物を作ると霞と共に乗って一路日本を目指す。霞が言うには深海棲艦との戦いはまだ続いているようだ。
鎮守府でも仙人となった俺を皆が待ちわびているらしい。
霞から鎮守府の話を聞いているうちに日本近海へとたどり着いた、やはり雲での移動は早い。
「あ、今、皆で鎮守府防衛戦をしているわ! ここを凌いだら一気に攻勢をかけるつもりなの!」
上空から見ると深海棲艦と艦娘達が一進一退の攻防をしているようだ。
よし、上空から指示を出そうと俺は目をこらした。
さらに皆の声まで聞こえてくる。
「ここを凌げば提督は帰ってきます! みんな頑張って!」
「きゃーっ! 提督ーっ! いつ戻ってきてくれるんですかーっ!」
その時ル級改の砲撃が戦艦大和の艤装を吹き飛ばした!
「む! あれは……ああーっ!」
しかし俺は中破して肌を晒した大和のおっぱいを見ただけで雲から落ちた。
煩悩が一瞬にして身体を支配して、身体をただの凡人に戻したのである。
「バカ! どうしてここに来て全部おじゃんにしちゃうのよ!」
霞の罵るような悲しい声が最後に俺の耳に届いた……
(了)