青葉は困っていた。
彼女は駆逐艦を対象読者とする壁新聞を趣味で作っているのだが、今回使おうと思っていた写真にあるものが写っていたのだ。
それは……
「なんで司令官の頭のシミが無くなってるのかなぁ~?」
ノートパソコンに写し出されている2枚の写真。
そこには提督が出かけようと車に乗ろうとしている後ろ姿と、車から出ようとして秘書艦に手を貸している姿を撮られた写真であった。
青葉は何かゴミが入り込んだのではないのかと2枚の写真を見比べてみるが、やはり禿げ上がった左後頭部にあった大きめの肌のシミが無くなっているのは間違いなかった。
「日付から考えてみると司令官が海軍本部まで出張に行って…帰ってきたらシミが無くなっていたと…ぬふふ、これはミステリーね、記事にする価値があるわ!」
青葉は今回使おうと思っていた壁新聞のネタを全部破棄し「提督が入れ替わった…のか!?鎮守府ミステリー第一弾!」とタイトルを入れた。
さあ、次は取材の時間だ。
「さてと、司令官が入れ替わったって路線で行くならそれっぽいネタを仕入れてこないと~…ぬふふ、楽しみ楽しみ」
まずは提督とよくお茶会をしている金剛の部屋へと取材を敢行した。
「え、最近提督に変わったことないかって? そうデスネー…う~ん」
「何でもいいんです、些細なことでも! それを針小棒大にして…いえ、なんでもありません」
むふふ、と笑みを浮かべながら青葉はペンとメモ帳を構える。
金剛は紅茶を啜りながら最近の提督について思い出そうとしていた。
「あ、そうだ、紅茶の好みが変わったとかそういうのありません?」
「そうデスネー…あ、最近はちょっと冷めたのがいいって言ってマシター、提督は私にフーフーってさせてから飲んだりしてるんデス、可愛いでショー?」
「……へー…そうなんですかー……」
青葉は棒読み返事をしながら「提督→熱い物苦手に→猫舌になった?→つまり猫」とメモをする。
「金剛さん、ありがとうございました~」
「壁新聞出来たら教えてくださいネー」
青葉は礼を言うと、次の取材先である鳳翔さんの居酒屋へと急いだ。
「こんにちは鳳翔さん、壁新聞の取材でーす」
「あらあら、一体何を取材したいのかしら?」
「えっとですね、司令官のことなんですけど、最近何か変わったことありませんでしたー?」
「まあ、まるで刑事さんみたいなことを聞くんですね、青葉さんは……あ、そういえば」
ちょっと困ったような顔をしたが、鳳翔は何か思い当たることがあったようだった。
「最近の提督さんはアルコールの量が大分増えてきてるみたいですねぇ」
「え、それってうわばみみたいに飲んでるってことなんですか?」
「まさか違いますよ、いやですねえ」
ほほほ、と笑いながら鳳翔は青葉の大げさな言葉を否定した。
「やっぱりストレスが溜まってるみたいで、愚痴も増えて…私は控えめにするように言ってるんですけどねえ……」
「なるほどー…お酒が増えてきた…と……」
青葉のメモには「酒量増える→酒乱?→鳳翔さんに×××」と書き込まれる。
「ねえ青葉さん、提督の取材をして壁新聞作るのもいいですけどあんまり提督を困らせたらダメですよ?」
「あはは、大丈夫ですよ鳳翔さん、そこらへんはちゃんと分かってますから。それじゃご協力ありがとうございましたー」
そして最後に出張時に秘書艦として同行していった大淀の部屋へと訪れた。
「どうもー青葉です、突撃取材に来ましたー!」
「取材? ……ああ、壁新聞の? いいわ、何でも聞いてみて」
にっこりと笑う大淀の協力的な態度に青葉はホッとする。
まあ断られたら別の艦娘相手に取材して紙面を埋めるつもりではあったが。
「提督が変わったことって…別に思い当たるところはないわね……」
「うっそだー、聞いてみたところだと、金剛さんは猫舌になったって言ってたし、鳳翔さんは酒量が増えたって言ってましたよ?」
「うーん、それはちょっと好みや体調が変わっただけではないのでしょうか?」
「それにですね、ほら、この写真見て下さいよ! ここ! こんなに変わってるんですよ!」
と、青葉は提督の後頭部が写された2枚の写真を差し出した。
丁寧に日付とシミの部分には丸マークまで付けている。
「ほらほらどうですかこれ、こんな大きなシミがあったのに、司令部に行って帰ってきたら無くなってるんですよ! これはちょっとしたミステリーですよ大淀さん! きっと提督は司令部で別人に交換されたんです!」
青葉は今さっき思いついたような新聞記事のネタを嬉々として大淀に語った。
「まあ……困りましたね、こんな写真が撮られてたなんて……」
すぅっと大淀の声のトーンが重くなる。
そして青葉は、その言葉で軽率なマネをしてしまったことを自覚してしまった。
「こんな写真を撮られていたら言い訳できませんね……」
「あ、え、えっと…や、やっぱり無し! この写真はPhotoshopで作ったものなんです~!!!」
青葉はあわわと慌てて逃げようとするが大淀に腕を掴まれた。
「まあまあ、少し私の話も聞いてください」
「ひぃっ、ご、ごめんなさいーっ」
「実はですね、司令部へ出張したとき、提督はついでに皮膚科に行ってきたんです。そこで泊まりがけでレーザー治療してもらったのよ」
「……え、え、そうなんですか?」
「そうなの。提督は前々からシミを気にしてたんですけど、なかなか行く機会がなくて…あ、これは美容整形に入りますから自費治療ですからね? 鎮守府のお金は使ってませんからね?」
大淀は青葉に苦笑した表情を見せる。
青葉はホッとしながらメモに「提督の後頭部→レーザー治療→宇宙人の手術痕」と書き込んだ。
「うーん、聞いてみたらなんてことないプライベートな話だったんだぁ……」
「ごめんなさいね、つまらない話になっちゃって」
「ううん、いいんですいいんです、でもこれはこれで記事に出来るかも……」
「え?」
「あっ! なんでもないですなんでもないです、それじゃ私、これで失礼しまーっすっ!」
青葉はぺこりと礼をすると急ぎ足で大淀の部屋から出て行く。
これで記事のネタは揃ったから駆逐向けの壁新聞はすぐに出来そうだと青葉はスキップしながら帰っていった。
……そして大淀は内線電話を掛けた。
「あ、明石さん? 大淀です。青葉さんのことについてなんですが……ええ、記憶処理お願いします。はい、提督ユニットが交換されたこと気がついたみたいなので……証拠写真も撮られていましたが、そちらの方は私が処理しておきます、それでは」
(了)