島風はいつも早い。
何が早いかというと早飯早糞も芸のうちといつもうそぶくぐらい早い。
朝食昼食夕食は大きな丼にご飯と味噌汁をぶちまけてかき混ぜると、ずるずると噛まずに飲み込む。
おかずも箸で適当に千切るとお茶と一緒に飲み込む。
というわけでいつも5分とかからず食事を終わらせてしまう。
心配した間宮さんがパン類を出してみたことがあるが、パンも適当に千切って丸めるとそのまま飲み込んでしまう始末。
そして食事トレイを一番に返却してトイレも一番に駆け込むのが島風であった。
艦隊でも常に先行して戦端を切り開く。
島風には早さへの矜持とこだわりがあった。
しかしそんな島風も入渠時間だけは早くすることが出来なかった。
練度が上がれば上がるほど、修理に掛かる時間は増加していく。
カラスの行水を気取って3分経たずに出た時は明石さんが大慌てになって浴槽へと無理矢理押し返された。
入渠時はいつも高速修復材の使用許可を求めているが、切り詰めた運営の中では当然のことながら却下され続けていた。
「はぁ~あ…今日は大破しちゃったから5時間コースだよ…も~……」
今日の島風はうっかり先行しすぎて潜水艦の雷撃を集中して喰らってしまった。
艦隊旗艦の霞からは大目玉くらうし、大破したからすぐに他の駆逐艦と交代されて今日の出番は無くなった。
帰ってきてみれば昼過ぎで提督は執務室を留守にしていた。
しょうがないから一番風呂(入渠)でゆっくりしよう…と風呂場に行ってみたらすでに先客がいた。
湯気で顔は分からぬが、その影で誰かが入っているのは分かった。
「あーっ! せっかく一番風呂楽しみにしてたのにっ! そこにいるの誰よーっ!」
「……その声は島風か…もう出撃から戻ってきたのか? 相変わらず早いな」
浴槽には手ぬぐいを頭の上に乗せた提督が入っていた。
「ねえ…なんで提督が先に入ってるの? 執務室を留守にしてたのは修理中ってわけ?」
一番風呂を取られた悔しさで不機嫌な顔を島風は隠そうともせず、浴槽に浸かる提督の前で仁王立ちになる。
「島風……大事なところが丸見えだし、身体も冷えるから早く入れ……」
「……わかったわ、連装砲ちゃんも入るわよっ…っと!」
じゃぼんと、提督の隣の浴槽に島風はわざと飛び込んだ。
ばしゃりと思い切り跳ねた浴槽のお湯が提督の顔にかかる、しかし提督は怒りもせず頭の手ぬぐいで顔を拭いただけであった。
ちなみに大きな浴槽とは別に修理用の浴槽が4つ用意され、その1つを提督は使用していた。
「……それでぇ提督も修理なの?」
「ああ、明石さんにケガを見せに行ったら”私には無理ですから入渠してきてください”と言われた」
「ふぅん……あ、ホントだ」
仕切りからのぞき込むと提督の連装砲が2本とも真ん中でへし折れていた。
連装砲のさきっちょがぶらぶらと水中で揺れている。
「あーあ、提督の連装砲ちゃんが可哀想……どうしたのこれ?」
「扶桑と明日の改造計画の最後の詰めをしてたら、足を滑らせてこうなったんだ」
しれっとした顔で提督は答えるが、このケガがそんなことで出来たわけでないのはその頬に出来た大きなモミジで島風にも分かった。
島風は風呂場に持ち込んだ自前の連装砲ちゃんを浮かべると、
「……わたしの連装砲ちゃんは”ダブチンをあまり過信するな”って言ってます」
と、笑った。
「そうだな、調子に乗って後一歩踏み込んでたら危うく大破するところだった」
「わたしには頭も含めて完全に大破しているように見えますよ、てーとく」
そう言うと島風は、細くて艶めかしい足を提督と同じ浴槽に滑り込ませた。
そして浴槽の中で伸ばしていた提督の膝の上に乗り、その手を下腹部へと伸ばしていく。
「お、おい、重いぞ島風……っていうか何をするつもりだ!?」
「だからぁ……わたしが早く治るように、撫でてあげるね♪」
「ば、ばか、やめろ!」
「痛いの痛いの飛んでけー、40ノットの速さで飛んでけ~♪」
島風の小さな手は提督の連装砲を掴み優しく素早く撫でていく。
「ぐお…お…」と、提督の口から苦痛とも快楽ともつかぬ声が漏れ始めた。
「明石さんが浴槽の中で適度なマッサージしてると治りが早くなって疲れも残らないって言ってましたよ♪」
「そ、それは筋肉痛や疲れた時の話で…お、おおお……」
島風に折れた連装砲を優しく撫でられると、首を前後にガクガクとさせながら提督は悶絶した。
その姿を見ながら島風は舌なめずりをする。
これはもう完全に提督は島風の腹いせの犠牲者であった。
「私の修理が終わるまで、ずーっと撫でててあげますから感謝してくださいね、てーとく♪」
「も、もうやめ…あ、がぁっ!」
「あー、段々大きくなってきましたね-、これならきっとすぐに治りますよー」
にやにや笑いながら骨を接ぐように折れたところを押さえて真っ直ぐにしようとする島風だが、1本ずつ片手では上手くいかない。
しょうがないのでむくむくと大きくなっていく連装砲を重ねると両手で2本とも掴んだ。
「ぐあわああっ!」
「提督ぅ、いくら気持ちよくなっても浴槽の中で発射しちゃダメですよ? 浴槽じゃ建造出来ないんですからぁ」
そして今度はゆっくりゆっくりと優しく撫でる。
母親が幼子をあやすような慈悲に満ちた撫で方だが、提督はもう天国と地獄を同時に見ていた。
「も、もう…やめ…あ、お、ご…おおっ……!」
「あ、私って今日は修理5時間コースですから、提督が治るまで頑張りますからね」
「や、やめてくれ…ぐあっ! に、握るなぁっ!」
こうやって提督をイジメられるなら、たまにはゆっくりするのも悪くない、と島風は思った。
なお、提督の連装砲は今までで大破した件の中でも最も早く修理されたのだが、その事実は明石によって軍事機密とされた。
(了)