昔々、ある田舎の泊地にセイランと呼ばれる水上爆撃機がおりました。
しおいという幼なじみの潜水艦と共にそれはそれは仲良く暮らしておりました。
ある日のことです。貴族の航空戦艦が田舎町にやってきました。
貴族の航空戦艦が田舎泊地に来るなど滅多に無いことです、セイランとしおいは連れ立って見学しに行きました。
「これが航空戦艦か…さすがにでかいな……」
「そうだねセイラン、でも潜水出来ないし潜水艦には無力だよ」
「…あら、随分なお言葉ね」
2人の目の前に現れたのは航空戦艦のお嬢様ひゅうとんです。
3基6門の大砲と美しい航空甲板にセイランは一瞬で心奪われました。
「私の航空戦艦は水上爆撃機を搭載出来るし、何よりも耐久力も攻撃力も段違いよ。それに……」
ひゅうとんの目がすぅっと細められて興味深そうにセイランの機体を上から下まで眺めます。
そしてセイランと目と目を合わせて言いました。
「キミがいれば潜水艦なんて怖くなくなる……どうだいキミ、私のところに来ないか?」
「えっ! ボクがですか!?」
「も、もう帰ろうよセイラン…ねっねっ!」
しおいは腕を引っ張りましたが、セイランの心はすでにひゅうとんに奪われていたのです。
「ごめんしおい…ボクはひゅうとんと一緒に横須賀鎮守府に行くよ」
セイランはその日のうちに少ない荷物を纏めると、ひゅうとんの航空戦艦に乗って横須賀鎮守府へと向かいました。
しおいは幼なじみと別れた悲しみで身体が千切れんばかりとなりましたが、セイランのことを信じていたので帰ってくるまでずっと待つことにしました。
一方、横須賀鎮守府へと連れられてきたセイランはひゅうとんの一番の愛人となりました。
常に航空甲板に載せられ、何処に行くのも一緒です。
このような情熱的な愛を感じたのはセイランの今までの一生の中でも初めてのことです。
「ああ、ひゅうとん、ボクはキミのことを心から愛してる」
「私もよセイラン……」
横須賀鎮守府での生活は夢のようでした。
華々しい戦艦が立ち並び、田舎では年に1度見れるかどうかという重巡も鈴なりになっています。
まるで毎日がお祭りみたいでしたがひゅうとんに言わせるとそれが当たり前のことだと聞きました。
でも、一番の驚きはひゅうとんの航空甲板の広さでした。
「キミの航空甲板を知ってしまったら、ボクはもう2度とあんなところに戻れないよ」
「ふふふ、いいのよ。あなたが望む限りずっとここにいてもいいのよ……」
ひゅうとんはセイランを連れてあらゆる戦場へと参加しました。
セイランは時には偵察をし、時には対潜水艦任務をこなし、ひゅうとんのために働きました。
ひゅうとんがいればセイランは何でも出来ました。
しかしそんな愛と情熱の日々は長くは続きませんでした。
「ああ、セイラン、キミにもそろそろ紹介するよ」
「やあセイラン初めまして、私はカ号だ」
「俺は瑞雲(六三四空)だ、キミもひゅうとんお嬢様の水上爆撃機隊の一員になったのだな」
そう、ひゅうとんは他にも水上爆撃機がいたのです。
これは純朴な田舎水上爆撃機だったセイランには耐えがたいショックでした。
挨拶もそこそこに自室に引きこもったセイランはひゅうとんが自分だけのものじゃないことに苦悩しましたが、それでもやはりひゅうとんから離れることなど出来ませんでした。
横須賀鎮守府の刺激的な日々とひゅうとんの愛がない生活など、すでに考えられないことだったのです。
「ああ、ボクはひゅうとんから離れられない!」
セイランは我慢しながらカ号や瑞雲(六三四空)と共にひゅうとんのために働いていましたが、そんな純粋な水上爆撃機の心もついに折れる日がやってきました。
「ああっ! キミを手に入れるために私がどれだけ苦労したと思ってるんだい? もう2度と離さないよ……」
「う、嬉しいですひゅうとんお嬢様…!」
新しく手に入れたという瑞雲12型(六三四空)をひゅうとんが自分の寝室に迎え入れるのをセイランは見てしまったのです。
その日の夜、セイランは久しぶりに故郷の夢を見ました。
「ははは、ほーらセイランーっ! いけーっ!」
「ああ! 見てくれしおい! ボクはこんなにも高く飛べるんだ」
それはセイランが初めてしおいを使って高く飛んだ時の記憶でした。
慎ましいカタパルトを使って空に撃ち出された感動をようやく思い出したのです。
朝になり、セイランはひゅうとん宛の別れの手紙を書きました。
そして来たときと同じ荷物を纏めると、ひゅうとんの屋敷から出て行きました。
「ボクにはやはりしおいが必要だったんだ、すぐに、すぐに帰るよしおい…!」
セイランは走り出しました。
一刻も早く故郷の泊地へと帰るために。
しかし角を曲がった瞬間、もの凄い衝撃を受けたセイランは宙を舞っている自分に気がつきました。
「あれ…あの丸太のようなものはなんだろう…あれはボクの千切れたフロート…あれれ…おかしいな…どうして…こんな……」
ああ、なんということでしょう。出会い頭に扶桑が引いていた航空戦艦に轢かれてしまったのです。
「ああ、朝から水上爆撃機を轢くなんて不幸だわ……」
扶桑が何か呟きますがセイランの耳にはもう聞こえません。
「……しおい…ボクは…もう1度……キミに……」
セイランはこうして死にました。
その訃報を聞いたしおいは寺に入ると尼となって、セイランだけでなくあらゆる水上爆撃機の魂を慰めるために一生を捧げたそうです。
おしまい