ル級の砲撃が直撃し、重巡洋艦摩耶は吹き飛ばされた。
急いで立ち上がり旗艦を守らなければ…そう思って足を振り上げたが感じたのは水を掻く感触だけだった。
どんなに足掻こうと海上へと上がることは叶わず、肺からは空気がゴボゴボと漏れていく。
ああ、深海の底へと落ちていく、自分はもう二度と海の上を滑るように走れないとようやく思い知った時、摩耶は叫んだ。
「くそったれ無能提督!! 大破進撃なんてさせやがって!!! この☆■▲○×○○!!」
その瞬間、摩耶は見知らぬ世界に堕ちていた。
気がつけば、目の前に見えるのは灰色の空、真っ暗な海、そしてぽつぽつと見える小島。
自分は死んだはずではと呆然とした摩耶の元にふわふわと浮かんだ妖精さんがやってきた。
「摩耶さんこんにちは、あなたは鉄底界に堕ちてしまったの」
鉄底界、そこは撃沈の瞬間に提督に呪いの言葉を吐いた艦娘が堕ちる、天国でも地獄でもない世界だった。
「ここでは3万日以内にどこかにある提督の心臓を探し出さないといけないの」
「提督の心臓?」
妖精さんの説明によると提督の心臓があれば現世に黄泉帰る事が出来るという。
もしも3万日以内に手に入れられなければ……
「ああ分かった分かった、皆まで言うな」
「それじゃ頑張って下さいね」
「くそっ! 鎮守府に帰ったら提督の野郎ぶん殴ってやる!」
摩耶の鉄底界での旅は過酷なものだった。
食料はもこもこにペンギン、補給もままならぬ。
そして何よりも襲いかかる敵が摩耶には耐えがたいものだった。
鉄底界に堕ちるのは艦娘である、つまりかつての仲間と砲塔を向け合うのであった。
しかも提督の心臓の数が1つしかない以上、お互いに協力することすらままならなかった。
「提督は悪くないの! 敵の攻撃に当たった私が悪いの!」
「はんっ! この世界に堕ちてきた時点でお前の言っていることは大嘘だ!」
時には同じ境遇の艦娘を殴り飛ばし。
「オイテケ……心臓オイテケ……」
「あたしはそんなの持ってない!」
時には追いかけてくる原住民から必死になって逃げた。
あまりにも過酷な日々だったが摩耶は「鎮守府に帰りたい」という一心だけで旅を続けた。
そして29999日目にようやく鉄底界鎮守府を発見し、中へと乗り込んでいった。
「ここに提督の心臓があるんだな……誰もいない……ん、この構造はどこかで見たような……」
鉄底界での旅はすでに80年以上を経過し、現世の記憶はおぼろげなものしか残っていなかった。
だが、その記憶に導かれるように摩耶は執務室へと足を進めていく。
執務室と書かれたネームプレートを確認し、扉を開く。
……そこには机の上に寝かされた木乃伊があった。
「な、なんだこれ…気持ち悪いな……あっ! ま、まさか…そんな!」
しかし、木乃伊に着せられた服装と帽子でその木乃伊が自分の提督だったということに摩耶は気がついた。
そして妖精さんが80年ぶりに現れる。
「やあ、おめでとう摩耶さん、その木乃伊の胸を開いてごらん、そこに提督の心臓があるよ!」
「ああ……嘘だろ……本当に……」
摩耶が震える手で服の胸元を開くとぽっかり空いた穴に脈打つ心臓があった。
それはまるでまだ生きているような、ああ、これが提督の心臓……
「これで元の世界に戻れるよ、さあ提督の心臓を引きずり出して掲げるんだ!」
妖精さんの言葉に導かれるままに心臓を取り出して勝利の証のごとく掲げる!その瞬間、さぁっと暖かい光が摩耶を包んだ。
それが太陽の光だと気がつくのに摩耶はかなりの時間を要した。
「ああ…80年ぶりの日の光だぜ……そういえば……艦娘に生まれ変わるのには70年かかったなぁ……」
あらゆる感覚が真っ白に塗りつぶされていく、摩耶は現世へと帰っていった。
…………………………………………
………………………………
……………………
………………
………
「摩耶…起きて…摩耶ぁ…!」
「あれ…あたし…何を…して……げほっげほげほっ!」
摩耶は大量の海水を吐く。
そして目の前には泣きはらした顔の鳥海が摩耶の手を握っていた。
「ま、まさかまだ鉄底界にいるんじゃ……鉄底界ってなんだ?」
抜けるような青い空、クリアブルーの青い海……この青さは間違いなく南方の海の色だと摩耶は思い出した。
「何を言ってるの? あなたは撃沈されたけどなんとかダメコンが発動したのよ!」
「え、ダ、ダメコン…あたしにそんなのつけられてたっけ……?」
「そうよ…そうなのよ…あなたが浮かんでくるのがあまりにも遅いからみんな心配になっちゃったのよ…ああ、本当に良かった……!」
「あー…司令部聞こえますか? はい、摩耶の撃沈は誤報、ダメコン発動でなんとか生きてます。え?……分かりました、撤退します」
鎮守府と連絡していた旗艦霧島は良くない報を受けたようだった。
「提督がお倒れになったの……これ以上の進撃は認められなくなったわ」
「な、なんだってー!」
こうして艦隊は進撃を中止し、鎮守府へと帰っていった。
「何かもの凄くなが~い夢を見ていたような気がする」
摩耶は提督が倒れて大騒ぎになっていた鎮守府に帰るとすぐに入渠させられた。
そして艤装が回復した後も医務室のベッドに摩耶は寝かされていた。
「あは、ひょっとして臨死体験しちゃいました?」
「うーん、何かえらい目にあった感じがするんだけどぜんっぜん思い出せねぇ……」
ベッドの隣ではナース服姿の明石が摩耶の看病をしていた。
摩耶は嫌がっていたのだが提督が倒れる騒ぎもあったので念のためにとついていたのだ。
「そういえば……ここだけの話ですけど、摩耶さん撃沈の報が提督に知らされた時、提督ったら心臓麻痺で倒れたんですよ?」
「え?」
「まあAEDと心臓マッサージで事なきを得ましたけど……さすがに80分も心停止したときはもうダメかと思いました」
「80分…ねえ……」
80分と聞いて、何か思い出しそうになった摩耶だが
提督が本土から帰ってきたらみんなでお祝いしましょうね、と明石が笑うとそれについて思い出すことはその後二度と無かった。
(了)