ある日、私宛に赤紙が送られてきた。悪趣味な赤色の封筒。
送り主は海軍。中身は有名すぎるので見なくても分かる
「艦娘適性検査合格のお知らせ」だ。
適齢期になった少女に行われる艦娘適性検査、海軍の政治力ではこれを全国で実施させるのが精一杯だった。
適正有りとなればこの赤い封筒が届けられる。
私はその封筒をカバンの中に急いで入れると、自分の部屋に飛び込んだ。
ドキドキしながら封を切り、中から出て来た書類の最初のページには「戦艦の適正有り」と書かれていた。
あとはなんとしてでも両親の許可を貰うだけ。
この国のシーレーンが半年間も深海棲艦の手によって断たれ、未曾有の大暴動が起きる寸前、奇跡が起こった。
新兵器「艦娘」の活躍によってシーレーンの回復と同時に輸送船団が到着、この国が無秩序の内に滅ぶという道を辿ることはなくなったのだ。
そして海軍は少ない艦娘の数を充実させるのが急務であったが、好き好んで艦娘になろうとする10代の小娘など滅多にいなかった。
だが、私は滅多にいない小娘の一人だった。
朝、学校に行ってすることはゴミの中から上履きを掘り出すことだった。
両親の見栄で無理矢理通わせて貰っている山の手の学校だが、私には通うことすら苦痛だった。
机の上に積まれた屑の山を綺麗にし、ついでに焼却炉にまでゴミ箱を持っていく。
帰ってきた時にはホームルームが始まっていたがいつものことなので誰も何も言わなかった。
授業が終わって昼休みになり、父に言われて伸ばしている長い髪についたゴミや消しゴムのカスを払うと、
私は弁当箱を持っていつもの場所へと向かっていった。
いつだったか、なんとなく屋上から空を見たくなって扉まで行ってみたが扉には鍵が掛かっていた。
「そこ、前に飛んだ子がいるからずっと鍵がかかってるんです……噂ですけど」
「へえ、そうなの……残念だわ」
踊り場の隅の方から声が聞こえてきた。振り向いてみればなんだか幸薄そうな子がしゃがみ込んで弁当を食べていた。
長い髪を後ろに伸ばし前髪が目にまでかかり、あまり手入れされていない感じがする子だった。
それがその子との最初の出会いだった。
「こ、こんにちは……」
昼食を食べに踊り場に行けばいつも先にその子がいた。
私は軽く会釈すると反対側の壁を背にし、ハンカチを敷いて座り込む。
お互いに会話はなく、昼食を食べ終われば私がその場から立ち去るだけだった。
「あ、あの……」
だが今日はその子から声が掛かってきた。
「じ、実は私……今度、艦娘になるんです」
はたと私の箸の動きが止まる。
思わずその子の顔をまじまじと見てしまった。こんなにも人の顔をよく見たのは何年ぶりだろう?
「そ、そんな顔しないでください、め、珍しいことじゃないでしょう?」
いや十分に珍しいと思う。少なくとも同じ学年に艦娘になりたいという子はいなかった、私以外には。
「りょ、両親が合格のお知らせを見たら大喜びして神棚にまで供えちゃって…あんなに喜んだところ、私、初めて見ちゃって……」
彼女はお茶を飲んで一息ついた。
「そ、それで、私、か、艦娘になるって決心したんです。だから、今日は、学校に退学届けを出しに来たんです」
「え?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
退学届けを出したのなら、もうとっくに帰ってもいいんじゃ……
「実は最後に…あなたにお別れのご挨拶をしたくて待ってたんです。……あ、別に死にに行くわけじゃないんですよ? そうね、またいつか…会いましょうね?」
そう言って深々とお辞儀をしたその子は小走りで踊り場から消えていった。まるで幽霊みたいに。
思えば、今まで彼女は私が食べ終わって立ち去るまでずっとそこにいたのだろう。
……最後まで名前を聞けなかったな……
その晩、私は赤紙を両親に見せると、艦娘になる意志があると言った。
もちろん2人は猛反対したが見栄っ張りな両親を説き伏せる方法は前から考えていた。
「私は艦娘になってこの国を救いたいの! お願いよ! 御父様! 御母様! これは最大のチャンスなの!」
何時間も粘って承諾させ、心変わりしないうちに両親に判子を押させた。
しかし、2人を大泣きさせてしまったのは私の良心をちくちくと刺激した。
「いいかい、絶対に生きて帰ってくるんだよ!」
「お前の花嫁姿を見るまで俺ぁ死ねないからな!」
そんなことを言われてしまうと、私は少し、後悔してしまった。
諸々の準備を終わらせて海軍から車が迎えに来た日、両親は近所の人まで呼び寄せて万歳三唱をさせて、私はその両親の声を背中で聞きながら海軍の研究所へと送り出された。
「やあ、君が新しい艦娘候補だね、手術は痛くないから安心してね」
真っ白な手術衣を着ると私は外科手術用のベッドに寝かされた。
手術内容は優しそうなおじさんが親切丁寧に教えてくれたが、緊張でガチガチになっていた私にはほとんど意味が分からなかった。
そしてガスを吸わされるとすぐに瞼が重くなり、長い長い夢のようなものを見ていたような気がする。
はっと目覚めると、私は巨大は艤装を背負っていた。少し意識するだけで砲塔が動く。これが私の新しい身体……!
「やあ、おはよう、気分はどうだい? 自分の名前は分かるかな?」
「えと…わ、私の…私の名前は……」
「扶桑型戦艦姉妹、妹のほう、山城です。あの、扶桑姉様、見ませんでした?」
私は山城として鎮守府に着任した。扶桑というのは姉のことらしい。
あまり実感はないが、その姉に対して強い思慕の念があることは分かる。
「あらあら、山城……やっと来たの……?」
「おお良かったな扶桑、探してた妹がやっと着任してくれたぞ」
そして扶桑姉様は先に鎮守府に着任していた。
一目見てきゅんと心臓が高鳴る、なんだか不思議な感覚。
だが隣にいる提督と思われる男が扶桑姉様と一緒に嬉しそうにしているのが気にいらない……不幸だわ。
「ああ、扶桑姉様お会いしたかったですわ……」
私は提督と扶桑姉様の間に割って入り”ずっと”会いたかった姉様の手を取り、その顔をうっとりと眺めていた。
だが、初めて見るはずのその顔に強い既視感を覚えた、まるでどこか幽霊のような雰囲気。
「あの……扶桑姉様……前にどこかでお会いしませんでしたか?」
「あらまあ…それはきっと前世の記憶ですよ、山城……また、会えましたね……嬉しいわ」
くすくすと笑う扶桑姉様を見て私は思わぬほどの多幸感に包まれた。
ああ、ここでならなんだか上手くやっていけそうです……!
「ええ!ええ!私も嬉しいです! 姉様、これから一緒に……色んな事をしましょうね!」
その言葉に提督が苦笑いをしていたが、私は気がつかないふりをした。
だって扶桑姉様が一緒なんだから。
(了)