目が覚めると、長机に突っ伏して寝ていたことに気がついた。
会議室には夕焼けの西日が差し、立冬が近いにも関わらずぽかぽかと暖かかった。
会議の進行を大淀に任せて、北方海域の攻略進捗を聞いていたところまでは覚えている。
ここ暫くは戦力を復活させた深海棲艦艦隊を叩き潰すのに忙しくて、まともに寝てなかったというのは言い訳にならない。
ばつが悪そうに頭を掻きながら艦娘達の冷たい視線を覚悟したが、会議室には誰もいなかった。
私の肩には毛布を掛けられ「ごゆるりと」と誰かが書いた紙が報告書の上に置かれていて、少しばかり面はゆい気持ちになった。
「大淀達には後で謝っておかないとな」
会議に集まったのは秘書艦である戦艦長門を筆頭にそれぞれの海域で旗艦を務めた軽巡洋艦大淀、重巡洋艦妙高、航空戦艦扶桑だった。
妙高さんに謝るのはちょっと大変だなと少し気が重くなったがそうも言ってられまい。
「執務室に帰るか」
私は毛布を膝の上に被せると、車椅子の車輪を回して廊下へと出た。
私の右足は不慮の事故で膝の上から切断してしまっていた。
それからは予備役として年金生活をしていたが戦争が始まり、新兵器「艦娘」との親和性が高いということで呼び戻されてしまったのだ。
ゆっくりと車輪をカラカラ回しながら階段の方に行ってみるが困ったことに気がついた。
「しまった……これでは降りられないではないか」
ここは鎮守府本館の3階である。
しかも残念ながら予算不足でエレベーターや車椅子用エスカレーターなんてものはこの鎮守府にはない。
さすがにトイレや風呂には手すりをつけてもらったり使い安いように低予算での改装をしてもらったが。
「これこそ男子トイレ改二だな」
改装工事が終わった後、そんな風に笑ったのは果たして誰だったか……
「だから会議室は仮でいいから1階に作ろうと言ってたのに……ブツブツ」
そんな私がどうやって3階まで上がったかといえば、長門に背負って貰い、扶桑さんに車椅子を上げて貰ったのだ。
だから降りるときも手伝って貰わなければならぬ。
「おーい! 誰かいないかー!」
階下の方に向かって声を出すが返事はない。人の気配もない。
さて、本当に困った。このまま放置されてしまっては3階に監禁されたのと同じではないか。
まさか居眠りの罰がこれだというのか? 私は思わず戦慄した。
いざとなれば手すりにしがみついて降りればいいか……数分の逡巡のうちにそう覚悟したとき、下から昇ってくる足音が聞こえた。
「おーい、誰だー? こっちに来てくれー!」
これ幸いと私はその艦娘に声を掛ける。
すると足音のペースが駆け足になり、夕飯を載せたトレイを両手に2枚持った長門が現れた。
「どうした提督? 何かあったのか?」
「何かあったも何も……居眠りから起きたらお前達がいなくてな」
居眠りのことを言ってみたら恥ずかしくなり、思わず赤くなった耳を隠すようにぽりぽりと掻く。
「せっかく置き手紙に”ごゆるりと”待つように書いたのに……」
「あれは何かの皮肉かと思ったぞ……ああ、そういえば毛布掛けてくれてありがとうな」
「ふふ、どういたしまして。提督は大分お疲れの様子だったからな、少し休んで貰うことにしたんだ」
本当に疲れてるのはお前達の方だろうに……と思うとすまないような情けないような気持ちに顔がますます赤くなる。
「じゃあ、夕飯にしようか……ああ、車椅子は私が押すから少し待っていてくれ」
長門がトレイを持って先に会議室に入っていってくれて助かったと私は思った。
深呼吸をし、頬を擦って赤くなった顔を元に戻す。
長門が迎えに来た頃には私の表情は元に戻っていた……と思う。
「なあ提督、冷えてきたからそろそろ執務室に帰らないか?」
「ん、ああ、報告書を読むからもうちょっと待っててくれ」
会議室で長門と席を隣にしながら食事を終えると、私は会議で使われていた報告書を読み直していた。
日も完全に暮れてカーテンもない会議室はさすがに冷えてくる。
長門は私の身体を心配してくれて言っているのだろう。
私としては長門のヘソだしこそ寒くないかとクリスマスプレゼントに腹巻きを送る算段をつけていたが。
「ふむ…どの海域も深海棲艦の排除率はかなり高くなっているな、これなら中旬の大規模作戦までに間に合うか……」
すでに告知されている大規模作戦のためにも後顧の憂いは断っておきたい。
この調子なら今週中にはどうにかなるなとほっと一息つくと、急にやってきた寒さに思わず肩を震わせた。
「ふう……待たせて済まなかったな、そろそろ戻ろうか長門?」
「……知っているか提督、本館の3階に来る艦娘は滅多にいないってことを」
「んー…この階は会議室が大小3つに古い資料室しかないからな、確かに何か目的がなければ艦娘は来ないな……ん?」
なぜ、今こんなことを? と、報告書から顔をあげると、長門の顔が至近距離まで近づいていた。
「ふふ…こんなところで、2人っきりにした提督が悪いんだぞ……ん……」
そう言って目を細めた長門が濡れた唇を押しつけてくる。それは夕飯のグラタンのクリーム味がした。
「んむ…ん、ふぅ……まあ、腹ごなしにはいいか」
「腹ごなし? メインディッシュだと思ってくれ」
私はそれから1時間近くたっぷりと長門の暖かさに耽溺した。
たまには居眠りをしてしまうのも悪くはない。
(了)