鎮守府に陸軍将校がやってくると、私はまるゆ引き渡しの手続きをした。
彼はまるゆの練度を確かめると懐から油紙で包んだものを取り出し、私に手渡してきた。
油紙に書かれているのは「征深丸」という薬の名前。
私は油紙を開いてカプセルの重みを確かめると、彼に向かってこくりと頷いた。
「確かに確認した」
「では失礼する。さあ、まるゆこんなところからは一刻も早く出て行こうな」
こうして陸軍将校はまるゆの手を引いて鎮守府から去って行った。
残ったのは「征深丸」という薬が1カプセルだけである。
この「征深丸」は鍛えたまるゆと交換で陸軍から手に入る「運が上がる薬」である。
まとめて飲めばさらに効果が上がる……らしい。
運が上がるなど眉唾もいいところであるが海軍上層部どころか妖精さんも太鼓判のお墨付きである。ますます怪しい。
もし本当に運が良くなって宝くじで当たりまくるというのならば、さっそく自分も試してみたいところだが
普通の人間にとっては「征深丸」は猛毒であり死に至る薬だという話を聞いてからは、それが本当か嘘か確かめる気にはならなかった。
「しれぇ! それ運が上がるお薬ですよね!」
ふと気がつくと、どこからか入ってきたのか雪風が私の机にかぶりつくようにして「征深丸」の油紙を見ていた。
艦娘にはツキやジンクスを信じるタイプが多い。
そのせいか前世の記憶に引きずられて本当に運が悪い艦娘もいる。そして知っての通り雪風は「運がいい」方の艦娘だ。
「ああ、まるゆと交換で手に入れたんだ……ってこら、何手を出そうとしてるんだ」
「ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけ見せて下さいよしれぇ!」
雪風は短い手を伸ばして油紙に指を引っかけようとしていた。
ああ、彼女は運がいいのにそれでもなお運を上げたいというのだろうか。
爛々と目を輝かせて訳の分からぬ怪しげな薬を所望している。
ついと指先で油紙を雪風から遠のけると、彼女は身体を半分ほど机に載っけて手を伸ばしてきた。
「ダメダメ、これは1つしかないから。まだ誰にも飲ませる気ないから」
「意地悪しないでくださいよしれぇ! この前北上に1つ飲ませたくせに!」
どこでその話を聞いたのか、私はぎょっとした顔になった。
「あ、あれは試しだ試し、やっぱ1つだけじゃ効いたかどうかわかんないって北上は言ってたぞ」
「じゃあ雪風にも試してみてください! 雪風ならきっともっと効果があると思います!」
雪風は身体を机に載せたまま、その小さな口をあんぐりと大きく開けてくる。
ひまわりの種を入れたら可愛らしくぽりぽりと食べそうだが、「征深丸」を入れる気にはならなかった。
「ダメダメ! 今度は5つ溜めてから確かめるんだよ!」
鍵付きの引き出しに「征深丸」を入れて鍵をかけると、雪風は机に前歯を突き立てて”がじがじ”と齧り付いてきた。
「しれぇ! しれぇ! ほしいー! おくすりほしぃですー!」
「ダメです! そんなはしたない艦娘にはあげれません!」
思わずチョップをびしりと入れると雪風は頭を押さえながら机から落ちるように離れた。
そして真面目な顔でこう言ってきた。
「じゃあ、司令官の前で裸になるのは、はしたなくないんですか?」
……雪風? キミは何を言っているのかな?
「北上ってあんな顔もするんですね。司令官がお薬一つで艦娘を釣るとかなかなか面白いことをするんですねぇ」
ああ雪風、キミの言っていることはよく分からないよ……あ、ところで少しおしゃべりな口が黙るようになるお薬があるんだけどいるかね?
私はひきだしの鍵を開けた。
(了)