※この作品はR-18です。

艦娘百夜物語   作:ブラックマンバ

92 / 101
第92夜「春雨と駆逐棲姫」

 

「あの駆逐棲姫…なんとか捕獲出来ないかな…」

 

提督の不用意なその一言で、艦娘達は南海領域へと何度も出撃することになりました。

死力を尽くして捕獲を試みましたが当然そんなことは出来ません

深海棲艦は倒すとあっという間に沈没してしまいます。

何度チャレンジしても捕獲出来ないことは、鎮守府上層部のフラストレーションを徐々に溜めつつありました。

 

 

 

ところで、春雨は早朝ランニングのついでに砂浜の掃除をするのが趣味でした。

いつもゴミ収集用のバケツを一杯にして帰るのが日課です、時には姉妹を連れて行くこともありました。

少しずつ綺麗になっていく砂浜を見て春雨は爽やかな気持ちになるのです。

 

「でも、最近はみんな忙しいから付き合い悪いのよね~」

 

春雨の所属する鎮守府では駆逐艦の層が分厚く、

夏になってようやく着任した春雨は駆逐艦の中では下から数えた方が早いといったところでした。

 

「あれれ……あれはなんだろう?」

 

早朝の砂浜に何か黒い塊のようなものが流れ着いていました。

砂浜には色々なモノが流れ着きます。木材や貝殻、破壊された船舶、不審船のコンテナ。

そして……

 

「げ、あの黒いのってもしかして……深海棲艦!?」

 

鎮守府周辺では深海棲艦の掃討を毎日行っているので、駆逐イ級が砂浜に流れ着くことがあり春雨も何度か拾うことがありました。

しかし、人によく似ているタイプの深海棲艦が流れ着くのは初めてでした。

 

「うわぁ…イヤだなあ…早く鎮守府に連絡しないと……あっ!」

 

春雨は踵を返して鎮守府に戻ろうとしましたが、その気配に気がついたのか人型の深海棲艦はピクピクと動きます。

 

「どうしよ……ひょっとしてまだ生きているの……?」

 

今の春雨の艤装はバケツしかありません。

ですが勇気を出して、うつ伏せで倒れている深海棲艦に近づきます。

 

「い、生きてますかー?…って、生きてたらそれはそれでまずいのよね……」

「ンン…ウ……コ、ココハ…ドコダ……」

「うわっ! い、生きてる! ど、どうしよっ! は、はやくみんなに知らせないと……!」

 

ついに深海棲艦は顔をあげて、春雨の顔を見ようとします。

 

「あぁっ!」

「…………ッ!!!」

 

その顔を見てしまった瞬間、春雨は連絡する気がなくなりました。

 

 

 

「こっちだよ、私の手をしっかり握って……手当もするから」

「ウウ……アナタ……イッタイ…」

 

春雨は深海棲艦……駆逐棲姫の手を取ると砂浜の奧にある洞窟へと案内しました。

駆逐棲姫の顔は砲弾の破片か何かで深く傷つけられ、両目が見えなくなっているようでした。

いくら敵とはいえ、深く傷ついて漂着した非武装の相手を鎮守府に連絡したり、ましてや自分の手でトドメをさすことなど春雨には出来ませんでした。

 

「イタイ…イタイ…カオガ…ヤケル……」

「ちゃんとした包帯とかご飯とかもってくるからここでゆっくり休んでてね」

 

春雨は鎮守府に救急セットや食料を取りに戻ると、バケツに詰めて洞窟へと向かいます。

清潔なガーゼで駆逐棲姫の顔を拭くと包帯を巻き、パンを少しずつ千切って食べさせます。

 

「オ、オイシイ……」

「ふふ、よかった、」

 

こうして春雨の秘密の看護が始まりました。

朝晩洞窟へ出かけては食料を与えて包帯を交換します。

ついでに鎮守府で廃棄されているバケツから修復材のカスを集めてガーゼを浸し、駆逐棲姫の顔の傷につけるようなことまでしました。

 

「アナタ……ヤサシイ、ノネ……トコロデ、オナマエハ?」

「春雨! くちく…ただの春雨っていうの」

「タダノハルサメ……ウン、オボエタ」

 

色々と聞きたいことがありましたが、春雨はぐっと我慢して看護を続けました。

そして数日後の夜、元気が出て来た駆逐棲姫の手を引いて洞窟から出ることにしました。

リハビリのつもりで外に出ましたが、思いの外駆逐棲姫の足取りはしっかりしています。

顔を覆う包帯は痛々しいですが大分楽になったようです。

 

「ああ、月がきれー」

 

春雨は見事な三日月を見上げて思わず呟きます。

 

「ツキガキレイ……ホントウニ、ソウネ……」

「えっ? 今、なんて言ったの?」

 

その言葉に驚いて春雨が振り向けば、駆逐棲姫は包帯をとっていました。

爛々と輝く目が春雨を射貫くように睨め付けます。

 

「……ハルサメ、ヤッパリ……アナタハ……」

「あ、あなた…傷が……」

 

艦娘の修復材の効果は深海棲艦にもありました。駆逐棲姫の目はすっかり再生されていたのです。

 

「タダノハルサメ……イママデアリガト、サヨナラ」

「ま、待って、これを!」

 

春雨は思わずバケツを手渡します。

この中には食糧が入っていました。この先の岬で一緒に夜食を取るつもりだったのです。

駆逐棲姫は無表情のまま無言で受け取ると夜の海へと帰っていきました。

 

「ああ…わ、私…なんてことしちゃったんだろう……ど、ど、どうしよ~」

 

 

 

一方、提督は駆逐棲姫を捕獲しようと無駄な出撃を繰り返していることが司令部にバレて盛大に怒られてしまい、

手つかずだったパラオ諸島沖への攻略を強制され、一週間後に終わらせたという話だそうな。

 

そして、パラオ諸島沖から撤退していく深海棲艦の中にバケツを持った駆逐棲姫が確認されたという。

 

 

(了)

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。