提督は執務中に手元からぽとりとペンを落とし、頭を抱えて苦しそうに呻いた。
「ううっ…雲龍っ! あ、朝雲…朝雲を呼んできてくれ……っ!」
「わ、分かったわ、少しお待ちを、すぐに戻りますから……」
秘書艦の正規空母雲龍は別室に入ると素早く着替えて提督の前に戻ってきた。
「駆逐艦、あ、朝雲龍です、お、おまたせしました司令」
雲龍は三つ編みを解いてツインテールにしており、服装は朝潮型から借りたシャツと釣りスカートを着て、さらには予備の艤装を背負っていた。
当然サイズなど合っていないのでシャツはぱっつんぱっつん、スカートなど短すぎる始末。
艤装のベルトはその胸を絞り出すように締め付けていた。
「うわぁ~ん、朝雲~朝雲~やっぱり俺のところにいたんだ~~!!」
しかし提督は誰がどう見ても無茶なコスプレをしている雲龍のことを「朝雲」と呼んで抱きつくとソファに押し倒す。
さらに「朝雲、朝雲」と呟きながら、今にもボタンが弾けそうな胸に顔をこすりつけていった。
スカートは当然めくれあがり太ももが顕わになっている。
「もう、司令ったら、甘えん坊さんなんだから」
「だってうちに朝雲が本当にいるかどうか考えたら頭がおかしくなってしまいそうだったんだ」
ああ、なんということだろうか、提督はどれだけ艦隊を出撃させても朝雲が着任しないために気を病んでしまったのだ。
しかも、それを哀れに思った雲龍が名前が似ているからと「朝雲龍」として仮装をしてしまったのはマズかった。
「朝雲だ! 朝雲がうちの鎮守府にきてくれた!」などとのたまった提督はさらに病を深めてしまったのだ。
雲龍も雲龍で提督をついつい甘やかすので、もはや引き戻せぬところまで来ていたのである。
「ああ司令、朝雲龍は傍から離れたりしませんよ」
「おかしいよね、みんなみんな朝雲はまだいないっていうんだ……おかしいよね……」
「ふふふ……大丈夫大丈夫ですよ……」
雲龍は提督の頭をよしよしと撫でつける。
他の艦娘の代わりとはいえこうやって提督を独り占め出来ると思うと
もうちょっとだけ朝雲が来ないように心の中で祈るのが雲龍の常であった。
「落ち着きましたか司令……?」
「うん…だいぶ楽になったよ朝雲……ああ、そろそろ仕事に戻らないと……あれ、雲龍はどこだい?」
「は、はい、すぐ呼びに行きますから!」
こうして数十分ほど雲龍と添い寝して休むと、提督はようやく元に戻るのであった。
「では、補給関係の書類の確認をお願いします」
「わかった。少し休みすぎてしまったようだ、ペースをあげていくぞ」
そして雲龍もそんな生活にすっかり慣れつつあったのである。
さて、夕方になると提督がまた発作を起こして、朝雲になった雲龍に抱きついて慰められていた。
「うう、朝雲…朝雲……俺が”朝雲を演習になぜ参加させない!”って聞いたら”提督…朝雲はまだ着任していません、いい加減現実を見て下さい”って言われてさ……」
「……ごめんなさい司令、私はまだ秘書艦しか出来ないんです……演習にも参加出来なくてごめんなさい……」
「そっか、そうなんだ、いいんだ朝雲はこうやって俺の傍にいてくれればいいんだ……戦わなくてもいいんだよ……」
ぐずぐずと泣きながら甘えてくる提督に雲龍の心はチクチクと刺激される。提督がこうしてくる対象は朝雲であって雲龍ではない。それだけが雲龍には辛かった。
そしてノックもせずに執務室の扉が唐突に開かれた。
「やりましたよ提督殿! ようやく朝雲殿が見つかりました! これで雲龍殿も……あっ! み、見てはいけないのであります!」
帰還したのは連合艦隊旗艦のあきつ丸であった、そして隣にいるのは本物の駆逐艦朝雲。
「え…あの人が私達の司令なの……うわ……うわ……」
朝雲は自分とよく似た服を着ている雲龍と、それに抱きついて甘えている提督を見て思い切りドン引きしてしまう。
雲龍はその引いた視線に気がついたのか顔を真っ赤にさせて煙が吹き出す。
そして提督は朝雲と雲龍の顔を交互に見ると、喜色満面の顔になってこう言った。
「すげえ! 朝雲が2隻もいる! さすがだぜあきつ丸! お前はそのまま連合艦隊の旗艦をやっててくれ!」
ああ、提督は2人とも朝雲と認めてしまったのである。
唖然とする全員の前で朝雲がぽつりと呟いた。
「私、やっぱりここに来ない方が良かったかも……」
(了)