「俺が君に教えられるのは、これぐらいみたいだね」
「興味深い技術ですから、もっと詳しく教わりたいくらいですけど…あまり先輩に時間を取らせるわけにはいきませんしね」
「そう言われると呪術師冥利につきるよ」
彼は、彼女が新人ながら引き継ぎを命じられた審神者なのだと知っている。それだけ優秀なのだろう。呪術師として感じ取れる彼女の霊力からもそれは納得できる。彼女の傍には、いっそ普通の人間ならば居心地悪く感じられるだろうくらい、清浄な空気が漂っている。きっと、どんな淀んだ場も浄化してしまえるだろう。
「君への指導が終わった、とこれから報告を出すことになるわけだけど…どうかな、一度、うちの刀剣と話でもしてみないかい?」
「話…ですか?」
「空いた時間の暇潰しにね。審神者として、刀剣のことを知っておくのは良いことだと思うよ」
本当は。ちょっとした、お節介のようなもの、になるのだろうか。彼女が引き継ぐのが所謂ブラックであるのはほとんど確実だろう。そんな、ひねくれた存在を一番に知るのではなく、普通の、審神者に友好的な彼らを知っておいてほしいと、彼はそう思ったのだ。
「…僕、あまりお話するの得意じゃないですけど」
「大丈夫。暇潰しの世間話だし、初めて会う相手と話すというだけでも、面白がるだろうから」
「…はあ」
「ちょっと待ってね、今呼ぶから。…おーい、三日月、ちょっといいか?」
「――何だ?主」
「俺今からちゃちゃっと報告書まとめて提出してくるから、その間この子の話相手をしててあげてくれないか?」
「相分かった。このじじいが暫し相手をしよう」
彼女が目を丸くしたのを見て、彼はこっそり微笑った。彼は、合間の雑談から、彼女が三日月に純粋に憧れて(三日月を三日月と知らないようではあったが)審神者になったのだと知っていた。だから、これは一種のサプライズ込の餞別のようなつもりだった。
今日に限って歌仙ではなく三日月を伴って現世に向かったのはそういうことか、と三日月は袖の下で微笑う。人見知りの気があるらしいその善良な少女は、三日月に関心があるようだった。
そう、関心。求めている、という程の積極的な執着は感じられない。それが興味深く思う。三日月を知らぬわけではない、興味がないわけでもないのに、三日月を求めない。世には三日月を求めすぎて身を持ち崩すものさえいるというのに。
「…お前はどのような審神者になるのだろうな」
「?僕は求められる役目を果たすだけですよ」
「では、役目とは何だ?」
「刀剣男士を喚んで、歴史修正主義者と戦っていただくことでしょう」
その返答に、違和を覚えた。
「…具体的にお前のやることは」
「え?えーと、刀を、顕現させる?」
この少女には、まともな知識が与えられていないと、三日月は直感した。三日月の表情が陰ったことに気付いたのか、少女は不安げになる。
「…審神者の役目は鍛刀、刀装の作成、部隊編成の決定、出陣遠征の指示、出陣先での指示、手入れ、本丸の采配、と山ほどある。勿論、顕現した刀剣…近侍に手助けを求めても構わぬ」
「ふぇ、あ、えっと、沢山、あるんですね…」
少女は指折り三日月の言葉を繰り返す。
「忙しなくてすまないが、早速君の配属先が決まったそうだよ」
「あ、はい、頑張ります」
「初めまして、主さま。私、主さまの専属の管狐となります、くろのすけと申します」
「小鳥です、よろしく」
「主、その子は審神者になって大丈夫なのか?」
「?審神者として優秀な子だという話だけど?僕の指導だって、呪術に関してだけで十分といわれたし、実際飲み込みも良かったし」
「だが、その子は」
「それでは参りましょうか、主さま」
「うん。先輩、ご指導ありがとうございました。三日月さんもお元気で」
初期刀らしき太刀を抱え、彼女はぺこりと頭を下げる。
「どういたしまして。落ち着いてからでも、また話ができるといいね。今度は審神者同士として」
「はい」
「主さま?」
「あ、今行く。それでは」
たたた、と彼女はくろのすけを追いかけていく。
「・・・」
「どうした、三日月」
「あの子は、審神者が本丸で具体的に何をするものなのか、知らなんだぞ」
「…え?」
刀剣男士と先輩審神者から離れ、本丸へと向かうためのゲートまで来る。移動の準備を式に任せ、くろのすけは小鳥に向き直る。
「主さま、此処で私と正式な契約を結んでいただきたいのですが」
「?うん」
「そちらに座っていただけますか」
「わかった」
疑いもなく従ってくれるさまに、くろのすけは内心彼女が心配になる。善良にも程がある彼女を騙すようなことをするのは、心が痛まないではないが。
「刀はそちらに立てかけておいてください」
くろのすけは前足で彼女の額に触れ、呪を紡ぐ。せめて、彼女を傷つけはしないように優しく、丁寧に呪を編み込む。この呪は、彼女を守るためのものでもあると、己に言い聞かせて。