出迎えた三日月は、嬉しそうに淫靡な微笑を浮かべる。小鳥は怯えたように身をすくませた。
「…主?」
「待ちわびたぞ、小鳥。我らの愛し子よ。…もう逃がしはせぬぞ?」
他の刀剣たちも、三日月の言葉に特に否やはないようだった。
「俺たちと共に、永久の刻を此処で過ごそうぞ」
三日月が小鳥に触れる前に、くろのすけが動く。
「主さまへの神隠しの意志を確認しました。
小鳥の肩を蹴って飛び上がったくろのすけの躯が不自然に膨張する。大型犬程の大きさになったその躯は、人の命を刈り取れるだけの暴威を秘めていることが見て取れる。長く優美な四つの尾を揺らし、くろのすけは三日月を見据える。
「…面妖な」
「私の目の黒い内は、主さまへの
くろのすけの組み上げる術式が破魔矢の形をとって三日月へと向けられる。
「…ふむ。斬り捨てるか」
三日月が太刀を構え、江雪が小鳥を己の袈裟の中に匿う。
くろのすけによって全ての刀剣が刀解された。
くろのすけは小鳥に振り返った。ぺたりと床に座り込んでいた小鳥にゆっくりと歩み寄る。
「主さま、すぐに次の本丸を手配していただきますので、暫しお休みください」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
ぽろぽろと小鳥の瞳から雫がこぼれ落ちている。
「主さま…?」
「…せめて、彼らのために、暫し祈りましょう」
くろのすけは首を傾げ、ふわふわの尾で小鳥の目元を拭い、普段通りの子狐の姿に戻った。
「主さまは何も罪悪感を抱く必要はございません。私は主さまを守るために力を尽くしただけですし、彼らは勝手に主さまに邪な思いを持っただけです。主さまはこれからもそのままで良いのです」
「でも、俺がちゃんとうまくできてたら、こんなこと、しなくても、よかったはずでしょう?」
「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。主さまは人間であって神ではないのですから、全てを救う必要はありませんし、それができると思うのは傲慢というものです」
「・・・」
「それに、どうしようもないものもありますからね」
霊力の消耗もあり、小鳥は江雪の膝に頭を預けるようにして眠り込んでしまっている。江雪は静かに庭を眺めている。小鳥の後に配属された審神者の質があまり良くなかったのか、庭は寂れており、生き物の気配はない。最早、解体するのみということもあり、小鳥の霊力は供給されていないが、その周囲にだけは清浄な気配が漂っている。
連絡を終え、再び姿を現したくろのすけに、江雪は目を細めて言う。
「…少なくとも、今回この本丸に来た時点でこうなることはわかっていたのではありませんか?」
「確かに、この本丸の刀剣男士が主さまに異常な執着を持っていたのはわかっていました。…主さまを呼び戻すために後任の審神者を廃人にしてしまったそうですから」
「・・・」
「しかし、まさかこんなにも早く尻尾を出すとは思いませんでした。迅速に物事が運ぶに越したことはないとはいえ、まさか一日もたないとは」
「…最早言い逃れできぬ程に、一直線でしたね」
というよりも、それが悪いという意識がなかったのだろう。前回から、そうだった。彼らと小鳥たちでは、決定的に価値観が違う。それを見ようとせず、ただ己らの良かれと思うことを押し付ける。害意はなく、寧ろ小鳥への好意からの行動なのである。それを一般的に愛情表現と呼べるかはともかく。
「一応忠告しておきますが」
くろのすけはゆらりと尾を揺らす。
「あなたが神隠しを企んだ場合であっても、私は容赦なく刀解いたしますので、お忘れなきよう」
「…主が望まぬ限り、そのようなことはしませんよ」
「…仮に主さまが望んだとしても、私はそれを阻止いたしますので」
「それは、あなたの行動は主のためを思ってのことではないと、思って良いのですか?」
「・・・」
くろのすけはふるりと尾を揺らす。
「刀剣男士に隠されることが主さまのためになるとでも?」
「少なくとも、このようなことを続けるよりも心穏やかに過ごせるでしょう」
「「・・・」」
お互い、相手が間違っている部分があると思っている。しかし、自分の主張に欺瞞があることもわかっている。小鳥が本当に望んでいることも、小鳥が諦めてしまったものも、拾い上げられない。江雪は、実力不足と立場の弱さから。くろのすけは政府への忠誠を翻せないことから。小鳥にとって一番良い道を選ぶことができない。そして、小鳥はそれを責めたりしない。