「さぁ、参りましょう、主さま」
「…うん」
「何処へ行くんだ、主」
「…ごめんなさい」
仮契約のパスを断ち切る。
もう何度目だろうか。よく覚えてない。やっと皆穏やかに接してくれるようになった、と思ったら私が本丸を異動させられる、という事の繰り返しで、安心して過ごせて、心が休まる時がない。
抵抗しても強制的に移されるのだ。それなら、見苦しい姿は見せたくない。
「きっと、後任も悪い人じゃないから」
…おれ、ちゃんとわらえてるかなぁ。
「何を言ってるんだ。君が、小鳥が、俺たちの主だろう?」
「主さまのこの本丸での役目は終わりました。次の審神者は近日中にやってくるでしょう。主さまはお忙しいのです」
「…僕は、上の決定には逆らえないから」
…ああ、そんな泣きそうな顔をしないで。君が嫌いなわけじゃないんだ。ただ、逆らっても皆を傷つけることにしかならないから、だから、これ以上痛い思いをさせたくないから、だから、僕は。
「…ごめんなさい」
僕は、僕の江雪以外を連れていけないんだ。
「…主」
「二度と会わないことを…僕の
彼の頭を撫でる。同じ本丸に来ることになった場合、その本丸の刀剣を刀解し、本丸を解体することになることも多い。それは、気持ちの良いことではないから。
「…嫌だ。俺は、君がいいんだ」
「…"君"は、いつもそう言ってくれるね」
それに、自分から私に関わろうとしてくれることも多い。それは、嬉しいし、悲しい。そうやって悲しませてしまうのが、申し訳ない。
「主さまは、一振の刀のみしか、保持することを認められていません。あなたがついていこうとすれば。江雪左文字と立場を入れ替えねばなりませんよ。キシシシシ」
「・・・」
「…ごめんなさい」
私は、江雪の手を離せない。我侭だって知っていても、江雪と離れるのは嫌だ。僕の所為で沢山傷つけてしまっているけれど、初期刀である彼と離れたくない。
「…そんなに、何度も謝らないでくれ。君が悪いわけじゃないだろう」
…ああ、やっぱり、君たちはやさしい
主から生傷がなくなったことが、どれくらいあっただろうか。今回の本丸で新たな傷が増えることはなかったが、前についた傷が治りきるより前に移ることになった。
主の首、右足、両腕には未だ真新しい包帯が巻かれている。以前の本丸にいた刀剣に傷つけられて負った傷だ。主は、私が傷を負えばすぐ手入れしようとするくせに、自分の傷には無頓着だ。動くのに支障がなければ。回復呪術を使って治すことをしない。一応、思うところあってのことと知ってはいるが、良い気はしない。
髪も、何度目かの本丸で散切りにされて少しは伸びてきているものの不揃いだ。衣は白い水干で、露出の少ない作りになっている。稚児じみた姿に近代の眼鏡は不釣り合いだが、視力が弱い以上必要なのだろう。そして、女性らしさはない。いや、それは別にいいのだ。主にとって女性であるということはマイナスに働くばかりだったのだから。
「江雪?」
「…いえ、何でもありませんよ、主」
小さく、華奢な手だ。守らねばならないこの手を、私はいつも守れず、守られてばかりいる。それがとても悔しい。私は、主の代わりに戦うためにこの地に降りたはずなのに。
「…次は、どれだけいられるかな」
「…次も、あなたに危害を加えない場所とは限らないでしょう」
「江雪まで傷つけられる場所でなければいいよ」
「あなたが傷つくよりも、この身が傷つく方がましです」
主は、悲しそうな顔をする。
私たちは、お互いに似過ぎているのだ。お互いに、自分が傷つくより相手が傷つくことを辛く思う。
私は戦いは嫌いだが、他の者を代わりに戦わせて己は安穏としているというのは望むところではない。私には戦うための力がある。それは、守るためだ。私が戦うことで傷つく者が減るのであれば、この刀を振るうことを躊躇いはすまい。
「あなたを守れないこの身に、何の意味があるでしょう」
「僕は、江雪がいるから、折れないでいられるんだよ」
「…勿論、あなたを孤立させないことも役目の内と知ってはいます」
主は常に苦境に置かれていると言っていい。すぐに信用できる刀剣が見つかるとは限らないのだ。私がおらねば、主はあの信用ならない狐と二人きりで危険な場所に放り込まれることになる。そうなれば、主は今より追い詰められることになるだろう。
「江雪は、やさしいよね」
「私は、やさしいわけではありません。己にとって、最も大切なのが何かをわかっているだけです」
"私"にとって大切なのは主だ。それ以上のものなどない。それはこの身とて例外ではない。