前任は過労死してるが男士は言うほどブラックではない(後任拒否はしている)
僕だって自分に課せられた役目がわかっていないわけじゃない。でも、見ない振りをしたんだ。
その少女は、彼女の刀剣であろう江雪左文字に抱えられて本丸に現れた。衣から覗く躯は包帯まみれで、一目で満身創痍だと見てとれる。顔にも、右目を覆う様に包帯が巻かれていて、片目しか見えていない。
それなのに彼女は、彼らに向けて微笑した。
「本日付でこの本丸に配属されました、小鳥と言います」
「…江雪左文字と申します」
今日から本丸にやってくる審神者が、他の本丸からの異動であり、新人ではないのだと、彼らはこんのすけから聞いていた。それは、他の本丸を運営している審神者を兼任で寄越すという意味なのだろうと思っていた。それが間違いだったことはすぐわかった。
普通の本丸なら審神者を満身創痍で送りだしたりはしないし、戦いを嫌っているという江雪が他の刀剣に対して憎悪の籠った視線を向けることもないだろう。明らかに普通ではない。
「…えっと、小鳥、だっけ?お前がいるべきは此処じゃなくて病院なんじゃないか?」
「これですか?大丈夫ですよ。行動に支障の出る分は呪術で治しましたから。こっちも、目蓋が切れてるだけで目に異常はないですし、抱えられてるのは江雪が心配性なだけです」
「・・・」
何かもう色々と駄目な気配を獅子王は察知した。小鳥は、今までの審神者のように追い出せばこれ以上の酷い目に会うのだろうと思った。少なくとも、前の本丸に戻れば虐げられることになるのだろう、と。
「…治せるならなんで全部治さないんだ」
「僕を殺す気が無ければ、傷のある所に更に切りつけたりはしないでしょう?まあ、傷口を踏みにじったりするヒトは偶にいますけど」
「っ…」
「それに、簡単に治るなら幾ら傷つけたって大丈夫だろう、とか思われるのが嫌だったもので。僕、痛いのも苦しいのも普通に嫌いですから」
小鳥はそう言って微笑する。
「…お前を斬ったのは、刀剣男士なんだよな」
「はい」
「…俺たちが恐ろしくないのか」
「はい。僕は、ちゃんと区別がつくので、まだ僕に何もしていない方を無暗矢鱈と恐れたりはしません。…江雪は、いまいち区別がつかないみたいだけど」
「…相手が敵意を持っているかどうかは、わかりますよ」
小鳥は嘘をついていないし虚勢を張っているわけでもないのだと、わかった。わかってしまった。それはある意味で、不幸な事だろうと思う。一振り一振りが唯一無二の、別個の存在として認識できるというのは。区別できなければ江雪のように刀剣不信になるのだろうが、ある意味でその方が健全だ。
「お前、それでいいのかよ」
「役目ですから」
小鳥は笑う。
「僕の役目は、"本丸を浄化する事"で、それしかできません。それが終わればまた他の本丸に移されると思います。ですから、精々一ヶ月二ヶ月の辛抱だと思って、僕がいなくなったら忘れてください。優しくする価値のない相手と思うなら無理に優しくしなくてもいいです。それで嫌いになったりはしませんから」
そう言って、小鳥は少しだけ寂しそうな顔をした。
「…なんだよそれ」
「そのままですけど」
「お前、その内死ぬぞ、それ」
「人はいつか死ぬものですよ」
「そんな事続けてもいつか破綻するだけだって言ってるんだ」
「そんな事言われても、僕が志願してやってる事じゃないですし。…あ、審神者になる事を決めたのは僕自身だけど」
「そんな使い捨てにされるような扱いで、いいのか」
「よくはないけど役目ですから」
そう言ったその瞳に感情の色はない。完全に諦めてしまっているのかと彼らは思った。
「それに、僕に酷いことをしないで、穏やかに過ごしたり優しくしてくれたりする方がいないわけじゃないですし。一つの本丸で何度も暴力をふるわれる事は少ないんですよ」
「痛いのも苦しいのも嫌いなんだろ、現状を変えようと思わないのか」
「どうしたら変えられるって言うんです。何の力もない小娘一人で」
そう言って首を傾げた目は笑っていない。
「それに、誰かがやらなきゃいけないことだから僕がやる事になったんです。僕が役目を果たさなければ他の誰かが同じ事をしなくてはならなくなるのではありませんか」
「…そういう自己犠牲は美徳じゃないからな」
「美徳だと思ってやってるわけじゃないですよ。僕は自分にできる事をしているだけです」
小鳥は淡く微笑う。
「